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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第五章 彼ら、強敵につき
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第八十四話 悪い冗談(2)

「で、何でオレに“手伝え”って言ったんだ? そりゃ、行くアテはねえんだけども」

「だから、さ」


 眉間に皺を寄せ、怪訝そうな顔をするウオルク。サトナはどこか複雑な表情でヤレンを見つめている。


「行くアテがない、ということはしばらくは暇なのだろう? 暇があれば、どんなことだろうと首を突っ込みたくなるのが道理。それに加えて、戦力の高さも見せてもらった。“手伝い”と言っても少々、戦闘沙汰になることでな」

「“戦闘沙汰”? 国同士で戦争でも起こすつもりか? そんな噂聞いてねーが」


 斜に構えるウオルクだったが、ヤレンもサトナもそれまで以上に真剣な面もちをしていることに気づき、呆然と二人を見遣る。


「人間同士の戦よりも、(むご)く大規模になるだろうな。恐らく、私と魔王軍との戦いかそれ以上の」


 どちらかというと和やかだった雰囲気が、途端に暗然となる。


『いつ』だとか『どこで』などと問えるような状況でもない。

 戦争が起きる。

 予測だというのに、彼女の発言はどこか絶対的で、否定もできないのである。


(これが『救いの巫女』の能力、ね)


 ウオルクは一人納得し、陰鬱とした空気ごと振り払うように立ち上がった。


「ま、他ならぬ救いの巫女サマの頼みならしょーがねえか」


 軽く伸びをしてから(おど)けたように微笑む。

 路頭に迷っていた自分に差した、一筋の光明。利用しない手はない。


 本当は、人殺しと疎まれるあの集団の中へ、それでももう一度戻りたいという気持ちが頭をもたげていたが――罪悪感や後ろめたさが勝っている今、その選択肢はなかった。


「で、どうすりゃいいんだ、オレは? 今のあんたの話からすれば、その戦争をどうにかしろってとこだろーが」

「至極簡単なことだ。とある国へ行ってもらいたい」


 ふと、「この巫女はどこまで先が見えているのだろうか」という純粋な興味が沸いたものの、彼女の口から飛び出した国名を聞いて、あらゆる意味で全てが吹き飛んでしまうのだった。





 白兎ハクトが放った兎使法としほうは四散――否、弾けもしなかった。


 相手に届く前に蒸発し、跡形もなくなった。

 その意味を理解する暇もなく、前方から押し寄せた熱と風の塊が白兎を襲う。


 目前まで迫っていたそれをすんでの所で避けるが、頬に小さな痛みが(はし)った。

 触れなくとも、頬を滑る生温いものは間違いなく己の血だと確信する。


 背後では何かが軋む音が鳴り響き、次いで地面に叩きつけられる。

 恐らく木だろう。大して強力そうにも見えなかったが、この状況からして避けておいて正解だったらしい。


 自慢の技を造作なく消され、小さくはあるが手傷を負いながら、白兎は自分でも存外冷静だと思う。


 ただ、心の底では酷く動揺していた。


 どういう形であれ反撃が来るのは分かっていたことだ。白兎が取ったのは反撃ありきの戦法。どんな相手でも攻撃の一瞬は隙ができる。そこを狙っていたのだ。


 だが、敵には僅かな隙も生まれなかった。

 かつての大鬼のように自ら的になる者は例外中の例外だとしても、何らかの回避行動を取るはず。そう思い込んでいた白兎にとって、目の前で起きた出来事はあまりにも信じがたかった。

 

(兎使法を、なかったことにしやがった……!)


「残念。外れてしまったわね」


 冷や汗を流し引きつり笑いを浮かべる白兎の耳に、感情のこもっていない静かな声が届く。熱球をぶつけてきた張本人らしき魔族・サイノアがこちらを見ていた。


 血のように紅い瞳と目が合う。白兎ら兎族うぞくも皆深紅の瞳を持つが、一緒にされたくないと思うほどには異質な色だ。少なくとも、毒々しさは比較にならない。

 それだけではない。その瞳に捉えられただけで、強烈な威圧感に襲われる。これが魔族の『瘴気しょうき』というものなのだろう。まるで獰猛な肉食獣を前にしているかのように身体が萎縮する。その見た目は人間と変わらないにも関わらず。

 

(なンの冗談だよ。あたいの方が獣だってンだよ!!)


 屈してしまいそうになるのを、拳を木の幹に打ちつけることで活を入れる。拳を通して伝わる振動が生きた心地を与えてくれた。今少し冷静さを取り戻す。

 

(もう一匹は?!)


