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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事リターンズ
37/130

かき氷食べて、急流下って、宝の山を登る旅。5(高級マンション殺人事件編3)

『はみだしてあぶない刑事』2作目

 「つまり、被害者を刺殺した犯人は未だに特定できず。その犯行に使われた凶器すら見つからず。犯人が通り魔なのかどうかもわからない。被害者は臨時収入を得ていたけれども被害者が自分でお金を自分の口座に入れていた。そしてそのお金の入手先は不明。それが殺害される理由になるのかも不確定。カレンダーの明日に描かれた丸印も意味も不明。簡単に言えば、そういうことですね」


 捜査一課の男性陣が悔しさに拳を震わすその目の前で、女性はかけていた眼鏡のふちを持ちあげて再び元の位置に直す。


「分かりました。捜査一課直々の協力要請と言う事なので、快く『刑事部預かり特別捜査室』の私達がお手伝いをさせていただきますわ」

 にっこりとほほ笑む特別捜査室室長の中田麻優美のその顔は、温かみのある仏のような微笑みで捜査一課に向けてのその言葉には唐辛子の様な刺激を含ませていた。


「静かだと思えば、事件と聞けば一番乗りで首を突っ込みたがるやつがいないじゃないか」

重原は捜査状況を捜査員から集めてデータにまとめている特別捜査室の海老沼由美に声をかける。由美はキーボードを打つ手を止めて、可愛らしいどんぐりのような大きな目で前に立つ重原をじっくりと視ると、口端だけ上げてニヤリと笑う。

「なんだよ」

「重原さん、鷹岡さんがいないと寂しいんですかー」

「そんなわけ、」

「大丈夫ですよ。ご心配されなくても、他の事件とかに行っていないですから。今日の勤務が終わった後、大端さんと2人で温泉に行きましたよ」

「そうか、って心配なんかしていない。アイツがいないからスムーズに解決できそうだと思ってな」

「私も久しく同感です」

由美はそう言うと雑談をする時間ももったいないという感じで重原との会話を打ち切り、再び視線をパソコンの液晶画面に戻しキーボードを打ち始めた。


「重原さん、」

穏やかな口調で重原に後ろから声がかかる。振り向くと、特別捜査室の隅前友子が萩本を後ろに控えさせながら立っていた。

「萩本さんをお借りしても良いかしら。改めて被害者金伊田久子が働いていた化粧品会社で久子さんについて聞き込みに行きたいの。今までの情報を持っている萩本さんが一緒なら心強いわ」

「落としの「おっかさん」の名で有名な隅前さんが聞き込みにいかれるとは。お力を拝見させていただきます」


 聞いといて重原の承諾の言葉を待つことなく、友子と萩本はお互いの顔を見合って笑顔を浮かべたまま捜査課を出ていった。あの2人が揃うと顔は笑顔なのに空気は張りつめる感じがするのは気のせいだろうか。重原は無意識に身震いをしてしまう。


 友子は萩本の運転で金伊田久子が働いていた化粧品会社を訪れた。由美の調べによると、この会社は主に高級海外製品を直接外国から仕入れては、大手の販売店を経由せず、インターネットを中心に一般向けに販売をしている。なので個数は多く確保できない代わりに、バイヤーがしっかりと見繕った商品を売られているので消費者は安心して購入する事が出来るというのがこの会社の売り上げが伸びている理由だ。


 署を出発する時に久子の上司に連絡を入れ、社内で会う事になっている。ロビーの前で萩元が受付をしている間に友子は建物の内部を見渡す。ロビーは吹き抜けになっていて、上の階の窓越しに見える室内では、数人が正面を向きあい話し合いをしているところを見ると、会議室が数か所ある様だ。やはり化粧品会社ということもあり、勤めているのは女性が多い。

 受付の女性がバッチリとメイクをして、少し金額のはる時計をはめていることから、勤めている個人の美意識も高い職場なのだろう。確かに金伊田久子が居てもおかしくはない環境だ。


 通された部署で彼女の直属の上司に勤務態度について聞いたが特に得る事はなかった。「しっかりとお仕事をしてくれる真面目な人でしたよ。殺されるなんて考えられない」それだけだった。協力に感謝を伝え、久子の担当していた部署がある部屋の扉を閉めて2人は廊下に出た。


「オンとオフをしっかりと区別していたという訳でしょうか」

友子の隣で歩く萩本が呟いた。やはり彼も腑に落ちていない様子だ。そう、友子も久子の上司の言葉が引っかかっていた。まだ実際に見ていないが萩元達が報告する残された彼女が住んでいた室内の状態や、資金振りの良さ、ホストへの尽くし方。どれから見ても、上司の言う「真面目な人」とは思えないのだった。


まるでそう返答する為に言葉を用意していたみたいでならない。


 悶々と考えながら歩いていると、印刷機材室と書かれたプレートの掲げられた部屋で、置かれた印刷機の前に立つ女性が目に入る。その女性は頼まれた会議書類を複数印刷している最中だった。


