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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第一章 見たこともない世界
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第六話 残る謎(2)

  辛くもラニアの店兼住居から抜け出したあおいたちは、近くの軽食をとれる図書館へ足を運んだ。例のセルフィトラビスについての情報を探すためだ。


 ラニアは皆の先頭に立って足早に図書館の扉をくぐる。何度も訪れているのか、迷うことなく最短の通路を選び、目的の棚へと辿り着く。生物や歴史などの大分類から、さらに細かく分類された棚を巡り、次々と関連していそうな書物を引っ張り出す。


 碧は彼女について回り、荷物持ちを引き受けた。腕が引きつるほど大量の書物を抱え、カイズやジラーが待つテーブルへ向かう。


 投げ出すように本を手放して、碧は目を丸くした。積み上げられた本の周りに皿が敷き詰められていたのだ。真っ白な皿の上には二つずつパンが載っており、そのどれも種類が違う。シンプルなきつね色のものはもちろん、色とりどりのつぶらな果物や野菜が乗っているもの、生地そのものが彩り豊かなもの。形も綺麗な円状をしたものから、複雑に捩られたものまで様々だ。


 しかし、どうやら全員分ということではないらしい。席に着いたカイズとジラーが競うようにパンに手を伸ばし、空気ごと飲み込む勢いで口に運んでいる。彼らの傍らには空になった皿が、塔のように重ねられていく。


 戻ってきたラニアはそんな彼らに文句を言うでもなく、一冊広げられるほどのスペースを確保し、手近な山の一番上の本から順に斜め読みしていく。


 イチカはというと、席には着かず、向かいのテーブルの側にある窓枠に腕組みをして寄りかかり、延々と外を眺め続けている。陽光を受け光り輝く癖のない銀髪と、頬骨や顎の輪郭の一部。碧の位置から確認できるのはそれくらいだった。


「う~~ん……やっぱり「絶滅した」としか書いてないわね。絶対なにか、理由があると思うんだけど」


 日本風に言えば『図書館カフェ』である以上、パンもタダではない。旺盛な食欲はとどまることを知らず、もはやテーブルに乗り切らない皿。支払いはどうするんだろう、と妙な焦りを覚え始める碧だが、日常茶飯事なのか、ラニアもイチカも苦言を呈する様子はない。


 新たに床にできた小さな山の上に今し方読み終えた本を置きながら、ラニアが独りごちる。


「そういえばラニア。なんであいつの弱点分かったの?」

「ああ。なんかね、口の中調べてたら腫れ物があって。怪しいと思ったから、なんとなく撃ってみたら……ってわけなのよ」

「そうなんだ」


 なんとなくって……と、感覚的な行動とあっけらかんとした物言いに戸惑いを覚えないではなかったが、碧は口には出さず、心の中で思うだけに留めた。イチカではないが、彼女の行動があったからこそ、あの魔物を倒すことができたのだから。


