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はみだしてあぶない刑事  作者: 助三郎
はみだしてあぶない刑事
10/130

秘密の花園に散った淡い恋心。時が過ぎてもなお狂い咲いて 10

 すれ違う署員に軽く朝の挨拶を交わしながら、幸恵は署の階段を上がって行く。階段の踊り場を抜けて、刑事部と名札が下げられた広い部屋に入る前に、自動販売機が2種類と小さなテーブルと椅子。そして肩身の狭くなった喫煙者の憩いの場所である喫煙所が設置された休憩スペースを横切る。


 いつもならそこを素通りしてしまうのだが、今日は見知った顔が居たので不意に足を止めた。小さな窓の近くに置かれた背の高い小さな丸テーブルの前で、由美が彼女と同じくらいの年齢の男性職員と2人で愉しそうに話している。悪いと思いつつも興味を抱いてしまったら仕方がなく、次の瞬間幸恵は自然と壁に隠れていた。

 この距離では話している内容は聞えないが、男性の発した言葉に由美は唇に手を持っていき可愛く笑いながら、向き合う彼の胸元を数回叩いた。この、さり気ないスキンシップ。彼女の可愛い仕草に、話している彼も鼻の下を伸ばして愉しそうだ。彼が噂になっている本命の相手なのだろうか。


「おっはよう。サッチー」

 幸恵の背中が叩かれ、光希の能天気で大きな声が響く。幸恵は声を出して驚いて、隠れていた壁からつい飛び出してしまった。

「どうしたのさ、こんなところで。早く入らないと遅刻になってしまいよ」

「驚かさないでよ。2人の邪魔しないようにしていたのだから」

そう言うと、幸恵は光希の腕を掴んで壁に引きこむ。しかし、既に遅し。男性職員と話していた由美には気付かれてしまったようだ。彼との話を辞める事なく、こちらに向かって笑顔でさり気なく手を振っている。残念だが幸恵は壁から出てそれに答えながら刑事部の扉をくぐる事になった。


 恒例の朝礼を終えた後、幸恵と光希は室長の麻優美に、昨晩訪れた齊藤がオーナーを務めていた『The Secret Garden』での話しを持ちかけた。報告と呼べるほどのものではなかった。結局、従業員は齊藤の死に誰も知らず、幸恵が仕入れられた情報はあまりにも少ない。それに一緒に行った光希は女の子との雑談に花を咲かせていただけで、碌な情報を得ていない。はずだった。


「齊藤は一人身で、あの店にほぼ毎日顔を出して裏でスタッフを動かし、顔を出さない日も必ず開店前に連絡があったそうです。「今日は、どこどこの社長さんが来るから誰をつけて」とか、「この人には言葉遣いに気をつけて」とか細かいところまで把握し、指示をしてきたそうです。その指示に従わなかった従業員には凄い剣幕で怒鳴ったとか。ここは信用が売りの職場なのだからそれを裏切る奴は辞めてしまえと。その反面客の前では愛想がよく、いつでも微笑の仮面をつけているかの様子だったそうです。齊藤が殺されるほど恨まれているかと聞けば「ありえるかもしれない」と従業員は言っていましたね。なんせ、あの店は齊藤が手広く商売をしていたそうで、一流会社の資産家や社長、一部の暴力団組織の会合なども密かに行われていたそうですよ。そんな人達の会席には必ず齊藤が顔を出して挨拶していたそうで、従業員の中では齊藤が本当はどんな人物で、何故彼らと知り合いなのか、知りたいけれども怖くて知らない方が良い。疑問に思うけれどもそれを口にできない。そんな環境であったそうです。だから、「ありえるかもしれない」それだけ」


 報告の最後の方になると、隣で語る光希の姿を唖然と見ている幸恵を光希はわざと片側の口角を上げて笑みを浮かべて発していた。あの雑談の中でいつの間にそこまで聞き出していたのか。いや、それほどの話しはしていなかったはずだ。なら何故彼女はそこまで報告ができるのか。幸恵は光希に抜け駆けをされた気分になった。


「「ありえるかもしれない」ね。それだけだとまだ犯人特定は無理ね。齊藤の事をもっと詳しく知りたいわ。由美ちゃんはなにか良い情報を得られたのかしら」


「齊藤夏樹の死亡推定時刻は明け方の3時から6時の間。発見されたのはその日の16時。近所に住んでいる人が散歩をしていて、犬が草むらを掻きわけて茂みに入り遺体を見つけたそうです。なのであの場所に半日近く放置されていた事になります。致命傷になったのはやはり胸元の刺し傷で、凶器は先が鋭く細長い刺す形状の物。アイスピックのようなものではないかと考えられています。ですが、そのような物は現場の近くでは未だ発見されていません。後頭部の傷は死亡前、何らかの瞬間に後ろ向きで倒れた時に頭を打ったたんこぶで、それが死亡の原因になったとは捜査第一課はみていないようですよ」


「由美ちゃん、良くそこまでの詳しく調べられてきたわね。情報公開されたかしら」

捜査第一課が抱えている詳しい齊藤の検死結果をそらで述べた由美に、幸恵は目を丸くして素直に感嘆の声を発していた。いつの間に情報が表にされたのかと考えていた幸恵の様子に、他のメンバーは苦笑いを浮かべている。


 隣に居た光希が耳打ちしてきた。

「今朝、由美ちゃんと話していた相手は第一課の子だよー」

幸恵はその言葉に驚いて大声をあげそうになった口を慌てて両手で塞いだ。


 光希に促されるまま忍び足で曇りガラスの隙間から第一課の方を見る。その視線の先には今朝由美と話していた男性職員が重原に怒鳴られて小さくなっているのが目に入った。完全なハニートラップに感動しつつ、引っかかってしまった彼の不運に幸恵は両手を揃えて詫びた。


「それでは引き続き、齊藤夏樹個人についてと、齊藤と客の接点について洗っていきましょう」

麻優美の言葉に全員が承諾しそれぞれの仕事に取り掛かる。


 そんな中、光希は思い出したように手を挙げて麻優美を呼んだ。

「あ、室長。今日、会いたい人が居るのでちょっと出てきます」

麻優美も、ペアを組んまされている幸恵でさえ思い当たる人物が特に出てこないで2人は顔を見合わせてしまった。


「アタシ、見つけちゃったんだ―」

光希は悪魔のような顔で告げた。

「齊藤が内緒にしていたスイートハートをね」

2019/3月改稿

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