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第五十七話 交差する想い(2)

 人というのは不思議なもので、妙に勘が働くことがある。

 決まってそういうときは、当たってほしくない勘であったりするから厄介だ。

 

 物心ついた頃には既にひとりぼっちだったウオルクには、家族というものが分からない。だから、新しく入団してきた二人を「家族のように迎え入れろ」と言われても、どうすればいいのか戸惑うばかりだった。

 

 そんなウオルクの胸中を知ってか知らずか、カイズもジラーも近くの村から誘拐されてきたとは思えないほど懐いてきた。それほど年齢が近いわけでもなかったが、直接の指導係に任命されたこともあって打ち解けるまでにそう時間は掛からなかった。それこそ、血のつながりはなくとも互いに「兄弟」と思えるほどに。

 

 それから数年が経つ頃には、ウオルクはガイラオ騎士団の中核を担う存在になっていた。自然、団長と話す機会も増える。とはいえ元々団長が一般団員だった頃からの付き合いなので、「誰それは最近態度が悪い」とか「修行の仕方が怠惰に過ぎる」というように主に愚痴を聞かされる役回りではあったが。


 そんな話の中に、まれに褒め言葉があった。それがウオルクの弟分であるカイズとジラーのことだったのだ。

「奴らの成長が楽しみだ」と、本当に楽しげに語っていた団長を見て、自分のことのように嬉しく思えたものだ。


 だからこそ、夢であってほしかった。考え直してほしかった。

 

 願望とは裏腹に二人の表情や気に変化はない。本気なのだ。迷いすら感じさせないまっすぐな瞳が、ウオルクには痛かった。


「分かった。オレから一つ課題を出してやる。それをクリアしたら、お前らの勝手にすりゃいい」


 できることなら、これは言いたくなかったけれども。

 

「課題は、『オレに一撃与える』こと。攻撃の仕方は問わねえ。ただし手加減しないし、するな。オレはお前らの攻撃を防ぐだけで、反撃はしない」

「そ、そんな……そんなこと……」

「選択の余地はねーぞ。お前らは団を抜けたくて抜けようとしてたんだろが。戦う相手がオレでもオレじゃなくても、大差はない」


 まだ何か言いたそうな顔をしている弟分らを見ているだけで腹立たしくなって、ウオルクは無言で歩き出した。

 慌てて後をついてくるカイズとジラーを後目に、先を進む。


 無数の星が見えるほど晴れ渡っている夜空に目を奪われ、危うく当初の目的を忘れるところだった。

 何故こんな日に限って空は澄み切っているのだろう。いっそのこと星など見えないくらい雲で覆われた、暗い空なら良かったと思う。


 いつもより空は高く、到底星は掴めないことを思い知らされた。

 星と同じくらい、人の心は掴みようがないことも。


 やがて行き着いた先で二人の故郷を教えてやると、崖の真下に居並ぶ木造の家々を見たまま固まっている。


「あれが……オレ、たちの……」

「『ベルレーヴ村』だそーだ。『課題』をクリアしたら、里帰りも自由ってわけだ」


 言ってから、自嘲する。彼らと違って故郷がどこかも知らないウオルクにとっては、「里帰り」という単語自体ピンとこなかった。


「タイムリミットは日の出まで。それを超えたら……二度とあれを見れねえと思いな」


 二人の後ろ姿を見つめた状態で、ウオルクはただ彼らの覚悟だけを感じ取った。

 それ以外は何もない。葛藤も躊躇も削ぎ落されている。


 感心した。それ以上に、自らの愚かさを思い知った。


「……やっぱ、あの村はツブしとくべきだったか」


 振り返った少年らの瞳に浮かぶ非難の色と、煮えたぎる闘志。


 ――あんなハンデやるんじゃなかったな。


 ほんの少しの後悔は、攻撃への対応で霧散する。


 ウオルクが手合わせで見てきた戦闘手法を次々と仕掛けてくるが、何度も武器を交えた相手の癖は不思議と分かるようになるもの。


 ともすれば双子なのではないかと錯覚するほど息の合っている二人だが、やはり他人である。

 似ているようで違う動きには規則性があり、正直すぎる斬撃が命取りになっている。普段の手合わせならば、そろそろ決着がつく頃であった。


 しかし――この二人とウオルクとで、決定的に違う点がある。

 それは諦めの悪さと、体力の持続力だ。


「なかなか粘ってくれるじゃねーか……」


『課題』を出して何時間が経ったのか。

 いい加減、ウオルクも疲労が溜まってきていた。

 

