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ミステリー・レコード弐  作者: 天海 扇
壹の弐 柊rabbit
7/22

No. 7


 終業式が終わり、放課後。

 僕は柊さんに、話したいことがあるからと言って、待ち合わせの場所である空き教室を指定してそこで待っていてほしいと伝えた。できることなら一緒に向かいたいところだったが、今週の僕は掃除当番に当たっているため、そういうわけにもいかなかったのだ。柊さんと掃除当番どちらが大事かなんてそんなものは比べ物にならないし、比べるべくもないことだけれど、柊さんに釘を刺されてしまったのだ。「君が何を話したいのかわからないけど、掃除当番をサボったりしちゃダメだよ?」と。

 そして、掃除を終えた僕は今、指定した空き教室へと向かっている。空き教室を指定した理由は、単純に先生や生徒がほとんど来ることがないからだ。特に何を話すかを決めているわけではないが、人がいると話しづらいような話題とかに万が一なってしまっても、できるだけ誰にも聞かれないようにしようと考えてのことであった。

「……涙はな~がれ~てく~。誰にも見~えな~いまま」

「……ん? ……歌……?」

 階段を上っていた僕は、廊下の奥の方から聞こえる歌に耳を傾ける。その声は美しい綺麗なもので、聞きなれたものでもある。

 僕は廊下の一番奥まで歩くと、開いたままになっている空き教室の扉から中に足を踏み込んだ。

「……心の~中~だけで~、いつもな~がれ~てく~……」

「……歌、上手いんだな。柊さん」

 窓際の机に腰かけて、開かれた窓から外を眺めていた柊さんに僕が声をかけると、彼女は驚いたようにしてこちらを振り返った。

「あっ……あはは、聞かれちゃったか……気づかなかったな~。いや恥ずかしいですな~これは……」

 柊さんは照れ臭そうに笑うと、机から降りて僕の近くに歩いてくる。

「それで、わざわざこんなところに呼び出してまで、君は私と何が話したいの?」

「ん……大したことじゃないよ。多分」

「多分?」

「あぁ、多分な」

 僕は、彼女の言動にわずかな違和感のようなものを感じたが、そんなことよりも今は、もっとほかのことに僕の気が向いていた。


 この教室に入ってから、明らかに体感温度が下がっている。


 正午を過ぎてから数時間、日が徐々に沈みつつあるとはいえ、今は時期は7月の下旬(げじゅん)である。つまり、真夏。暑いはずである。だがしかし、僕は今、暑さというものを全く感じていない。それどころか、涼しさすら感じているくらいだ。

「……あの、どうかしたの?」

「いや、なんでもない……柊さん、聞きたいことがあるんだけどさ」

「はい?」

「柊さんさ、最近、何かに悩んでいたりしない?」

「え……?」

 柊さんの背後の窓から入ってきた強めの風が、僕の背後にある開かれた扉へ向かって流れていく。

「どうしたの? いきなりそんな質問なんかしてきて」

「いや、少し気になってさ。最近の柊さんは、何かに悩んでいるというか、苦しんでいるというか……そういった感じに見えるからさ」

「……そうかなぁ? 私はいつもと変わらないし、いつもと同じだと思うんだけど」

「本当に?」

「今日の君、ちょっとおかしいよ? 君こそ何か悩みごとでもあるんじゃないの?」

「僕には悩みごとなんて……いや、確かに、僕は今悩んでるよ。柊さん、君について、僕は悩んでる。僕は君を心配している」

「……どうして? 私は何にも困ってないよ?」

 外から流れ込む風が、教室のイスや机をガタガタと鳴らす。

 どうしてかわからないが、柊さんは僕に話すつもりはないようだ。いや……心配させたくないのか、僕を……一人でどうにかしようとしているのか……。

「……」

 僕は深呼吸をする。

 彼女は嘘をついていると、僕はそう感じた。確証は無いが、違和感があったからだ。例えば、彼女は今日、ある漢字二文字の単語を口にしていない。気のせいかもしれないし、たまたまかもしれないが、それでもその違和感は僕に大きく働きかける。

 ……さて、問答バトルと行こうか……。

「柊さん。最近寒いなって、そんなことを思ったり感じたりしたことはない?」

「寒いなって……そんなことを思ったり感じたりしていたら、こんな腕を出した服装なんてしないでしょ? それに、今は真夏でしょ? 暑いに決まってるじゃないですか」

「この部屋、寒いとは思わない?」

「今日は風が強いみたいだね。言われてみたら、少し肌寒いかも」

 ……こっちの話題では攻められないかな……。なら、もう一つの方で攻めて、ボロを出させて、そして話させる……!

