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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
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秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 3

 麻優美の叱咤と「おっかさん」こと友子の協力により、光希の机から雪崩れていた書類の山は無事に彼女の机の範囲内に収まることになり、そこでやっとこ幸恵は持っていた段ボールを置く事が出来た。異動の際持ってきた荷物を整理していると、幸恵はふと疑問になって顔を上げる。


「室長。つかぬことをお伺いしますが、『特別捜査室』とはどのような仕事をするのでしょうか」

「そうね。簡単に言ってしまえば、他の課のお手伝いをしたり、会議の用意をしたり、解決ができなかった事件を引き継いだり。そんなところね。危険なお仕事は廻って来ないから、安心して」

 麻優美は幸恵の問いに答えながらディスクの引きだしから何かを取り出した。彼女の手に納まっていたのはどら焼きだった。それも都内の有名百貨店に入っている老舗和菓子屋の看板商品だ。麻優美はそれを当たり前の様にプラスチックの梱包を破って、美味しそうに頬張っているではないか。


「あら、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら。良かったら貴方も食べるかしら」

「いや、私は別に、」

「室長私も欲しい」

幸恵が断わる声に重ねて、残りの書類と格闘している光希が低学年の小学生の様に元気良く手を上げて主張してきた。

「貴方はその書類が片付いてからにしなさい」

麻優美の腹の底から出た低い声に光希は縮こまって己の仕事を再開する。


「鷹岡さんは、一体何の書類をやっているのですか」

「信じられないけれど、始末書よ。あれ全部」

「この『特別捜査室』は主に捜査のお手伝いとかなんですよね。そんなに始末書を出す様な事はするのですか」

麻優美の元に温かいお茶を差し出した友子が幸恵の問いに笑う。


「本当、驚いてしまうわよね。指示を聞かずに好き勝手に行動するから、他の方々の捜査の邪魔ばかりしてしまって。今朝も室長と一緒に刑事部長に大目玉をくらって来たのよ」

「お陰で私は胃薬が手放せなくなったって訳」

 お互いに苦笑いを浮かべた顔を見合わせて肩を上下に動かした2人に、幸恵は自分の警察学校時代の苦い思い出を噛みしめながら心底同感と同情をしてしまう。この人達も光希のせいで迷惑をしているのに違いない。ふと、本人の方を見れば、ペンを持つ手は止まり船をこいでいるではないか。


 幸恵は苛立ち、光希のディスクに向かう。そして、彼女の後頭部に向けて大きく右手をスイングし平手で叩いた。室内全体に小気味いい音が響く。

「なにするのさ」

「うたた寝しているから起こしてあげたのよ。室長達が優しいからって、だらけていないでしっかりと仕事をしなさい」

 腕を曲げて拳を腰に添えて、座っている光希を見下ろす様に幸恵は彼女を叱咤した。光希は叩かれたところを抑えて幸恵を睨んでいたが、予想外に痛かったのかその目にはうっすらと涙が滲んでいる。

「ほら、さっさと手を動かしなさい」

そんな彼女の様子を気にすることなく幸恵は光希を急かした。


 そんな幸恵と光希の様子を見ていた由美が自分のディスクでポツリと呟いた。

「なんか大端さんって、鷹岡さんのお姉ちゃんみたい」

「あ、私もそう思った」

その呟きを聞いていた麻優美達もそれに同意する。そして3人は幸恵の苦労を知らずに笑い合う。

「大端さん。これから鷹岡の相棒として彼女の手綱をしっかりと頼むわね」

麻優美の呼びかけに、幸恵と光希は2人で同時に振り向いて答えた。


「嫌ですよ。こんな自分勝手な自由人とは組めません」

「嫌ですよ。こんな頭の固い優等生ちゃんとは組めませんよ」


「早速、息もぴったりじゃないですかー」

由美が顔の前で小さく拍手をする。


「由美ちゃん、助けてよ」

「嫌ですよ」

光希の頼りなさげな助けを求める声を、由美はピシャリと冷たくあしらう。項垂れてしぶしぶと書類を進める彼女の隣で、ついに見て見ぬふりをできなくなった幸恵は自分から折れてしまった。

