表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
6/130

秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 6

 光希が運転する捜査車両を30分近く走らせ訪れたのは、住宅街の一角にある公園だった。


 広葉樹林に囲まれた公園の中を近くを流れる川の一部分が通り抜ける。そして所々にベンチが並び、遊具があって子供が遊ぶ場所ではなく夜に大人が静かに愛を育む場所として有名だった。

 今は通報を受けて一番先に駆け付けた交番の警察官によって規制線が張られ、その様子を近隣住民が興味本位で覗きこんでいる。奥では先程到着したばかりの鑑識班が証拠を採取している様子だった。2人は立ち番をする警官に手帳を出してその規制線の中に入る。


 幸恵は鑑識の中心に横たわる遺体を見て息を飲んだ。体の奥から異物が込み上げて来て口元を反射的に押さえる。遺体は茂みを掻き分けた先にある、大きめな木の根元に頭をむけるような姿勢で地面に伏していた。

 初めて本当の現場を目の当たりにして尻込みしてしまった幸恵の前で、光希は遺体の真横にしゃがみ込むと手を合わせて何者か判らない故人の冥福を祈っていた。


 同じ時期に警察学校を卒業し、同じ日数を警察官として働いていたはずの光希が、遺体を前にしても心穏やかに祈りを捧げる姿を見ていると、何故だか彼女と幸恵自身に大きな差が開いてしまった様に感じた。何故だか、彼女には負けたくなかった。


「この人は服装や背格好から男性。ざっと見て、後姿には刺し傷とか銃痕とかなさそうだから、何かあったとしたら正面か。あ、待って。後頭部に傷。でもそんなに大きくないわね。これだと致命傷とはならないわ」

 祈った事を良い事に、鑑識の真似をして遺体に触れようとする光希の肩を上から押さえつけながら、幸恵はそのままの態勢で今推測できる事柄を述べていく。


「遺体を正面に返して、細かく検死しないとやっぱり死因は正確には判らないわよね」

幸恵はそう苦々しく呟くと、光希が下からキョトンとした顔でこちらを見上げていることにやっと気付いた。


「どうしたの。何か間違っていたかしら」

「ううん。違う。初めて遺体を見たにしては、何も変わらないんだなぁ。と思っただけ。遺体を見ても落ち着いてそこまでの現状が推理できるなんて、やっぱりサッチーは凄いな」

隠し事のない真っ直ぐな言葉で不意打ち気味に褒められてしまい、幸恵は恥ずかしくなって次の言葉が出なくなった。


 光希に負けたくなかったから、なんて本人には絶対言えるわけがなかった。真っ赤になった頬を幸恵は右手で覆う。


「お前達何なんだよ」

そこに大きな声が響いた。2人のスーツを来た男性が規制線を抜けて小走りに幸恵達の方へ向ってくる。


「何なんだよって言われたら、答えてあげましょう、」

幸恵の前で腰を下ろしていた光希が楽しそうに立ち上がり、上着のポケットに入っていたサングラスを装着する。


「刑事部(預かり)特別捜査室所属、セクシー鷹岡」

子供向けの得策番組の主人公の様に大袈裟なポーズをつけながら、声高に名乗りを上げた。幸恵はその光希の行動が突拍子なさ過ぎて思考がついていけずに、隣で固まってしまう。

「そしてこちらはその相棒、はいっ」

幸恵は瞬時に悟った。どうやら自分もこのテンションで何かをやらなくてはいけないようだ。

「びっ、ビューティー大端」

引っ張られて仰々しいポーズが決まってしまった後から、我に返ると羞恥心と公開がもの凄い勢いで幸恵の中を押し寄せて来た。


 満足そうな光希の先で、2人の男性刑事は明らかに引いている。その前にここは変死体が殺害された場所であって、自分達は警察官で、しかも職務中なのに一体何をやっているのだと幸恵は頭を抱えて、蹲って呻いた。


「またお前かよ、鷹岡。今度は勝手に現場を触っていないだろうな」

「重原さんったら、そんなの当たり前じゃないですか。現場保存が重要第一なんですからそんな初歩的なミステイクなんてしませんよ」


 散々遺体に触れようとしていたその人物は何食わぬ顔と詐欺まがいに回るその舌で、後から来た強面の刑事と親しげに話しかける。


 重原と呼ばれた男性刑事は、昨日『特別捜査室』の場所を教えてくれた男だった。あの時は眉間を寄せて眼つきの悪い、失礼な男だと思っていたが、判り易く部屋の場所を教えてくれた事もあり、ふざけた光希と真面目に掛け合いをしているところから中身は悪い人ではないと判る。