「カイズーっ、生きてるかー?」

「なんとか……って、てめ、本当に人間か…?!」


 時折聞こえてくる遠距離的な会話に、口元を緩めずにはいられない。

 気を紛らわせようと崖の向こうに目をやれば、山の上方が僅かに白けている。


「お前らなーそろそろ時間切れだぜー」


 そう呼びかけてやると、どこからか「何ーーっ!?」と声。この慌てようはカイズだろう。


「ちぇっ……ジラー!! あれやっぞ!! 『作戦K』!!」

「あれかー? 別にいいけど、本当に大丈夫かー?」

「こんなことで負けてられっかよ!!」


 カイズの叫びと同時に、それぞれ別の茂みから駆け出してくる二人。

 そのまま進めば前後、あるいは左右から挟み撃ちを狙えるが、やはり二人は別々の方向に跳んだ。

『作戦K』と言いながら、全て同じなのではないかと疑いたくもなる。


 ウオルクは流れ作業のように背後からの打撃を剣で持ち上げ、茂みに後戻りしていくジラーを見送る間もなく前を向く。


 カイズの突きは――来ない。


 不審に思いながら周囲を見渡すも、気配を絶っているのかどこにいるのか見当もつかない。

 珍しい方法だとは思ったが、ジラー一人に任せるのであれば相当血迷っていることになる。


 そろそろ策が尽きたのかと腕組みをした――その直後、左腕に迸る痛み。

 力が入らず、だらんと垂れ下がってしまう。


 見れば二の腕から肩にかけて、真新しい一本の線が引かれているではないか。


「一撃、加えたぜ」


 声のした方向を見れば、カイズがレイピアを地に突き刺し片膝をついていた。

 剣先から僅かに滴る赤いもの。それを見てようやく、合点がいった。


「……なるほどな。殺気まで同調させた、ってワケか」


 カイズは答えない。ジラーも、何も言おうとはしない。それこそが回答のように思えた。


 通常ならばそのような芸当は出来るはずはないのだが――好物・思考のほとんどが一致する二人だ。殺気を同種類にしたと言われれば、しこりは残るが納得はできる。


「ま、『課題』はクリアしたことだし行けよ。団長あたり、そろそろ気づいてこっちに来るかもしれねーし」


 カイズもジラーもそう言われてすぐ動く素振りは見せなかった。彼らの視線の先を辿れば自ずと理解できた。脈打つような痛みと生ぬるい何かが滴る感触。責任を感じているようだった。

 

 傷つけるよう課題を出したのはこちらで、そんなものを感じる必要はないのに。

 どこまでもお人好しな弟分たちに苦笑が漏れそうになる。と同時に、苛立ちが込み上げて。


「早く行け!!」


 ついつい語気が強まる。

 彼らの前どころか、自分でも記憶にないほどの怒声だった。あまりの変容に慄いたらしいカイズらは早急に走り出し、その場をあとにした。


 知らず知らず口にしていた、「そのうち連れ戻しに行く」という言葉に自嘲せずにはいられない。なんのために課題を出したのか。結局手放す気など最初からなかったではないか、と。





 全てが黒に染まったはずの世界で、銀色が風に揺れていた。


 今夜はこの時期にしては冷え込むなと、燃え盛る炎を思わせる髪を持った青年は、空に浮かぶただ一つの光を見つめて思った。


 ふと思い出したように地面へと――夜空に比べれば随分と汚らしい地上へと視線を向ける。


 全てが黒に染まっているはずの地面に、ひとつだけ異質な色素が目に入る。

 薄氷を思わせるその色は、世界が創り出す風に掬われては落とされている。動きといえばそれだけで、風が止めば、ただうつ伏せに倒れているだけだ。

 

 死んでいるのか、生きているのか、それすらも判断しかねるほどその人物は身動き一つしなかった。


 青年は黙ってその人影を眺めていた。

 助けるわけではなく、とどめを刺すわけでもなく、ただじっとしていた。


 彼にとって、これまでの打ち合いは『依頼』でもなんでもない。『死闘』とは言ったが、どうあっても殺さなければいけないわけでもない。

 一言でいえば、興味が沸いたのだ。

 

