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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
4/130

秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 4

 幸恵は光希と別れたその足で、帰り路にあるスーパーに寄った。


 仕事を終えたばかりの主婦達が早足でカートを押し歩き、次々と迷わずに食材を籠に入れていく。きっと帰る家には子供がお腹をすかせて彼女達の帰りを待っていることだろう。愛する人達と囲む食卓はどんな食材も美味しくなるスパイスだ。この共働きの世の中で仕事と家庭の両立を頑張る女性達は尊敬に値すると幸恵はそんな彼女達を見ながら思う。


 それに比べて、全く将来的に片付かないまま年齢だけを重ねていく自分がみじめに思えてくる。よく「女の魅力は30歳を過ぎてから」と言われるが、男性は女性は若いほど好きだと言う事実は今も昔も変わらない矛盾の世の中。幸恵も世間の流れに乗り、20代後半から積極的に婚活パーティに参加したものの、今1人寂しくスーパーで1人前の食料を籠に入れているのが現実だった。


 浮ついた事が一切なかったわけではない。だが仕事ばかりで恋人すら1人も紹介してこない娘に愚痴愚痴とうるさい親の元から、異動を理由に逃げ出す様に1人暮らしを始めたのは数年前。帰宅しても誰も迎えてくれない日々が寂しくて、今は最愛の同居人、ならぬ同居犬が居るとう寂しい女路線を走っている。


 鮮魚コーナーや精肉コーナーを素通りし、もうすでに出来上がっている惣菜コーナーに真っ直ぐに向かう。料理が嫌いなわけではないが、なるべくならば簡単に済ませたい気持ちの方が勝っていた。


 途中で金髪で派手な見た目の青年が視界に入って、無意識の内に二度見をしてしまう。本人には悪いが、あの見た目の青年が主婦に交じってスーパーで買い物をしているというのは、異様な光景だった。夜の仕事に出る前に仕込みの食材の買い出しだろうか。でもこの辺りにそういった深夜営業の過剰な性サービスのある店なんてなかったはず。

 幸恵の視線に気付いてしまったのか、青年が顔を上げて目が合った。「しまった」と思い慌てて目を背ける。ジロジロと人の事を見て詮索するとは我ながら失礼で恥ずかしい。何食わぬ顔で、幸恵は目の前に並んでいたコロッケをトングで取り上げた。


 突然、子供の泣き声が響いた。職業病か幸恵はその声の方に早足で向かうと、男の子がその場に立ったままその足元に座り込んだ女の子を見下ろしていた。鳴き声はその女の子からだった。目の前に積み上げられて棚に置かれていたゼリーが数十個、少女達の足元に転がっていた。もしかしたら男の子が女の子を突き飛ばした際に後ろに陳列されていたゼリーの棚にぶつかってしまったようだと、幸恵は瞬時に状況を推測する。


 「大丈夫」かと優しい声色になる様に心がけながら幸恵は座り込んでいる、女の子を立ち上がらせようと手を差し出す。しかし彼女は泣いているだけで幸恵の手を取るどころか顔を上げる様子もない。男の子の方もそのまま黙ったまま動かない。何が起こったのか聞こうにも、固く下唇を噛んでしまったその状態では何も証言を得られないだろう。


 幸恵が戸惑っていると先程の金髪の青年がそこを通りかかった。少し細いその眼つきはジロリとこの惨状を見ている気がして、最近の若者はすぐにキレやすく乱暴だというニュースが幸恵の脳裏を駈けめぐる。カートから手を放し、それを通路に置いたまま青年は幸恵に目をくれず泣いている少女の元へと向かって来る。「これはさすがにやばいかな」と幸恵の背中に冷や汗が伝った。


 その瞬間、座ったまま泣いていた女の子は立ち上がり青年に勢い良く抱きついた。彼の胸に飛び込みコアラのようにしっかりと抱きしめ、さらに声量を上げて泣き喚く女の子のその小さな頭を青年は大きい手の平で優しく撫で始めたではないか。その様子を見ていた男の子も、女の子に負けないような勢いで青年に体当たりを食らわせた。2人で「ごめんなさい」と必死に青年に向かって謝っている。その光景を目の前に、幸恵は唖然とそのまま立ちつくしてしまった。


「すいません。この子が落としてしまったゼリーを全て買い取ります」

青年は子供達の鳴き声で慌てて来た店員に深々と頭を下げた。もちろん2人の子供達も彼の両脇で一緒に頭を下げていた。派手な見た目に寄らず誠実な態度に、彼を見た目で判断していた自分が申し訳なくて、幸恵は落ちていたゼリーを何個か拾って自分の腕にかけていた籠に入れる。


