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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
もっと、はみだしてあぶない刑事
89/130

船上の哀歌~神戸湾に眠るカルテット~ 13

「はみだしてあぶない刑事」シリーズ4作目

 「まったく。頭にきちゃう」

荒い鼻息を吹かせながら、無意識に強く踏みつけた廊下に足音が響く。


 小林良平とピアニストのセレナからサプライズパーティの話しの詳細を聞きに行き、彼らの浅はかで愚かな行為が原因となり吉田真海に危機が訪れた事を知った。幸恵が教育者の様に口でいちから説明しなくては理解できない程彼らの常識の認識と想像力は欠如していたのか。


 苛立ちはそれだけではない。幸恵ではなくとも、女性なら誰しも一度はプロポーズのシチュレーションに憧れをもった事はあるだろう。恋愛ドラマでは一番の盛り上がりであり、主人公に自分を重ねる視聴者が一番胸をトキメかせる瞬間だ。

 結婚を意識している相手に非日常でオシャレな船の上に誘われて、ロマンチックなディナークルーズ。ここできっと主人公は相手にプロポーズされるのだと、皆、期待する。


 それなのに、出て来たのは安価な指輪。しかもケーキの中に入れられてグチャグチャのベタベタ。それをつけろという相手。もちろんこのシチュレーションを選んだ理由は、「女の子が好きそう」だから。


 もしドラマのワンシーンがこれだったら、テレビの前のちゃぶ台をひっくり返してやりたい。テレビ局にクレームの電話を入れてやる。「私のトキメキを返せ」と。


 きっと光希がこの場に居たらこのイライラをぶつけられるのに。マイペースに人を好き勝手に振りまわし、周りをウロチョロされているのも迷惑だが、別行動で離れていても良いが、何故か居ないと居ないで不便さを感じる。


 むしゃくしゃしながらも、幸恵は医務室のある2階に戻ってきた。

 残された船の航路も陸まであと30分くらいと迫っている。ラウンジに戻りこの船で知り合った山中敏子と共に過ごすという選択肢もあるが、彼女の旦那は怖くて苦手だし、佐々木葉子に子供を探すよう頼まれた事を思い出しそこに戻れないと歩き続ける事を選んだ。


 あれから色々と船内を動いているが一度も子供とすれ違っていない。閉ざされた別の宴会場に紛れ込んでいるわけではないだろうし、航海に異常が見られないから船から落ちた訳でもなさそうだ。


 とすると、他に考えられるのは関係者しか入れない場所である。この船に常駐している演奏家の控室には居なかったが、比較的出入りしやすい場所となる。そうして思い付いたのが、今吉田真海が寝ている医務室だった。真海と花は面識がないと思うので、彼女の為にそこに居るとは考えにくいのだが、一応調べてみる価値はあるだろう。幸恵は彼女の具合も気になるので様子を見つつ、子供を探す為その場に向かっていた。


 食事をしていたフロアで倒れた真海を介抱し、彼女を医務室まで運んだ。そして船医に任せてそこから出て、ほぼ2・30分は経過しただろうか。再び舞い戻ったその部屋の扉の前に、見知った顔があった。


「あ、サッチーだ」

こちらに気付いて能天気に声を上げるその顔は何故か太陽の様に輝いていて見えた。


 幸恵はそれには何も答えず無言で彼女の前に立つと、その「叩いてくれ」と言わんばかりの後頭部を手の平で響かせていた。


「ひどいっ。何で急に叩くのさ」

 弾かれた後頭部を両手で押さえて涙目で彼女は幸恵に抗議をしてくる。そのやり取りが少し懐かしかったなんて、口が裂けても幸恵は伝えない。


「お姉ちゃん、大丈夫」

 光希の腰辺りで声がした。良く見れば彼女の体に隠れて小さな女の子が立っているではないか。光希のスーツパンツを左手で掴んで精一杯背を伸ばし、小さな右手で宥めようと必死になっている。

 光希がそれに合わせてしゃがめば、自分より年下を愛で、優しく慰める。そんな天使の様なお姉さんが頭を撫でているようだ。もちろん4歳の女の子に頭を撫でられて大人しくしているのは、アラサーのおばさんである。


「いじめちゃ、メッだよ」

どうやら可愛らしく幸恵も叱られてしまったようだ。一応、彼女の教育上謝っておく事にした。光希にではなく少女に向けてなのは言うまでもない。


「貴方が佐々木花ちゃんね。お母さんが上で探していたわよ」

幸恵も少女に合わせて腰を下ろしそう言うと、太陽の下で花が咲いた様に顔が明るくなった。

「良かったね。探していたお母さんに会えるってさ」

光希はそう言って花の頭を優しく撫でた。


「この子はどこに居たの。上のラウンジでお母さんがトイレから帰って来ないって探しまわっていたみたいよ」

幸恵は花に聞えない様に光希にそっと耳打ちする。

「それがビックリ。出会ったのは厨房の前なのよ」


 光希は騒動の原因となったケーキに隠されていた指輪を握ったまま厨房に向かった男性、岩田料理長の後を追った。彼は厨房に入ると幸恵が予想していた通り、その場に待機する調理スタッフを呼び出した。光希は中に入れそうもないので、扉のない厨房の出入り口で中を覗きながら聞き耳を立てる事にした。


 岩田料理長が監修と名を出しているだけあって料理の管理は彼が責任を取らざる得ない。その中でこの騒ぎが起きてしまった。食べ物の持ちこみを禁止している船だけに、その打撃は痛い。それを作ったのは彼でないとはいえ、彼の料理を好み、信頼して口に運んでいる客を裏切る行為になるだろう。


名を汚された料理人がどう怒り狂うのか、光希はそう推測しその彼の次の行動に興味を抱いていた。


 だが、光希の推測は外れていた。


 『サプライズで出されたケーキの中に指輪が隠されていた、これを作ったのは誰だか名乗りをあげなさい』と、岩田は怒りを表に出すことなく静かに問いかけていた。


 手を上げたのは若い女性だった。仲の良いピアニストに頼まれてアニバーサリー・ケーキを作り、それを持ち込んだ事も白状した。まさかこういう事になるとは思ってもいなかったと、そう自供した彼女は立ったまま泣き出していた。

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