第三十七話 碧の修行(3)
四日目、またもや来客あり。今度はより気心の知れた二人だ。
「よっ!」
「捗ってるかー?」
碧も思わず笑顔になる癒やし系コンビ、カイズとジラーである。
一方、何かの勘が働いたのかラニアが探るような眼差しで二人を見。
「あなたたち、打ち合わせでもしたんでしょ」
そう問えば、ギクッという効果音が聞こえそうなほどぎこちなく固まる二人。そのくせ「ななななななんのことだか」「そそそそーだよ何言ってんだ姉さん!」などと見え透いた嘘をつくものだから、碧は笑いが止まらない。
「やっぱり姉さんだけに任せるのは良くねーよな、って話になってさ」
隠し通すのは無理だと気付いたのだろう。程なくしてカイズがそう釈明した。
「昨日から、毎日交代で様子見に行こうってことになった」
兄貴は渋ってたから来ないかもしんねーけどな、と苦笑いしながらの言に、どんな様子だったか容易に想像がついた碧とラニアも揃って苦笑した。
道理で白兎が頑なに帰らないわけである。一応は同行者である以上、役割分担には従わねばなるまい。そういう義務感もあったのかもしれないが、果たしてそれだけだろうか。
(違う気がする)
今までの白兎なら打ち合わせたことを暴露した上で「あたいが来てやったンだから感謝しろよ」ぐらいは言いそうなもの。それが嫌味の一つも言わず、ごく普通に人間と接していた。何かしらの心境の変化かもしれない。人間への悪感情が少しでも軽減したのなら良い兆候だ。碧は心から嬉しく思う。
「でも今日四日目よね? イチカを数に入れたとしても、足りないんじゃない?」
「一日は副騎士隊長さんが来てくれるらしいぞー。残りは、オレたちのどっちかになるかもなぁ」
それは心強い、と碧は思う。彼の戦力は正直なところ未知数だが、『副騎士隊長』が名ばかりのものでなければ相応の実力者には違いない。ジラーはともかく、カイズはやはりなんとも言えない表情をしている。この二人とミシェル――正確にはレクターン王国の王女とその側近か――の間には碧たちの与り知らない何かが横たわっているらしい。
「そもそも、なんで二人いっぺんに来ちゃったのよあなたたち」
ありがたいけど、とラニアは心苦しそうな、かつ呆れたような難しい顔で指摘する。確かに常に二人一組である必要はないはずで、二人のうちの一人が別日にもう一度来るとなるとさらに二度手間感が増す。
「あーそれな、途中で気付いたんだよ。けどもう戻るよりこっち行く方が近かったからさ」
後頭部を掻きながらカイズが説明する。ばつが悪そうな様子もそこそこに、「別に全然苦じゃねーし、姉さんたちは気にすんなよ」と屈託なく笑う。ジラーも同意なようで、ほぼいつものことではあるが嫌な顔一つせず頷いている。阿吽の呼吸とはこのことだろう。碧は思わず吹き出してしまう。
「ほんと二人って仲が良いんだね」
怪訝そうな目を向ける三人にそう弁解すると、確かにねとすぐさま同調するラニアとは対照的に、二人の反応は思いのほか薄い。互いに顔を見合わせ、静止すること暫し。
「まあ、仲が悪いと思ったことはねーけど」
「仲が良いから一緒に来たってわけではないなぁ」
言葉遊びのような返しだ。奥歯に物が挟まったような言い方とも取れる。
「? どういうこと?」
「なんつーか、癖というか……あー、いいわ。それよりアオイ、ほんとにちゃんと集中したいときは言えな。姉さん気ぃ利くけど利きすぎるとこもあるから」
「ちょっとカイズ、どういう意味かしら?」
「えっオレ褒めてただろ」
不穏な空気が心外と言わんばかりのカイズに対し、ラニアは静かに首を振り、にっこりと微笑んで。
「中途半端な賛辞は中傷と同じよ」
「暴論!」
抗議の声は銃声に飲み込まれた。カイズの身体を紙一重ですり抜けた銃弾は、やがて若木にぶつかって止まった。回避が間に合ったのか、あえて外したのか、それは分からない。ただ一つ確かなことは、ただの牽制では終わらないということだ。
「キャー」と裏声のような悲鳴を上げながら逃げ回るカイズを、美しいのにどす黒い笑顔を貼り付けたラニアが銃を構えつつ追う。立て続けに数発、情け容赦なく放たれる弾丸。そこまで逆鱗に触れるような内容だったろうかと碧はふと思ったが、今はそれよりも気になることがある。
「癖、なの?」
不自然な切り上げ方で、さすがに理解した。はぐらかされたのだと。きっと誰にも踏み込まれたくない領域なのだろうと。それでも問わずにはいられなかった。
ジラーは困ったように笑うだけだった。笑っているのに、悲しそうな顔だ。思えばカイズも、レクターン王国が絡むと不機嫌になるけれど、同じくらい悲しい目をしていた。
(一体、何があったの?)
