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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
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秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 13

「あいつに殺されるかもしれない。確かに齊藤さんはそう言ったのね」

幸恵がサアヤの言葉を復唱すると、彼女はしっかりと頷いた。


「確か、前に2人で逢った時だから、5日前くらい。仕事明けに落ち合ったホテルで彼が言っていたの。『化けの皮が剥がれてきた』、『もし俺に何かあったら犯人はあいつだ』って。私はその時その言葉の意味を全然理解できていなくて、適当に聞き流していたの。どこかのテレビの影響かもしれないって。まさか本当に彼が居なくなっちゃうなんて、一瞬だって思わなかったから」


 サアヤはそう言いながら、両手で自分の体を抱いて震え始めた。彼女が齊藤の死を知った時と同じ様子だった。あの時震えていたのは彼を失った悲しみだけではない。彼が以前に口にした言葉を思い出し、その犯人を思い浮かべて怯えていたのだ。


「その「あいつ」とは誰なの。貴方も知っている人なのかしら」

「種さん。種市グループの種市治郎社長」


 貿易会社を20代のうちに立ち上げ、その身一代でその会社を上場企業まで押し上げた男だ。50歳を過ぎてもなおその手腕は未だに留まる事を知らず、世界各地に部署を置き取引するなどその成長は計り知れない。テレビでも良く取り上げられる、今話題の人物だった。


「随分、大物の名前が出てきちゃったんじゃない」

さすがの光希でさえ、その名前を聞いて一歩たじろいだ程だ。


「種さんは、奥様がいらっしゃるようだけれど頻繁にお店に来てくれるわ。私を指名してくれるし、遊び方も豪快だからお金もお店に落としてくれる。そんな人だから他のお客様との待遇も違って印象的だったの。あのお店をオープンする時も、種市社長が出資してくれたって齊藤が言っていたわ。だからちゃんともてなしてくれって。なんで2人が知り合いで、出店費用の出資をしてくれるような間柄なのか今まで気にした事もなかった」


「種市さんがお店に来る時は1人、それとも誰かと一緒に来ていたのかしら」

「取引相手っていう感じの他の会社の社長さんとも来てくれた事もあったけれど、お1人でこっそりと裏口から来られる方が多かったわ。その時はいつも秘書さんを連れていたの。確か名前は、吉谷って呼ばれていたかな。背は低めで、少し頭の毛が後退しているような、冴えないおじさんって感じだった。種さんを待っている間お店で飲んでいたけれど、女の子と話をするというよりは静かに独りで飲むってタイプの人だったし、最初はお店に入っても種さんが誘わないと椅子にも座らずにずっと種さんのいる個室の隅で立って待っているような人だったの。だから皆で「犬の様にとっても真面目な人なんだろうね」って笑っていたわ」

「特に種市社長と齊藤さんがいがみあっていたとか、トラブルがあったとか。そういった話を聞いた事がありますか」

サアヤは首を横に振って否定した。


「ではなんで齊藤は「殺されるかもしれない」なんて言ったのだろう」

 今まで隣で黙って聞いていた光希の呟くと、サアヤは口を閉じて唇を噛んでいた。乾いて涙の筋が白く残る目元にまた新たな雫が零れ落ちた。


「だから、そんなのわかるわけないじゃない。もういい加減にしてくれる」

 サアヤは先程までの落ち着いていた口調から一転、光希に向けてヒステリックにそう叫んでいた。まるで理性で押し止めていた心の枷が外れたかのように、自信の頭を掻き乱し、声をあげて泣き始めてしまった。


 齊藤が何故そのような事を口に出したのか彼女は本当に知らない。それ以前に齊藤は自信の事ですら詳しく語らなかったのだろう。恋人同士になってもなお教えてもらえない不満と、深く追及したら嫌われてしまうのではないかという恐怖が、今まで彼女の中で葛藤していた事だろう。


 彼が離れる事を恐れずにもっと聞いていれば、2人の他愛のない会話として聞き流したりしていなければ、振り返れば振り返るほど後悔の荒波は険しくサアヤに襲いかかる。


 大切なものを失い残された者が、これからも生きていくには、その後悔を背負わなくてはいけないのだ。


 これ以上サアヤに聞く事はできない。彼女が被った深い悲しみを癒せるのは時間だけなのだろう。幸恵はそう判断してサアヤの部屋から出た。


 彼女のアパートの外観を見つめながら、幸恵は電話で齊藤とサアヤの関係と彼女の証言にでてきた新たな人物について「特別捜査室」に報告を入れる。やはり種市の名前を出すと麻優美も驚いた様子だった。


『ちょっと待って。種市社長に関わる未解決事件が昔にあったそうよ。今海老沼さんが調べているから、一旦こちらに戻ってきて』

幸恵は承諾すると電話を切って、エンジンがまだ止まったままの車の助手席に乗り込む。


 外で報告していた幸恵に対して先に運転席に座っている光希に目をやると、いつもの彼女とは違いどこか少し沈んだ様子に見えた。恋人を失ったサアヤに発した言葉で傷つけてしまった事を後悔しているのだろうか。


 周囲に親密な関係である事を黙っていた事、安物のプレゼント、齊藤がサアヤにも自身について詳しく語らなかった事。確かに光希が抱いた憶測はあながち間違っていないと幸恵は思う。

『本当に愛されていたのかな』

光希の呟きが脳で反芻した。齊藤がサアヤとの関係を本気ではなかったのだという疑惑。


 だが、恋は盲目という言葉もあるが、やはり人間は自分にとって都合の良い解釈を信じたいのだ。自分が愛していた通り、彼からも愛されていたと思いたい。そんなサアヤの気持ちを察したからこそ、幸恵は光希を止めたのだった。


 幸恵は先程装着したばかりのシートベルトをはずした。そして体を前のめりに出すと、光希のこめかみを指で軽く弾いた。

「ほら、捜査室に戻るよ」

光希は少し不服そうな表情を浮かべたが、そのまま何も言わず車のエンジンをかけた。


カーステレオからは空気に合わない軽快な音楽が流れていた。

2019/3月改稿

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