3.どうしてこうなった。 (後部に補足つき)
※注意事項※
今回は残念ながらBL?要素がありますので、
苦手な方はご注意ください。
目が覚めると全部が夢オチだったらいい、なんて思ってたけど、そんなわけはなかった。
朝日が眩しい。身体の節々が痛いのは、床で寝ていたからだったようだ。
目線だけでそろりと様子を窺ったつもりだったが、バレていたようだ。
「やあ、おはよう、アクト君。いい寝顔だったよ!」
正面に、頬を染め身体をくねらせつつ、サムズアップを寄越してくる変態がいた。よかった、さすがに今度はもう普通の服だった。少しだけ安心した。
それにしても何故しなをつくる。外見は普通のイケメンなのに、妙にオネェ系な感じがするとでもいうのか、違和感がひどい。正直やめてほしい。が、ツッコミを口に出して虎の尾を踏むのも怖い。もう自宅で逃げ場所もないし、あっさり魅了やら束縛やらされてしまう以上、警察に通報したところでどうしようもない。
頑張って悪寒と恐怖を押し殺していると、悪魔はきょとんと首を傾げ、それから何か物欲しげにこちらを見てきたが、…表情の変化が意味がわからない。なにこれ怖い。
しばらく二人でそうして見つめ合っていたが、変態は何かを諦めたように溜息をついて、気を取り直した様子で口を開いた。
「それはそうとだ。寝る前に言った通り。簡単にだけど説明しようかと思う。
まずは自己紹介かな? 俺様は悪魔のイリルという。
今、お前は仕事で魔法協会での屋内記録調査してるだろ?
ああ、なんで仮にも一応機密情報を知ってるか、ってのは知ってるんだからとしか言えないけどな。それについて、簡単なお願いがある。
就業時間中、ちょっとトイレに出るついでに、郵便小包を出してきてほしい。
一番近いポストに投げ入れるだけでいいんだ。な、簡単だろ?」
確かに、拍子抜けするぐらい簡単だった。
だが、おかしい。
「郵便出すぐらい、自分でいけばいいじゃないか…。」
変態、もとい、イリルはそう言われて、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「ちょっと事情があって無理だから頼んでるんだ。ただし、簡単とはいえ手間をかけることには間違いないからな。お礼もかねて、使い魔契約しとこうかと思ってさ。大盤振る舞いだぜ? 代償そんだけの長期契約なんて。あ、それに加えて必要最低限の、食事用の魔力もいるけどな。そっちは微々たるもんだ。俺様これでも万能だから結構いると便利だと評判よかったし、その程度で契約できるならとってもお買い得だぞ! とりあえず、俺様は今回の件でそれだけのものを取引として提示する。知ってるよな? 悪魔の取引。この条項に関して、嘘は言わない。あ、ちなみに拒否権ないけど一応、アクト君、どうする? 俺様と契約するよな?」
そう言って、悪魔はこちらの判断を待つとでも言うかのように、腕を組んで壁にもたれかかった。
胡散臭い。臭すぎる。僕にはそうとしか思えなかった。
常識で考えて、使い魔なんて難易度の高い専属契約を、力のある悪魔が半獣人程度に「簡単なお使い」だけで結ぶだなんて、ありえない。もしや、お使いの終わった後、魔力と血液搾り取られて縊り殺すとかか!?
「お、お断r」
「さっき言った以外の代償は本当にいらないから。後から出てきた必要最低限の食事の分だって週に1回、そうだな、魔石に時価千円充填できる程度で充分だ。ま、くれるならそれ以上も食うけどな。」
安!? それぐらいなら自力提供できるから、実質無料!?
「それと、オマケなんだけど、あれだ。確か、魔法協会って、使い魔いると給与上乗せ制度あったよな。今よりいい生活、したくない? ワンランク上のお部屋も夢じゃないぞ。」
…正直それは大分魅力的だけど。確か使い魔手当、一か月十五万円とかいう好待遇、だったような。毎月ギリギリの今、せめて、月1万円以上貯金できるぐらいの金銭的余裕は喉から手が出るほど欲しい。維持費が実質タダなら、それだけ生活にゆとりが…っ!
い、いや、怪しすぎる。こいつ変態だぞ、使い魔になったら変態と同居なんだぞ。落ち着け僕。
「半獣人でよわっちいからって見下したりしないどころか愛でまくるし、ちゃんと可能な限りの命令はきくぞ。もちろん今以降は勝手に操ったり、夜中に襲ったり、もちろん傷つけないから安心してくれ。そうそう、契約特典で地味に魔力が上がるし、寿命が延びるぞ。たぶん100年以上かなー。」
よわっちくて悪かったな! 確かに悪魔と比べたらそうならざるを得ないんだけどさ。
襲わないって本当か? 初っ端からので信用がゼロというよりマイナスなんだが、本当なんだろうな?
