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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
8/130

秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 8

 オレンジ色に染まった夕日は街をスッポリとまるごと飲み込み、辺りには段々と夜の時間が訪れる。


 街燈の明かりが決められた時間になると自動で点灯すれば、歓楽街から隠れたその場所でも大人の一夜を遊ぶ人々を店の明かりが誘惑を始める。


 性を商売に扱う店は古代から数多く存在し、歴史を遡れば公に認められた時代もあった。だが、今では法律による規制が一段と厳しくなり、ネオンが誘うその街を規律を順守するべく警察官が常に巡回し営業を取り締まっている。その影響もあり街頭で看板を掲げ客引きをしていた人々はその姿を消した。

 だが、それは無くなったわけではない。時代に応じてその営業方法を変えただけで、人間でも抗えない野生の欲求のはけ口として様々な分野に渡って趣向を変えてそれらの店は今も生き抜いている。


 齊藤がオーナーを務めていた『The Secret Garden』もその中の一つだった。


 何も知らない酔っ払い客が間違えて入って来ないように、わざと店の多い華やかな歓楽街を避け、路地も入り組んだ場所に静かに店を構えている。この場所では客に気付かれないのではと気になるかもしれないが、店の裏側には細い路地が一本通っていて、その路地は近くの大きな通りに合流できる。そのため、表のネオンが下がる入口からではなく裏口から誰にも気付かれずで出入りができると、どんな顔の売れた著名人でさえ人の目を気にせず女性と一晩を過ごせる場所だった。


 店を利用するにも簡単にはいかない。まず既に会員になっている人物と一緒に来店しなければならない。それを何回か繰り返した後、店側に個人を認めてもらわなければ個人の入店を許されない。つまり信頼のおける人物からの紹介により店側も安心して接客ができるのだ。


 蛇の道は蛇。他言無用ができる人物だけが認められる。老舗料亭の「一見さんお断り」方式を取り入れた、会員制が売りの一風変わったクラブだった。



 店内に呼び鈴が響き裏口に来客があった事を中に知らせた。まだ営業時間前で店内を清掃していたボーイが扉に取り付けられたカメラの映像を見る。そこには黒いパンツスーツを着た2人組みの女性が立っていた。


「こんばんわ。開店前にすいません。少し中でお話を宜しいでしょうか」

2人組の背の高い方がカメラに向かって軽く微笑みながらそう言った。



「フロアレディ募集の広告を見てくれたのかな。わざわざきてくれてありがとうね。今時リクルートスーツを着て、こういうところの面接に来るなんて珍しいね。2人は友達同士なのかな。仲良しだね。ちょっと君たちだと真面目そうで地味だけど、磨けば別人のように光るよ、きっと。でも、今日はまだオーナーが来ていないから面接を始める事ができないんだ。中で待っていて良いよ」

「いいや、私達は面接をしにきたのではなく、」

「わかっている、わかっている。まずはお店の中を案内してあげるから。面接を受ける前にそのお店の事を知っておくのは大切だからね。ほら、こういうお店って一般企業みたいにネットでいろんな事を調べるのは難しいからさ」


 勘違いの訂正をする暇もなく、おしゃべりなボーイに促されるまま廊下を抜けて広々とした店内のメインフロアに入った。捜査室で由美から受け取った写真付きの資料に載っていたものと同じ大きく豪華なシャンデリアが店舗の中央にぶら下がる。赤いソファーや絨毯に囲まれた淫靡で艶やかな広間は、画像よりも迫力があり圧倒された。


「どう、素敵でしょう。この店は内装も凝っていて、オーナーは良い趣味をしているんだ。そして、」

彼は朱色に染められた壁に下げられた額の1つを指差した。ここで働いている女性達のバストアップの写真が額に入れられ飾られているようだ。額の大きさに差があるのは、この店の指名率の高さに比例しているようだ。

「この店に働く女の子達と、一番上に飾られているサアヤちゃんがこのお店の指名率ナンバーワンだよ」


 1枚だけ一際大きく引き伸ばされた写真が、一目見ただけで他と違い高価そうな金色の額縁に納められていた。そのナンバーワンと呼ばれる彼女は、少しふっくらとしたピンクの頬に優しげに細められた目元をしている。年齢は20代中頃だろうか。他にも若くてキレイな女性達も居る中、彼女が選ばれる理由は、ただ外見が良いだけではないのだろう。1枚の写真からでも彼女の持った母性と知性と女性としての包容力が滲み出てくるくらいだ。それが彼女の持つナンバーワンになる程の人を引き付ける魅力なのだろう。