「仕方がないわ。ほら、私も手伝うから、今日中に終わらせるよ」


 お節介焼きは自分の負担になるのと判っていながらも、幸恵は今までこの性格を変えられなかった。警察学校時代に教官に叱られつつも光希と一緒に居たのは、なんだか彼女がほっとけなかったからなのだ。


「じゃあ、サッチーこいつを頼んだ」

机の上に積み上げられていた2列の書類の山の内、片方を幸恵のディスクに寄せる。明らかに光希の取り分よりも、幸恵に差し出された書類の量の方が多い。

「調子に乗らないの」

幸恵は再び光希の後頭部から良い音を響かせたのだった。


 幸恵の協力のかいあって終業時刻までには光希のディスクの上に溜まっていた書類は、無事に室長である麻優美の認印をもらい全てを提出する事ができた。署を出て家路へ向う途中、長時間の書き仕事で固まってしまった肩を回し、星が出始めた空に向かって大きく伸びをしている光希に、数歩後ろから幸恵は声をかけた。

「貴方は昔から自由なところは変わらないのね」


 始末書の内容は様々だったが、捜査の現場に勝手に出て行った事を反省させる文面や、犯人を追う時に壊した物品損壊に対する書類が多かった。正式な捜査権のある捜査第一課だったのなら、ごく当たり前の事柄なのかもしれないが、『預かり』として権限を持っていない『特別捜査室』は動くだけでも黙認される事柄が限られているようだ。その差別を受け入れ叱責されながらも、彼女は懲りずに現場に足を運んでいる。


「サッチーは変わったね。前はもっと自由だった気がする」

振り返る事なく発せられたその言葉が、幸恵の胸に刺さる。


 刑事部への配属ははじめてだった。だが、今まで何年も警察官として過ごしてきた日々の中で組織の一員として染められた自分は一層頭が固くなってしまったのかもしれない。今日、相変わらず自由人を貫いている光希と再会してからずっと思っていた事だった。

 大きな組織に所属すると言う事は決まりを順守し、周りを気遣わなければならない。1人でも勝手な事をすればチームプレイは乱され、他人に迷惑がかかる。個を封印し周りに同化する。それは警察組織問わず、人間社会において当たり前の事だった。幸恵もそれを護っている、ただそれだけの事なのだ。


なのに、光希の傍に居ると本当にそれが正しいのかと疑問になる。


 幸恵は首を振ってその疑問を打ち消した。


「どこまでついてくるのさ」

光希の気だるげで迷惑そうな声に幸恵は顔を上げた。

「別に、貴方の後を着いてきているわけじゃないのよ。遅いからいつも行きつけのお店で夕飯を食べようかと思って、ってあれ。ここだ」

モヤモヤと考えている間にも自然と足は向いて、目的の店の前に幸恵は居た。


 日中もあまり人通りの少ない商店街の小道。その角にひっそりと昔から存在しているレンガの壁のレトロな風貌の小さな喫茶店。大通りにある賑やかなライトで明るいフランチャイズ店とは違い、オレンジ色の落ち着いた光が照らす軒先の看板には、木彫りで味のある文字で「コタカ」と書かれている。初老くらいの寡黙のマスターが1人で切り盛りをしている、知る人ぞ知る隠れ家のようなお店だ。

 幸恵はつい先日、近くを通りかかった時に偶然見つけて入った時からこの店の雰囲気と料理が気に入ってしまい、それからというもの連日夜はお世話になってしまっている。


 光希はその喫茶店の小さな出入り口の前で、扉を塞ぐように幸恵の方を向いて仁王立ちをしている。

「え、鷹岡さんもこの店に入るの」

彼女はその質問が不満だと顔に表しながらも頭を縦に振る。


 幸恵はふと考えた。光希とは仕事で1日中彼女と一緒に居たのにも関わらず、仕事が終わってからも顔を突き合わせるほどの仲でもない。今日はまだ時間も早いし、労力もあるので久し振りに台所を活用しようじゃないかと思い、幸恵は喫茶店の中には入らず光希に別れを告げて再び帰路へと歩き出した。


 そんな去りゆく幸恵を、光希がそのまま店に入る事なく、その後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた事を幸恵は知らない。

2018/10 改稿済

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