 二匹の距離は近かったはずだが、少女の周囲に人影はない。気配を探りたいが、目の前の少女から意識を逸らす勇気はなかった。それに、こちらをる気ならこの睨み合い中に行動を起こしているだろう。男色が窺えるあの魔族のこと、こちらには興味がないのかもしれない。

 

「何を考えているの?」


 固まったままでいるこちらが気になるのか、少女が声をかけてくる。

 

「あたいの相手がてめェひとりなら、随分ナメられたモンだと思ってたンだよ」

「あら、不満かしら」

 

 否定しないところを見ると、白兎の推測は間違ってはいないようだ。

 ただ、それだけでは幸運とは言いがたい。この少女ひとりに減ったところで、戦況が有利になるわけではないのだ。

 

 しかし、このまま睨み合っていても埒が明かない。

 白兎は意を決して深呼吸する。そして、再び兎使法の構えを取るや樹から飛び降りた。




 

 刃と刃がかち合い、擦れる音が絶え間なく響く。

 もう何十分経っているだろうか。無限に感じられる斬り合いは、一向に終わる気配がない。


 橙の軌跡と、銀色の軌跡が交わり、暫しの睨み合いが続く。

 今回は長い方だ。


 どちらかと言えば、橙の剣の持ち主である紺髪の青年に分があるように見えるが、銀色の剣の持ち主、イチカには分かっていた。

 この魔族はまだ手を抜いているのだ、と。


 先ほど二刀流であることを証明していながら、今まで通り片方の剣しか使っていない。

 口元には終始張り付く笑み。


 これは真剣勝負などではない。明らかに自己満足、もっと言えば自分が楽しむためだけの戦いだ。

 相手にならなくとも、魔族の側からすれば「斬り合いができればいい」だけなのだ。


 同時にそれは、イチカに絶望感を与えた。ここまで敵に余裕を持たせてしまうほど、自分は未熟なのだと思い知らされてしまう。

 額から止めどなく血が流れ、少しずつ奪われていく体力。このままではまずい。


 その時、ソーディアスの左腕が動いた。イチカの眼には右から突然軌跡が現れたように見えて、対応が遅れる。

 咄嗟に身を退いたつもりだったが、頬から目の下にかけて傷を負ってしまう。


「くそ……っ」


 がむしゃらに振るった剣は、しかし空を切った。ソーディアスが易々とかわしたのだ。


 イチカは少し後方に下がり、できうる限り高速の突きを繰り出す。彼にとっては得意技の一つである。

 剣を持って三年足らずの剣士とは思えぬ正確な剣筋だが、それすらもソーディアスは片手で防ぎ、左腕は遊ばせてあるままだ。


 イチカの突きがソーディアスの剣を弾いたことをきっかけに、互いが後退、対峙の形を取る。


 息も継がせない双方の攻防に周囲は静まりかえっていた。

 先の見えない戦いに恐れを成しているのか、動物たちの息遣いは全く聞こえない。


 イチカは枝葉の擦れる音を聞きながら、静かに文句を垂れる。


「あまり、フェアな戦いじゃないな」

「悪いな。だが、これがおれ本来の戦い方なのでな」


 仮に、このソーディアスという男が二刀流でなかったとしても、その強さは歴然としていただろう。

 これはイチカの直感だが、彼自身自負するほど鋭いものだ。


 ソーディアスはやおら二本の剣を己の前で交差させる。イチカにそれらを見るよう促しているようだ。


 柄から刃先まで橙一色の、切っ先が二又に分かれた剣と、刀身を分かつように銀色と漆黒が隣り合った剣。後者の見た目は『日本刀』のそれに近い。


「『真橙(しんとう)』と『影貫(かげぬき)』――二刀はふたつでひとつであり、おれそのものだ。魔星ませいのとある場所で見つけた」


 飽くことなくその二刀を交互に見つめながら、自慢話のように語るソーディアス。


「こいつらはおれの目的を即座に理解してくれた。そしてその目的のために、おれがこいつらを必要としていることも。全ては貴様を――()()()()()()倒すため」


 イチカの顔が怪訝そうに歪んだ。


「“以前の”おれ、だと? 何を言っている?」


 ――それは、ヤレンが最も恐れていたであろうこと。


 そして彼女が、全てのほとぼりが冷めたあとに、あおいとイチカに改めて伝えておこうと思っていたこと。


 宵闇の剣士の口元が、嘲りで吊り上がる。


「『結界女けっかいじょ』から聞いていないのか? 我らが同胞でありながら、我らを裏切ったあの男……」


 それは、イチカにとってはあまりにも突然の悪い冗談だった。


「『セイウ・アランツは、四百年前の貴様だ』と」

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