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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第五章 彼ら、強敵につき
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第七十四話 闇の胎動(2)

 冷たい霧が、ゆっくりと現状を晒していく。


「腕は鈍ってないな」

「おあいにく様。何のために毎日ダンベル運動してると思ってんのよ?」


 身だしなみを整えるための鏡に突き刺さっているのは、刀身の溝を境に銀と漆黒の二色に分かれた剣。

 差し出した手のひらに乗るようにしてその進行が止められているのは、二股に割れた橙の剣。


 フッと、それらの剣の持ち主である青年は笑う。


「そのセリフもその姿で言うと似合わないぞ」

「さっきから喧嘩売ってんのアンタ」


 人の外見にいちいち茶々入れて、と不機嫌極まりない仲間を、くっくっ、と楽しそうに眺める。


「そんなお前に朗報だ。今回の臨時会は、“大方クラスタシアが喜びそうな部類の会”だそうだ。ストレスの発散にはもってこいだろうな」

「……へぇ?」


 ソーディアスの、否、魔王の読みは正しかったようだ。クラスタシアが興味を示す。


「せっかく与えられた機会だ。存分に楽しませてもらえ」


 そう告げて、ソーディアスは今度こそそこから消えた。


「存分に楽しませてもらえ、ねぇ」


 あとに残されたクラスタシアは、闇のように黒い存在が消えた方向をじっと見据えて微笑む。


「そーゆー本人が、いっちばん楽しそうな顔してんじゃないの」


 消えていく瞬間の表情を、彼はしっかりと見ていた。


 伝言役に徹するためか、自らの感情を押し殺したような、機械的な声質。

 それが去り際には喜悦に変わり、抑えきれなくなった喜びが口元へ。

 狂気とも形容できるその笑みは、ただひたすら、純粋に「楽しそう」であった。


 結局は戦いたいだけなのだ。クラスタシアも、彼も。欲求不満が解消される日を待ち望んでいたのだ。

 ひとたびその瞬間を、ほんの片鱗でも体感できれば、隠すこともなく悦びを露わにする。


 ヒトの形を取っていても、本質は獣のそれ。

 本能の赴くまま血を欲する、ただの戦い好きへと成り下がるのだ。


「さってと。後はこのどーしよーもない髪をきっちり整えて……」


 年頃の娘のような独り言が、はたりと止まる。


 鏡に釘付けになる視線。


 本来ならば自分の姿が映っているはずのそれは、全面がひび割れて使い物にならなくなっていた。先ほどの『試し切り』で放出された殺気が、物にすら影響を及ぼしたようだ。


 また、鏡だけではなくその側に置いてあった化粧水・香水・その他もろもろまでもが粉々になっていて。


「ソーちゃんのどアホ。慰謝料たっぷり請求してやる」





 それから半刻後。 

 王座のある広間に、クラスタシアとソーディアスの姿があった。

 なお、クラスタシアが本当に慰謝料を請求したかどうかは定かではないが、この場には時間ぎりぎりの到着だった。


 王座に座す魔王に、先日のような気の迷いは見受けられない。

 悩んだところで『彼女』が戻ってくることはない。ならば、今は目の前の目的を果たすことに徹するのみ、と考えを改めたのだろう。


「来たな」


 ぐっ、と身を乗り出す魔王。目で頷く二人の部下。


「細かな戦況を言えば――この通り、結果的にオレたちは敗戦の一途を辿っている。何せ奴らは剣技・魔法・神術(しんじゅつ)の全てを兼ね備えているからな。知っているだろうが、ヴァーストやエグロイはオレの軍に首席で入ってきた奴らだ。それが負けたとなると、正直お前たちには荷が重いとオレは考えた」


 そこで一旦言葉を切る。理解を促すように。

 まるでこれからが本当の作戦だ、と言わんばかりに。


「肉弾戦ならば圧倒的にお前たちに分がある。だが魔法や神術の穴は埋めようがない。そこで、だ。そのどちらも埋め得る遊軍を、向こうから呼んでおいた」

義妹(いもうと)君、ですね」


 ソーディアスが魔王の言葉を継いだ、その直後。


「ホント?! ホントにノアちゃんが来るの魔王サマ!?」


 掴み掛かるような勢いで、クラスタシアが甲高い声を上げる。

 魔王は迷惑そうに顔をしかめ、ソーディアスもまた複雑な表情で溜め息を吐き、もっともなことを言った。


「あのな、クラスタシア。サイノア嬢も立派な女だぞ」


 何だその違いは、と据わった目つきで問う。


 実を言うと彼の差別は、今に始まったことではない。

 自他共に認める「女嫌い」だが、何故か魔王の腹違いの妹には、嫌悪感を示すどころか喜色満面なのだ。


 そこまで違いがあれば好意がある故に、と取れるだろうが、それは絶対にない、とクラスタシアは言う。

 しかしながら、説得力のある根拠は未だ話されていない。


「ノアちゃんは別モンよ」


 それが彼の毎度の答えであった。


「とにかく。サイノアはオレよりも高い魔力を持っている。あいつには残り物の相手をさせることになった。どうせお前のことだから、心づきを横取りされるとか何とかと喚くだろうからな。主役はあくまでオレの部下であるお前たちだ」

