第11話『唯一の心残り』
今回は割と日常回。
暫くして、震えが止まり落ち着いたユキが顔を上げる。
「リウス、ありがとう。もう大丈夫だよ」
そう言われても、俺は抱きしめた身体を離す気にはなれなかった。
「……リウス?」
「ユキ、本当に、ごめん。試す前に、気付くべきだった」
「リウスの所為じゃないよ。私がやって良いって言ったんだから」
「違う。誰がどう見たって俺が悪い。本当にごめん」
「リウス……」
「償いになるなら何だってする。だから、許してくれ」
「別に怒ってないよ?」
「なら、俺にして欲しい事でも何でも良い。何かしなきゃ、俺が俺を許せない」
「……それじゃあ――」
◇◇◇◇◇
そこまで思い出して、俺は目を開けた。
ユキの願いはこんなものだった。
『それじゃあ、これから私の気が済むまで、夜一緒に寝てくれない?』
今の今まで部屋中に漂っていた重い雰囲気が、一気に霧散していく気がした。
どんな事を要求されるのか。
自分の中でもそれは考えていた。
だがユキのお願いは、完全に予想外のものだった。
『部屋は一緒だから』とか『シングルベットで狭いし寝づらいから』などと反論したかったが、何でも、と言ってしまった手前、断る事が出来なかった。
「取り敢えず、起きるか」
隣で寝ているユキを起こさないように繋がれた手をそっと解き、ゆっくりとベットから降りる。
何だろう。凄く緊張する。
「顔、洗おう」
無期限の添い寝の要求。
それが終わった頃には、俺の精神力は常人の比じゃない程上がっている事だろう。
というか、終わりは来るのだろうか。
終わりが来ない……何てことは無いと信じたい。
……別に嫌な訳じゃないですよ?
ただ、美人と添い寝というのは、そういうのに関係なく辛いものがあるんですよ。
顔を拭き、服を着替える。
ユキはまだ眠っていた。
時刻はまだ6時前。
染み付いた習慣というのは、女性と添い寝した程度では変わらないらしい。
「んぅ……リウス……」
突然名前を呼ばれユキを見るが、どうやら寝言らしく、ユキの瞳は閉じたままだった。
何だかとても愛おしくなってしまって、ユキが眠るベットにゆっくりと腰掛ける。
すると、僅かに俺の体重で沈んだベットの振動に気が付いたのか、ユキがゆっくりと目を開いた。
「悪い。起こしちゃったか」
「ううん。おはよう、リウス」
「ああ、おはよう」
昨日あんな事をしてしまったのに、ユキの俺に対する態度は変わらなかった。
そんな優しいユキに感謝する気持ちと共に、罪悪感が込み上げてくる。
その所為か。つい、謝ってしまった。
「その、ごめんな」
「もしかして、昨日の事まだ気にしてる?」
「…………ああ」
「昨日も言ったけど、もう気にしてないよ。寧ろ添い寝権を獲得出来てラッキーって思ってるぐらい」
「だけど――」
「じゃあリウス。もう一個お願いを聞いて?」
「……なに?」
「今後、今回の事で謝るのは禁止。本当に気にしてないのに、そんなに謝られたら困っちゃうよ」
優しく微笑みながらそう言うユキに、先程と同じ感情が込み上げる。
結局俺は、謝るという行為をする事で、楽になりたかっただけなのだ。
そんな言葉に、意味はない。
だから俺は、先程とは別の言葉を伝える。
込み上げた、もう一つの感情の言葉を。
「……ありがとう。ユキ」
「うん。これからも宜しくね、リウス」
その言葉を聞き、心に引っかかっていた何かが、スッと無くなった気がした。
もしかしたら俺は、ユキと一緒にいられなくなる事が怖かったのではないか。
何処か焦っていたのではないか。
ユキが俺から、離れていってしまうのではないかと。自分のものでは無いのにも拘らず。
本当、俺って奴はどこまでも自己中な奴だ。
最初から最後まで自分の為だった訳だ。
きっとそれは、俺の根の性格なんだろう。
だからせめて、今だけは相手の事を想って。
求められたものに、答えるように。
「ああ、これからも宜しく。ユキ」
◇◇◇◇◇
「で、今日はどうする?」
朝食を食べ終え、部屋に戻ってきた俺達は、今日の予定を決めていた。
