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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
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秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 15

「その時、種市さとみが持っていたであろうバラは、全て自分の家でさとみの母親が育てていたバラだったらしい」


 13年前の種市里美の事故について頭を抱えていると、捜査第一課によって連れ攫われていた光希が「特別捜査室」へと戻ってきた。力戦奮闘した戦士の様にその足取りは少しふらつき、数十分しか経っていないはずなのにその姿は疲れ切った様子に見えるのは幸恵の気のせいだろうか。


「ちょっと、大丈夫なの」

心配になって幸恵は光希のふら付いた体を支える。その瞬間、とてつもなく大きな音量で彼女のお腹が鳴いたのだった。


 その音に目を丸くした幸恵を余所に、それ以外の3人は黙って壁時計を見上げた。時間は正午を1時間ほど過ぎている。


「お待たせしました、鷹岡さん。まだ熱いのでフーフーしながら食べてくださいね」

 3分後、光希の目の前にカップ麺が由美によって差し出された。出来立ての白い湯気と共に、乾燥麺と化学調味料とプラスチック容器が熱された、あの独特な匂いが室内に漂う。

「ありがとう由美ちゃん」

 自席の上でまるで脊髄のない蛸の様にぐだっていた光希はその匂いを嗅いでは否や飛び起きて、子供の様に素直に口元を窄ませてフーフー息を吹きかけながらそれを美味しそうに啜り始めた。


「はい、大端さんもどうぞ。お昼まだですよね」

 光希同様に幸恵にも由美からカップ麺が差し出された。気がつけば「特別捜査室」の他の2人もカップ麺を啜っている。

「お腹すいていると、いくら考えたところで答えなんて出てきません。それに何か食べながら考えると、脳が活性化すると思いませんか」

由美はそう言いながら、両手で持った割り箸を綺麗に2つに割った。


「ほんと、失礼しちゃうよね。第一課のおっさんたち、アタシを取調室に連れ込んで、周りでお弁当とか食べ始めるんだよ。おいしい食べ物が混ざり合った匂いが、あの狭い空間に充満してきているっていうのに、アタシには一切食べさせてくれないんだよ。もちろんお茶だって出してくれないさ。これこそ自白の強要だよ。拷問だ。私は何もやっていない」


 空腹を脱した光希は、先程の数十分で起こった不満を積が切ったように吐き出した。サアヤのアパートを出る時から元気のなかった彼女だったが、もういつも通りの煩い彼女に戻ったようだ。


 お弁当を食べながら事件について情報収集をするのも変だと思うが、今捜査第一課がお昼を食べ終えた後すぐに出払っているところを見ると、ゆっくりと耳を傾け議論する時間より外に出て新たな証言を得ようとする彼らの刑事魂を幸恵は感じた。


「それで、鷹岡。報告しなさい」

先程までの優しい笑顔の麻優美が一転、室長として凛とした一声を上げる。その言葉に反応したのか光希も自らの背筋を伸ばして、椅子から立ち上がった。


「齊藤がオーナーを務めていた『The Secret Garden』について、その店での齊藤の印象、彼女であるサアヤの存在。サアヤに告げた齊藤の「殺されるかもしれない」という発言。そして、その「殺す」側として種市治郎の名前が上がった事を伝えました。種市と齊藤の関係を洗うのは正式な捜査権限を持つ第一課にお任せしました。第一課からは、齊藤殺しで使われた凶器のアイスピックが未だ見つかっていないという事。齊藤の死亡推定時間が朝5時過ぎに絞られたという事。現場に残された血痕や周囲の状態から、殺害された場所は遺体があった場所に間違えがない事。そして、その殺害推定時刻の前に茂みから誰かが言い争う声を聞いたという証言が、その時公園で休憩していたタクシーの運転手から得たそうです」

「明け方に言い争う声ね。今回の事件に何か関係があるとみて良いわね」

 由美によって光希が第一課から得てきた情報が事件の概要を書き留めたホワイトボードに追加される。それを麻優美は見つめながら、眼鏡をかけ直した。


「それで、言い争っていた相手は男なの。それとも女」

「相手は男だそうです。若い男。運転手が休憩ついでに自動販売機で飲み物を買いに公園に入った時、茂みの近くを通りかかったら声が聞えたそうです。まだ日の出ていない時間だというのに珍しいと興味が湧いて遠目から覗いたら、茂みの中で話していた2人が途中で声を荒げて掴みかかり始めたから、関わり合いになりたくなくてその場から急いで立ち去ったと証言していたそうです」


「若い男の特徴がわかるのかしら」

麻優美の問いかけに、先程からしっかりと受け答えていた光希が不意に口を閉ざした。彼女は何かを思案している様子で左下に視線を落とし、自身の右手で自分の鼻頭を擦る。


「どうしたの。その男はどんな人だって」

「身長は齊藤より低め。痩せ形。そして、まだ日の出ていないそんな暗い時間でも判別できるような金髪。朝早い時間帯でも会える様な齊藤と面識のある人物。サッチー、アタシにはその男が1人しか思い浮かばないよ」


光希の思いついた人物の顔が幸恵の頭にも浮かんだ。

でも、それは違う。あの青年はこんな殺人事件とは関係がない。そう思いたかった。


 派手な見た目に反して真面目で料理ができて、子供の面倒をしっかりと見ている。そして、泣いている女性に声をかけて支えてあげられる。そんな心優しい青年だと思っていたから。

『The Secret Garden』のバーテンダー、神木辰夫。幸恵にもその人物しか思い当たらない。


「齊藤とそのバーテンダーの神木との関係も調べてみる必要があるわね」

麻優美が「特別捜査室」の捜査方針をまとめようとした時、光希は右手を高く上げて、それを制止した。

「あと1つ。あと1つだけ、第一課からの報告で腑に落ちない点があるんですよ」


 光希はそう言いながら、ホワイトボードに簡易的に描かれた公園の見取り図を指差す。ある一箇所に赤いペンでバツ印がつけられ、その場所が齊藤の発見されたところだった。


「ここの木の根に齊藤はうつ伏せに倒れているのが発見された。明け方に言い争う声を聞いたタクシーの運転手がこの時使った自動販売機はここ。運転手の車は公園の中には入れないから、出入り口付近に停車していた。すぐそこの自動販売機に飲み物を買いに行くのだからエンジンはもちろんかけたまま。運転手はこの公園の出入り口から自動販売機までを通って、戻る」

光希は口に出しながら自身の人差し指に運転手が宿った様に、その公園の地図の上をゆっくりと歩く。


 公園の入り口から時同伴が息までの距離は50メートルもない。だが、齊藤の遺体が見つかったその場所は、自動販売機よりもっと公園の中央にあり、歩道から離れた茂みの奥だった。


「運転手はその2人がいた場所ははっきりと覚えていないと言いながらも、自動販売機よりそう離れた場所でないと断言している。でも、明け方とは言えまだ周りは薄暗かっただろうから、その2人がいた場所が本当は齊藤の遺体が発見された場所の方で、運転手は思い違いをしているのではないかと第一課は考えているようです」

「だとすると、自動販売機のところにいた運転手は、言い争う声が聞えてその声を頼りに歩道をもっと中央に向かって進み、もしかしたら茂みの中へ入り込まないと彼らの様子は見えなかったかもね」

幸恵は光希の報告に、幸恵自身も指先を使ってホワイトボードで運転手の新たな軌跡を辿る。


「ここから路上に止めてある車は見えなくなるわね。まだ人通りもないとはいえ、エンジンをかけたままの状態の車を放って置いてまで、怪しい声を頼りに公園の茂みの奥まで行くのかしら」

2019/3月改稿

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