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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第三章 古の巫女 古の魔族
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第四十七話 辿廻(2)

「なんか、変だよね」

「やっぱり変よね」

「変だな~~」

「変だ」

「……魔族の事か」

『それ』


 あおいの一言に端を発した「変」の連鎖。さすがに五回も言う気にはなれなかったのか、イチカが誘導すると息の合った二文字が返ってきた。当人たちも少なからず驚いているようである。


「ここ聖域でしょ? なんで魔族が入ってこられたんだろ?」

「それよ。あり得ないわよ普通に考えたら」

「でもさ、実際入ってきたじゃん」

「それも、師匠でさえ気付くのが遅れたくらいだったし」


 暫し考え込む一行。

 そんな中、あくまでも憶測だが、と前置きした上でイチカが切り出す。


「この森自体が魔族に関与しているということも考えられる」

「森が?」

「森が関与してるって、どういうこと?」

「巫女が今回の襲撃に一役買ったんじゃないかということだ」


 俄には信じられない仮説に、全員が耳を疑った。


 ヤレンにしても、サトナにしても、碧に神術しんじゅつを伝授している。仮に彼女らが魔族側だったとして、脅威となる神術をわざわざ授ける意図が読み解けない。

 他方、皆が疑問に思うほど聖域への絶対的な信頼が揺らいでいるのは確か。イチカの主張に是非の判断も下せないまま、一行の間に沈黙が落ちる。


(わたくし)たち巫女が悪の化身に手を貸している、と?」


 全員が瞬間的に飛び退き、声の響いた方を向く。

 渦中のサトナが佇んでいた。


 巫女の森の守護者であるにもかかわらず、ここ数時間ほど全く一行の前に姿を見せていなかった彼女。その表情から怒りや呆れの感情は見いだせないが、かと言って喜色満面というわけでもない。


「……驚いたな。いつから気配を消していた?」


 言葉とは裏腹に、それほど驚いているようには見えないイチカが問う。警戒心はそのままに、心なしか興味津々ですらある。


 サトナは一瞬だけ目を眇めたが、すぐに軽やかに微笑む。


「おっしゃっている意味がよく分かりませんが……よほど真剣に議論なさっていたのではないですか?」


 つまり、考え事に夢中で気付かなかっただけだろうと言いたいようだ。やや挑発的な問いかけに対し、イチカは黙りこくる。油断を認めたのではなく一種の反抗であろう。その唇は僅かに噛み締められていて、若干の悔しさが垣間見える。気配に人一倍敏感な彼でさえサトナの接近を察知できなかったのだから無理もない。


 むしろそのことが、彼女に対する疑念をより深めたようで。


「魔族が現れたとき、どこにいた?」

「ヤレン様の下にお連れした後でしたら、お祈りの時間が差し迫っていましたので、皆さんの目を盗んで沐浴を」

「その後ということは認めるんだな」

「一人きりだった時間帯のことをお話ししたまでです。私が魔族と接触した可能性を想定して質問なさったのでは? 残念ながら、どなたにも証明していただくことはできませんが」


 声を低めて詰問するイチカに対し、やはりにこやかに隙なく返すサトナ。一行は巫女の日課など知る由もないので、サトナの言い分を信用することも疑うこともできない。

 それ以上の追及はないと判断したのか、サトナが悩ましげに目を伏せる。


「先ほどの疑義ですが……不本意ではありますが、貴男(あなた)のおっしゃることも一理あります。ヤレン様は四百年前の一件から二度と関わりを持ちたくないと、瘴気しょうきを最小限に抑える【(シャ)】という高等結界を編み出され、この聖域全土を覆ってしまわれたほどですし」

「いい迷惑だぜ」


 カイズの遠慮のないぼやきに、苦笑するも否定しないジラー。彼らもミリタムほどではないが、危機に瀕していたことには変わりない。そして、その瘴気を抑える結界に阻まれてイチカの到着も遅れたのだ。一理あるどころか、ほぼイチカの推測通りである。


「それで?」


 いつになく棘のある口調で訊ねたのはラニアである。サトナはゆっくりとそちらを向き、ずっと変わらぬ笑顔で問い返した。


「“それで”とは?」

「とぼけてんじゃないわよ。魔族のこと、あんた分かってたんでしょ。じゃなかったら、そんな危険な結界の中で暢気に沐浴なんて普通できないわ」


 もちろん、「聖域だから魔族が現れることはない」という安心感ゆえの行動だったとしても不思議ではない。一行もそのように感じていたし、何よりサトナ自身がそう告げていたのだから。