「どうしたの。お客様かしら」

「噂をすればだ。これが本物のサアヤちゃんだよ」

 鈴鳴る声色と共に額縁を見上げる幸恵達の後ろから写真とそっくりな女性がフロアに入ってきた。

 今日はブルーのふんわりとしたシフォンドレスがさらに彼女の優しげな魅力を引き立てている。艶やかにセットされた茶色の髪とは対照的に、白い首くじから覗くシンプルなハートのネックレスが広々と空いたデコルテ部分に映えていた。

「こんばんわ。新しく入る方かしら」


 幸恵と光希はお互いに顔を見合わせ、胸元から警察手帳を取り出した。

「いいえ、違います。実は私達こういう者なんです」

サアヤは少し驚いた顔を見せたがすぐに納得し様だ。だが、先程まで何も疑いもせず店内を案内していたボーイの方は驚きを受け止めきれず、目を白黒反転させながら2人の手帳と本人の顔を覗きこんでくる。


「警察の方がどういう御用なのかしら。生憎、まだオーナーが到着していないので詳しいお話はできませんよ」

「そのことなのですが、何と言ったらいいか、」

 相手に配慮して遠まわしに伝えようと言葉を選び、しどろもどろしていた幸恵を遮るように、店に入る前からずっと口を閉じ黙って隣に居た光希が幸恵の配慮も虚しく直接的な表現でバサリと告げる。

「待っていてもオーナーさんはもういらっしゃいませんよ。なぜなら今日の午後、こちらのオーナーである齊藤夏樹さんが遺体となって発見されましたから」



「おばか。そんなに率直に言っちゃ駄目でしょう」

「いずれは判る事だよ」

 幸恵は慌てて光希を責めるが、既に遅し。その言葉を聞いたボーイは先程の驚いた顔をさらに青ざめ、サアヤは驚きのあまり手の平に口元を塞ぎ込み上げる悲鳴を堪えながらその場に崩れ落ちてしまった。


「オーナーは誰かに殺されたってことでしょうか」

「その可能性がある。としか今は言えません。オーナーの齊藤さんについてお話を伺いたいので、今日出勤されている方々をこの広間に集めていただけますか」

 幸恵の言葉にボーイは困惑した顔をそのままで頷くと、床にしゃがみ込んで涙をこぼしているサアヤを近くのソファに座らせる。その数分後、店の奥から数人の従業員を連れて再び現れた。


 その集められた男女の中に幸恵は見知った顔を見つけた。

 金色に染められた髪をワックスで逆立て、大振りのシルバーアクセサリーを身に付けた青年。先日初めてであったスーパーの食品売り場に居る時よりも、この艶やかな世界に居る方が彼のその姿は合っている。


 彼も幸恵の事を覚えていたようで、目が合うと軽く会釈をした。


「オーナーが殺されたって本当ですか。どこで、いつ」

 茶色に染めた長い巻き毛を左耳の後ろから垂らした女が甲高い声を発した。確か壁面の写真ではサアヤの次に大きく引き伸ばされていた人物だ。ボーイの説明に乗っ取るならば、彼女がこの店のナンバー2ということか。


「まだ詳しくは判っていません。今日の午後に彼の遺体が発見されました。私達がはっきりと判っているのはこれだけなのです。だから皆さんに詳しい事を聞こうと思ってこちらに来ました」

「そんな、警察はオーナーを殺したのが私達の中にいると思っているのね」

「そういうわけでは、」

「だってそうなんでしょう。だからここに来たんでしょう。私達は何もしていないわ。こういう仕事をしているからってオーナーを恨むような事はしないわ。私達を疑うなんてお門違いよ。時間の無駄なのよ」


 温和に話を進めようとしている幸恵の言葉を、小型犬のようにギャンギャンと吠える女はそれを打ち消していく。他の従業員に声をかけようとしても必ず彼女が口を挟んでくる。こちらの話しを聞き入れてくれそうにないので、幸恵はついに困り果ててしまった。

2019/3月改稿

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