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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第五章 彼ら、強敵につき
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第八十七話 惑乱(1)

 組み合わされた指に、魔力が集中する。

 電撃が迸るそれは、『雷』属性。この世界に存在する八大魔法の一つに属する高位魔法である。


 ただ、魔法の威力が高ければ高いほど術者にも負担が掛かる。

 例によって、高位魔法を連続で放ち続けたミリタムの指はところどころ擦り切れ、血が流れていた。


(あか)き稲妻・冥道を(はし)る鬼神・今(たけ)りを上げ万物を()び戻せ! 【雷光撃(フォルクローム)】!!」


 指し示した敵を目がけるように、鼻の下に短く細い黒髭――いわゆるちょび髭――を生やした巨大な鬼神が稲妻を纏って現れる。


 逞しい腕を胸の前で組み、雲の上に腰掛けた【雷光撃】は絶え間なく放電を繰り返しながら進軍を始める。終始上品な笑みを浮かべた鬼神がいよいよ衝突しようかというとき、微動だにしなかったクラスタシアが思い出したように顔を上げた。


 自らの何百倍もの体積を誇る魔法を前に、顎を上げ、見下すような笑みを向けている。明らかに下位者に対する反応だ。まるで、それで勝てると思っているのかと言わんばかりに。


 思わず躊躇しそうになるミリタムだが、痛みを堪えてありったけの力を指に注ぐ。限界に近付いていたが、そんなことに構っている余裕はない。力を緩めれば、それこそ最期だ。


 ミリタムの捨て身の戦法に対し、クラスタシアはおもむろに右手を伸ばし、【雷光撃】の尖った鼻先に近付けただけだった。たったそれだけの動きなのに、魔法はちょうどそこから先に見えない障害物でもできたかのように進まなくなる。


 彼は右手のひらに自らの魔力と闘気を集め、ぶつけることで部分的に魔法同士を相殺させたのだ。

 とはいえ、魔力自体は極めて微少なため人間の目で視認することはできない。そのために、素手で受け止めたように錯覚してしまうのだ。

 かく言うミリタムもその一人。


(常識がまるで通じないね……)


 しかし、たとえ常識はずれでもこれは戦いなのだ。相手からすれば単なる遊びでも、人間側からすれば命懸け。一秒たりとも気を抜けない。

 

 彼らはあおいを狙っているらしいが、少なくともこの魔族に関しては全くと言っていいほどその気がないようだ。こうして無関係のミリタムを相手取るくらいなのだから。

 

 ミリタムからすれば良い迷惑だが、敵勢力が分散していなければ碧はあっという間に殺されていただろう。複雑ではあるが、この構図になったことだけは不幸中の幸いと思うしかない。

 

(だけど、このヒトと僕、一対一も無理がある)

 

 覆しようのない現実に、苦笑いを零す。

 かといって、他の誰かがいれば心強いかといえばそうでもない。頼りがいのあるなしではなく、たとえ全員で戦ったとしても苦戦するのが目に見えている。この魔族はそういう相手だ。だからこそ、魔法という優位性を持つミリタムが最も適任なのかもしれない。

 

(僕の魔法が、どこまで通用するかは分からないけど)


 未だ進行を阻まれている【雷光撃】へ向け、血まみれの人差し指を伸ばす。


「其は雷神より出でし力・怪腕に宿りて旋風となれ・鉄脚に宿りて烈風となれ・覚醒せよ【風雷侯ヴィン・ボルテア】」


 クラスタシアが初めて瞠目した。


 魔法は、属性によっては組み合わせることも可能なのだ。ただし、あれこれ適当に組み合わせると爆発の恐れがあり、術者の命に関わる。それぞれの属性の優劣を見極めた上で初めて成し得る技術だ。


 それだけ魔法に精通していなければ魔法同士の融合などできはしないし、何より危険なことこの上ない。真に熟練した魔法士が使える手段なのである。

 

 

 

 

 雷に突風が入り交じり、竜巻のような様相を呈している。

 碧がそれを目にしていたのはほんの数秒ほどであったが、敵であるサイノアからすれば恰好の獲物。こぶし大ほどの大きさの球が、碧目がけて速度を増していく。


「アオイ!!」


 魔族の狙いが彼女へと逸れたことに気づいたラニアらは叫んだ。

 しかし時既に遅く、振り返った碧のちょうど脇腹に命中する球体エネルギー。


 頼りない大きさであるが、相当な魔力を内に含んでいたらしい。身体が宙に浮き、そのまま吹っ飛ばされてしまった。


「戦いの最中(さなか)によそ見をするぐらいだから、何か策があるのかと思っていたけれど。何も考えていなかったのかしら」


 小首を傾げながらの無機質な声が碧を攻撃する。

 地面を二転三転した碧はそれでも立ち上がろうと腕に力を込めるも、脇腹に走った激痛に負けてしまい動けない。

 