「魔王サマよーーっく分かってる~~!! じゃあアタシが男の相手するから、ソーちゃんは結界女けっかいじょの方お願いね」


 両手を握り、語尾にハートマークを付けて可愛らしく微笑むクラスタシア。


 普通の、何も知らない男ならばすぐさま首を縦に振るだろうが、ソーディアスは見向きもせず、当然のように一言。


「断る」

「なんでよお?!」

「奴の相手はおれだ。異論は認めない」

 

 ぎゃあぎゃあと喚き叫ぶクラスタシアへ、魔王のなんとも言えない視線が送られる。沸き起こる呆れや悲しみを、どこにぶつけたらいいのか分からないのだろう。

 

 臨時会という名の作戦会議はどこへ消えたのか。ある程度予想していたことではあるが、せっかくの雰囲気が台無しだ、と言わんばかりである。


「お前は魔法士の相手をしろ、クラスタシア」


 うんざりとした口調で命じられ、クラスタシアは「え~~……うーん、まぁいっか……」と生返事。それを承諾と取り、次いで魔王はソーディアス、と声を掛け側まで来るよう促す。


「お前とクラスタシアに、これを。『生命の石(リバイバル・ストーン)』だ」


 親指の先ほどの瑠璃色に輝く石を見て、ソーディアスの表情が困惑のそれに変わった。


 ヴァーストが抹殺した、魔王と恋仲にあった烏翼使うよくし忍者。彼女に譲る約束をしていた、という情報は彼の耳にも入っている。そんな形見のようなものを易々と受け取って良いのか――。 


「案ずるな。オレはもう、割り切った」


 逡巡するソーディアスの心を読み取ったのか、自嘲気味に呟く魔王。

 諦めにも似た笑みを見て、ソーディアスは僅かに双眸を見開く。その表情は強張り、一雫の汗が頬を伝う。得体の知れない不安か、あるいは危機感か。いずれにしても、主の言葉を信用していないのは明らかだった。


「じゃあさあ、魔王サマ? アタシたち、もう出撃()ちゃってもいいのよね?」


 妖艶とすら言える笑みを浮かべ、クラスタシアは魔王に問う。すぐにでも戦地に赴きたいという欲が見え隠れしている。


「ああ。弔い合戦だ」


 微笑む魔王だが、その瞳は笑っていなかった。

 クラスタシアが丁寧に会釈する横で、その一瞬の挙動に囚われていたらしいソーディアスは遅れて会釈する。

 

 魔王は一体、誰のための弔い合戦と考えているのか。

 やはりまだ、未練が残っているのではないか。

 

 考えたところで答えは出ないし、ましてや口に出すような状況でもない。釈然としない面持ちながら、ソーディアスがそれ以上追及する気配はなかった。


 クラスタシアと顔を見合わせ、無言のうちに標的の元へ赴こうとして――


「それは困りますねェ」


 唐突、だった。


 三つの存在はどれも皆驚愕に目を見開く。


 いかに神出鬼没が彼らの常と言えど、現れる前の『予兆』はある程度感じ取れることが多い。

 人間界の物で例えるなら、玄関のドアを叩く「ノック」のようなものだ。


 ノックした側は『合図』を送ることで敵意がないという意思を示し、合図を受ける側はドアを開けることで「受け入れた」証とする。魔星ませいでは一般化している暗黙のルールだ。


 ここで問題となるのは、なんの合図も示すことなく彼らの領域に侵入した何者かが、ノックを忘れた()()()()()以外の者だった場合である。


 実力差がほとんどなければ気配を察知できることも多いのだが、相手の力が遥かに上回っている場合は、気づく間もなく消滅させられることもあるからだ。


 声をかけてきた時点で、少なくとも敵対者ではないようだが――その声の主が魔王さえも脅かしかねない力を持っていることは疑いようがなかった。

 そして、同族ではあれど同志とは限らないのだ、と。


 彼らの(おどろ)きを面白そうに眺め、にんまりとその者は微笑んで言った。


「それでは多少、話が違ってくる。何とかなりませんか、魔星第一区治権者殿?」


 魔王が、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

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