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1.キチとの遭遇

 どうしてこうなった。

 どうして。

 …どうして。

 後日思えば、僕は、その言葉しか繰り返すことができなかった。



「見つけた! 会いたかったよアクトくぅ~ん。」

 突然、空間の隙間から出てきた黒い全身タイツの男は、猫なで声の奇声を上げつつ、腕を広げて飛びかかってきた。なので、思わず半歩横へ逃げた。反射で後ずさったともいう。

 結構痛そうな音を立ててそいつは顔面スライディングを決めたが、

「ああっ、この、このスルーの痛みも懐かしい!素敵!最高!!イきそう!!」

地面に突っ伏したまま、身体を震わせていた。なんだか恍惚としているように見える。うわぁ。どうみても性癖のおかしな人だ。気配が言っている。あいつはヤバい!

「ひ、ひ、人違いですよ。僕、先急ぎますんでっ、しょ、しょれではっ」

 震えそうになる声を必死に抑えて早口に言い捨てて、僕は逃げた。そいつの姿が見えないところまで走った。

 …なにあの変態超怖い。なんで人の名前知ってんの。

『逃がさないぞ。やっと見つけたんだからな。』

 張りつめた意識の隅っこでそんな言葉が聞こえた気がしたけど、…聞かなかったことにしてさらに全力で足を動かした。



「よ、よし。さっきの、もういないよな…?」

 後方を見て、さっきの変態の姿が見えないことを三度ほど確かめてから安堵の息をつく。ぜえぜえ。息を吸う度、のどがひりついた。

 商店街を抜けて、もう住宅地に差し掛かっている。夕暮時はとうに過ぎて、街灯の魔法光がぼんやりと輝き始める。

 人気のない道を歩きながら、ふと気づいた。

 …落ち着いてよく考えたら、ありえないことだからだ。

 さっきの、一応人型だったけれど、顔に見覚えはなかった。断言できる。あんなのは忘れようがない。どうもあの気配からして魔界からきた悪魔のようだったけれど…。

 そもそも、僕、狙われる理由がないと思うんだけれど。

 なので、おそらく人違い。世の中には同じ顔が三人いてもおかしくないとか聞くし、名前叫んでたのもたまたまあいつの探してた誰かと僕の呼び名が一緒だったんだ、たぶん。

 さらに狙われる理由がない根拠として、僕自身にそこまで大きな価値がない。悲しいけれど、事実だと思う。魔法の素養に優れた精霊のエリート官僚だとか、頑健な肉体を持つ恰好のいい竜族のスポーツ選手だとか、姿形の美しいエルフのモデルの人とかならばまだ狙われるのもわかるのだが…。

 僕は、どこにでもいるような雑種の、半獣人クォーターハーフの男だ。しかも小柄で、体力もない、最底辺。成人はとうに過ぎているというのに、童顔なせいか、ひどいときは子供にさえ間違えられる有様。魔力だけは多少あるものの、それも世間でいえば中の下ぐらい。魔法技術は必死に修めているけれど、仕事先ではいつまでも契約社員で収入も生活するのでカツカツだし…。うん、この線は絶対ない。

 または、友人のドッキリ企画。…うん、いくら茶目っ気のある友人たちでも、犯罪まがいな真似はさすがにしないはずだしなあ…。それに、高校卒業とともに就職した僕は、地元から随分離れた場所まで引っ越してきた。住所の変更は知らせたから場所はわかるとは思うけど、いくら時間のある大学生でも、さすがにこの距離を移動する金の方がないだろう。というか、新卒で入社した会社が、3年ほどで突然倒産した後、派遣の契約社員として食いつないでいる僕が一度、金さえあれば皆の顔を見に帰りたい。

 とか考えながら歩いているうちに、アパートに到着。自室のドアに鍵を差し込んだ。

「にしても、いつまでこの仕事でやってけるんだろうか、この先不安になってきた…。ただいまー…。」

「おかえりー。いや、まあ魔法業界、今不景気だしな、しょうがないよー。どんまい、きっとそのうちよくなるって。」

「そうだといいな…。」

 靴を脱いだ。あれ。どうして僕のじゃないサイズの大きな靴がすでにあるんだろう。すぐそこの台所から、なんだか煮物っぽい、美味しそうな匂いが漂ってきているのも、おかしい。僕は一人暮らしをしているのに。

「そもそもさ、アクト君の魅力はそこじゃないでしょ。かわいいし!こっそり天然どじっこだし!最高に美味しいし!」

 浮き浮きとしたテノールの美声が耳に心地よい。じゃなくって。誰がチビで天然でどじっこだ!

 …まて、それ以前に、今、僕は誰と喋っているんだ?

 ふと、蠱惑的な、甘い香水のような気配が鼻について、思考がぼやけそうになっていたのに気付く。これは、魅了? ざわっと悪寒が背筋を駆け上った。

「あれ、抵抗されちゃったか。まあいいけど。大勢に影響はないしな。ふっふっふ。」

「な、なっ、な…なんでここにっ!?」

 僕は呆然とした。驚きすぎると、恐怖より先に思考が停止するんだなあ、とか他人事のように考えた。

「それは、俺様がお前の使い魔(になる予定)だからでっす♪」

 玄関口で、さっき遭遇して逃げてきたはずの変態が、やけにいい顔で笑っていた。


 さすがに全身タイツは脱いだようだが、それでも大概おかしい。

 いくら脱いだら実は○ャニーズ系イケメンとはいえ、そこそこガタイのいい男が。

 お玉片手にピンク色のフリフリエプロン着用、ない胸を寄せて上げるポージングて。

 どうみてもやっぱり変態だよな?

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