「アオイこそ、どうして分かったの?」

「うん、多分そのあとだと思うけど……あいつがいきなり苦しみ出して。見たらここが光ってたの」


 自らの額を指さしながら説明する碧を見て、ラニアが薄紅色の瞳を瞬かせ、怪訝そうな表情を浮かべる。


「光ってた……? あたしには見えなかったけど……」

「分かった!」


 それまで無心にパンをむさぼっていたカイズが挙手と同時に唐突に叫ぶ。


「それはアオイの、特殊能力みたいなものなんじゃねえ?」

「あたしの……特殊能力……?」

「たしかに巫女さんなら、それくらいできそうだよなー」


 皿の枚数に反してそれほど膨れていない腹をさすりながら、ジラーものんびりと賛同する。

 彼らを数度見比べてから、ああ、と納得したようにラニアが苦笑を漏らす。


「言ってなかったわね。カイズ、ジラー。アオイは地球の日本人で、巫女じゃないのよ」

『ちきゅーの……にほんじん……?』


 ラニアの指摘で、カイズとジラーの間に流れる時が一瞬止まる。


「あ、あの“てーいっ!”ってする、なんだっけ……そう、『柔道』とか、」

「“めーんっ!”ってする、あの『剣道』ってヤツがあるとこか!?」


 硬直状態から我に返り、身振り手振りを加えながら興奮気味に語るカイズとジラー。

 思わず吹き出す碧だったが、ふと強烈な違和感がよぎり、浮かんだ疑問をそのまま口にしてみる。


「なんでみんな、日本のこと知ってるの?」


 人々は日本はおろか地球のことすら知らない、ファンタジーとはそういうものと思ってきた碧にとって、これほど興味深いことはない。

 ラニアは心なしか得意げな笑みを浮かべる。


「それはね、こういう昔話があるからなの。……」


 今から四百年前、空から魔王軍が降りてきた。魔王はこの大陸の北にある城を拠点とし、部下たちを各地へ放った。彼らは多くの人間を殺し、アスラント中を恐怖に陥れた。


 唯一、魔族の侵攻が確認されなかった名もなき村でも、いつ魔の手が伸びるのかと、皆が絶望と恐怖に打ちひしがれていた。

 そんなある日――一人の巫女が村を訪れる。


「巫女さん?」


 碧が意外そうに訊ねる。勇者説はジラーからやんわりと否定されていたが、この答えは想像もつかない。碧の中の巫女は、あくまでも神社で見かける紅白の巫女なのだ。


「そ。とっても美人な人だって」

あねさんには劣るだろーな~」

「ジラーったら……続けるわよ」


 村人たちから事情を聞いたその巫女は、必死に引き留める人々を後目に自ら魔王の城へ向かった。


 それから七日後。

 なんと巫女は魔王を倒して、村に戻ってきた。


 魔王が滅んだことで、村も世界も徐々に落ち着きを取り戻していった。

 魔王軍を退けた巫女の噂は瞬く間に国も海も越えて広まり、巫女は英雄となった。


「で、その後暫く巫女様は村に留まっていたそうなんだけど、不思議なことをたくさん言ってたらしくて」

「不思議なこと?」

「ええ。異世界――『地球』の中の『日本』のことをとても良く知ってて、大人も子供もみんな夢中で聞くくらい面白かったんだそうよ。子供たちなんかはもっと聞きたがったらしいんだけど、ある日突然巫女様がいなくなっちゃって。みんな手分けして探したけど、結局見つからずじまい。残念だけど、せめて巫女様が教えてくれた世界のことは後世に残そうってことで、今に至るわけ」

「そうなんだあ……」


 まさか日本のことがこれほど人々に浸透している世界だったとは。新鮮な驚きとともに、巫女に対する畏敬の念が浮かぶ。


「ちなみに、そのときの村長が巫女様に「この村に名前を付けてほしい」って頼んだら、『勝者』という意味の『ウイナー』という名前を与えてくださったんですって」

「それって……」

「そう! 今あたしたちが暮らしてるこの街が、そのときの「名もなき村」って言われてるのよ」


 頬を紅潮させながらラニアが熱弁する。先ほどの得意げな笑顔の理由はこれだったのだろう。伝説の巫女が名付けた村に住んでいるということは、それだけ彼女たちの誇りなのだ。

 だからこそ、碧は心を痛める。


(「ウイナーは日本語じゃなくて英語だよ」なんて、言わない方がいいんだろうな……)


「でも、なんでそんなに日本のことを知ってたのかなぁ?」


 ラニアの顔から微笑みが消え、片眉が下げられる。


「うーん……実はその人が日本人だったとか、未来を予知してたとか、諸説あるみたいだけど……ハッキリしたことは分からないわね」

「そっか……」

「にしてもアオイ、日本人だったのか~~」

「記憶喪失じゃなかったのな」


 そういえば背負い投げしてたもんな、とカイズ、ジラーが嬉しさ半分、寂しさ半分滲ませる。碧が否定も肯定もしなかった以上、「記憶喪失の巫女」だと信じて疑わなかったのも無理はない。もっとも、否定も肯定もできない雰囲気を彼らが無自覚に作り出していたことも否めない。