「最近、忘れっぽいとか言ってなかった?」

「それは言ったけど、悩むほど私は忘れっぽくないよ」

「……三日前のことは覚えてる?」

「三日前……? え、何かあったっけ?」

 僕は嘘をついてみることにした。

「ほら、グラウンドの噂の真相について、僕達二人が調査したじゃん」

「あぁ、そうだね……」

「……」

「でもさ……君が言ってるそれは、二日前のことでしょ? 三日前は……私が君に、その噂を話しただけだもん」

「……そうだったね」

 これは無理か。

「じゃあ、二週間前くらいに僕達が解決したのは?」

「それは……カットマンのこと、だよね」

「うん。正解」

「ちょっと……何がしたいの本当に……君は私に何が聞きたいの……?」

「……」

 僕が聞きたいのは、君の本心だ。

「じゃあさ、二日前に遅刻してきた人がいるよね。誰だったっけ?」

「う、宇賀神(うがじん)さん、だよ」

「じゃあ、彼女は遅刻の理由になんて書いてたんだっけ?」

「えっと……確か、冒険者じゃ、なくなってしまったから……だったかな……」

「あぁ、うん、そうだったね」

 こんなことまで覚えてるのか……手札が無くなってきたな。……でも、あと二つはある。多分、このどちらかで決められる。彼女はきっと、忘れている……。

「カットマンの時に鏡の中の女の子に出会ったけど、彼女の名前は?」

「……な……えっと……な、ナノハちゃん、だよ」

「……」

 ずいぶんと苦しそうだな、と、僕はそう思った。頑張って思い出そうとして、それでようやく(ひね)り出しているような。宇賀神(うがじん)さんの名前を聞いた時もそうだった。

 ……うん……多分、きっと、彼女は忘れている。ここまで話してきたけど、やっぱり彼女は、言わない。一度くらい言ってもおかしくないはずなのに、言わない。……呼ばない。

「ね、ねぇ? もういいかな? 帰ってもいいよね?」

「……」

「き、今日の、君……ちょっと怖いよ……?」

「……ごめん、柊さん。これで最後だから。これが最後の質問だよ」

「……」


「柊さん……僕の名前を、覚えてないよね?」


「……!」

 風の通る音だけが聞こえる静かな教室に、柊さんが息をのむ音が響いた。

「な、何を言ってるの? 君の名前を、忘れるなんて……」

「柊さん……何があったの?」

「……違うの、忘れてなんか……き、君の名前は……名前は……」

 柊さんの声は震えていた。

「違うの……覚えてるよ……友達の名前を、忘れて、なんて……うっ……ふぅっ……」

 柊さんはうつむき、手で顔を(おお)い隠してしまう。

 僕はそんな彼女を抱きしめる。彼女の体は、驚くほどに冷たくなっていた。

「柊さん、何があったの? 話してよ、一人で背負い込まないで、頼ってくれよ。僕は柊さんに頼られて迷惑なんて思わないんだから。僕にできることなら力になるし、僕や他の誰かの名前を忘れてしまったなら何回でも答えてやる。僕の手に負えないことでも、手を貸してくれそうな人を紹介するくらいならできる。だから、話してくれ」

