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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第一章 見たこともない世界
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第七話 明かされた真実(1)

「兄貴、宿だ! あそこに泊まろうぜ!」


 先頭を歩いていたカイズが歓声を上げ、イチカにまくし立てる。皮肉にも烏女ウメが示した宿である。


「……そうだな」


 イチカは一瞬押し黙ったものの、了承する。


 おそらく先ほど感じ取った気配が気にかかったのだろうが、仲間たちにそれを理解するのは不可能だった。むしろ、隙間なくハートマークがちりばめられている看板と建物の外壁が原因だと思っていた。


「いらしゃいませ~~!!」


 扉を開けるやいなや、溌剌とした甲高い挨拶が一行を出迎える。


 一人を除いて、思わず後ずさる(あおい)たち。挨拶の発信源である女性――おそらく宿主――が、異常なほどの笑顔を浮かべていたためだ。


 かと思いきや、一瞬にして真顔に戻り、次第に眼をうるうると潤ませ、カウンターに額をすりつける勢いで低頭する。


「恐れ入りますぅ~~お客様~~ただいま五人部屋しか空いておりません~~」


 顔をしかめて舌打ちするイチカ。()()()()()全員同じ部屋になるということが気に入らないのだろう。


 ウイナーという街は広い。生活の拠点にしているとはいえ、長年住んでいるラニアでさえ未踏の地区は多くある。今彼らがいるこの宿も、全員が初めて立ち入る区画だ。ここ以外の宿を探すとなると、どれほどの時間を要するか分からない。外はすでに夕闇色に染まっている。


「それでいい」


 思いを張り巡らすこと自体が馬鹿馬鹿しくなったのか、それとも他の理由があってのことか。イチカは一言それだけ告げると、懐から数枚の硬貨を取り出しカウンターに置いた。イチカの返答を聞き、硬貨を確認した女性は病的な速さで満面の笑みを浮かべる。


「ありがとうございますぅ~~! 五名様一室、夕食付きでございますぅ~~。室内には備え付けが――」


(えっ?! “それでいい”って……みんな同じ部屋?! イチカも!? えっ!?!?)


 女性の顔芸に呆気に取られていた碧は、宿内の説明が始まってようやく状況を理解した。他の皆が困惑や不満を訴える様子はない。唯一碧だけが心中で混乱しているようだ。


 説明を終えた女性が、一行を宿泊室へ誘導する。カウンターで隠されていた服装が露わになり、碧は目を疑った。


 袖が風船のように膨らんだ濃紺ワンピースの丈は、辛うじて臀部が隠れるくらい短い。身体の正面の大部分を白いエプロンが覆っており、脚には太股までの粗い横縞の靴下。日本でよく目の当たりにした『メイド』そのものだったのだ。


 かの巫女が日本のことを伝えたのは四百年前という話だが、古くからの伝統的な文化や武術のみならず、サブカルチャーまで伝わっていることになる。


(世界を救った巫女さん、ほんとに何者なんだろう……)


「こちらになりまぁ~~す!」


 碧が諸々の意味で悶々としている間に、目的の部屋に到着したらしい。女性の底抜けに明るい声が響き渡る。やや中腰になり、部屋の入り口に向かって伸ばした手を満面の笑みで表裏させている様は、彼女と似た系統の服を着て喫茶店で働く若い女性たちを彷彿とさせる。


「どおぞ~~! それでは、ごゆっくり~~!!」


 女性は部屋の扉が閉められるその瞬間まで顔の前で両手を振り、愛嬌を振りまいていた。


「なんか、今の人……」

「にこにこしすぎて、逆に不気味だったわね……」


 ベッドに腰を下ろした碧の言葉を、ラニアが継ぐ。互いに同じことを考えていたことが分かり、目を合わせて無言で頷き合う。


 碧はふと皆を見回した。宿についた安心感からか、男性陣は鎧を外し――碧と同じように自力で脱着できる仕様になっている――それぞれの方法で休んでいた。


 カイズは早くもベッドに横になり、ジラーはどこに持っていたのか、ダンベル運動をしている。イチカもどこから持ってきたのか、ベッドに腰掛け本を読んでいる。


 碧の視線は、無意識にイチカの挙動へと定められた。袖をまくって露わになった逞しい腕が、後方の枕を掴んで腰に引き寄せる。少し経って、組み直される膝。


 僅かに開いた窓から吹き込むそよ風が、肩で切り揃えられた銀髪をさらさらと揺らす。その切れ長で銀色の瞳が上下に動き、文字を追う――。


「アオイ!」


 ラニアの透き通った声が、碧を強制的に正気に戻す。


「……っ?! う、うん! なに?」


 平静を装わなければならない気がして、碧は焦りを押し殺した。幸いにも、声をかけてきたラニアの様子に変化はない。


 もっとも、何故「平静を装わなければならない」と思ったのか、また何故「焦りを押し殺す」必要があるのか、そもそも何故「焦っている」のか、一番理解できていないのは碧自身だったが。


「暇でしょ? 面白い話しましょうか」


 隣に腰掛けてきたラニアの提案を聞いて、それまで抱いていた自身に対する混乱は掻き消える。


「えっ!? 聞きたい!」

「良かった。そうね、じゃあ……」


 碧が来る前の仲間たちのことを、ラニアは語った。その大部分はカイズとジラーが()()()()()ことで、微笑ましい光景が碧の脳裏に浮かんだ。


「あの子たち、泳いだことないんですって。絶対大丈夫って言い張ってたのにね、いざとなるとやっぱり怖かったみたいで、押し合いしてるうちに浅瀬で転んじゃって。日本の……漫才で言うなら、カイズとジラーがボケで、イチカがツッコミ、って感じなのよ」

