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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第五章 彼ら、強敵につき
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第八十二話 遙かなる戦い(2)

 不自然な死体があった。


 男であろう。確固とした論拠はない。

 ただ、不格好に折れ曲がった腕の筋肉などから判断すると、男と見るのが妥当だからだ。


 さらにその遺体には、腕だけでなく下肢や顔面に至るまで、意図的に折られたような痕が複数見受けられた。一瞬見ただけでは性別も年齢も判別しかねるような、無惨な状態だ。


 それはさながら、使い古して用済みになった操り人形。

 そして――それを『捨てた』者は、すぐ側にいた。


「無駄なことをせずおれの質問に答えろ」

「だぁって絡んできたんだものぉ~~……ってそんなに殺気出さないでくれる? 心配しなくてもすぐ遊べるわよ」


 宥めても依然殺気を収めようとしないソーディアスに、とうとうクラスタシアは折れた。


「だからー、アタシはそーゆー探査能力ってゆーか、ヒトの強さを測るだとか、よく分かんないのよ~~! なんかノアちゃんが言ってた気はするけどー」


 クラスタシアの弁解を聞き、ようやくソーディアスは殺気を緩める。

 魔族の城にて、情報局長なる者が訊ねたイチカら一行の戦力。それに対してクラスタシアが発したあまりにも感覚的な答えは、到底ソーディアスを満足させられる内容ではなかったのだろう。


「最初からそう言え。何と(おっしゃ)っていた?」

「えーと。“あなたが来なくても私が止めなくても、彼らは生きていなかったわ”って。可能性は保障できないらしいわよぉ」

「いや、事実だろうな。何にしても()ってみなければ分からないが。……本当にお前は何も感じなかったのか?」

「何も感じなかったワケじゃないわよぉ~~? 顔はカワイかったし、食べちゃいたくなるくらいだったし」


 ソーディアスは彼の感想など聞いてはいなかった。

 一点に留めた視線はまるで、獲物の姿を捉えた猛獣そのものだ。


「奴は近いぞ、クラスタシア」


 相槌を打つわけでもなく、クラスタシアからすれば全く無関係な言葉。

 自分から話を振っておいて聞いていないとは何事か。無視してんじゃないわよ、と出かかった文句は、すんでのところで止まった。そのあまりにも悦楽に満ちた笑みを見て、どうしようもないことを悟ったのだろう。

 

「あのぉ~~ソーちゃん。一応言っとくけど、まだ情報局長サンからゴーサイン出てないわよ?」

「咎めはおれが引き受ける」


 言うやいなや一顧だにせずその場を後にしたソーディアスを見送ってから、クラスタシアはやれやれと肩を落とす。

 

「……ま、ノアちゃん経由で『問題ナシ』とは聞いてるけど」


 わざわざ一区の魔王の元へ出向いてまで進軍を止めさせたと思ったら、随分あっさりとそれを取り消した。気まぐれなのか、遊ばれているのか、それとも何かしらの思惑があるのか――クラスタシアには知る由もないが。

 

 入隊した当初から年下の割に理性的で、微笑むことはおろか、手合わせの時すらほとんど感情に変化のなかったソーディアス。だが、それは単純に彼にとって“その時”ではなかっただけなのだろう。下手をすれば自らの命さえ危うい咎めを引き受けるなど、よっぽどのことでなければ思いつきもしない。

 

「ホント、『あの子』が絡むとただの獣に成り下がっちゃうんだから」





「それってほんとに、イチカのせいなのかな?」


 長いようで、短い沈黙の後。

 あおいは、やっとのことで声を絞り出した。


 彼は自分を責めすぎている。どうしてそこまで自分を責める必要があるだろう。どこまで自分を追いつめる気なのだろう。


 目線を下げていたイチカが、碧を見た。その目が示す感情は読み取ることができない。得体の知れない視線に怯みながら、碧は必死に言葉を探す。


「あたしは実際に、その場にいたわけじゃないから分かんないけど……何か、他に原因があったのかもしれないよ? そうだよ、もしかしたらイチカの勘違いだったのかも! だから、イチカが全部背負うことじゃ――」

「知ったような口を利くな」


 低く、突き放すような声が、それ以上の言葉を拒む。


「おれの何を知った気でいる? 良香はるかの何を知った気でいる? 何も知らない奴が、知っているような素振りを見せるな。腹が立つ」


 少なくとも彼女は、自分なりに言葉を選んで、気を配ったつもりだった。

 実際は真逆だった。かえって彼を怒らせてしまった。


 唇が震えて動かない。初めて会った時以来の、何よりも冷たい銀色の目。

 涙が溢れそうになった。


 あれからいろんなことがあって、そのたびに少しずつ、少しずつ接する機会が増えて。

 友達だとか親友だとか、まだまだそんな水準には達していないけれど、少なくとも初対面時の嫌悪感や殺意は取り払われたものだと思っていたのに。


 今再び、あの日の恐怖が碧を取り囲む。

 しかし、あの時とは少し違う。


 心の隙間に入り込む、寂しさや不安、空虚感。

 あの時は「殺されるかもしれない」という気持ちが大部分を占めていた。それが今は。

 

