二話
彼女の闇と、青い空。
何が引き金だったかなんて分からない。人間、吃驚しすぎると何も考えれなくなる。そこが人気の無い路上であっても、その時の記憶はすっぽ抜けている。気を付けていた、のは言い訳にしか過ぎないのだろう。
後ろから走ってきた「何か」が私に覆い被さってきて、吃驚する間もなくすぐそばのマンションの屋内に連れ込まれて、「最中」は何も考えてられなくて、繰り返し繰り返し身体中を犯され続けた。
気付いたら私は泣いていて、追いかけてきたその人が、ついさっき話していた同級生だと言う事に絶句した。
恐怖に目を見開いた私を見て、
彼はまた唇を押し付けた。何度も、繰り返し、蔑む様に、慈しむ様に。執拗に、ただ執拗な求愛行為だった事を、青い窓を見詰めながら反芻した。
時間だけ過ぎた事を感じて、外は明るい。起きたら私は一人で、彼は勿論いなくて、意外と何でもなくて。
小脇のテーブルには買い置きのドーナツがあって、走り書きで「Eat me」と書かれていた。
安っぽい箱一杯に、私とそれらとだけがぽつねんと残されたまま、時間は進む。レールからはみ出した私達を置いたまま、時間は進む。怖い程正確に、均等に、回る世界。
涙が止めどなく溢れた。
ありったけの涙が。
口当たりのいい口実ならいくらでもある。それを私には止めれないから、悲しくなって、泣きながらドーナツをばくばく食べた。
食べきれずに冷えてしまったドーナツを暖めたら、いつの間にかお昼になっていて、空になった箱を(それでもやっぱり)泣きながら姿見に投げつけて、部屋を出た。
部屋は必要なものしかなくて、柑橘系の芳香剤が置いてあったのを横目に見た。
私は創り笑顔がバナナジュースの次に苦手な生き物である。部屋に飾っていたであろう上木鉢を派手にぶちまけて、勢い良くドアを閉めた。
行われた事とは裏腹に清潔感のある柑橘系の薫りを私は忘れないだろうし、彼は直ぐにでもあの部屋に戻ってくるだろう。
マンションの階段を駆け降りたら、お婆さんとぶつかりそうになってしまって、思わずさっと避けた。罪悪感から軽く謝ったけれど、お婆さんは特に怒らなかった。
そのまま駆け出したら、外は嘘みたいに良く晴れていて、途方にくれて。次の用事まで有り余った時間を、どう消費しようかと考えていたら悲しくなって、また涙が出てきた。
横断歩道が青になったのを境に急いで走った。自然に足に力がこもる。暑さと疲れで息が切れて、それでも一刻も早くそこから離れたくて、走って、走って、最中に腹の底から言わなくちゃいけない事が込み上げてきた気がしたけれど、それはきっと彼のせいに違いないと思って、尚更死にたくなった。それでも空はずっと青くて、町は他愛ない休日を写し出している。
身に覚えのある道に入って、また走って、やっと着いた自宅のドアを開いて乱暴に閉めたら、さっきまでの不快感が少しだけ薄れてくれた。
真っ青な空に焼かれて死にたいと思ったのは、あの時だけだった。