「地味に俺様そこそこ生きてるし、資格なしとはいえ、アクト君より知識はあるから、魔法技術を教えてもいいし」
……。魔法技術、教えてくれる人なんてのはまずいない。理由は手間だから、らしいけれど。学校でさえ、一般論だけで実技は独力で学べ、だけだったのに。
…もしかしたら教えてもらえば、魔法資格さらにとれるかもしれない。そしたら、将来的にすごく楽に…はっ。いやいやいや。だから待とうよ僕。
「あと、普通の仕事以外にも、炊事洗濯から護衛のついでに夜のお伴まで、なんでもやるぞ? 昨日みたいな温かいご飯、毎日食べたくないか?」
…。…あ、……、…昨日のご飯、普通だったけど、美味しかったなぁー…。
う、よだれが…。
もう生米か、焦げ肉か、腐りかけの生肉か、生野菜かの生活も飽きたしなぁ…。
かといって外食するお金も現状はないし、最近は水がお昼ご飯なんだよな…。
「まずは一週間のお試しで契約したあと、本契約でもいいんだぜ? 万一気に入らなかったら、一週間後以降ならいつでも契約解除できるぞ! さらにさらに! 今契約してもらえるなら、なんとっ! 洗剤と商品券もついてくる!」
なんだろう、段々怪しげな訪問販売みたいになってきた。あ、元から怪しかった。出会いからして変態だし。
でも、迷う。
僕がお金に困っているのは確かだ。収入もアテも、いつ途切れるかわからない。
体調を崩せば、現状、ほぼ詰む。
にこにこ笑いながら見つめてくるそいつ――イリルを観察する。
色素の薄い赤い髪。左右の耳元に小さな黒い角が2本、見えている。こちらをまっすぐ見つめている、黄色の瞳。なんだか、見ているとケチがつけようのないイケメンだ。すっと通った鼻筋も、唇も、まつ毛の一筋さえ、全部のパーツが美しいと言われて然るべきもののような気がする。これが悪魔が本能で作り出す、魔性の魅力とかいうものか。ただし同性だし、イケメン爆発しろとしか思えないけどな。
表情は…自然な笑顔に見えるが、僕にそうでないものとの見分けがつく自信がまるでない。けれど、僕が判断できる限りでは、嘘は言っていないように見える。
悪魔との取引と、先程イリルは口に出した。絶対に嘘は言わない、そういう決まっているものだと理解はしているが、それも学校の教科書でそういうものです、と教えられた程度の知識で、本当に嘘をついていないのかはわからない。
聞いた条件だけなら、どんなものよりもいい。破格だ。まずありえない。
本当に、本当に大丈夫か?
……でも、嘘じゃないと言った通りに、最悪、契約解除もできる、なら…。
僕は苦渋を飲んで、決断した。
色々怖いけど……美味しいご飯のためなら、変態にだって耐えて見せる!!
「あ、あの、まずはお試しで一週間から、…お願いします。」
ビクビクしながら頑張って答えたら、悪魔、イリルは床に突っ伏して震えていた。
何故に?
「く、くく…ぐふっ…色んな条件の可能性を想定してきたけど、まさか食い物が一番食いつきがいいのは俺様予想外。笑いすぎて腹いてぇ…さすがアクト君。うひひはははは」
よりにもよって、心の中を読まれていた! しかも爆笑されてしまった!
僕は恥ずかしいのを必死に隠して、憮然とした面持ちで呟いた。
「悪かったな。僕、料理、致命的に出来ないんだよ…しょうがないじゃないか…。」
5分後。イリルがやっと復活した。
「さて、それじゃ契約するかー。えーっと、やり方はー…実際の手間は魔力と体液の交換だけだな。」
へえ、案外簡単なんだ。そう思った。
なんせ、まず僕のような底辺魔法使いは行うことのない契約の儀式だ。僕も初めてだし、事前知識を調べているわけもない。まあ、イリルは経験あるとかで自信があるようだし、内心は不安だったが、まかせておくことにした。…大丈夫だよな?
イリルはにっこりと意味深に笑うと僕を抱き寄せ、あれ、なんで顔近い近い近いちょっと待って何をなんで
「そんじゃ、遠慮なく。いっただっきまーす!」
まかせるんじゃなかったー!!!!
あqwsfthjk、l;:wせdhjkl;grctvjkんぃ;
(アクト君錯乱中につき描写ができません。しばらくお待ちください。)
「ごちそうさまでしたー。」
たっぷり3分は後、イリルは果てしなく満足そうに言い切りやがった。
抵抗空しく、僕は燃え尽きた。ああ、さらば、ファーストキス…。
「そんなに凹まなくても。接吻の1つや2つ誰でもするだろうに」
呆れたようにイリルが言うが、それ男女でならな! 何が悲しくて男同士なんだよ!
「体液の交換なら血でよかったじゃないか、なんでだよ!?」
「血だと一々傷つけて、回復魔法かけなきゃならんし、面倒だなって。いやあ、一番いいのは性交渉だと思ったんだけどさ、初めてでいきなりってどうかなってのもあってランク下げてみたんだけど、どう? よかった? これなら痛くなかっただろ? 俺様完璧だよな!」
…この悪魔マジ悪魔ぁー! ありがたくないよその気遣い! 体は無事でも心が激痛だよ!!