 技術は暗殺者として見ても一目置くほどだが、剣を持ち始めてからそれほど経っていないようにも見える。少なくとも熟練した剣士とは言えない。


 それ故に気に掛かるのだ。剣技に限ったことではないが、通常は基礎固めに長期間費やし、それを踏まえた上で応用に取りかかる。

 しかし、この少年の場合はその逆なのである。基礎はかじった程度、その動きのほとんどは応用で固められている。


『天性』、あるいは本能がこの少年を動かしているのかも知れない。

 とはいえ、天性だの本能だのだけでは説明がつかないのも事実だ。


 言うなればこの少年は、『大切な誰か』が絡んで初めて実力以上の力を発揮するタイプだ。

 想いというものは馬鹿にできない。時に、草食動物が肉食動物を打ち負かすような奇跡を起こすことさえある。


 ただ彼の場合、その想いが先走りすぎて、身体が追いついていない。

 泳ぎ方を知らない生き物が、水棲生物に挑むように。


「ウオルク」


 振り向いた先には、揃いも揃って下卑(げび)た笑みを浮かべた男が五人。唐突に声を掛けられて驚いただろうと得意気げなところ悪いが、彼らの接近は随分前から分かっていた。


 その誰もがお世辞にも整った身なりとは言えず、清潔感も品性の欠片もないのだが、唯一全員に共通していたのは、青年と同じ『ガイラオ騎士団』の鎧を身につけていることだった。


 青年に声をかけたのは、見上げるほど長身だが顔を動かさなければ全身を見ることもままならないほどの肥満体質な男。


「どうだァ? 目的のモンは取り返せたのか?」


 身体中をぼりぼりと掻き毟りながら訊ねる男に、眉をひそめる。


 青年にとっては受け入れがたいことだが、彼らは皆同期だ。それにしては成長が遅く、色々と噛み合わないこともあって自分から避けていた。

 しかし、例え嫌っていようと態度には出さない。それが青年の心構えだ。


「いんや、まだだ」


 肥満男はぴくりとその薄眉を動かしたが、分厚い唇を歪めて小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「で、そんな()()()()に手こずってた、ってワケか」


 男が言い終わる前に、下品な笑い声が辺りを覆う。

 青年としては気に障らないではなかったが、そこまで言うのなら余程自信があるのだろう、と思い直し。


「ひよっこだと思うなら戦ってみろよ。強いぜ、こいつ」


「なあ?」と振り向きざまに問いかければ、いつの間にか意識を取り戻したらしい少年が、ゆっくりと立ち上がったところだった。


 やはり人懐こい笑みのまま少年に近づくと、青年はすれ違いざまに耳打ちする。

 