 既にいくつか無詠唱と詠唱の混ざり合った攻撃を受け、ラニアも白兎(ハクト)も肉体は酷く傷ついていた。それでも意識を失わず立っていられるのは、日頃の修行の賜物であろうが――半魔(ハーフ・エビル)とはいえ、魔族一匹相手に三人がかりでも敵わない。


「この程度の人間に、父様がけることなどあり得ない。どうやら貴方はただの容れ物のようね」


 相も変わらず無味乾燥な口調ではあったが、若干の侮蔑が垣間見える。

 

 碧は必死に這いつくばって身体を動かし、遅鈍な動きで少しずつ戦線へと戻ろうとしていた。だが、視界が霞んでよく見えない。確かに見据えている先を遮るように、瞼が重い。


「オイっ?!」


 不意に悲鳴のような声が届いた。そちらへ視線を戻せば、白兎へと倒れ込むラニア。明らかに意識がない。どうやら限界が来たようだ。立ち上がりたいのに、碧の身体は鉛のように重く言うことを聞かない。

 不意に、身体が持ち上がった。

 

「ッたく、ドイツもコイツも!」

「白兎、ごめ……」

「死んだフリしてろ!!」


 ラニアと共に乱暴に木陰に押しやられる。随分な言い方だが、足早に去る白兎を追うように炎の鞭がしなったのを見て悟る。サイノアの攻撃がこちらに向かないようにしているのだと。

 

(悔しい)


 よそ見などしなければ、もう少し役に立てただろうか。せっかく修行もしたのにこの体たらく。伝説の巫女の生まれ変わりの名が泣く。サイノアの称したとおり、ただの容れ物だ。

 どんどん悲観的になっていく合間、はたと気付く。

 

(【神の怒り(ビッグバン)】……!)


 ヤレンは「最強神術だ」と言っていた。今の碧が使っても五割ほどだと釘を刺されたものの、使わないよりは。

 

「っ……」

 

 手のひらに神力しんりょくを集中させようと試みたが、静電気のような衝撃が走ったあと雲散霧消してしまった。体力を消耗していると使えないのかもしれない。最強の名を冠すだけはある。

 

 溜息を吐いて、白兎の様子を窺う。

 初めて彼女と会ったときはそのスピードに驚いたものだが、それが今もいかんなく発揮されている。兎使法としほうを使っていないのが気に掛かるが、今のところは大丈夫そうだ。

  

「ミリタム!!」


 ただならぬ声が響いて、碧は忙しなく視線を動かす。


 縦横によく肥えた大樹に押し付けられている緑の影は、紛れもなくたった今白兎が名を叫んだ魔法士の姿。

 苦しそうに顔を歪めながら手を取り払おうと抵抗をしているが、だんだんとその挙動が小さくなっていく。

 

(助けに行かなきゃ。でも、)


 痛むのは脇腹だけだと思っていたのに、脚も動かない。白兎が時間を稼いでくれたので、幾分か体力は戻ってきているのに。

 

(……怖い。嫌だ。戦いたくない)


 負傷したせいもあるだろうが、何よりも先走る恐怖心が立ち上がることを拒んでいた。


「流石は獣人。逃げ足だけは速いようね」


 情を感じられないサイノアの声が聞こえる。咄嗟に転がって回避したらしい白兎を称賛しているようだった。


「惜しい逸材だわ。どうしてそちら側にいるのかしら?」

「……へッ、勧誘か。聞き飽きたぜ」


 聞き飽きたと言うほど魔族と遭遇していないはずだが、おそらく彼女の脳裏には両頬に古傷のある耳の尖った魔族が浮かんでいることだろう。それほどの心的外傷だったのだ。


「それは残念ね。美味しい話だとは思わない?」

「思わねェな! てめェらに従うくれェなら、死んだ方がマシってモンだぜ!!」


 しっかりとした足取りで立ち上がり、臨戦態勢を取る白兎を見て、サイノアは即座に引き込みの姿勢を崩した。代わりに感情のこもらない眼差しで右手を突き出す。

 つい数秒前まで魔族側に引き込もうとしていた者とは思えないほど、紅い瞳は一層暗く冷たい。


「ならば望み通りに死になさい」


 妖しく光るエネルギー球が放たれる直前――

 日光よりも明るき光が彼らの頭上に降り注いだ。

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