 一方で、戦闘直後に一行の前に現れたサトナは随分と落ち着いた様子だった。本当に魔族や瘴気に気付いていなかったのなら、血相を変えて駆け寄ってきそうなもの。肝が据わっていると言われればそれまでなのかもしれないが、まるで筋書きを知っていたかのような振る舞いはそれだけで不自然に映る。


「まあ、ラニアさん。存外聡明なところがおありなんですね」


 ラニアの辛辣な指摘に、手のひらを合わせ悪意なく満面の笑みを見せるサトナ。彼女としてはただただ意外だった、それだけなのだろうが、馬鹿にしたような発言はラニアの地雷を踏み抜くには十分すぎた。否、ラニアでなくても大概の人間は機嫌を損ねるだろう。


「……ねえ、ホントに撃ち殺していい?」

「まっ、まあまあまあ(あね)さん!」

「要するにあたしたちのこと見殺しにしようとしたってことよね?! あんたがすぐに助けに来てさえくれれば、ミリタムがあんな大怪我することだってなかったのよ?!」


 今にも掴みかかりそうなラニアを、カイズとジラーがすんでのところで羽交い締めにしている。サトナはそんな彼女を目前にしながら、微笑を浮かべて沈黙を守っている。それがますますラニアの神経を逆なでする。


「アオイのことだってそうよ! もしあたし達があいつに負けてたら、どう責任取るつもりだったのよ? アオイをこっちに連れてきたの、ヤレンなんでしょ!? そんなワケの分かんない結界で魔族の気配消して、アオイを殺す手助けをしてるようなものじゃない! それで仲間だと思われるのは不本意ですって? 笑わせないでよ! 黙って見てたんなら、あんたもあの魔族と同じよ!」

「そうですね」


 やけにあっさりとした肯定が返ってくる。これまでどおりのらりくらりと受け流すと思っていただけに、ラニアどころか皆が拍子抜けした。


 ただ、あまりにも簡潔な返答だったために、どの部分への同意だったのかまでは誰も確信が持てない。まさか本当に「魔族の手助けをしていた」などとは言わないと思いたい一行の間に、じわじわと広がる戸惑い。そんなことなど知らぬと言った調子で、サトナは構わず続ける。


「何を実現するにも、多少の犠牲は必要です。それが貴女(あなた)方の誰であれ、そうなる『定め』であると私たちは考慮しています。したがって――貴女がそう思うならば、貴女方を殺そうとしたのは私たち巫女になり得るでしょう」


 無表情に近い微笑みを浮かべたまま、冷酷なことを言う。

 今だけではない。一行が疑念を持ち始めた時から、彼女は人が変わったかのように挑発を繰り返している。あえてそのような言葉を選んでいるのではないかと思うほどに。


 それが何のためかは分からない。

 ただ、何か事情があるのだと思わずにいられないのは、現実を受け入れられないからだろうか。





 この巫女は一体何を言っているのか。

 イチカは全く理解できなかった。理解を拒んで、しばらく思考が完全に停止してしまったくらいだ。


 どんなことにも責任は付きものだと考えるイチカにとって、それだけサトナの発言は受け入れがたかった。好むと好まざるとにかかわらず発生する義務だってある。碧を護ることだって、気は進まないが今や責務となっている。目的があって碧を喚んだのならなおさら、援助を惜しまない姿勢は必要だろう。まさか殺すことが目的とは言うまい。もしそうなら、この世界に来て以降いくらでも機会はあったのだから。


 そう、どんな状況でも責任は付きまとう。

 原因があって結果がある。

 結果のその先に生じた責任は何があっても背負うべきで、将来にわたって果たしていくべき義務だ。


 ――『あんたのせいで……あんたのせいで!! 消えてよ! 消えろ! この悪魔!!』


 動きを止めていた脳内を、忘れかけていた暴言が駆けめぐる。


 拒否して、拒否して、けれどもまた循環してくる罵詈雑言。何度振り払っても、夢に現れる。意識を他に向けようとしても、洗っても消えない染みのようにこびり付いて離れない。


 ――『「あれ」は、私の大事な子を奪った悪魔なの』


 責任も義務も放棄した女の声が、イチカの頭の中で反響する。


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