表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
7/130

秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 7

 現場を追い出された2人は署に戻る途中で車をある場所のパーキングに止め、そこから少し離れた、年代を感じさせるレンガ造りのレトロな外見と小さな「喫茶店コタカ」と書かれた看板を掲げる店に入った。


 慣れた様子の光希を真似て少し高めな椅子が特徴のバーカウンター席に座って周りを見る。チェーン店の様に明るくなく落ち着いた雰囲気の店内に、4人席が4つと調理場の前に取り付けられたカウンターテーブルには固定された椅子が4つ。規模はそんな広くない。

 以前に1度近くを通りかかった時に入った事がある店だが、幸恵が利用したのは夜だったので日中の来店は初めだ。その時もだったが元から客の入りが多い店ではないのか手狭な店舗には、ランチタイムには遅いとは言え誰一人客はおらず、接客する気も感じられないマスターが無言で出番の少ない透明なワイングラスを磨いているところだった。


 幸恵がこの店に来たのはただ単にここ周辺にイートインができる店がなく、偶然辿り着いた店だったので期待をしていなかったのだが、値段もお手頃で、出てくる料理の量も申し分なく満足した印象があるだけに、他人事ながら経営が心配になってしまう。


 幸恵が店舗に置かれている電話機の使用許可をマスターから得ると、唯一懐に入れてあった手帳にメモされた電話番号を打ち込み、今頃首を長くして待っているであろう麻優美に報告を入れる。

 現場で見聞きしてきた程度ではあるが事件内容の伝達と光希の携帯の電源が無くなってしまったが為に連絡を入れられなかった事を謝罪すると、電話口で大きなため息が聞えた。幸恵は何故光希が『特別捜査室』への報告を自分でせずに、幸恵に頼んだ理由をなんとなくだが察した。


「遅くなってしまいましたがそちらに戻りますので、その時には改めてご報告します」

幸恵はそう言って受話機を置くと、腕時計を見た。このまま真っ直ぐに戻れば終業時間には間に合うだろう。


 バーカウンターに座っている光希の方へ戻る。目の前には湯気の立った淹れたてのコーヒーが2人分置いてあった。少し高めな椅子に腰掛けると、目の前に出ていたカップに砂糖とミルクを入れてから口をつける。それでもなおほんのりとした苦味が幸恵の疲れた体に染み渡る。


「ねぇ、サッチー。鞄を取りに戻った後にさー、ココに寄ってみない」

隣から緊張感のない間延びした声と共に、幸恵の目の前に携帯画面が差しだされる。先程光希が持っていたガラケーには電池式の簡易充電器が差さっていた。


「充電器があったのなら、その携帯で電話できたわね」

「そんなことより、この画面を見てってば」

 スマホの液晶画面とは異なり、折り畳み式携帯の小さな画面には、先程変死体となって発見された齊藤夏樹について書かれたホームページの一部分が開かれているようだ。


 ある飲食店情報サイトが取材した時の、齊藤がオーナーを勤める店の紹介記事とその店舗の詳細がさらに小さい文字で書かれている、かに見える。


「拡大しないと読めないわね」

 携帯電話業界のほとんどを占める画面タッチパネル式ではなく、押しボタン式折り畳み携帯の機能が古いと言われる欠点の一つを幸恵は光希に告げて立ち上がった。再び店の固定電話で『特別捜査室』にダイヤルすると、齊藤夏樹の店について詳しい情報が欲しい旨を伝えた。電話口に出た由美が2つ返事で引き受けてくれた。


 署に戻り、まるで遠くのトイレまで出て行った素振りをする光希と共に刑事課の敷居を潜ると、捜査第一課の面々は未だに誰も戻ってはいない様だ。詳しい死因や大体の死亡推定時刻などが出て、今後の捜査方針について話し合っているところだろう。


 幸恵が『特別捜査室』に戻ると、満面の笑顔で迎えてくれた由美から齊藤の店についてプリントアウトされた書類を受け取った。そこには客の掻いた口コミや画像付きのメニュー写真などの一般的な情報の他に、ひと月の営業利益やよく来る客層など一般的に出回っていないはずの情報まで細かく調べ上げられていた。


「凄いわ。こんな短時間で良くここまで調べられたわね。ありがとう、本当に助かるわ」

「調べるの得意ですから」

 幸恵はただの可愛い顔した子としか見ていなかった由美の意外な一面について驚いた。今まで出会った警察官の中で水を見ない程に長けた情報収集能力だ。心の底から出た幸恵の感謝の言葉を受け取った由美は照れ臭そうに頬を染め、鼻の下を人差し指で横に擦った。


「ここがさっき、私が調べていたところだよ」

幸恵は資料を読む横から光希の指が視界に割り込み、ある店舗について書かれた文面を差した。


「そんなに大きくない飲食店って感じね」

「このお店は外資系のフランチャイズチェーンストアで、この地域にある店舗のオーナーが齊藤になっています。お店を簡単に説明すると、自家製のコーヒーを売りにした軽食店といったところでしょうか。自家製と名乗っても全国チェーンですから、そのお店固有の味ではなくどの店舗でも均等に同じ味が飲めるように一種の規定を守って豆を焙煎しているようです。都会のオフィス街にある為に昼時や仕事終わりの時間帯には行列ができる店舗だ聞いた事があります」