判断はわからなくはない、こともない、こともないけど…。
なんだか、恐怖を乗り越えて頑張って決意した結果がコレかと思うと、やりきれなさが切ない。
思わず溢れた涙がぽたりと床に染みを作った。
「あ、え、」
その様子を見たイリルがぎょっとして顔を覗き込んでくる。
「うわごめん泣くな泣かないで下さいすいませんでしたごめんなさい久々で調子に乗りました美味しかったですごめんなさいでもアクト君の泣き顔超可愛いうへへ反省してるけど後悔はしていないでゅふふふ」
『ふざけるなこの変態ー!』
『あ、やっべ』
ちゅどーん。
僕の魔力の暴発は、この契約のお陰か、普段の威力の倍以上だった。
自分でやってしまってからビビった。が、なんとか部屋は無事だった。
どうも、イリルがとっさに防御したらしい。衝撃は全部イリルに向かって行き、そのまま嬉しそうに窓から吹き飛んでいった。
瞬間で魔法を構築する速さと、部屋を守った判断はすごいと思った。
やりすぎたかと慌てて窓へ駆け寄り身を乗り出したら、イリルは地面に墜落して恍惚と悶絶していた。やっぱり変態だった。見直して損した。
…どうしよう。今からでもクーリングオフ、したほうがいいかな…?
※わかりやすい爆発オチの後のオマケ※
「…そういえば、断ってたらどうなってたの?」
「ははは。実は俺様、今回魔界から出てきた時、自力で割り込みかけてさー」
「違反じゃないか!? 重大な界渡り法違反、最悪死刑て噂の!?」
「お前、その俺様をかくまったよね? 立派な共犯だよね?」
「僕をいいように操っておいて何を言うかー!」
「やだなあ、そんなのバレるようなヘマ俺様しないって。あ、ちなみに例外事項の使い魔契約に関する召喚の項目知ってる? コレ、パソコンのここ。」
「…長期の雇用に関する契約時、後日の申請届出を受け付ける、ってこれ…そっか…。そのための使い魔契約、ってことは、契約しないと僕犯罪者共犯コースだったってことだよね…? でもどっちかっていうと、この契約、お前が自分のための契約だよね!?」
「な、結局1択しかないだろ? どやぁ。」
「確信犯かよこの悪魔ぁー!」
※ 設定部分補足 ※
使い魔について。これは魔界・天界に在住するものが、現界にくるための制限。
というのも、界渡りは結構簡単(ほぼ底辺魔法使いのアクト君でもちょっとお値段高めの触媒を用意すれば方法自体は可能。基本魔界と天界の住人は一体で平均でアクト君5人分ぐらいの魔法的素養を普通に持っているので、言わずもがな。)だったため、それぞれ好き勝手に移動して暴れられると特定が困難で追跡もしづらく、また、この制度ができる前はそれを利用した犯罪の率があまりに高かったため、大昔に「このままじゃ現界が壊れる!」と危惧した魔王と神と、現界の維持に必死な現界の住民が対談した結果実現されることになった。今では魔法協会が現界で維持管理に奔走している。要するに、この魔法使いがこの来た人を監視監督してますので問題ありません、あった場合はこの魔法使いが責任を負います。またその対価として、来た人は労働力を提供することで対等の関係を築きます。というもの。
界渡り法違反=密入国のようなもの、と考えていいかもしれない。
魔力について。冒頭から結構ぽろぽろと言葉が出てきている割に解説のないエネルギーだが、この世界では、どんな生物でも持っている、エネルギーの一種で、その個体の生命力と捉えるといいかもしれない。
個体差が大きく、持つ魔力が大きければ大きいほど寿命が長いし、強大な魔法を使用することができる。反面、持つ魔力が大きすぎると精密操作に難があるため、魔力が小さいからといって需要がないわけではない。
作中でイリルがアクト君へ寿命が延びる、と言っていたのは、契約を結ぶのが悪魔(とても大きな魔力)と半獣人(とても小さな魔力)なので、パイプを繋げると、水位が高い方から低い方へ流れていくように、ゆっくりとだが移動してしまう現象が起こってしまう事の結果を簡単に表している。もちろん移動した分だけ、大きな方の魔力は減るというデメリットも存在する。
魔法について。魔力を燃料に、自然の理を捻じ曲げ、事象に干渉する技法。作中では『』の台詞が王道の詠唱にあたるが、実はこの中身はなんでもいい。ちなみに実際に声を出しているわけではないので、水中でも問題なく使える。
どんな風に対象に干渉するかを構築した後は、『』内の中身がトリガーとなって発動する。
構築できる内容に制限はなく多岐に渡るが、大きな干渉を行うほど術者の処理負担と魔力負担が大きくなる。
なお、感情が極まりすぎるなどして魔力の制御が吹き飛ぶと、魔力の暴発と呼ばれる擬似的な魔法が起こる。大体は爆発が起こる。
扱いを間違えると上記のように危険なため、ある程度以上の規模のものは使うにあたり、魔法協会の免許制となっている。
余談:通貨について。わかりやすく日本と同じ円にしました。物価なども大体現代日本と同じです。キャベツ一玉百五十円とかです。わかりやすいと思います。