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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第五章 彼ら、強敵につき
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第七十九話 オカマと美少年(2)

 煙の奥に人影が揺らいだ。


 数百度にもなり得る中、ひどくゆっくりと歩を進める影。


義兄(にい)さまから【思考送信(テレパシー)】を受けたわ。『彼』が来ているんですってね。確かに『彼』が相手では義兄さまも分が悪い。けれど、これ程の好機を逃さなくても良かったでしょうに。――ねえ? クラスタシア」

「そぉね」


 平坦な声色でありながら、語りかけるように地面に目を向ける少女。


 対して、地面に横たわるクラスタシアの方は、やはりあまり緊張感のない声で応答した。

 衣服はところどころ破れ、身体中に火傷や生傷を負ってはいるが、艶やかな笑みはなお健在である。


 少女からの容赦ない攻撃を受けてなお、口が利けるほどの体力は残っているドレス姿の魔族。

 余裕とも取れるその表情を見て、イチカらは驚愕するばかりだった。


 のらりくらりと返すクラスタシアへの据わった眼差しから察するに、少女はまだ言い足りない――もしくは仕置きし足りない――様子だったが、不意に彼から目をそらした。


「まあいいわ。義兄さまの命とあれば長居は無用。早々に退くとするわ」


 その言葉通り一行には目もくれず、反対方向に歩き出す。

 

 もはや敵のことなど眼中にないのか――。そう皆が考えた矢先だった。

 その歩みがふと止まったのだ。


「命拾いしたわね、『結界女けっかいじょ』。

 けれどその命、永くは続かないわよ」


 振り向きざまに見据えてきた瞳と目が合った瞬間、あおいはひゅっと息を呑む。

 その色のイメージとあまりにもかけ離れた冷たさに、足が竦む。

 全身の血の気が引いていくのを感じた。まるでこちらの血が凍らされてしまったかのように。


 少女は何事もなかったかのように視線を戻すと、空気に溶け込むように消えた。


 ――『永くは続かないわよ』。


 どうして、冷静でいられるだろう。いずれ、近い将来、自分を殺しに来ると分かって、どうして動揺せずにいられるだろうか。

 

(怖い……!)


 あおいはしばらくの間、得体の知れない恐怖に苛まれていた。


「……お前、災難だったな」


 イチカが声をかけたのは碧ではなかった。視線の先には鼻血を垂らしながら立ち上がる魔族。あまりにも理不尽な扱いを目の当たりにし、敵でありながらつい同情してしまったのだ。


 一方、「災難だった」と言われているのに、やはりクラスタシアはンフフ、と誇らしげに笑う。


「イチカに心配されるなんて、アタシったらなんて幸せ者なのかしら」


 論点がズレすぎている。その上、何故か頬を赤らめている。関わり合いにならない方が良さそうな気配を感じたのか、イチカはそれ以上追及しなかった。


「ねえ」


 声は別の方向から届いた。

 それが誰に向けられたものなのか分からず、皆が一斉にそちらを振り向く。


 日射病で倒れていたミリタムだ。

 クラスタシアは人間たちから少し遅れて振り返り、そのまま彼を見つめる。


「貴方たち、どうしてイチカの名前を知ってるの?」


 イチカ自身も、それは長らく疑問に思っていたことだった。

 仲間内で呼び合っているのを耳にしたから、という可能性もあるのだろうが、それならば他の誰かの名前を知っていても良さそうなもの。しかし、彼らの口から聞いたのは碧のことを指すであろう『結界女』ぐらいだ。


 ミリタム――否、一行全員の疑問に対し、クラスタシアは沈黙を守る。


「アオイを狙ってるってことは知ってたけど、もしかしてイチカも標的なの?」


 彼はやはり答えない。ただ、穴が開くほどまじまじとミリタムを見つめ続けているだけだ。


 ミリタムはいよいよ焦れてきて、多少の苛立ちを含んだ声で再び訊ねる。


「そろそろ何か言ったらど」

「かーわーいーい~~!!」


 うなの、と続くはずの唇は、思わぬ返しを受け開け放たれたまま動かなかった。

 この魔族は、全くと言っていいほど話を聞いていないらしい。いよいよきらきらと輝きだした瞳のまま、ミリタムに突撃していく。


「アンタが例の魔法士?! そーよね魔力がビンビンするもの!! もおお魔王サマったらもったいぶっちゃってえこんなコなら大歓迎よアタシ!!」


「ビンビン……?」と心の底で突っ込む一行。

 何やら自己完結してしまったようで、「も~~可愛すぎて抱きつきたくなっちゃう~~!!」と叫び、返事を待つことなく宣言通り抱きつく始末。


 先ほど仕置きされたとは思えないほど、体力が有り余っているらしい。加えて自ら地割れを引き起こすほどの腕力だ。抱きつかれているミリタムは相当に苦しそうである。否、苦しそうどころではなく、白目を剥いている。


