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eat me  作者: 浮世
eat me1
6/10

六話

彼女と「香」と言う存在。

香が例のコーラ瓶をゴミ箱に捨てに行っている間、私は無邪気にはしゃぐ子供たちとその母親をぼんやりと眺めていた。香は案外間抜けな所があるから、ゴミ箱を探して右往左往しているかも知れない。そう思うと少し笑える。


館内から外に出ると、空はあっという間に夕暮れ時になっていて、深い茜色が私を包んでいる。ふと水族館の水槽の澄んだブルーを思い出して、その対比に少し涙が滲んだ。水族館をぐるっと巡ったけれど、あまり何を見たか覚えていないのは自分でも不思議な感覚だった。あの人が好きな海月はやっぱり子供には怖がられていたし、ぽつりぽつりと目を止める人はいたけれど、好んで注視している人はいなかった。


水族館の広場には喜色を浮かべて家路に着く人達がいて、子供たちを見守る母親の表情は、私と同じ性別なのにも関わらず、ある種の呵責や葛藤を超越した微笑みを称えていて、ああ、こう言う表情をアルカイックスマイルって言うんだ、と思った。後どれ位時間を重ねれば、私もあんな風な女性に成れるんだろう。今はパーマで傷んだ毛先が、ただ痛々しい。


子供たちは弾けんばかりの喜びを目一杯に振り撒いて、くるくると表情を変えながら走り回っている。



「花のワルツじゃん」

後ろから声がした。香が帰ってきた。

右手にオレンジジュース、左手にはカルピスが握られていた。全く気が利く友人である。

どっちがいい?と訪ねられて、黙ってカルピスを手に取る。今買ってきたばかりであろうそれはよく冷えきっていて、水滴で服が濡れないようにキャップを開いた。黙ってカルピスを口に含む。懐かしくて、優しい味だ。


「…で、何で花のワルツなの」

長い時間歩き回った為、間接が痛みだしたのでその場に座り込む私。ああいう華美な曲はあまり好きではない。素敵だとは思うけれど、現実離れしていて耳に残らないのだ。


「ちっちゃい子がくるくるしてるでしょ、それが花のワルツみたいだなって」元気だしね、と付け加える。成程。少し感心してしまった。香は抜けているようで純な所がある。目の付け所が私とは違うんだなぁと改めて感じた。


「そう言ったら空が燃えてるけどね」

私は頭上に広がる茜空を指差した。絵の具をそのまま溶いた様な空は、夏の雲と合間って燃えている様にも見える。


「それにしても燃えた空の下でワルツって、中々壮絶な眺めだね」と、香は笑う。香は手に持ったオレンジジュースを少し飲んでいて、これいる?と私が聞くと、黙って首を横に降った。


「いや、いい大丈夫」

そっか。と、溢して私はカルピスを飲む。続けて飲んでいると特徴的な甘さに慣れ始めていった。炭酸水で割るとカルピスソーダで、アルコールで割るとカクテルなんだっけ。家でまた試してみよう。


私の横に立っていた香がふと駆け足になって、私を追い越す。何事かと振り返るとオレンジジュースを持ったまま、ちょうど私の後ろにあった赤レンガの花壇の上に乗って、ゆらゆらしていた。艶々の黒髪と背景の夕暮れが見事に溶け合っていて、それは一枚の絵画の様だった。

なんだか遠足の帰りみたい、と思った。美咲は一緒にいて片意地を張らなくていいから好きだよ、と昔香に言われたけれど、幼い頃からお互いを知っていた様な親近感を私も感じていたのは事実だ。おっと、よろけてオレンジジュースを落とす。中身が床に流れて、友人の情けない声が聞こえる。


私がじゃあ水族館に行こうよと誘った時「今更水族館って」と香は笑ったけれど、何処にでも自然体でいれる時間をくれるのは、香の天真爛漫さが理由なんだろうな。


香が私の肩を叩く。駆け足で戻ってきた様だ。あれ、いいの?と床に転がったペットボトルを指差したら、別に気にしてないからいいの、とだけ言った。香は床に三角座りしていた私の手を取って、勢い良く立ち上がる。

そしてポケットから取り出した帰りの切符を差し出した。それは帰りには改札が混むだろうからと、入館する前に買っていたものだ。


歩き出した香が「美咲、帰るよ」と振り返り様に私を呼んで、私もその後に続く。香のバッシュと私のミュールが続いて足音を奏でる。私には燃えるような茜空と、幼い子供たちの花のワルツと、空に溶けた香の黒髪だけが実感を持って感じられた。手に持った切符は、行きと同じ280円区間。きっと遠くも、近くも無い。


「うん」

空になって飲みきったカルピスを脇のゴミ箱に放って、小走りで香の隣ところまで走った。

今日の晩御飯は何にしよう、エビピラフがいいかな、なんて思いながら。

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