 手が届きそうだった。漠然と、いつか届く気がしていた。

 その手を振り払われるのが、背を向けられることが今は何よりも辛い。


 ――彼が離れてしまうのが、怖い。


「……っ!?」


 思考は中断せざるを得なかった。


 何かが、身体にのし掛かるような感覚を覚えた。それも半端ではない、大勢の大人に頭を押さえ付けられているような重さ。息苦しく、立っていることすら困難だ。


 今までにない重圧に押し潰されそうになりながらも、これまで幾度となく感じ取ってきたモノに思い当たる。


(これってもしかして……殺気?! 今までのとは全然……!!)


「逃げろ。死ぬぞ」


 それは碧に向けて言った言葉だったのだろうが、同時にイチカが自分自身に向けて言った言葉のようにも思えた。圧力に耐えながら腰の剣に手を掛けようとしているが、震えて柄がまともに握れないようだ。明らかに動揺している。


 こんな殺気は今まで感じたこともない。戦うだけ無駄だ。

 間違いなく、殺される。

 けれども。


「や、やだよ……」


 精一杯の抵抗だった。言われっぱなしだった少女の、なけなしの反抗だった。


 今感じているこの殺気がどんなに強大なものか、分からないわけではない。彼の言うとおり、逃げるが勝ちというものだろう。


 それでも、碧は譲りたくなかった。今まで通り従順にイチカの言うことを聞くのは、今回ばかりは無性に嫌だったのだ。


「あたしも一緒に、たたか」

「聞け」


 冷酷なほど強い口調と、決して振り向かない背中。


「足手まといだと言っている」


 そしてその言葉は、はっきりと紡がれた。何の躊躇いもなく、気遣いもなく。

 碧は目を見開いた。見開いて、涙が流れそうになるのを堪えて、大きく頭を振って。


「そう、だよね。ごめんなさい」


 できるだけ笑顔で、明るく返した。実際はどんな表情をしていたのか分からない。自分でも考えたくなかったし、見られたくなかったから、碧はすぐに走り出した。





 完全に碧の気配が消えてから、イチカは深々と溜め息を吐く。


 過去を否が応でも思い出させるその容姿が嫌で、殺せないならすぐにでも離脱してもらいたいと願っていたのに、いつの間にかそこにいるのが当たり前になっていて。

 それを、以前ほど拒んでいない自分もいて。

 

 良香のくだりだって、訳の分からないことを長々と口走るものだから、つい苛立っただけで。

 

 たった数ヶ月たらず行動を共にしていただけで、全てを理解できるはずもない。良香の話はラニアらにもしたことがなかったが、打ち明けていたならおそらくほとんど似たような反応をしただろう。

 

 別に、積極的に傷つけたかったわけではない。罪悪感だってそれなりにあった。

 ただ、「勘違い」という表現だけは、どうしても許せなかっただけで――。

 

「っ!?」

 

 突如、殺気が軌跡を描いた。

 反射的に持ち上がった剣が、向かってきた橙色の軌跡を受け止める。


 相手は見知らぬ青年だった。

 鱗の鎧と、癖の強い長い紺髪を細めに白布で束ねた姿は、どことなく『中華』を思わせる。


 他方、この奥底の気配は今まで何度も感じ、戦ってきたものだ。

 ただ一点、真っ向から向かってきたということを除いては。


 イチカは青年の動向を注意深く確認しながら、内心驚愕していた。

 以前戦ったガイラオ騎士団員とは違い、剣の大きさは自分のそれと同じぐらいだというのに、力は同等かそれ以上だ。両手で対応しているにもかかわらず、押され気味なのが分かる。


 それを片手で、と早くも相手の実力に舌を巻くイチカ。

 彼はこのあと、力の理由を知ることになる。


 青年は狂喜に満ちた笑みを浮かべ、微量たりとも力を抜かぬまま、左の鞘からもう一本剣を抜き取った。


(二本目だと……?! 二刀流か!)