 カイズらの表情を見て多少なりとも良心が痛んだ碧は、謝罪の言葉を口にする。


「ごめんね。みんなが日本のこと知ってるとは思わなかったから……」

「そろそろ行くぞ。外で適当に宿を探す」


 話の途切れを待っていたらしい。イチカが口を開くと、あとの三人も身支度を始める。


 元々共に行動するのは「街に入るまで」だったのだから、彼らとはここで本当にお別れとなるだろう。急に心細さが募るが、ラニアらはともかく、こちらを見ようともしないイチカに受け入れてもらえるとは、碧には到底思えなかった。


 別れの言葉を投げかけられるのが怖くて、つい俯いてしまう。

 縮こまった碧の隣、席を立ったラニアは歩き出そうとして、振り返った。


「アオイも来ない?」

「えっ」


 ラニアの唐突な提案に、碧のみならずカイズやジラーまでもが戸惑いの表情を浮かべる。

 そして――その瞬間、明らかに場の空気が冷え込んだ。確かに快適な温度を保っていた室内は、突き刺すような真冬然とした冷気に晒される。


 寒さも度を過ぎれば痛みになる。それと同等の冷え切った声が、銀髪の少年から発せられる。


「ラニア」


 たった一言であるのに、怒り、苛立ち、失望、軽蔑、それらが全て込められた声調。対するラニアは怖じ気もせず、据わった眼差しでイチカの後ろ姿に食ってかかる。


「何よ。弟分たちの提案は聞くのに、あたしの提案は聞いてくれないわけ? リーダーさん」

「……」


 皮肉めいた問いかけに、返答はない。

 互いの目を見ない睨み合いの末、ちっ、と明瞭な舌打ちをして、イチカは入り口へ向かっていく。


 カイズとジラーは忙しなくイチカ、ラニア、碧を見比べていたが、碧と目が合うと、にかっと笑顔を見せ、慌ててイチカの後についていった。


「い、いいの……?」


 そんな彼らの後ろ姿を見送ってから、碧は恐る恐る訊ねる。


 腰に手を当て、呆れたように銀髪を見据えていたラニアは彼女の声に気づくと、満面の麗しい笑みで応えた。


「いいのよ! そろそろ女の子のメンバーも追加したいと思ってたし。ちょっと歩くけど、きつかったら遠慮なく言ってね?」

「う、うん……」





 図書館を出ると、カイズが入り口近くに植えられた樹木の側で待っていた。ジラーは先を行くイチカについているのだろう。視線を投げると、人差し指大の銀と紫の影が辛うじて見えた。


「ラニア……」


 二人を追おうとして突然聞こえた、幽霊を彷彿とさせるような弱々しい女性の声。


「! マテリカ」


 どうやらラニアの知り合いのようで、全身を強ばらせていた碧の身体から力が抜ける。


 見た目は十六、七歳。紺色のターバンのような帽子から覗くオレンジの強い赤髪と、同じ色の瞳。今にも泣きそうに見えるのは、左目下に泣きぼくろがあるから、というだけではないだろう。


 身長は碧と同じか少し高いくらい。ゆとりのあるワンピースを三枚ほど重ね着しており、独特なファッションセンスが窺える。


「また、行ってしまうの……?」

「ううん、ちょっとアジトが使えなくなっちゃって。近くで宿を取るだけよ」

「ええっ、おうちが……? そうだったの……それは大変ね……」

「心配しないで、マテリカ。遠くには行かないわ」

「そ、そうよね。ごめんなさいね、私、あなたのこと心配で、つい」

「ううん、いいのよ。それじゃ、行ってくる」

「うん。気をつけてね……」


 マテリカという少女は小さく笑いながら手を振っていたが、元々下がり気味の眉がさらに下がっており、儚げな印象も相まって、「寂しい」という心情を容易に読み取ることができる。

