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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
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秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 12

 年季の入った木造集合住宅の一室は、1DKの1人暮らしには差し障りのない広さだった。


 家具はベッドとテレビと小さなテーブルだけで、部屋の床にはクローゼットに納まり切れなかった衣類が散乱している。玄関からダイニングまでの間に通り抜けたキッチンは使用された気配はなく、洗い物場のところには食べ終えたコンビニや弁当屋のゴミがビールの缶と共に置きっぱなしになっていた。


 女性の1人暮らしが綺麗で可愛いなんて、所詮本当の女を知らない男性の幻想に過ぎない。仕事が遅くなれば億劫になって自炊をせずに外食や弁当を買う。何よりその方が楽だし、今はコンビニの弁当とはいえ栄養面もキチンと計算されていて、下手に自炊をするよりも健康的で安心だ。ましてやサアヤのように昼夜逆転の生活ならば洗濯をするタイミングもなく、自由に使える給料がある分新しい服を着て出勤すればナンバーワンの品格を保つ事ができる。


 そう、幸恵も親元を離れ1人暮らしをしている分理解しているつもりだったが、『The Secret Garden』で出会ったあの美しき人気ナンバーワンの彼女の日常が、乱雑な部屋に住む横着の女性だった事が判明し少々がっかりしてしまった。


 「人が家に来る事ってないから、散らかったままなのよ。文句があるなら出て行ってくれても良いのよ」

そうサアヤは冷たく言うと、ベッドの布団の上とその周辺の床に散らばっていた服を足で部屋の隅に追いやり、空いたスペースに幸恵達が腰掛ける様促した。


「呼び鈴が鳴ってもすぐに出てこなかったけれど、どうして」

「誰にも会いたくなったから。判るでしょう。この格好だと特にね。でも、なんで私がこの部屋に居って分かったの」

「住所は昨夜お店で従業員名簿を見せてもらったから、その時に。君の昨日の様子だと今日は仕事どころか、どこにも出歩く事はしないと思っていたからね。しかも、良く眠れていないんじゃないかなって」

サアヤの問いかけに光希が答えると、サアヤは力なく微笑んだ。

「当たり。なんで私が齊藤の彼女だと思ったの」


「まず疑ったのは昨晩の齊藤の死をお店で伝えた後の君の態度。周りのスタッフは流石に悲しそうで驚いた顔をしていたけれども、君ほど彼の死を悲しむ人はいなかった。それどころか、ある意味異常なくらい取り乱して、震えて、泣いて。そしてお店を開店する予定なのにナンバーワンである君が仕事を放棄した。だから貴方と齊藤の間に何かあるのだと推測したんだ。それもとても深い関係がね。そして、ある事を思い出して確信した、」


 光希はサアヤが着ているTシャツのよれよれになった首元を指差した。


「君が今でも大切に首から下げているそれだよ」


 幸恵はその言葉でサアヤのデコルテ部分に注目した。そこにはシルバーの、どこにでもありそうなシンプルなハートのネックレスが輝いていた。


「あの店は会員制のバーだ。お客さんも人目を忍んで通うほどの大物やお金を使って女の子を振り向かせたいと思っているおじさんばかり。たまに、女性客も来るが彼女達はこの刺激的で華やかな世界に興味があり話題作りのための冷やかしなので女性客は省くとしよう。思い出して見て、あの時あの真っ赤な広間に集められた他の女の子達はみんな有名ブランドの輝くばかりの素敵なアクセサリーを身に着けて、自分をさらに輝かせていたし、壁に掲げられた貴方の写真には胸元の広く空いたドレスに大きなパールのネックレスをつけていたよね」


 光希の言葉に幸恵は昨晩店を訪れた際の光景を思い返した。壁に貼られた女性従業員の顔写真には魅惑的なドレスに合わせたアクセサリーを着けていたし、聞き込みに対応してくれた巻き髪の女性は幸恵も知識としては得ているけれども手に入れる事をためらうくらい高級のアクセサリーを惜しげもなく身に着けていた。