「先程はこの子を心配していただいたようで、ありがとうございました。落とした物は全部俺が買いますので置いて行って下さい」

「いいえ、私もこれが欲しかったところだから、半分いただけるとありがたいのだけれども。お願いできるかしら」

「でも、」と言いかける青年に微笑み返す。1人では食べ切れそうにないが、明日にでも職場に持って行けば誰かしら食べるだろう。


 青年と並んで会計を済ませて荷物を袋に詰めていると、青年の隣に居た女の子が眠たそうに目を擦り、彼の服を引っ張った。買い物袋は2つ。荷物を持てばそれだけで両手が埋まってしまう。でも、女の子は既に「ぼー」っとした様子でこのまま家まで歩いて帰れそうにない。男の子に身の丈の半分くらいもある大きなビニール袋を持たせるのは酷だろう。困った顔をしている青年に、幸恵は自分の荷物が少ないのを理由に運ぶのを手伝う事を提案した。


 申し訳なさそうに何度も金髪のその頭を下げる青年が、女の子を背負い片手で彼女を支えながら反対の手で買い物袋をぶら下げる。そしてもう1つの袋は幸恵がぶら下げ、コロッケとゼリーだけの幸恵の袋は男の子が持ってくれた。空いている左手を差し出せば、男の子はニコリと笑ってその手を握ってくれた。子供2人に大人の男女。傍から見ると買い物帰りの中の良い家族に見えるのだろうか。


「弟くんたちと買い物なのかしら。兄弟の面倒も見て、家のお手伝いもしてくれるなんてお母さんも大助かりね」

男の子と繋がる手をゆらゆらと揺らしながら、幸恵は青年に声をかけた。彼は少し困ったように微笑んだ。

「いえ、俺達には母親はいません。それに、こいつらとも血が繋がっていないんです」

「そうだったの。私は何も知らずにごめんなさい。この子達も貴方にとても懐いているし、兄弟だとばかり思っていたわ」

「血の繋がりはありまsねんが、俺達は兄弟で家族ですから。そう言っていただけると嬉しいです」

彼は頬を染めながら、まっすぐ前を向きながらそう言った。


 自分より年下なのに、とてもしっかりとして青年だと幸恵は感心していた。それと同時に、何故こんなにも真面目な青年が髪色を金に染めシャツの前は第3ボタンまで広げた派手な格好をしているのか疑問になった。


 まるで光希同様に、幸恵のお節介心を擽ってくる。そんな雰囲気を放つ不思議な青年だった。


 数分後、幸恵達の前を歩いていた青年が足を止めた。住宅街の中に、広めな庭をフェンスで囲んだ家があった。フェンスの門扉には『児童養護グループホームおおつの家』と書かれた看板がぶら下がっていた。


「こいつら児童養護施設の子供なんです。それに俺もこの家出身で、今はこいつらの面倒をみています」

青年はこちらの反応を伺うような眼で門扉の前に立つ幸恵に告げた。幸恵の反応を試しているような口調だった。幸恵はそれに気付いていない様に明るく振る舞う。

「そうなんだ。お家に着いて良かったね。それよりこの早く荷物を入れないと。この子もお腹をすかせているだろうし、その背中の子も起こしてあげないとね」

そう言って手を繋いでいた男の子に微笑んだ。


 児童養護施設は何らかの事情で身寄りを亡くした子供達が共同生活を送る場所である。親との死別の他にも、最近では育児放棄や虐待などでその身を追われた子供達を命の危機から避難させる場所でもある。非道な親の血を継いでいるからだと、施設に入る子供達に差別的な反感と憐れみの眼で見る人間は未だに多く居るのが現状だった。

 彼もその中で育った子供だとしたら、年齢が来て施設から巣立った彼に世間の目は冷たく厳しかったのかもしれない。でも間違ってはいけないのは、決して子供達が悪いのではない。彼らの親と彼らの持った運と、彼らを取り巻く世間が悪かっただけなのだ。


 青年が玄関のチャイムを押すと、中から鍵が解除された音がして扉が内側に開いた。

「おかえりなさい」

年齢様々な子供達が青年と2人の子供を笑顔で出迎える。


 玄関の扉の前で青年が幸恵に向かって振り向いた。

「お礼も兼ねて、夕飯をご一緒に食べていきませんか」

そんなに明るい笑顔で誘われてしまったのなら、もしろん断わる理由がない。


 幸恵は久し振りに大人数で食卓を囲み夕飯を食べた。青年が作った料理は素朴ながらも味がしっかりとして美味しかったし、何より子供達の笑顔に囲まれて日々の疲れが癒された気がした。


 お節介もたまには良い事をはこんできてくれるものだと、幸恵は思った。

2018/10 改稿済

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