4.その頃、犯人は事故の責任を取り、せっせと掃除・片づけをさせられています。
業務開始の時報が鳴る3秒前に、僕は部屋へ駆け込んだ。
平日に朝からあんなにゆっくり(?)していれば、そりゃ遅刻しそうにもなるというものだ。ふう、と安堵の息がもれる。危うく次の更新査定に傷がつくところだった。
「おや、今日は珍しく遅かったね、アクト。」
いつも半時間前には準備を完了している僕がぜぇぜぇと屈みこんでいるのが珍しいのか、同僚(といってもあちらは正社員のベテランさんだから、厳密にいうと上司にあたるのかな?)のルテアさんが声をかけてくれた。黒いフードとローブで身体のほとんどを覆っている怪しい人だが、怯える僕に丁寧に仕事を教えてくれて、時々差し入れまでしてくれるいい人だ。
「ええ、ちょっと寝坊してしまいまして。遅れて申し訳ありません。」
ルテアさんはフードから辛うじて見える、血のように紅い唇を笑みの形に引き上げて言った。
「次から気を付けてね。今日はセーフにしとくから。それじゃ、今日も頼むよ。あと、それは隠しておいた方がいいんじゃないかな?」
ルテアさんはちょいちょい、と僕の鎖骨の上あたりを指さしている。
僕は見下ろしてみたが、当たり前だが死角で見えない。
「気付いてなかったのか。よっぽど急いできたんだねぇ。ほら、鏡。」
ルテアさんが差し出す手鏡を覗き込んで、絶句した。
え、この赤い痣、いわゆるキスマークという代物なんじゃ…?
いつのまに? さては、やってくれたなあの変態! 冷や汗がでるが、まさか、まさか正直に言えない。
「あ、いやその…教えてくれてありがとうございます。これは事故で、その…。ちょっと高い所に置いていた荷物を取ろうとして、落ちてきたものをぶつけた、その跡なんです。ええ。危うく誤解を招く所でした。」
「ふぅん…。」
大分苦しい言い訳だけど、ルテアさんは目を眇めただけだった。妙な圧力がじりじりと迫ってきて、恐怖で思わず一歩後ろに下がってしまいそうだった。だが、次の瞬間、嘘のように圧力は消えて、ルテアさんは苦笑した。
「そういえば、随分急激に魔力増えたみたいだねえ? まるで使い魔契約でもやったみたいだよ。もしそうなら5日以内にちゃんと申請、出しときなさいね? せっかくできた可愛い後輩がいなくなるのは嫌だからさ。それじゃ、また後でねぇ。」
そう言い、ルテアさんは不気味なほど静かに去って行った。
ば、バレてる! あれ絶対バレてる!
「あ、ははは…。まあ、先に契約条件履行しないと、正式な手続きに入れないし、しょうがないよね。」
精一杯に笑った僕の声は恐ろしく乾いていたと思う。ルテアさんもやっぱり時々怖い。