「そういう漫才見たことある! ふふっ、ほんと面白いね~!」

「でしょー? まぁでも、イチカは全然笑わないんだけどね~」

「もしかして、笑ったことないの?」


 碧がふと疑問を口にすると、ラニアは悩ましげに眉を寄せる。


「う~ん……言われてみれば、笑った所は見たことないわ。カイズとジラーあたりなら、見たことあるんじゃないかしら」

「兄貴は笑ったことないぜ! オレらちゃんとチェックしてたんだけどさ」


 寝ていたはずのカイズから否定が飛んできて、黙々とダンベルを上げ下げしていたジラーも思わず動きを止める。


「カイズ、寝てたんじゃなかったのか?」

「今起きた! ん、その兄貴は?」


 軽く伸びをしてから室内を見回すカイズに、微苦笑を浮かべながら説明するジラー。


「五分くらい前に散歩に行く、って出ていったぞー。やっぱり無表情で」

「ほんと、ぜーんぜん変わんないわよねぇ。もう三年経つんだし、笑顔の一つや二つ……」


 何気なく零してから、何かに気が付いたように瞠目し、両手を口元に当てるラニア。


 あからさまに「失言しました」と言わんばかりの一連の動作を見て、碧は「これはむしろ訊くべきなのではないか」という衝動に駆られる。


「……“三年経つ”って?」

「ウイナーに来」

(あね)さんっ!」


 暫し目を泳がせた後のラニアの発言は、適当なものではなかったらしい。カイズやジラーが慌てた様子でその先を遮るが、「ウイナーに来てから三年経つ」と読み取った碧にとっては余計に気になる。


「イチカって最初からウイナーにいたワケじゃ、」

「ななな何言ってんだよ姉さんはもー! 兄貴はウイナーで生まれ育ってたろ?! ってワケでなアオイ! 兄貴はウイナーの生まれだ!」


 碧の問いに被せるようなカイズの叫びは必死そのものだ。さほど暑いわけでもないのに、彼の顔は大量の汗で濡れている。彼ほどではないが緊迫した面持ちのジラーも、歩調を合わせるように硬い表情のままうんうんと力強く頷いている。


「そ、そうそう! オレたち小さい頃から仲良しでさ~!!」

「そうなんだ~。でも『兄貴』とか『師匠』とかって呼んでるよね?」

『あ』


 見事に二人の声が重なり、空気が滞る。事実を伝えただけなのに、碧は罪悪感に苛まれずにはいられなかった。こんなことなら、カイズの「ウイナーの生まれ」という力説に納得していれば良かった。そんな後悔さえ残る。


 誰一人として口を開かない気まずい静寂を打ち破ったのは、ラニアだった。


「イチカは昔から剣の腕がすごくてね~! カイズとかジラーはもう歯が立たなかったのよ~」


 それはあたかも、名案が浮かんだかのように清々しい声だった。彼女の後ろでは、カイズとジラーが千切れそうなほど首を縦に振っている。


「あ、それでそういう呼び名になったんだね!」

「そういうことなのよ」


 碧は今度こそ無理矢理納得した。

「昔」や「小さい頃」といった言葉を強調したり、出自を偽ったりと、明らかに様子がおかしかった三人。気にならないと言えば嘘になるが、これ以上追及しては彼らを苦しめるだけだろう。


 誰しも一つや二つ、秘密にしておきたいことはある。何年来の友人ならばとにかく、出会って一日も経っていない人間に明かせる者はそういない。イチカも心を開いていないからこそ、あのような態度を取るのだろう――。





 夕食を食べ、簡易的だが風呂にも入り、ベッドでくつろいで。


 碧はすっかりこの世界に馴染んでいた。パソコンや携帯電話、テレビはもちろんのこと、電化製品は何一つないが、不思議と退屈を感じない。


 おそらく、話題に事欠かないことが大きいのだろう。実際イチカの件を抜きにしても、ラニアたちからもたらされる話は全て碧の興味を引いた。


 提供された夕食の満足度が高かったのも要因だ。野菜や果物をはじめとして肉類、魚類をふんだんに使った料理は、碧の胃も心も満たした。いわゆる「五右衛門風呂」ではあったが風呂にも入れる。こんなにも恵まれたファンタジー世界があって良いのだろうかと、聞きようによっては贅沢な不安が頭をもたげる。


「早く寝ろ」


 夜も更けた頃、ようやくイチカは帰ってきた。カイズやジラー、ラニアが何処へ行っていたのか訊ねても、「別に」の一点張りだった。元々口数が少ないらしく、聞き出すことは容易ではないそうだ。ラニアたちは早々に諦めていた。


 そのリーダーの一声で、皆布団に潜る。


「ラニア、おやすみ」

「うん、おやすみー」


 挨拶をしたものの、碧はしばらく寝付けなかった。


 あちらの世界では下校時刻だったのに、この世界は青空が広がっていた。そして今、ようやく夜を迎えている。時間のズレがどれだけあるのかにもよるが、家族が心配しているかもしれない。


(でも、帰り方分かんないし。しばらく一緒にいた方がいいよね。イチカが許してくれたら、だけど)


 不安は小さくはないが、孤独でないだけ運が良いというもの。

 これからのことは明日から考えよう――そう心に決めて、碧はようやく眠りにつくことができたのだった。

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