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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
まだまだ、はみだしてあぶない刑事
62/130

君たちはフューチャー・ペインター 10

『はみだしてあぶない刑事』3作目

 喫茶店コタカで働いている神木は、同時に『児童養護グループホームおおつの家』で住み込みで働き、身寄りのない子供たちの面倒を見ている青年だった。

幸恵はとある事件で彼と出会い、2度ほど彼の家に行って子供たちとテーブルを囲んで食事をした。だが、その時同席していたのは大きくても小学生までの少年少女で、それよりも年齢が上の子が居るとは思いもよらなかった。なんという大家族であり、まだ20代中頃だと言うのに随分の苦労人だ。


 幸恵が知らない彼の家の家庭事情を光希が知っていたのには正直驚いたが、改めて考えれば喫茶店コタカで雇う時点で彼や彼の周りの環境について聞いていてもおかしくなかった。

それに幸恵は実際に見た事がないが、時より『おおつの家』の子供たちが稀に食事をコタカで済ませているらしい。その時に実際に関わっているマスターから彼の事情について聞いているのかもしれない。


 頭では理解しているのに、不快と感じてしまうのは何故なのだろう。

幸恵は布団の中でその意味について考えているうちに、気付けばすでに朝を迎えていた。


 着信を知らせ点滅しているライトに気付き、寝る前には枕の横に置いていたはずのスマホを手探りで見つける。新着メールを開こうと液晶の電源を点けると、そこに照らされた時間と日付で今日が土曜日だと気付く。

 カレンダー通りに休日をとれない職業に就いているからか、最近は特に曜日感覚が麻痺しているので忘れていた。時刻はいつも幸恵が起きて、出勤の準備をしている時間帯だ。だが、今日は珍しく日番だ。再び布団の中に戻っても良いかもしれない。スマホを握ったままの手が再びベッドに吸い込まれる。


 だがそれは許されなかった。

幸恵が目覚めた事に気付いたのか、部屋の片隅にあるゲージの中から同居人が鼻を鳴らして「構ってくれ」と訴えている。彼にバレてしまってはこのまま二度寝を許してはくれないのは知っている。仕方がない。幸恵は布団を恋しがる上半身を無理矢理起こした。


 首や肩をゆっくりと動かせば、血流が戻ると共に頭も冴えてきた。この様に結局、日番でも毎日と同じ様な時間に起きてしまうのだった。


「「おはようございます。朝早くに失礼します」本当に神木くんは見た目に寄らず真面目だね」

 キッチンに立ちながら朝のモーニング・ティーを一口啜ながら、神木から送られてきたメールの文面を独り口に出して、そして笑う。足元では同居人でダックスフンドの「クウ」が、与えられた餌をカリカリと音を立てながら一心不乱に食べている。


 一人暮らしをする女性がペットを飼うのは、1人で居る事の寂しさを埋め、何かの為に愛情を注ぎそれを返してくれる相手が居る事によって得られる満足感の為だと良く言うが、アラサーの幸恵にはもうそんな事を気にしない。女末期と自覚しながらも、仕事で疲れて返ってきた幸恵を必死に尻尾を振って出迎えてくれる彼が居れば他は必要ないと思っている。


「「部活の大会でそれと同じジャージを着ていた学校を見た事があると言っていました。」だって。部活の大会って、何の部活なのかしらね」

 言葉の発する事の出来ない同居人に当たり前の様に問いかける。幸恵は「ありがとう」と柴犬をモチーフにした丸々としたキャラクターが深々と頭を下げているイラストのスタンプを送った。


 幸恵は再び紅茶を飲む。クウは既に餌をたいらげた様子で、自分のゲージからボールを取り出して、1人でそれを追いかけて遊び始めていた。今日は日番だし、残念ながら休みだと言っても特に用事があるわけでもない。窓から見える空は心地よいくらいに澄みきった青空だった。


 数時間後、幸恵が訪れたのは『児童養護グループホームおおつの家』だった。


 幸恵と神木は近くのスーパーで知り合った。それはあまりにも偶然だった。だが、その直後とある事件の関係者となった彼と再会し、彼は容疑者となり、そして被害者であった。幸恵は仕事柄、事件の関係者と親しくなりすぎてはいけない。だが、喫茶店コタカにで働きながらも、血の繋がらない幼い兄弟達を住みこみで世話している彼を応援したいのも事実だ。意図せず親と別れ、指導養護施設に預けられた子供たちが笑顔で過ごしている姿を見ているのも、何よりの励みになった。時々彼らの様子を見に幸恵は1人でこの施設を訪れていた。