 彼女の姿が小さくなってから、碧はラニアに問いかける。


「今の人、友達?」

「幼なじみなんだ。あたし、もともとは北の町の生まれでね。なかなか馴染めなかったんだけど、最初にマテリカが話しかけてくれて。それからだから……もう十年以上の付き合いね。小さい頃はやんちゃし放題で、マテリカにはいつも迷惑かけてたなぁ」


 昔を懐かしむようなラニアの語り口。薄紅色の瞳が、不意に影を落とす。


「あたしの家族が死んだときも、慰めてくれて。しばらくマテリカの家にお世話になってたんだけど、初めはずっと泣いてた。だから、今もあんなに心配されちゃうのね」

「あ……」


 ――『あたし、もう家族いないから』。

 今碧が身につけている軽鎧を持ってきたときの、ラニアの悲しそうな顔が、目の前で苦笑いを浮かべる彼女に重なる。


「あたしの家族はね、あたしの留守中に魔物に殺されたの。騎士見習いの弟もいたんだけど、あの子でさえ、敵わなかった……」


 無念さと忌々しさを露わにするラニアを、碧はそれ以上見ていられなかった。かといって、あまりに平和な時を過ごしてきた碧に、気の利いた言葉が浮かぶわけでもない。


 言葉なく項垂れる碧に気づいたラニアが、慌てて両手を左右に振る。


「ごめんなさいね! こんな話しちゃって」

「う、ううん。いいよ」


 口ではそう返したが、内心の戸惑いは大きい。

 ラニアもそんな碧を気遣ってか、それ以上掘り下げることはなかった――が。


 薪の爆ぜるような音が俄に響いてきたと思いきや、視認できるほどの赤黄色のオーラがラニアを包み込んでいる。髪が逆立っていても不思議ではないほど怒りに燃えているようだ。イチカの殺気とは別の意味で恐怖に震える碧。異変に気づいたのか、カイズやジラーまでもが歩み寄ってくる。


「ラニア、コワイ」

「姉さんな、たまにああなるんだ。昔の話し出したら要注意な」

「スイッチが入って、手が付けられなくなるんだよなぁ」


 一定時間が過ぎればオーラは消失し、ラニアも正気に戻るという。今の碧にできることは、彼女を刺激しないよう見守ることのみだ。


 そんな空気の中ただ一人、何事にも動じずひたすら前を歩いていたイチカが不意に立ち止まった。


「師匠、どうしたんですか?」

「……先に行け」


 四人は不思議そうにイチカを見やりながらも追い抜いていく。


 彼らの両隣に並び立つのは、一階半ほどしかない高さの狭小な家々。そのどれもが縦に長い直方体であり、外壁は淡い色でまとめられている。商店を兼ねている家も多く、そこかしこで活気のある声が響く。


 落ち着いた茶系の石畳が敷かれた幅の広い街道の中央には、大人の肩幅ほどの小さな噴水が等間隔に連なっている。噴水と噴水の間には背の高い街路樹が植えられ、人々や住宅兼商店を見下ろしている。


 普段は小鳥以外の小動物が身を寄せることはない木の上に、少年少女らを見つめる人影があった。


「ふふっ、いたいた」


 悪戯っぽく微笑むその声や外見は、成熟した女のものだ。風にさらわれそうな黒い短髪を片手で押さえながら、漆黒の瞳を妖しく(すが)めている。


 豊満な胸と尻を強調するようなキャットスーツに身を包み、黒い羽毛で作られた肩当てを装着している。なお、肩当ての素材と髪飾りとして挿している黒い羽根は、【魔烏(デス・クロウ)】と呼ばれる魔物のものである。