 そうイチカが気づいたときには、青年の左手に煌めく黒い軌跡が彼を切り裂こうとしていて。


 咄嗟に身を引くが、短時間で避けきることは不可能だった。地面まで振り下ろされた剣が土を砕き岩を砕き、その激しさを象徴するように轟音が響く。


 砂煙が上がり、景色が霞む。


「この鎧を傷つけたか」


 風に乗って流れてくる独り言は今し方現れた魔族のものだろうか。姿形は見えないが、満足げな声色だと思ったのはイチカの気のせいではなかったようだ。次に聞こえた声で確信に変わる。

 

「どうやらおれは、退屈せずに済みそうだな」


 霧が晴れていく。視線の先には、おぼろげに人影が見える。


 地面に紅い斑点が描かれては染み込んでいく。

 まともに喰らった分、相手にも一撃与えた。浅すぎる攻撃ではあったが、全く歯が立たないというわけではないことも証明された。

 イチカは意外にしっかりした思考を張り巡らす。


 頭部から胸部にかけて傷を負っており、軽傷とは言えない状態だ。透き通るような銀髪も、ところどころ赤色に染まっているものの、腕や足は問題なく動くし、意識も思いのほかはっきりしている。少し呼吸が乱れる程度だ。

 

 四肢の感覚を確かめながら立ち上がると、魔族は律儀に待っていた。臨戦態勢が整っていない相手を攻撃する趣向はないようだ。随分生真面目なようだが、殺気の威力も相まってやりづらさを覚えずにはいられない。


「魔星を統べる四天王の一、グレイブ・ソーク・フルーレンス直属部隊『フィーア・フォース』所属及び同隊指揮! ソーディアス・シレインだ」

「……イチカ」


 声高らかに名乗りを上げられ、気圧されるがまま応じる。

 再び武器を構え、双方が走り出したのはその次の瞬間だった。





 戦いの地響きは遠く宿にまで響いていた。

 全力疾走で戻った碧はラニア、ミリタムと共にイチカの元へと急ぐ。


「ラニア、そこを右!」

「急いだ方がいいわねっ!」


 ミリタムが探査系魔法を駆使し、ラニアは先頭に立って走る。

 そんな二人に頼もしさを覚えながらも、碧は心のどこかで不安だった。


 イチカが例外なく強いのは分かっている。

 今までどんな相手に出会っても、逃げ出さずに立ち向かっていっていた。弟分たちのことだって、身を挺してまで戦った結果、元の彼らが戻ってきた。

 それなのに何故、こんなにも胸が締め付けられるのだろう。


 ――否、本当は分かっていた。

 原因はあの殺気だ。今まで背負った中で一番重かった。

 昨日の魔族に関しても、殺気でここまで重圧を加えることができるのかとただただ驚くばかりだったが、今回はそれ以上だ。


 自分は戦わずに逃げてきたからまだいい。イチカは。イチカは大丈夫なのか。あんな殺気を間近で受ければ、精神が崩壊してしまうのではないか。


 考えても考えても浮かぶのはイチカと、それに関する悪い予感ばかり。


 あれだけ酷いことを言われたのに、どうして嫌いになれないのか。

『同情』なのかもしれない、と碧は思う。何とかして彼の力になりたいと思ってしまう自分がいる。

 あまりにも辛い過去を聞いてしまったから、助けたくなるのかもしれない、と。

 

(何でも良いから、無事でいてくれますように……!)


 地球にいたときは全くと言っていいほど縁のなかった、両手を組み合わせた祈りのポーズ。この世界に来て何度使ったか分からない。


(そういえば、白兎はどこ行ったんだろう……?)


 周囲を見渡す碧の前方数百メートル、木の上にその姿はあった。


 鋭い眼差しは二匹の魔族を捉えていた。見下ろした先にはドレスのオカマと、血色の瞳を持つ少女。

 

(本当は最下位候補だったが、やむを得ねェ)


 昨日の接触から、今までのどの敵よりも厄介な相手だということは身を以て体感している。

 ごく短時間ではあるが、実力を測るだけの猶予はあった。だからこそ彼女は、気配を完全に絶っての不意打ちを選んだ。


(こんな汚ェ手口、里の連中には見せられねェな)


 里の仲間たちから失望の眼差しを一身に浴びる光景を思い浮かべて苦笑しながら、白兎は兎使法(としほう)の構えを取る。


 片方を攻撃するか、両方を攻撃するか。


 片方に痛手を負わせれば、一対一になり多少戦いやすくなるだろうが、それは普通の魔物レベルの話だ。相当な実力者であろう二匹相手にその手が通用するとは思えない。片方への攻撃が届いた時点でもう片方が気づき、こちらが移動する間もなく殺される可能性だってあるだろう。


 ならば、威力は落ちるが危険の少ない方法で。

 

(気づいてンのか気づいてねェのか知らねェがここは一つ……)


 白い光の球を、両手を合わせて潰す。すると、エネルギー球が分裂し二つになった。これを振りかぶって投げる。

 曰く【兎使法白ノ発(しろのはつ)第二弾・白砲二波(びゃくほうには)】である。


 大きさは頼りないながら、二球は剛速球のごとき勢いで魔族へと向かっていった。

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