 光希に言わせれば、ただの「おせっかい」だそうだ。


 門扉の横にあるインターフォンを鳴らして、幸恵はカメラに向かって手を振った。扉の奥から子供たちの返事と共に、バタバタと駆け寄る音が響き、ドアが勢い良く外側に開かれた。

「クウちゃん」

 子供たちの明るい声が、幸恵の同伴者の名前を呼んで歓喜の声を上げた。何度か訪れている内に、幸恵の愛犬はこの施設のアイドル的存在になっているようだった。当の本人もまんざらもない様子で尻尾を振り乱しながら、抑えきれない興奮と喜びがその小さい体から溢れ出している。


 施設の裏に子供が軽く走り回れるような庭があり、そこで幸恵はクウをリードから解放した。短く刈られた芝生の生えたその地面を、子供たちを率いて走りまわっている愛犬の姿はとても生き生きとしていて、その喜びようを見ていると、飼い主として「連れてきてあげて良かったな」と思わせてくれる。幸恵はその様子に微笑みながら、足を庭に残したまま出窓の淵に腰掛けた。


「わざわざご足労いただいて、すいません」

部屋の中から神木が大きめなカップを差し出してきた。チョコレートのようなカカオの甘い匂いがする。ココアだ。

「こちらこそ、急に押しかけちゃってごめんね。用事でもあったかしら」

 幸恵の問いかけに神木は首を横に振った。神木は夕方から出勤らしい。飲食店は特に土日が一週間のうちに一番忙しいはずなのだが、喫茶店コタカは何故かいつ来店しても閑散としていて、お客も多くて1日に10人も居ないだろう。それもほぼ近所の常連客だ。もちろんその中には幸恵も含まれている。今まで寡黙なマスターが1人で店が成り立っていただけあって、神木のシフトも意外と自由だった。子供たちの世話もある分、それが神木にとって、とてもありがたいそうだ。


「今、呼んできますね」

 そう告げて別室に姿を消した彼を待ちながら、温かいココアを1口すする。やはり美味しい。神木の親友で、幸恵と同じ喫茶店コタカの常連になりつつある川島が彼のココアを褒めるだけのことはある。


 ちょうど良い甘さを堪能しながら、飽きずに駆け回る子供たちを眺めていると後ろから名前を呼ばれた。振り返れば、キャラクターのイラストが前面に描かれているピンク色のトレーナーに、ラフなズボンをはいた少女が神木の後ろに立っていた。肩につくかつかないかの軽いボブの髪を、頼りなく細いヘアピンが2本あった。きっとそのヘアピンは髪を留める用途で使われているのではなく、ただの飾りとしての存在だろう。


「はじめまして。尚と言います。中学1年生です」

幸恵の視線に気づいて、尚は緊張した様子で頭を下げた。幸恵は彼女の緊張をほぐそうと、なるべく優しく聞えるよう意識しながら、彼女に向かって微笑む。

「はじめまして、大端幸恵です。そして、あそこで走りまわっているのが愛犬のクウって言うの。尚ちゃんはクウには会ったことがあるかしら」

「はい。この前お預かりをした時に、一緒に遊びました。とても賢くて可愛い子ですね」

「ありがとう」

 愛犬を褒められるのは幸恵にとって我が子を褒められるように嬉しい。素直に礼を言えば、幼さの残った丸くて大きな尚の目は綻んでくれているようだ。きっとこの子は大人しくて地味に見えるが、目鼻立ちもくっきりしていて近い将来美人に成長するだろう。


「写真の話を聞いていいかしら」

 尚が幸恵の隣に座ったので、幸恵は本題を口にした。彼女を連れてきた神木は奥のキッチンで洗い物をしている。幸恵と尚が2人で落ち着いて話せるように、でも初対面の人と尚を2人きりにしない様にと、彼なりの配慮なのだろう。


 幸恵の問いに尚は頷くと、彼女は事前に用意していたのか着ているトレーナーの前についていたポケットからある1枚の紙を取り出し、幸恵の元へと差し出した。

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