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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事リターンズ
39/130

かき氷食べて、急流下って、宝の山を登る旅。7

「はみだしてあぶない刑事」2作目

 辺りは日が暮れ始め、西の空には茜色に染まった太陽がその身を全身に焼き輝いている。そしてその輝きに照らされて緑が紅葉したように紅に染まり、流れる急流は俄然勢いを消すことなく流れている。

「はぁー。日中も天気が良くて、宝登山から見下ろした街も素敵な景色だったけれど、夕暮れに染まる田舎道というのも日本的で良いものね」

幸恵はそう言って、夜が来る前の空気を大きく吸い上げて、それを吐きだした。


 あの後、山の麓にある話題のかき氷屋の行列に並び、一時間近く待ってやっと順番がきた。かき氷を食べる為にそんなに並ばなければいけないのかと最初は不満だったものの、運ばれてきた透明なガラスの器から言葉通り零れおちるほど山盛りになっているかき氷のその姿を見るなり驚き感動し、氷独特の刺激が全くない爽やかな喉越しに、この店に行列ができるほど人気の理由が分かった気がした。


 そして光希の案内でホテルに向かい、今日一日歩き回ったこの体を休めて美肌になる予定だ。だが、歩く先には旅館どころか民家さえありそうにない。一本道の先には急流を渡る橋が一本かけられているだけのように見える。ここまで順調だったのでまさかとは思うが、幸恵は少し不安になってきた。


「さっきから地図と睨めっこしたままで静かじゃない。どうかしたの」

「うーん、いや。いつものドラマのお決まりの展開になってきちゃったみたい」

少し声が震えていた幸恵に気付かず、相変わらずのんびりとした口調で光希は答えながら自分の後頭部を掻いている。

「え、それって、ちょっと待って。これ、」

幸恵は光希が持っていた地図を奪う様に取り上げ、そのまま逆さまに持ち替える。

「この地図反対よ」

「あ、ほんとだ」


 乾いた笑いを交わしながら、2人は顔を見合わせる。

「ここ、どこ」



「全くもう。鷹岡さんを信じ切っていた私が馬鹿だったわ」

「途中までは順調だったんだけどねー。観光客の後をついていけば大体観光地に案内してくれるから。でも人通りがないところだと、やっぱり地図を読まなきゃいけないから難しいや。はい、サッチー。パース」

 光希は持っていた、駅前の観光案内所で貰った長瀞の観光地図と、宿泊予定である旅館「白扇」のホームページから印刷してきた所在地の案内図の2枚の用紙を幸恵に押しつける。案内図には文字で書かれた住所とは別に、グーグルマップを使用した図が記載されているのだが、目的地である赤いピンの刺す周辺には、特記される目印はない。つまり既に道に迷ってしまったこの状況では、地域全体の大まかな観光名所が描かれた地図では現在地を特定する事は困難で、地図があったとしても現在地から目的地までの道のりを調べる事はできない。

 しかし、諦めるのは未だ早い。幸恵は鞄の中から頼りになるはずのスマホを取り出す。そう、GPS機能を活用してインターネットからルート検索をかければ良いのだ。そうすれば、現在地を特定できて目的地までの最短ルートを一瞬で見出し、音声でその場所まで案内してくれる最高の機能があるではないか。

 幸恵はボタンを押し省エネで消えている画面が点灯される。が、その瞬間、画面全面を使って電池マークが現れた。従来の携帯に比べ液晶型のスマホの電池消費は異常なほど早い。たくさんの機能が同時に動いていて、画面も明るい。写真も高画質で撮影できるので、幸恵はこの長瀞に着いてから何枚も撮影していた。しかも思い出せば昨日は充電していない。なるほど納得だ。電池容量がこの時点で無くなっていてもおかしくない。

「やばいねー」

 暗くなったスマホの画面を凝視したまま固まっている幸恵に向かって、全く心のこもっていない言葉でニヤニヤしながら光希はそう呟く。そんな彼女を幸恵は抗議の視線を向ける。光希はその視線から避ける様にわざとらしく辺りを見廻しながら言った。

「誰か通ってくれればいいんだけどね」

 そんな都合の良い展開あるわけがないと口にせず、幸恵は心の中で吐き捨てる。来た道を戻るより目の前のつり橋を渡り近くにあるだろう民家を訪ねて道を聞こう。そう光希の様に偶然を願うより現実志向の幸恵は、橋に足を踏み入れる。鉄で補強された手すりとは対照的に老朽化した足場の隙間からは、水しぶきを上げながら自然の猛々しい勢いそのままで川が流れていく。意識をしなくとも自然と生唾を飲み込んでしまう。平常心を保とうと正面を向いた幸恵の視界の中に、橋の反対側から女性が1人歩いてきたのが写った。

