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ミステリー・レコード弐  作者: 天海 扇
壹の弐 柊rabbit
8/22

No. 8

 夕焼けに照らされ影が大きくなるくらいの時間。あまり見慣れない道を、僕と柊さんの二人はゆっくりと歩いていた。目的地は、彼女の家である。




 怪異殺しという仕事をしているらしい男ワタリは、僕達に怪異の名前を伝えた後に、その怪異についての説明や解決法などを話してくれた。

「うくつかみ……? ワタリ、それは、どういう怪異なんだ?」

卯掘神(うくつかみ)。漢字で表すなら……干支の()に、穴を掘るの(くつ)、神は神様の神って感じかな。それで卯掘神」

 ワタリは服のどこかから小さな紙切れを取り出すと、どこかから取り出した筆ペンの様な物で書き表してくれた。

「名前の通り、こいつは神様だ。まぁ、神様と言ってもそこまで力が強いわけではないし、良い神様なのかと聞かれたら、単純に良い神様だとは言えないけどね。さっきも言った通り、祟り神だしね、こいつは。──あぁ、そうだ。君達は祟り神って知ってるのかい?」

「いや、僕はよく知らない」

「そうか。じゃあ柊ちゃんは?」

「私もよくは知りません……確か、畏怖(いふ)され忌避(きひ)される神様、でしたよね?」

「うんまぁ、大体そんな感じ。流石、怪異に関わってきただけあって四津木くんよりも優秀だねぇ」

「おいワタリ。事実だから仕方ないけれど、別に今僕をけなす必要は無いんじゃないか」

「はは、わかってるって。そんなに焦るなよ。功を急いでも良い結果は得られないぜ。急がば回れ、果報は寝て待て、と昔からよく言うだろう」

「善は急げ、とも言うぞ」

「はは、そうだね。こりゃ一本取られたな……そんなに(にら)むなよ。僕はこれでも専門家なんだ。仕事はちゃんとするよ。──それじゃあ、この卯掘神という祟り神がどういった怪異なのかの説明から始めようか」

 ワタリは(ふところ)から折り畳まれた紙を取り出すと、近くに放置されたままになっている背の高いテーブルの上に広げて何かを描き始めた。

「まず、卯掘神というのはさっきも言った通り、人間が人間を呪うために遣わされる呪いの神様だ。力は大したものではないけど、厄介なものではある。これは呪い全般に言えることなんだけどね。──ともかく、卯掘神は遣わされると対象に取り憑く。取り憑かれた人間は見えない穴を開けられ、体と心の熱を徐々に奪われていく。記憶や思い出とかが失われるのはそのせいだ。そして、さっきは大した力は無いと言ったけれど、この呪いが危険なものではない、というわけではない。放置していれば最悪死に至る可能性だってある」

「なっ……!? 死ぬ可能性って……!」

「大丈夫。柊ちゃんにかけられた呪いは結構進行してしまっているけれど、まだ命に関わるレベルまでは行っていない。だからといって、放置しておくわけにもいかないけど……そうだ、話したくないなら別に言わなくても良いんだけどさ」

 ワタリは柊さんの方に体を向けると、彼女の目を見て話し始める。

「君はさっき、自分を恨んでいる人間はいないか、という僕の質問に、『母』と答えたよね。理由は、聞いても良いかな」

「……」

「柊さん、話したくないなら無理して話す必要は……」

「……大丈夫。私は大丈夫だから」

 柊さんは僕に、「心配してくれてありがとう」と言って微笑むと、ワタリに向き直り、一度深呼吸をする。

「私の父親から聞いた話なんですけど、私の母親は……私が生まれてから少しして、おかしくなり始めたらしいんです……私のこの見た目のことで色々と悩んでいたらしいのと、あとは、父と母は共働きだったんですが、母の方の仕事が当時うまくいっていなかったみたいで、時々私に……その、暴力を……」

「っ……」

 柊さんにそんな過去があったとは、思いもしなかった……。

「母が私に暴力をふるっていることに気づいた父は、母を厳しく叱り、私のことを心配してとても優しくしてくれました……ですが、父の愛を一身に受けている私が妬ましいと言って、母の暴力はより酷いものになって……ある日、父と母は別居することになったんです。私は父の元へ……。父が離婚しなかったのは多分、母がいつか正気に戻った時にやり直していきたいと、そう思っていたからなんだと思います。別居してから今まで、母親との交流は行われていないんですけど……父と私が母の元を離れる時に私に向けられた、母の恨めしそうな表情は今も忘れられません……」