「でも、実際に出て来た貴方はそうではなかった。人気ナンバーワンのサアヤちゃんという者が、そんな高値のブランドでないシンプルのネックスレスをしてお店に出ている。それは何故か。そのネックレス自体に値段とは違った価値があるから。それは、2人がお互いの物であるという証であり、それは飼い猫の首輪のような物。明らかに判ってしまうようなお揃いのリングや洋服ではなく、お互いの形は違えど同じ物を身に着けているペアアクセサリー。齊藤は弓矢の様に細長い棒状のネックレスを下げていた。貴方のハートを貫く天使の矢の様に。貴方の首元に揺れるハートのペンダントトップにそれが重なるように窪みがあるはずだよ。商品名は『スイートハート』。若いカップルに今人気の商品だ」


 ペアグッズは今では友人同士の間でも普及しているが、本来は主に恋人同士でお互いの愛の証として同じ物を身に着ける行為が昔から今も流行になっている。それは時に洋服であったり、マグカップであったり、指輪であったりと様々で、価格問わず多くの企業から「お揃い」の商品を売り出している。

 終始身に着ける物として人気なのはアクセサリーであるが、特に2人の関係を周囲に隠しつつ、TPO問わず身に着けられるとネックレスのタイプは需要が多い。ファッションを意識する男性も多くなってきて、気軽に身に着ける事ができるからだ。デザインもバリエーションに富んでおり、全く同じ形のものもあれば、違うデザインの物もあり、宝石店を覗くだけでも会話は弾む事だろう。


 確かに思い返せば、先日遺体となって発見された齊藤の首にもネックレスがかかっていた。幸恵は男性でもオシャレな人が多いからと普通に見逃していたが、光希はその形を覚えていたのだ。そして、店で彼女と出会った時にサアヤの首元を見て確信を得たという事なのだろうか。


「齊藤もよく考えるよね。学生カップルならともかく、有名なブランドだとお客さんにもペア商品だってバレちゃうだろうからって、会員制クラブのナンバーワンでありながら1・2万円あればペアで買えるような安物を買い与えていたなんてね。まさに灯台下暗し。でもって、そんなチープなネックスレスしか買えないながらも、必死に水商売で働いている健気な美人に振り向いて欲しい。そんな事を思って君に一生懸命貢ぐ男も大勢居る。営業利益も上がって一石二鳥ってわけさ、」


光希の言葉にサアヤの顔が強張ったのを幸恵は見た。


 安物だと判っていても理由をつければ相手を満足させられるという思惑がどこかにあったのかもしれない。そして見栄を張って女性に讃えてもらいたい男性にとって、お気に入りの女性を自分の手で華やかにさせてあげたいという欲求を客から引き出す道具としても使ったのかもしれない。


「本当に君たちは恋人同士だったのかな」

齊藤が居ない今、彼の本心を確かめる事はできない。


「鷹岡さん、言い過ぎよ。サアヤさんに謝りなさい、」

俯いてしまったサアヤを庇う様に、込み上げる感情を圧して幸恵は低い声で静かに光希に告げた。

「亡くなってしまった齊藤さんがサアヤさんに抱いていた気持ちや、そのペアアクセサリーに込められた思いは私達には判らないわ。物の値段で愛を計る事はできないのだから。彼が自分の最後の時までサアヤさんとのペアアクセサリーをしっかりと身に着けていた。それで良いじゃないの」


 そして、昨晩、齊藤が亡くなった事を知ってからサアヤは彼の事を思って泣いた。涙が枯れた次の日も彼女は部屋に籠って目を腫らして静かに居た。それがサアヤが抱いていた齊藤への愛と、それを失った悲しみ。それほどまでに思われていた彼も彼女の事を同じくらいの愛で返していて欲しいと幸恵は願った。


「サアヤさん。どんな事でも構わないから、齊藤さんについて知っている事を教えて欲しいの」

幸恵の優しく、そして縋るような声色に促され、サアヤは何かを決心したように先程まで俯いていたその顔を上にあげると、その大きな瞳に幸恵を映した。


「あの時、最後に齊藤と逢った時。齊藤が変な事を呟いていたの。「俺はあいつに殺されるかもしれない」って」

サアヤの口から飛び出してきた証言に幸恵は光希と顔を見合わせた。

2019/3月改稿

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