「もう邪魔しねえから、コイツらの相手だけ頼むわ」


 少年は僅かに顔をしかめてから、不本意そうに剣を拾う。


「アんだ? おめーがオレの相手するってのかァ?」


 やはり馬鹿にしたように、今度は鼻をほじりながら訊ねる肥満男。

 少年は表情を変えることなく、一言も発することなく、剣を水平に押し出す。


「しょーがねェなァ~~。あんまし弱っちいと、その首はねちゃうぜ?」


 大型戦斧(バトルアクス)をちらつかせ、少年を威嚇しているつもりらしい。

 どっと下劣な笑い声が上がるが、やはり少年はなんの反応も示さない。

 その代わり。


「なんでもいい。来い」


 それだけを冷ややかに言い放つ。


 少年からすれば、一刻も早く宿に駆けつけたいが故の一言だったのだろう。


 一方の肥満男は、体格も実力も遥かに劣る(と自分では思っている)相手に「なんでもいい」呼ばわりされたことが、相当に気にくわなかったようで。


「この……クソガキがあああ!!」


 額に無数の青筋を浮かび上がらせながら、バトルアクスを縦に振り下ろす。

 あまりにも直線的な攻撃だ。怒りで我を忘れているのならまだいいが、残念ながら元々の実力である。少年としては知る由もないし、別段興味もないだろうが。


 少年は切れ長の瞳を呆れたように眇め、小さく溜息をつく。

 そして、剣を地面に対して水平に構えた、そのままの体勢で迎え撃った。


 縦揺れとともに、樹木の高さほどまで舞い上がる土煙。

 少年と肥満男の姿は未だ見えないが、男の連れ合いは口々に仲間の勝利を確信するような事を言っている。


 そんな彼らとは対照的に、青年は涼しい顔で黒煙の向こう側を見つめていた。


「あれ、見てみろよ」


 やがて煙が晴れた頃。何かを認めた青年は目でそちらを示し、男たちを誘導する。

 半径十数メートルはある巨大な穴が空いていた。かなり深く陥没している。


 顔を見合わせながら穴を覗いた彼らは、


「……!!」


 バトルアクスを粉々にされ、呆然と仰向けになっている肥満男の姿を認めたのだった。





 結界【(サイ)】を造り、物陰からゆっくりとカイズたちに近づいてゆくあおいたち。


火蜥蜴(サラマンダー)】は、碧に助言を与えた後ミリタムによって元いた世界に還された。

 ひとまず安心したが、それ以上にプレッシャーが重くのし掛かる。【火蜥蜴】の助言は頼もしくもあり、不安の材料でもあったのだ。


【あれらは心の奥底は生きている。侵食された表面を、取り去ってやれば良い】


 要約するならば「心を開けるようなきっかけを生んでやれば良い」といったところか。


 何にしても、これほどの大役をやり遂げる自信など碧には全くなかった。

 どちらかといえばこの役は、彼らと付き合いの長いイチカかラニアが適任なのだから。


 かといって、イチカはあのウオルクとかいうガイラオ騎士団員と戦っているし、ラニアは結界を張れない。

 碧がラニアの周りに結界を張ることも不可能ではないだろうが、もし失敗すればラニアの命が危うくなる。それだけは避けなければならない。


(さっきの爆発っぽい音、何だったんだろう。まさか、イチカが……?)


 考えかけて、ふるふると首を振る。

 何度も彼の活躍を見てきた。あれほど強いイチカが負けるとは思えない。無事である可能性は決して低くはないはずだ。

 

 そう考えると、不思議と肩の重みが解消されたように思え、少しの勇気も湧いてきて。

 

(よしっ、やれる。頑張ろうあたし!)


 自信満々な表情で近付いてくる碧に気付いたのだろう、カイズとジラーがそちらを向く。


 その瞬間、鳥肌が立つほど冷たい氷のような殺気が碧を取り囲んだ。

 尋常ではない殺意に、早くも足がすくみそうになる。いつも感じていた、春のような優しくも心強い気と同じ持ち主とは思えない。


(なっ……こんな……これが、カイズやジラーの本当の力ってことなの……?!)


 そう考えれば考えるほど、膝の震えは止まらなくなっていく。汗が身体中を伝い、呼吸は荒くなる。


 これではいけないと、彼らに怯えた感情を抱く自分を叱咤(しった)するように膝を叩く。


「カイズ、ジラー! あたしだよ、アオイ! お願い目を覚まして!!」


 真剣に訴えかける碧の思いとは裏腹に、カイズらの彼女に対する認識は一人の『標的』に過ぎなかったようだ。


「っ……?!」


 張り裂けそうなほど目を見開き口角をつり上げて、向かってくるカイズとジラー。

 碧は絶望するしかなかった。あんなに楽しそうな顔をしながら武器を掲げて襲ってくる人が、自分の言うことなど聞いてくれるはずがない。


 思考はどんどん堕ちていく。結界は確実に機能するのだろうか。レイピアはやすやすと貫通してしまうのではないか。ハンマーで頭を直撃されたら。


「あ……ああ……!!」

「アオイ!!」


 ラニアの悲鳴と、彼らの攻撃が碧に届いたのは同時であった。


 恐怖のあまり目を瞑っていた碧は、どこに来るか分からない痛みの鋭さを予測して身を固くしていた。

 しかし、どれほど経ってもその時は来ない。


 もしかしたら、痛みを感じる暇もなく死んでしまったのかもしれない。

 それなら痛くないしいいかなぁと思った矢先、つい数秒前まで抱いていた恐怖心は掻き消え、身体中の緊張が解れ始める。


 ゆっくりと視界が開けていく。

 その先にあり得ない輝きを見つけて、碧の目は一層大きく見開かれた。


 例えるならば白銀の、雪のような美しさを持った髪。

 それが今、自分の眼前で揺れている。


 どうしてここにいるのか、俄かには信じがたいことだ。

 もう『死闘』はいいのか、どうなったのか、いろいろ聞きたいことはあるけれど。


「イチカ?」


 おそらく違いないのだろうが、とりあえず念のため、確認の意味も込めてその名を呼んだ。


「魔族以外の人間に殺されてどうする」


 振り向くことのない、呆れたような低い声が、彼であることを端的に示していた。

 碧は状況も忘れて、思わず吹き出してしまう。


「そうだね、ありがとう」


 怪訝そうに一瞬だけこちらを見遣った顔に、そう言って笑いかけた。

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