表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第五章 彼ら、強敵につき
76/203

第七十一話 追憶の彼方(1)

 愛などという言葉では足りない想いがあった。身体中の細胞が音を立て、硝子細工のような心は脆くも崩れ去る。

 何者も、取り替えられない。それほどに。





「申し上げます。我らが同胞ヴァースト・マレイが、『結界女けっかいじょ』一行に敗れました」


 人であれば誰もが居心地の悪さを感じるような、陰湿な空気。

 漆黒の闇ですら霞んでしまいそうな暗然とした部屋に、二つの存在があった。

 姿形は人間のそれだというのに、彼らから発せられる気は禍々しい。


 魔族だけが持つ邪悪な気――すなわち『瘴気しょうき』は、彼らが人ならざる者たちであることを端的に表している。


 そして、建てられた日も目的も、全てにおいて不詳なこの古城もまた、奇怪な雰囲気を漂わせている。その同調具合は、まるで彼らの為に建てられた城であるかのごとしだ。


 近すぎず、遠すぎず、二つの距離は保たれていた。

 ひとつは、四角く切り取られた壁を背に置かれた金地の王座に座し、もうひとつはその目前で淡々と報告している。

 どちらの年齢も二十代半ばほどのように見えるが、はっきりと特定することはできない。


「そうか……」


 玉座に腰掛けている男が、短く遺憾の意を表する。


 物憂げな表情を引き立てるような、緩くウェーブがかった金髪。

 深い、紺碧の瞳は暗く淀み、どこかやつれているようにも見える。それがその齢にヴェールを掛ける一つの要因なのだろう。様々な角度から見れば老いても若くもなる。


 髑髏(どくろ)の鎧に身を固めたその男は、俗世間の人間が恐れる、いわゆる『魔王』である。


「聖域に侵入する、というのは『忍獣ハミリオン』を持つヴァーストならではの作戦だ。敵を二分し、脅威となる魔法士を先に片付ける。獣人がいたというのは予想外だとしても、奴らはかなり苦戦したはず。何故()けたのか……」


 魔王は両手を組み、その上に額を乗せて項垂れる。


 獣配士じゅうはいしは、従えた獣の特性を最大限活かすことを使命としている。それが自らの力を示すと同時に、主と認めてくれた獣への敬意を表すことにも繋がるからだ。


 ヴァーストがミリタムらを襲撃する際、瘴気に反応する聖域の結界すら潜り抜け、人間たちをあと一歩の所まで追い詰めることができたのは、姿と気配を無にできる『忍獣』の力があってこそだった。


 魔王としては、その能力ゆえ見つけることすら困難な獣を従えた彼が、人間の子ども相手に後れを取るとは到底思えなかった。


「聖域には『裏切り者』『結界女』の双方を封印してあると聞きます。どのような仕組みかは分かりませんが、そのことがかえって、我々の気配を敏感に感じ取れるよう作用した可能性はあります」


 相対するもう一つが、冷静に分析する。

 腰まで届く濃紺色の癖毛を白布で無造作に束ね、鱗の鎧を身に纏った男である。


 左右に一本ずつ計二本の剣を帯刀しているその姿は、一見すれば普通の人間とさして変わらないだろう。

 しかし、人間界では無名であっても、彼らが住まう魔星ませいにおいて、その男は『二刀流』の使い手として名を馳せている。


「済まないな、ソーディアス。手間を掛けさせた」


 いえ、と濃紺の男――ソーディアスは短く否定した。


「いずれにしても不慮の事故です。ヴァーストの作戦はほぼ完璧だった。条件が合えば二つ分の首を持ち帰っていたでしょう」

「そうとも限らないわよ~~?」


 唐突に響く、その場の空気にはそぐわぬ()()()()()な声。


 それまでいなかった者が急に現れれば多少なりとも驚くものだが――魔王もソーディアスも、ただゆっくりと声の主に目をやっただけであった。


「クラスタシア」


 ソーディアスが呆れたように仲間の名を呼ぶ。


 女のような風貌と名前に惑わされた者は、魔星でも人間界でも後を絶たないらしい。

 彼女――否、彼はたおやかに、いかにも不服そうな表情を浮かべた。


「予想通りのリアクションでガッカリだわ。たまには驚いてくれたっていいんじゃないのぉ? 『わぁ! びっくりしたなぁ!』とか」

生憎(あいにく)と、おれたちはそれに慣れてしまってる。今更驚けるはずがない」


 人間じゃあるまいし、と皮肉混じりに言い捨てる。

 とりつく島もないソーディアスに、クラスタシアはちぇっ、といじけたように舌打ちし、思い出したように魔王に対して軽く一礼する。


「クラスタシア。先ほど“そうとも限らない”と言ったな。それはどういうことだ?」


 魔王の真剣な眼差しを受け、人差し指を唇の真下に当て、視線を斜め上に向けるクラスタシア。


「んー。そう言えば、まだ魔王サマとソーちゃんに話してないことがあったのよねぇ。ヴァーストを【千里眼せんりがん】で見てたんだけど、途中で銃弾受けて。そしたら、信じらんないんだけど……アイツの顔を護ってた『闇蜥蜴(ヤミトカゲ)』が死んじゃったのよ~~」


 世間話でもしているような軽い口調ではあるが、魔王もソーディアスも目を見張った。


『闇蜥蜴』とは、『忍獣』と同じく魔星に住まう生き物である。

 以前ヴァーストがミリタムにけしかけた黒龍の配下にあたり、魔族の階級で言ってもまずまずのランクに位置する。


「仲間内にそのような手強い銃士がいるとは……」


 重い溜息と共に、これ以上無いほどの落胆を示す魔王。人間相手に手こずっているという事実が、焦りとも苛立ちともつかぬ感情を生み出したのだ。


「そいつの外見は?」

「知らなぁい」

「……要するに女か」


 見ていたと言っているにもかかわらず「知らない」ということは、口にも出したくないのだろう。そっぽを向いてしまったクラスタシアに呆れた眼差しを向け、ソーディアスは作戦を練り始めた。

 

 元々『一魔王の僕(フィーア・フォース)』の参謀的役割はヴァーストが担っていたが、今はいないためその穴を埋める必要がある。ソーディアスは若いが知略に長けている。任せきりにしても問題はないだろう。

 

 そんな部下を後目に、魔王は新たな感慨にふける。


 こちらの世界では、あと半年も経たないうちに雪が降る。それまでにこの遠征が終われば、想いを断ち切ることができるだろう。

 終わらなければまた、自らの選択を悔やみ、『彼女』を想い続けるのだろう。


 自己満足ではない。だが善心でもない。今思えば本当に、気まぐれだった。

 こんなにも大きな存在になるなど、思いも寄らなかったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