秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 14
麻優美の指示でサアヤの部屋から署へと戻り、車を止めた幸恵と光希は自分達の部署である「特別捜査室」へ向っていた。刑事部の入り口を抜けて曇りガラスが見えてきた途中で後ろが急に騒がしくなる。
「いたぞ、確保だ」
2人は不思議に思って足を止め、声の方を振り向いた。
その瞬間、光希のうめき声が耳に入った。捜査第一課の強面刑事である重原が彼女の後ろから光希の肩に腕をのせたのだ。
「おかえり鷹岡。待っていいたぞ」
光希の顔のすぐ横で重原は警察官とは思えない悪い顔で不敵に笑っていた。
「し、重原さん、ちょっとこれは完全にセクハラで訴える事のできるレベルですけど」
「そんなくだらねぇ事言っていないで、ちょっとこっちに面貸せよ。それで第一課の連中に今までお前さんが得てきた情報を洗い浚い吐いて貰おうかね」
首元に回された屈強な太い腕に必死の抵抗も虚しく、光希は重原らと共に第一課のある方へ引きずられて行った。
「気にしないでください。いつもの事ですから」
真横で台風のように過ぎ去った光景に呆気にとられて立ちつくしていた幸恵に、萩本が穏かな笑顔を浮かべながら声をかけてきた。
「残念ながら、こちらの第一課の捜査状況が行き詰まりをみせてしまっただけに、先程、今回の事件を正式に特別捜査室との共同捜査になりました。協力する以上、貴方達が勝手に動いて掴んできた情報もこちらに教えていただきたく思った次第でして、外出されていた貴方がたが帰って来るのを待っていたのですよ。でも、また貴方はあの問題児に連れ回されていたのですか。大変でしたね」
「いや、そんなわけでは」
「鷹岡は今までも第一課の事件を勝手に調べたがる癖がありまして、その欲求からか余計なヘマもやって捜査を混乱させる事が度々ありました。なので始末書などの書類を書かせて捜査室に居させる事にしていたのですが、貴方と組んでからはうまく制御されているようで、特別捜査室が掴んだ情報が第一課より進んでいると聞いて驚いてしまいました。今まで捜査していた私達とは別の視点でこの事件に切り込んでいらっしゃるそうですね。それがどんな内容なのか愉しみです」
顔に笑顔を浮かべなら穏かに話す萩本の言葉に幸恵は不快感を抱いた。捜査第一課を担う男としてのプライドが高い彼らにとってみれば、正式に捜査が許可されていない、単なる「お手伝い」の特別捜査室に後れをとっている事が許されないのだろう。
幸恵は萩本に負けず、にこやかに言った。
「本当はこちらで掴んだ情報を逐一そちらにお伝えしたかったのですが、みなさん捜査に出ていらっしゃった様なので、もし協力要請が出た時の為に捜査第一課の方々が調べていらっしゃる方向とは別の視点から情報があった方が事件解決につながるのではないかと思い動いたまでの事です。もちろん捜査初心者である私達が調べる方向がと取り越し苦労で、第一課が調べられた案件で解決されるようにと願っておりました。今回正式にご協力ができるというので、お互い探り合いではなく堂々と持っていた情報を共有し、いち早く事件解決に結びつけましょう」
幸恵はそう返答すると、萩本は何も言わず微笑みを返し、自分も重原達が向かった第一課の方へ歩いて言った。後ろから見た彼の歩き方が少し苛立っているように幸恵は感じて、年上に対する態度にしては可愛げがなかったかなと思いつつも舌先を出していた。
「お互いの腹の探り合いってところかしらね」
背後に声に振り返ると、「特別捜査室」を囲む曇りガラスの隙間から麻優美と友子が覗いていた。
「事件に真っ直ぐ体当たりな重原さんと、一歩引いたところから冷静に分析できる萩本さん。なんか貴方達2人と通じているものがあるわよね」
「ちょっと辞めてくださいよ。私はあんなに毒を吐きません」
「あら、あの萩本さんが毒を吐いている事に気付く人が何人居るのかしらね」
友子はそう言って笑った。
「今回の事件の概要を鷹岡が第一課に説明しているとして、これからは私達、「特別捜査室」と捜査第一課で協力して事件を捜査していく事になったわけだけど、思った以上にこの事件の根は深そうね」
「ある意味、良いタイミングで捜査協力体制になりましたね」
事件の内容をまとめたホワイトボードを眺めながら、溜息をついた麻優美に友子は淹れたてのお茶を差し出しながら言った。その言葉の意味を問うように麻優美と幸恵は友子を見る。
「新たに出てきた種市治郎社長について調べるのは、正式に捜査権力を持たない特別召集型の私達よりも、昔から事件捜査を一任されてきた捜査第一課の方々が赴いた方が適切だと私は思います。この方の様な富裕層である程度年配の男性相手だと、年若い女性がいくら話しても見下されて相手にされないでしょうから」
「悔しいけれど、そうでしょうね。隅前さんの言う通り種市社長と殺された齊藤との関係は、捜査第一課に任せる事にしましょう」
「屈強で強面の、はた目から見ても刑事だとすぐに判るような人でさえ、もしかしたら証言を得るのが難しいい相手かもしれませんよ。第一課の方々が日々ご自慢されているような技量と刑事としてのプライドがどうなるのかとても勉強になりますね」
友子の笑顔に幸恵は悪寒を感じた。もしかしたら萩本と似ているのは幸恵ではなく友子ではないだろうか。先程の萩本が言葉の裏に隠した「特別捜査室」への侮辱を幸恵よりも先に察知し、卑下に扱う第一課に対して不快を抱いていたのかもしれない。
「お待たせしました。種さんに関連した事件について調べてきましたよ」
室内に明るい声が響いた。両手に書類を抱えた由美が笑顔で資料を配る。
「『The Secret Garden』の大物顧客である種さん、つまり大手貿易会社社長の種市治郎の娘さんが13年前に亡くなっています。彼女の名前は種市さとみ。年齢は11歳でした」
由美から手渡された書類に鑑識課が当時撮影したと思われる遺体の写真が載っていた。薄い氷が未だに残る水の上に、子供が人形のように浮かんでいる。あどけない顔は血の気が消えて青白く、閉じたまつ毛には氷が残っている。幸恵はその写真から目を背けたくなった。
「真冬に公園の湖に浮かでいるところを偶然通りかかった、近くに住む女性が見つけたそうです。死因は体温低下による心臓麻痺で、夜中の間気温が下がってできた湖の氷の上を歩いていた時に足元が割れて転倒したのではないかとされていました。遺体となって発見される日の2日前に種市の奥さんが捜索願を出しています。事件の可能性は低く、足を滑らせた事による事故として処理されたようです」
「この「バラが一緒に浮いていた」って言うのは」
「さとみちゃんの遺体の近くに浮いていたそうです。数は11本の赤いバラ。発見された当日がさとみちゃんの11歳の誕生日だった事もあり、事故前に自身でもっていたのではないかとされていますね」
「誕生日のプレゼントに、年齢と同じ数のバラか。良くドラマのプロポーズの場面で出てきそうなシチュレーションだけど、11歳の女の子相手にちょっとキザじゃない。しかもその子はその花を持ったまま凍った湖の上に居た訳でしょう。それってどういう状況なのかしら」
由美が調べてきた種市さとみの事故に関する報告を聞いていた「特別捜査室」のメンバーは、麻優美の疑問にこぞって首を横に傾けるしかなかった。
2019/3月改稿