 天候を気力で変えてしまえるような破天荒な存在に、立ち向かう勇気までは持ち合わせていない。また、「助けに入らなくてもたぶん大丈夫だろう」と、口には出さずともなんとなく満場一致したこともあり、遠巻きに眺める一行。

 そんな中一人、別の感情を覚えた者もいるようで。


 ぽん、とその肩が叩かれる。

 同時に()()を中心に沸き上がっていた何かがふわっと、昇華するように消えた。


「大丈夫だよ、白兎(ハクト)

「……あ? 何がだ?」

「あのひと……たぶん男のひとだし、ミリタムを取られる心配はないよ」


 碧の言葉に一瞬遅れ、ぼっ、と何かが燃えるような音を立てて白兎の頬が赤く染まる。


「はッ、はァァ?! あ、あたいは別に、ミリタムの野郎を取られるとかそーゆーことを心配してるワケじゃねェよッッ!! 第一、邪魔くせェ人間のガキが一人減るンなら願ったり叶ったりだ!!」

「ふーん……」


 素直じゃないなあ、と小さく呟いたつもりだったらしいが、相手が獣人だということを失念していた碧。

「聞こえてンだよ!!」と、照れ隠しか何かのような白兎の突っ込みに倒れる運命となったのであった。


 そんな彼女らを、無言で見つめる者が二人。

 イチカとラニアである。

 

 絶体絶命と言っても過言ではない事態から、どうしてこんな漫才のような風景になってしまったのか。冷静に考えればおかしな話だが、そう思えた者は今やたった二人のみだ。


 片や会話が理解できない者、片や恐怖心から一歩たりとも近付きたくない者。


 ラニアは少し離れた木陰から、イチカはその場を動くことなく、馬鹿馬鹿しい光景を見守っていた。

「馬鹿馬鹿しい」とは思いつつも、お陰で誰の血も見ていない。敵に生かされている、と言ってもおかしくはないのだ。皮肉なことである。


「いいの? 魔族ほっといて」


 堪えかねたようにラニアが問うた。

 彼女にしては弱気な発言だ。


 いつだったか、大芋虫の胃袋の中で最初に行動を起こしたのはラニアだった。それ以前にも、「切り込み隊長はラニアだ」という方式ができあがっていたのだ。


 どんな状況に陥っても果敢に立ち向かっていた彼女が、今回は木陰から足を動かそうともしない。完全にイチカに任せる気でいるのだ。最初に狙われたのは彼女だったのだから無理もない。イチカは小さく頷く。


「さっきの女は“長居は無用”と言っていた。あれよりも強い存在が、理由あって命令したんだろう。ここに留まりこそすれ、おれたちにまた向かってくることはないはずだ」

「“あれよりも強い存在”って……まさか」

「魔王、か」

「だといいけど……間にまだ何かいたんじゃ、こっちの身がもたないわ。あの子でさえすごい殺気だったじゃない。あっという間に殺されてもおかしくないくらい」

「実際そのつもりで奴らは来たんだろうからな」


 それにしては、一匹を置いてあっさりと退いていった魔族。

 魔族内の事情でもあるのだろうか。そんなことがイチカの脳裏を掠めたが、あまり関心はなかった。


 確かなことは、どうやら自分たちは僅かな幸運に恵まれたらしいということ。

 どんなに小さかろうと、どんなに短かろうと、保障された命だ。そこは『神』にでも感謝しなければならないだろう。

 最近は今までの一連の出来事から、神頼みも遠慮したい二人だったが。


「あ~~楽しかったぁ~!! じゃあねイチカ、魔法士! また会いに来るわぁ」


 満足したのだろう。投げキッスをして――それがまた不思議なことに様になっている――クラスタシアは瞬時にその場から消えた。


 後に残されたのは、紙切れに等しくなったミリタムらしき物体。

 過剰に抱き締められ、髪もローブもくしゃくしゃになってしまっている。ちなみにやはり白目を剥いたままで、気絶している。白兎が木の枝でつついていたりするが、何の反応も示さない。


 戦いにならなくて良かった、とイチカは心から思う。途中からやや緊張感に欠ける状態が続いていたが、それが幸いした。


 人ならざる者たちが現れたときも、消えた今も、両手は震えていた。汗ばんだ手で剣を握りしめるのがやっとだった。とても応戦などできたものではない。


 今までだって、隙はいくらでもあった。それなのに、手は柄に添えたまま、振り上げることもままならなかった。

 もしあのまま戦いが続いていたら、どうなっていたのか。


(考えるまでもない。約束は、果たせなかった)


 銀色の双眸が、安心したように友人と話している異世界の少女を映した。

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