「うん、なるほどね。辛いことを話してくれてありがとう。その話を聞く限りだと、十中八九犯人は君の母親で間違いなさそうだ……さて、それじゃあ解決法を示していこう」

 ワタリはテーブルの上の紙を裏返すと、そこに①、②と書きこみ、二つの図を描き始める。

「……っと、こんな感じかな……今回の件に関して僕達が選べる選択肢は二つだ。一つは祟り神を(たてまつ)(あが)めることで祟り神の機嫌を取るという方法だ。こちらの方法のメリットは祟り神が守護神となって柊ちゃんの身を守るようになってくれること。デメリットは呪いを解いた後も長期間信仰し続けなければならない、ということだ。期間は特定できないし時間もお金もかかる。こちらは現実的ではない」

 ①の図を指さしてそう説明すると、今度は②の図を指さしてワタリは説明を始める。

「そしてもう一つは、呪い返しをする方法だ」

「呪い返し……? それって……」

 呪いをかけてきた柊さんの母親に呪いをかける、ということなのか……? でもそれだと……。

 僕は柊さんの顔を確認する。

「……」

「こちらの方法のメリットは、呪い返しを成功させた時点で卯掘神は離れるから、それ以降この怪異と関わらずに済むということ。一つ目と違って時間もお金もかからない。デメリットは、失敗した場合に危険な目に合う可能性があること。あとは……呪いを返すんだから当然、他人を苦しめることになるという点かな。でもまぁ、今回はこちらの方法を選ばせてもらうよ」

「ちょ、ちょっと待てよ」

「なんだい」

 ワタリは、やっぱり、と言いたそうな表情を僕へと向ける。きっと、僕が言いたいことがわかっているのだろう。

「ほ、他には方法は無いのか?」

「無いよ」

「だ、だけど……呪い返しをしたら、柊さんの母親が……」

「予想はしていたけどさ、君が反発することは。でもさ、よく考えてみろよ。彼女の母親は、よりにもよって自分の娘を呪ったんだぜ。自分で調べたのか誰かから聞いたのかはわからないけど、それでも自分の意思で呪ったんだ。呪いを返されたからって文句を言う筋合いは彼女の母親には無い。人を呪わば穴二つ、自業自得だ。彼女の母親は、それ相応の罰を受けて(しか)るべきなのさ」

「そ、そうかもしれないけど……もし、もしも呪いをかけたのが赤の他人だった場合は……」

「赤の他人だったら、なんだって言うんだい。四津木くん。君は、君の友達を殺そうとした犯人が逮捕されそうになったとして、それを助けたりはしないだろう? それと同じさ。それともなんだい。君は、どちらも助けるとか、そういうマンガの主人公みたいなことを言うつもりなのかい?」

「……僕は……」

「君が救いたいのは、この場にいる彼女だろう。彼女を助けたいから、僕の元に来たんだろう。君が助けるべきは、誰だ」

「だからって、柊さんの母親を呪うだなんてっ! ……柊さんは? 柊さんは……これでいいのか? 自分の母親を呪い返すなんて……」

「室戸くん……私のために怒ってくれてありがとう……でもね、私は大丈夫。覚悟は、できてるから、ね?」

 柊さんは、困ったような表情で僕に微笑みかけた。




 卯掘神の話を終えた後、ワタリは時間が欲しいと言った。

『呪い返しをするための準備に色々と必要なものがあるし、今日中に準備を終えることはできないだろう。だから君達、今日はもう帰りなよ。明日、準備ができたらすぐに連絡するからさ』

 ワタリにそう言われた僕達は、帰路につくことになった。日が沈みかけて暗くなってきているため、現在僕は柊さんを家まで送り届けている。

「ありがとう室戸くん。私の家、ここだから」

「あぁ、うん……」

「室戸くん。あまり悩まないでね」

「えっ……?」

「これは、私の問題なんだし……君が気に病むことなんかじゃ……」

「……違う。これは僕達の問題だよ」

「……!」

「辛かったりしたら、僕に頼ってよ。話し相手くらいにはなれるからさ」

「……うん、ありがとう」

 柊さんはそう言って僕に笑みかけると、「またね」と言って家の中へと姿を消していった。

 僕は彼女の姿が扉の向こうに消えるまで見送ると、一つ大きなため息をつき、自分の家に向かってゆっくりと歩みだす。

 人のいない狭い帰り道には、どこかからか聞こえてくる、複数の猫の鳴き声が響き渡っていた。





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