 羽根を使った多種多様な攻撃を得意とすることから、彼女はこう呼称される。

 魔王配下、『烏翼使(うよくし)忍者・烏女ウメ』と。


「でもまだ殺さないでおこうっと。もっと人がいなくなってから……ね」


 少女のようにくすくす笑いながら「標的」を見つめていた彼女だが、その表情はやがて不愉快そうに歪み、影を纏う。


「なんであんたがここにいるのよ?」


 視線は下方に降り注いだまま、不機嫌さを前面に押し出した低い声を発する。


 端から見れば独り言か、あるいは何かしらの疾患を抱えている者と映るだろう。けれどもその問いは、確かに彼女の背後に立つ一人の男に向けられていた。


 目つきは鋭いが、目尻に向かって伸びる長い睫毛と顔の小ささから女性と見紛いそうな顔立ちだ。他方、裸の上半身は筋肉質でありながら引き締まっていて、厚い胸板と六つに割れた腹筋がくっくりと浮き出ている。下半身はゆとりのあるくるぶしまでのズボンに覆われており、靴は履いていない。腰元にまで及ぶ長い薄黄色の髪は毛先が広がり、束ねられてもいない。まるで寝起きのような、どことなく()()()()()()出で立ちだ。

 男は烏女と同じか、それ以上に不機嫌極まりない口調で吐き捨てた。


「魔王様の命令だ。てめえなんぞの近くにいるぐらいなら死んだ方がマシなんだけどな」

「あっそ。じゃあ死ねば?」

「せっかく久しぶりに楽しめると思ったのについてねぇ。興醒めだ。魔王様に殺されちゃ堪んねえし……くそっ、胸クソわりい」


 烏女の悪態を聞いているのかいないのか、男は明らかに苛立った様子で愚痴を零している。結果的に無視されたことにより気分を害する烏女だったが、仕返しとばかりに男の言い分を聞き流し、平静を装って再び前方を見据えた。


「あたしは失敗しないから。手助けは無用よ」

「自惚れんなよ雌豚が……手助けなんぞ誰がするか」


(――雌豚ですって?!)


 明らかに侮蔑が込められた呼称に、さすがに頭に血が上る。しかし、ここで言い争ったり力を解放することは、敵に居場所を教えることと同義である。烏女は唇を噛んで耐える。


 しかし、彼女の辛抱はほとんど意味を成さなかった。


「ッ!?」


 前方から、刃物で斬りつけられるような鋭い殺気が飛んできた。それも、一時ではない。断続的なそれは明らかな警告。“標的”の中に、こちらの存在を察知できるほどの人間がいるということ。


 身を抉ってくる殺気の出所を探した。暢気に会話をしながら歩く様を見れば、とても気付いているとは思えないが――最後尾を歩く銀髪の少年が、ほんの少しだけこちらを向いたその瞬間。切り刻まれんばかりの痛苦と圧迫感。


「あたしの気配に気付くなんてあの男、なかなか鋭いわね」


 居丈高に振る舞ってみせるが、内心の動揺は隠し切れていない。殺気が伝える実力に気を引かれたのか、後方の男が初めて不敵な笑みを見せた。

 しかしその笑いは、幹のように太い枝の上で横になる烏女を認識した途端、即座に消える。


「なんのつもりだ」

「すぐそこに宿があるでしょ。そろそろ日も暮れるし、ぜっったいにそこに泊まるわ。あたしももう眠いし、決行は明日! じゃ、オヤスミ」


 男の方へひらひらと手を振り、その腕を下ろした途端、微かに聞こえる寝息。

 あまりにも寝付きが良すぎる烏女に一瞬呆けたような表情を浮かべた男だが、すぐさまその眉間に数え切れないほどの皺が寄る。


「……クソが」


 暴言と同時に指をならすと、男の頭上より少し高い位置に毛布が現れる。


 男はそれを無造作に掴んだかと思うと、烏女に向かって投げるように掛け、流れのまま軽やかに樹から飛び降り、消えた。

 おそらく命令の一環なのだろう。終始「気が進まないが仕方なく」感が滲み出る言動であった。


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