 その人はスマホを耳に当てながら、周囲を見回し歩いている。その様子から落ち合う約束をしているのか、今電話で会話している相手を捜している風にも見えた。それにしては神妙な顔をしている様に見えるのは幸恵の気のせいだろうか。


 幸恵の視線で人が来たのに気付いたのか、光希が「カワイイ子発見」と言いながら口笛を吹く。どこかのドラマの青二才を真似た様だが、残念ながら音はでていない。


「すみません。道に迷っちゃったんだけど、ここがどこだか教えてもらえますか」

 幸恵の問いかけに、耳に当てていたスマホの通話を切り振り向いたその女性は、肩より少し長い黒髪を首のあたりで一本に縛り、スーツをしっかりと着こんでいるその姿から、仕事熱心で真面目な人だと幸恵はその女性に対して印象を抱いた。急に幸恵が声をかけたことで、彼女は驚いたのか電話の相手と特に挨拶もなしに通話を切ってしまったようだ。時間を作ってくれた目の前の女性とそのせいで会話途中で切られてしまった通話相手に申し訳なかったなと、幸恵は心の中で相手に詫びる。


 持っていた2枚の地図を女性に渡して幸恵達の陥っている状況を説明すると、彼女は地図を見比べ自分の知っている場所を指差して確認する。どうやら彼女もこの地の住民ではなく、仕事で来たらしい。ただ幸恵達と違うのはこの橋の近くの宿泊施設に泊まっていて、この地周辺は少し知識があるという事だ。


「私が泊まる場所からこの道を歩いてきたので、今居るのは多分この橋かと。そして、この旅館まででしたらこの道をいくべきですが、随分距離がありますね。反対方向に進んでしまったのかも。駅まで戻ってタクシーを捕まえた方が良いかもしれませんね」

「マジで。どっかで道を間違えたかな」

光希は80年代のギャグのように大袈裟に驚くと手のひらでおでこをわざとらしく叩く。誰の案内でここまで道がわからなくなるほど見当違いのところに来てしまったと思っているのか。全く反省の色を見せない光希の後頭部を幸恵が叩く。そして、

「ありがとうございます。助かりました」

驚いた表情の女性に向かって、幸恵は丁寧に頭を下げた。

「そう。では私はこれで。急いでいるので」

「ちょっと待ってください、」

急いで立ち去ろうとする彼女を幸恵は呼び止める。

「誰かお捜しですか。そんな中足を止めて助けていただいたので、良かったら貴方を手伝わせてください」

女性は少し考えてから、意を決したように幸恵に向かい合った。


「捜しているのは女優専属のメイクさんなんだー。すごーい。専属とかやっぱりあるんだ。そう言えば撮影していたの見たねー」

 女性の話しを聞いてそう言う光希の横で、貴方はその撮影の邪魔をしていたけれどね。という言葉が喉元まで込み上げてきたのを必死に飲み込んだ。

「今日の撮影はひと段落して、これからスタッフだけで集まって明日の撮影の打ち合わせをするのに彼女の姿が見えないので、みんなで手分けして捜し始めたんです」

「宿泊施設の中には居なかったんですか」

「えぇ。それに外へ出ていく彼女の姿を見ている人が居て。でもスケジュールも分かっている事だからそんなに遠くにはでていないだろうと」

「なるほどね。もう一度電話をかけてみれば。近くに居れば着信音が聞えるかも」

 光希に促されてで彼女は改めて登録されている電話番号を呼び出して発信した。その彼女の前で幸恵は目を閉じて耳を澄ます。彼女の耳元に掲げられたスマホから聞える電子的な呼び出し音が、目の前にいる幸恵達の耳にも届く。そして、橋の下を勢い良く流れる水音。風が揺らす木々の音。自然が生み出した音が幸恵の体を通り過ぎる。


「何か聞える」

幸恵の耳が自然に隠された別の音を捕えた。そのままその音に誘われる様に橋の欄干へと向かう。覗きこめば、峡谷に夕日が勢い良く流れる川に差し込み、茜色に染まった木々が吹き上げられた飛沫に揺れる。


「タカ、」

「そうだねぇ。高いよねぇ、橋の上だもんねー」

幸恵の呟く声に光希は後ろから見当違いの相槌が聞える。

「違うわ。鷹岡さん、この下」

 幸恵が血相を変えて振り返り橋の下を指差すので、光希もそれに倣い欄干から体を外に出して橋の下を覗きこむ。水流の音の中、微かに自然では発せられない電子音が耳に響く。幸恵達の目に水際の石畳の上に横たわる人影を捕えた。幸恵達と同じ様に見ていた女性が短い悲鳴を上げる。幸恵と光希は欄干から体を起こし、頷き合うとその場所へと走り出した。


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