「最近は俺がずっと決めてたけど、ユキは何かしたい事とか無いのか?」
「うーん。私が決めていいの?」
昨日でこの世界のある程度の事は知ることが出来た。
詳しい事はまた調べなければいけないが、まあ後回しでも大丈夫だろう。
金もギルド内の施設で殆ど済ませている為、使い切れないぐらい余裕がある。
というか、最悪一文無しでも食と住は保障されていると言っていい。
なので、今何かするべき事は特に無い。
「ああ、別に予定は無いしな」
「……じゃあ、今日は一日お休みにしない? こっちに来てからゆっくり話す時間も無かったし」
確かに、この世界に来てからユキとゆっくり話す機会が無かった。
いや、作ろうと思えば時間はあった。
だが、その前にやる事が多過ぎて後回しにしていた。
ようやく時間が空いたんだ。そんな日があっても良いだろう。
「それも良いな。今日は1日休みにするか」
「うん!」
◇◇◇◇◇
それから数時間、俺とユキは取り留めのない会話をしていた。
この前食べた料理の話。俺の買ったアクセサリーの話。この世界独特のアイテムの話などなど。
それだけでも楽しかったのだが、俺にはユキに確認しておかなければならない事があった。
返答次第では、今後の目的が決定する、そんな質問。
「ユキ、一つ聞きたい事があるんだけどさ」
「うん、何?」
「ユキは……元の世界、日本に――」
「ううん。帰りたくない」
「……まだ最後まで言ってないんだけど」
かなり食い気味な返答だったが、この答えは願ったり叶ったりだ。
「……リウスは? どうなの?」
「まあ、俺も特別戻りたいとは思ってないよ」
「そっか。良かった……」
「正直俺も安心した。ユキが戻りたいなら、そうするつもりではあったけどさ」
普通、異世界に転移するなり召喚されるなりした人は、そこから元の世界に戻る方法を探す……ものかどうかは分らないが、少なくとも俺に戻る気は無かった。
両親や兄弟、親戚はおらず、ただただ無為な時間を過ごすだけだった日々。
友人は……居なくはないが、異世界に来てしまったというのに、そこまで会いたいとは思わなかった。
尤も、この世界に知り合いが誰一人として居なければ、また違ったかも知れないが。
自分では気が付いていないだけで、ユキの存在はかなり大きいのだろう。
ただ、唯一の心残りは……墓参りに、いけなくなってしまった事だろうか。
でも、いい機会なのかも知れない。強制的に行けなくなる事で、冷静に考えられるようになるかも知れないのだから。
「でも……良いのか?」
「うん。向こうの世界は……凄く、退屈だったから」
「……そうか」
俺にその言葉に込められた意味は分からない。
だが、それがユキの決めた事ならば。
俺は、それを尊重しようと思う。
「よし。じゃあ俺もユキも、向こうの世界に戻る気はないって事で良いよな?」
「うん! ……なんか安心したらお腹空いてきちゃった。ちょっと早いけど何か食べに行かない?」
「そう言われると俺も空いてきたな……食べに行くか」
ユキが着替え終わるのを待ってから、俺達は少々早めの昼食を取るため、部屋を後にした。
◇◇◇◇◇
昼食を食べるだけのつもりだったが、ユキの希望で昼食後は、街の散策――もとい買い物――となった。
女性の買い物について行くのは体力を使う。数年前、そんな話を聞いた事があった。
が、実際に女性と買い物に行く事なんて無いのだから、自分には関係が無い事だと思っていた。
だが、まさか今になってそんな出来事が自分に起ころうとは思わなかった。
そして、その話の通り、かなり疲れた。
まあ、主に精神面で。
ギルドに着いた頃には、時刻は午後7時を回っていた。
夕食も食べ終わっていたので、部屋に戻ろうかとユキと話していると、ギルド全体に響き渡り、外にも聞こえる程の大音量で、ギルド職員の声が聞こえてきた。
『現在、ギルド内にいる全冒険者に通達します! 手の空いている冒険者は至急、ギルド一階ロビーにお集まり下さい!』
まだ何か起こるようです。