「やはりお客さんが来ないのは立地条件なのかねぇ」

由美の詳しい説明を聞いていた光希はポツリと呟いた。何の話かと不思議そうな顔の幸恵と由美に向かって話しに戻る様に促す。


「この店には今頃、第一課の強面のおじさん達が押し掛けている頃ですよ」

「あー、やっぱり出足が遅かったか」

由美の言う通り彼らがまだ戻ってきていない事を考えると、事件現場からその足で店舗に赴き、従業員にオーナーの齊藤について人柄や怨恨があるのかなどしつこく聞いている頃だろう。


 実情を聞かれた一般市民は、警察に1度情報を話せば全体に広まると思っているだろうから、2度目以降話をする事を嫌う傾向にある。もちろん捜査第1課が得た情報を『特別捜査室』に流す親切心ははなはだない。彼らが自分達で得た情報から、彼らだけで捜査して、彼らが犯人に手錠をかける。それが犯罪の最前線を取り締まる捜査第1課の刑事としてのプライドである。


 幸恵と光希は同時に頭を抱えた。散々な事を言われただけでなく、このままこの事件からも手をひかなければならないのか。


「幸恵さんも光希さんも、そんなに肩を落とさないでください。私が渡した資料はそれだけではないはずですよぉ。しっかり読んでくれないと由美、怒っちゃいますよ」

由美はそう言いながら前のめりに、幸恵が持っていた資料を捲る様に促す。

「あのおじさん達と由美を一緒にしないでください」


 由美が示したページには別の店舗の詳細と共にホームページから集めたのだろう建物の内装の写真がいくつか貼られていた。天井には大きなシャンデリアが吊り下がり、形状と弾力にこだわった赤い高級そうなソファーが置かれていた。拓けた部屋を個室の様に区切るカーテンはキラキラとラメの入った赤いレース素材である。床には真っ赤な絨毯が敷かれた、ほぼ赤一色の刺激的で官能的な店だった。

 従業員の顔写真も一緒にホームページに載せられていたようだ。つけまつげや太いアイラインで目元を強調された濃い化粧に、同じ様な盛り上がった髪型をして、豊満の神秘がポロリと落ちてしまいそうなほど胸元が大きく空いたドレスを着た女性達が妖艶に微笑んでいる。


「お店の名前は『|The Secret Gardenシークレット・ガーデン』と言います。男性のバーテンダーがお酒を作りフロアレディが接客するタイプのバーです。都会の一等地の高級クラブとまではいきませんが、この店名のように会員制で、高所得者の秘密の遊び場として人気だとか。そんなお店の経営者も齊藤だって知っていましたか~。さて、お二人に問題です。こちらの秘密の遊び場とフランチャイズな軽食店、どちらのお店に齊藤さんは力を入れていたでしょうか」


 まるで少女が面白半分にクイズを出して愉しんでいるかの様に、由美の明るく弾むような声はその場に響いた。彼女の笑顔に光希も釣られて、先程までの暗い気持ちが一転する。隣に居た光希もどうやら同じ様だ。2人はお互いに頷くと今度は自分の机から鞄を持って、また部屋を出ようとした。


「鷹岡、大端さん」

その2人を室長である麻優美が呼び止める。


「これは正式に許可されていない不当捜査よ。私達は協力要請がないと動いてはいけないのを知っているわよね。それに今、捜査第一課の皆さんが一生懸命捜査している案件を横から掻き乱す事になるのよ。それでも貴方達は動くというのかしら」

麻優美は2人に、というよりは幸恵に向かって問いかけている様だった。幸恵は改めて麻優美に向き直し、上司を正面から見据えた。


「判っています。それでもここでくるはずのない要請をまっているわけにはいきません」

「大端さん。ただ鷹岡に振り回されているだけなら、この場で降りた方が良いのよ。貴方の今後にも関わってくるわ。それを察する事ができない貴方ではないはずよ」

麻優美の言葉を聞いて幸恵はふと隣に立つ光希を視線に入れた。


 現場で会った捜査第一課の萩本も同じような事を言っていた。

『大端さんも上へあがりたいのなら、あの問題児とは距離を取って次の異動まで大人しくしているのが身の為ですよ』


 光希の警察という組織から逸脱した自由気ままな行動は、正しく動く周りを巻き込んでその場に積み上げられていたモノを掻きも出す台風のような存在だ。周りが止めても、上司が叱りつけても、真っ直ぐな彼女は誰にも止められない。そんな問題児と一緒に行動していれば幸恵も光希同様に周りからも煙たがれる存在になってしまう。もちろんその噂は署だけではなく組織全体に広まる。それが嫌なら上の決定に逆らわず、大人しく次の異動を待てばいい。


『『特別捜査室』という捜査の権限もない、特に仕事もない女性職員だけの集まりなんてこの先必要がないと思いませんか』


この部署で大人しくしているというのは、「何もしない」を強制されている事に等しい。そんな人物ばかりを集めた無駄な部署など萩本の言う通り、存在する必要性がない。


そんな馬鹿にされたままでは悔しいじゃないか。

女だって刑事としてのプライドはあるんだから。


幸恵は麻優美に向かって微笑んだ。

「そんなの上等です。だから室長、止めないでください。掻き乱したのなら、鷹岡さんと2人でもっと掻き混ぜて深く埋まった真実を捜査第一課より先に掘り出してやりますよ」


晴れやかに告げた幸恵の言葉に麻優美は頭を抱えながらも、安心したように苦笑いを浮かべた。


「止めないわよ。やり始めたのなら最後にしっかりと結果を持ってきなさい」

幸恵と光希は麻優美に向かってしっかりと敬礼する。顔を上げる間もなく共に弾丸の様に『特別捜査室』から飛び出した。


「今度はちゃんと報告するのよー」

麻優美の声が後ろから響いていた。

2019/1 改稿済

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