「貴方が昨日、『特別捜査室』に配属された大端さんですね」

 後ろで穏かな声で名前を呼ばれた。重原と一緒に現場に到着した男性刑事だった。幸恵よりも身長は低く、少し小太りながらその顔は優しげで、威圧的な重原とは対照的に癒しの雰囲気をまとった人物だった。


「失礼、私は重原と同じ捜査第一課の萩本と申します。お見知りおきを」

「こちらこそ、一緒に協力して事件を解決しましょう」

手の平に拳を作って意気込む幸恵を前に、同意の言葉はなく萩本はただ目を細めた。


 先程まで言い争っていた光希と重原は、鑑識課が遺体を表に返して検分をしているその姿を2人は黙って真剣に見ている。


「鷹岡のお守とは大変ですね。何故かいつも私達が先に部署を出ているはずなのに、何故か彼女の方が先に現場に着いてその場を物色してしまうのでいつも迷惑だったんです。今回もそうではありませんでしたか」

萩本の言葉に幸恵は良い言葉が見つからず苦笑いだけを返した。


 今回は幸恵が一緒に居て、勝手に遺体を探ろうとしていた彼女を引き止めていたわけだが、今までの様に彼女の制止役が居なかったとしたらと考えると、萩本の言葉が重みを増す。


「大端さんも上へあがりたいのなら、あの問題児とは距離を取って次の異動まで大人しくしているのが身の為ですよ」

幸恵は仏の様な穏かな微笑みの萩本から出た言葉が自分の聞き間違えかと思って彼を見た。


「今回の配属は不運でしたね。我ら優秀な捜査第一課がいるのに『特別捜査室』という捜査の権限もない、特に仕事もない女性職員だけの集まりなんてこの先必要がないと思いませんか」

 その言葉に返答できずにいる幸恵に気付き、居心地が悪くなったのか萩本は「雑談が多かったね」と詫びを入れると、そそくさと重原の元へと行ってしまった。


 周囲が抱く『特別捜査室』に対する印象を幸恵は初めて知る事になった。配属部署が書かれた書類を見た重原の表情、麻優美の言った捜査に参加できない理由。それに何より室長である麻優美から『特別捜査室』の仕事内容を説明された時に幸恵自身が思っていたのだ。


 せっかく刑事部に配属されたというのに、よりによって「お手伝い」しかできないのか。出動要請がかかって第一課が動き出したというのに、自分は蚊帳の外なのか。という正直「期待外れ」という気持ち。


 萩本の言った事は正しい。昨日の幸恵も同じ事を考えていた。もし自分が他の刑事部の課に配属され『特別捜査室』の存在を知ったのならば、この曖昧な存在価値のないこの部署を毛嫌いしていたかもしれない。


 でも今は『特別捜査室』の人間である。日が浅いとは言え仲間を面と向かって卑下にされては面白くない。どこかで彼らを見返してやりたい、と幸恵は強く決意した。


「遺体の傍にあった鞄から免許証が見つかりました。名前は齊藤夏樹。顔写真と相違ないから本人の鞄とみて間違えないですね」

「これ、刺し傷じゃないですか」

「DNAで照合にかけてみましょう」

「死因はこの刺し傷なのでしょうか」


「たぶんその線で間違えないだろうな。って、お前ら勝手に周りを嗅ぎまわるな」

遺留品を鑑識課から借りた白手袋をはめて物色する幸恵と遺体の検分する光希の間で、堪え切れず重原が吠えた。


「お前達はここまでだ。さぁ、帰った帰った」

そう言って、重原によって幸恵と光希は規制線の外まで追い出された。


 悔しそうに現場を振り返る幸恵達に向かって、線の内側から重原は右手で動物を追い払うかのように下に向けた手の甲を上下に振った。完璧に蚊帳の外だ。


「仕方がないか。今までで居た情報だけでも室長達に伝えておこう」

溜め息交じりに光希は、上着のポケットの中から携帯電話を取り出した。液晶型携帯が多いこの時世に、未だ折り畳み式の携帯電話、総称してガラケーを使っているようだ。機械操作に自信のない年配世代かこの女だけだろう。


 一旦耳元に持ち上げるが、数秒も経たない内にそれを手元に下げた。眉間に皺を寄せて液晶と睨めっこを始めたではないか。

「やばい。電源が切れちゃった」


 光希の後頭部に幸恵の平手打ちが炸裂した。

もちろん。説明もなしに『特別捜査室』から連れ出されてしまった幸恵は、携帯を携帯しているわけがなかった。

2019/1 改稿済

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