「あの、少しお伺いしてもよろしいですか」

 突然声をかけられて、少し驚いた様子で女性は友子達を見た。しっかりと化粧はしているが、久子や受付の女性みたいに派手ではなく品のある落ち着いた雰囲気の女性だった。

「ごめんなさい。貴方、先程お茶を出してくれた人ですよね」

久子の上司の話しを聞く際、その人物は親切にお茶を差し入れてくれた女性だった。友子はその時に彼女の顔を覚えていたのだ。女性は友子の問いに頷く。


「もし良かったら貴方からもお話を聞かせていただけないかしら。私、どうしても金伊田さんが、」

久子はそこまで言うと、女性に耳打ちをするように小さな声で続けた。

「本当に真面目な人とは思えないの」

その言葉に驚いた顔の女性に友子は笑顔を向けて、そのまま人差し指を唇に持っていった。その仕草は無言ながらも『誰にも言わないから』そう言っていた。そして後ろにいた萩本はゆっくりと扉を閉めた。



 捜査一課に供えられた電話が鳴り、近くに居た重原が受話器を取り上げた。その場にいた特別捜査室の室長、田中麻優美と海老沼由美もパソコン画面から顔を上げる。

「萩本か。どうした」

そう言いながら、重原は電話機のスピーカー機能を入れた。


『金伊田久子の会社に行って聞き込みしてきましたが、上司は金伊田久子は真面目でちゃんと仕事をこなす人物だと言っていました。殺害される様な心当たりがないそうです』

「真面目でちゃんと仕事するような人物の部屋には見えなかったがな」

スピーカーから聞こえる萩本からの報告に重原がそう呟く。

『それはそうですよ。聞き込みに来る私たちに用意された言葉ですもの』

『あ、隅前さん、待って』

その声が聞えた後、電話機がゴソゴソと音を立てて声が聞えなくなる。


「おい、萩本」

『萩本さんには運転に集中していただく事にしましたので、代わりに私がご説明します』

スピーカーからは友子の穏やかな声が響いてきた。


『簡潔にお話しますと、あの会社の副社長さんと金伊田さんは恋仲です。しかも部長さんは御結婚されているので不倫関係です。その事を暴かれないためにも警察が介入して些細な詮索をされては困るのでしょう。なのでどの課に行っても上司の方々はみなさん同じ返答をしてくれました。関係ない部署の1度も金伊田さんと関わりのなさそうなところの方でさえ同じ評価を頂きましたわ』


「あら、おもしろい。緘口令みたいなものね」

唖然としている重原の隣で麻優美が笑って言った。


『でもその緘口令が出ているのは課長から上の方々のみのようですね。人が多いので全体に広げる事もできなかったのでしょうし、何せ女性が多い職場で口を閉じろと命じるのは無理ですから。みなさん、誰にも言わないし、誰が言ったかも言わないから。って言ったら色々と教えてくれましたよ』


「女子はその言葉に弱いですよねぇ~」

由美がパソコンから完全に手を放し、肘をついて顎を両掌で支えながらワザとらしく語尾を伸ばして言った。


『金伊田久子は入社して3年目くらいから副社長さんとお付き合いを始めたそうです。仕事終わりにレストランで食事をして、おねだりをしてバックとか買ってもらって、ホテルにしけこむ。こそこそせずに堂々と豪遊しているので、周りがそれを明らかにされないように隠すのが大変だったそうです。別れたという噂もないようですし、副社長は金伊田さんの事件が報道されてからショックでお休みですって』

そう言うと受話器の先で友子はコロコロと笑った。


『でも副社長にはプレゼントをおねだりはするけれど、彼が現金を彼女に渡すような間柄ではないと思って、他に金伊田さんについて何かないか聞いてみたの。そうしたらもう1人の噂が。どなただとおもいます』

友子のそこ言葉に、重原は机を両手で叩くと「次は社長か。社長を手玉にとったんだろう」と、大きな声で言った。


『違いますよ。次の相手は女性です』

「相手は女なのか、」

「もう重原さん、うるさいから黙っててくださいー」


『以前久子さんと同じ部署にいた女性が、会社の商品を持ち出して個人で転売し収益を得ているという噂が広まったそうです。その噂について上司が本人に確認したところ相手は否定し、その人だと言う証拠もなかったので根拠のない噂話として消えたそうです。でもどうやらその噂を流し始めたのは久子さんではないかと社員は思っています。だからあの人に嫌われてはいけない。目をつけられてはいけない。彼女の前ではただそれだけを意識していたと』

「その女性はまだその会社で仕事を続けているのかしら」

『久子さんが殺害された前日に辞職しています。なのでこの足でその噂の彼女のところに行って事情を聞いてきます』

「宜しく。隅前さんも萩本さんも気をつけてね」

2人の返事が聞えた数秒後、通話が切れた電子音が捜査一課に響く。


「その女の人が犯人だと思いますか」

第一声を切ったのは由美だった。目の前のパソコンで再びキーボードを操り、先程友子と萩本が仕入れてきた情報を入力し始めた。

「どうだろうな。関係ないとも思えないが、でも所詮噂なんだろう」

「単なる噂話だから信憑性に欠けるけれども、緘口令のひかれた上司よりは数倍信頼に値しても良い筈よ。女性のネットワークをただの噂話だと言って馬鹿にしてはいけないわ。壁に耳あり障子に目あり。いつもどこかで誰かが聞き耳を立てていると思わなくちゃね」


 麻優美はそう言うと重原にウインクを投げた。その視えないウインクが体に当たったからなのか、一瞬重原の体が震えた。


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