「ごめんなさい……心配させたくなかったの……ごめんなさい……」

「……謝らなくてもいいよ」

 僕は彼女から離れると、彼女の(うる)んだ瞳を見つめて微笑む。

「僕の名前は室戸四津木。よろしくね、柊さん」

 僕の言葉にこらえられなくなったのか、僕と柊さんの二人しかいない教室に、彼女の泣き声が響き渡った。




『そうかい。そんなことがねぇ』

 あの後一度廊下に出た僕は、これまでの流れを伝えるためにワタリに経過報告を行っていた。

「何か、こういった状況を引き起こす怪異に心当たりとかはないかワタリ?」

『あ~、いや、心当たりはあるんだけどね。そうだな、やっぱり万全を期すために実際に僕自身の目で見ておきたいかな。僕の今いる場所を教えるから、二人で来ておくれよ』

 ワタリはそう言うと通話を切り、しばらくすると僕に居場所を伝えるためのメールを送ってきた。

 僕はメールによって送られてきた地図を確認する。どうやら彼は今、町の中心から少し離れた建造物の中にいるらしい。

「……ここにいるのか。柊さん、僕の知り合いに連絡はしておいた。僕達を待ってるみたいだから、一緒に来てくれるかな」

「うん。わかった……」

「あ、そうだ。意味はないかもしれないけど、一応これ、羽織(はお)っておきなよ」

 僕はTシャツの上に着ていた服を柊さんに羽織らせる。

「あ、ありがと……」

「じゃあ、行こうか」

「……うん」

 僕達は一緒に玄関まで行き外に出ると、ワタリが指定した場所に向かって歩き始めた。




 僕は目的地の前で唖然(あぜん)としていた。なぜなら目的地の建造物は、どこからどう見ても廃墟で、誰一人として人がいないだろうと思えるほどにボロボロだったからだ。

「なんで……こんなとこに……」

「す、すごいね……」

「ん、メールだ……」

 僕は今届いたメールを確認する。内容はこうだ。

『そろそろ着いた頃だろう。僕は二階にいるからね、申し訳ないけど、そこまで来てくれるかな』

 僕は二階の方を見上げる。

「あいつ……どっかで見てんのか……?」

「室戸くん?」

「あ、ここの二階にいるってさ」

「到着と同時にメールなんてすごいね」

「まぁ、変わってる奴なんだよ。悪い奴じゃないとは思うんだけどさ……とりあえず、行こう」

「うん」

 僕達は鉄筋コンクリートが剥き出しになった廃墟へと足を踏み入れる。

「誰かに見つかったら怒られちゃいそうだね」

「そうだな……」

「でも、ちょっとこういう場所ってワクワクしちゃうな」

「僕の好きな小説に……こういう場所に住み着く金髪アロハがいたなぁ……」

「あぁ、そう言われてみたら、雰囲気似てるかも。カッコいいよねぇあの人」

 まさか通じるとは思わなかった……。

 僕達は、他愛のないような会話をしながら階段を上り、ワタリが待っている場所へと近づいていく。

「やぁやぁ、ご足労おかけしてすまないね。待ってたよ、お二人さん」

 少し歩いて開けたスペースに出ると、僕達の目的の人物がうさんくさい雰囲気を出しながらボロボロのソファに座ってこちらを見ているのが目に入った。

「あ、あの、初めまして。柊千尋と言います」

「うんうん、柊ちゃんね、よろしく。──いやぁずいぶんと綺麗な子じゃないか四津木くん。君も(すみ)に置けないね~」

「うるさいニヤニヤすんな。お前は親戚のお節介なおじさんかよ。……とにかく、連れてきたんだから、彼女を早く見てあげてくれよ」

「あ~はいはい、そんな焦んなって。ったく、久しぶりに会ったっていうのに冷たいんだから。さて、と……」

 ワタリは立ち上がると柊さんの目の前まで近寄ってきて「なるほどね」と小さな声で呟いた。

「ここまでの状況になってるなら結構辛いはずなんだけど……優しすぎるのもたまに傷だねぇ。──柊ちゃん。二三質問させてくれるかな」

「は、はい」

「最近、ウサギみたいなものを見たことがあるんじゃないかな。半透明の体で現実離れしたような感じのさ」

「え……はい、その通りです」

「じゃあさ、誰かに恨まれていたりとかはしないかな。友達や先生、あとは、家族とか」

「そ、それは……」

「心当たりが無いなら無いで良いし、言いたくないなら無理に言わなくても」

「いえ、大丈夫です。言います……私を恨んでいる人……少なくとも一人は心当たりがあります……」

「それは誰だい」

「は、母親です……私の……」

「あぁそう。なるほどね。こりゃ決まりだな」

「ど、どういうことなんだワタリ。何がわかったんだ……?」

 ワタリはこちらに背を向けて丸レンズのサングラスをとると、取り出した布でレンズを拭きながら答える。

「怪異の正体がわかった。普通の人間なら触れることは無いはずのものなんだけどね……まぁ、それは今はいいか。簡潔に話そう。」

 ワタリはため息を一つつくと、サングラスをかけ直して僕達の方に向き直る。

「怪異の名前は卯掘神(うくつかみ)。ウサギのような姿をした神様で、恨めしい相手を呪うために(つか)わされる祟り神さ」





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