心の内をぶつけることは叶わなかった。
深い哀愁を漂わせたその横顔を掠める銃弾は、深刻な雰囲気をぶった切るには十分すぎた。
「次はぶち抜くわよ」
こめかみを、とやや淀んだ薄紅色の瞳が語る。有無を言わせない気迫にジラーはもちろん、碧も押し黙るしかない。狙いがジラーに逸れたことを好機と見たカイズは、そろりそろりと離脱を試みるが――その足下、靴の爪先部分に触れるか触れないかの位置に着弾。ラニアは顔どころか視線すら動かしていない。末恐ろしい才能である。
「自分だけは安全圏にいるなんて思わないことね! ホラホラもっと必死で逃げなさいよ! 当てちゃうわよ!? いいの?!」
「的にしなくてもストレス解消になる」と言っていた気がしたが聞き間違いだったのだろう。でなければ空耳か。少なくとも今のラニアは、昨日よりも初日よりも満ち足りた表情をしている。場所と時代が違えば「快っ感」とでも言いそうである。
ほとんど乱射状態、雨のように降り注ぐ弾丸を、カイズとジラーは文字通り死ぬ気で掻い潜り続ける。自尊心を傷つけられたからでも、見栄や虚勢を張るためでもなく、ただ「当たっていいわけがない」その一言に尽きる。
碧はそっとその場を離れた。聖域が広くて良かったと初めて思う。流れ弾に当たらない程度に、しかし目の届く範囲で距離を取り瞑想を始めるが、銃声と悲鳴で全く集中できなかった。
結局、ラニアの憂さ晴らしは昼過ぎから夕方まで続いた。
五日目。いつにも増してうるつや卵肌でご機嫌なラニア。碧はあえて理由は聞かなかった。
今日の訪問者はミリタムである。何やら物珍しそうに視線を巡らせながら歩いてくる。
「どうしたの?」
「ちょっと様子を見に……ああ、それはもうバレてるんだったね」
昨晩の夕食時。いつも何かと騒がしく存在感のあるカイズやジラーが、精根尽き果てた顔をして一言も喋らない。不思議に思ったミシェルが訊ねて発覚したのだ。一部始終を聞き終わった面々が、憐れみに満ちた表情でカイズとジラーを見つめていたのは言うまでもない。
「ほら、僕箱入り息子だったでしょう。ろくに外にも出たことないから、聖域も初めてで」
(“ろくに”?)
お上りさん然としていた理由をそのように説明するミリタム。初日も少しだけ訪れていたが、改めて来てみるとその神聖さに圧倒されたのだという。他方、五歳の頃にも家出のようなことをしていると聞き及んでいたため、「ろくに」に引っ掛かる碧たち。聖域には行かなかったからそのような言い方になったのだろう。そういうことにしておいた。
ラニアも碧も巫女の森が初聖域ではあったが、彼ほどは感動していない。長年外の世界に触れたことがないと、それだけ感情の振れ幅も大きいのかもしれない。少なくとも一回は彼の郷里ウェーヌから兎族の里まで大冒険をしているはずだが、それとこれとは別なのだろう。
「邪魔しないから、その辺散策してもいい?」
「いいよ」
そもそもの目的から外れている気もするが、完全なる善意で来てくれている彼らに文句は言えない。ミリタムは言葉通り聖域内を見て回り、木陰に座り込んで風を感じたりと、初めての聖域を満喫しているようだった。碧らもまた、久しぶりに穏やかに過ごせた一日だった。
六日目。ジラーが言っていたとおりミシェルが来たものの、援助金騒動の後処理で忙しいらしい。合間を縫って来てはみたがまたすぐに戻らなければならないそうだ。元々はこの町の窮状を打破するために遣わされた彼を、私利私欲のために引き留めていいはずもない。黙ってミシェルを見送った彼女らは、各々修練に励む。日光だけは規則正しく昇り、とっぷり沈んでいく。
七日目は再びミリタムがやって来た。ラニアは意外そうな顔をしていたが、碧にはなんとなく理由が分かっていた。消去法である。白兎は聖域と相性が悪く、また体調を崩しかねない。カイズとジラーはおそらく先日の突発的訓練がトラウマになっている。イチカは一貫して来る気はないようだし、ミシェルは連日多忙を極めている。
「ごめんね、また来てもらって」
「別に気にしてないよ。僕はここ結構好きだし、のんびりさせてもらうよ」
言いながら木陰を目指す彼は、二日前も今も手ぶらだ。イチカのように読書をする趣味はないのだろう。そして、何をせずとも長時間じっとしていられるタイプの人間のようだ。
「そういえば、ミリタムは修行したことあるの?」
「修行?」
「そうよ、その歳で【光刃】なんて使えるんだもの。ちょっとくらいはしてるでしょ?」
碧の疑問にラニアが乗っかるが、ミリタムは今ひとつピンときていない。まさか努力なしで、生まれ持った才能だけであの実力なのだろうか。人知れず嫉妬心を燃やすラニアを他所に、首を振るミリタム。
「貴方たちが考えてる修行と僕らの界隈で言う修行はたぶん違うから、単純に比較はできないけど、少し前に一度だけ。名門と言えども審査はあるから、対策のつもりでね。結構辛かったな」
何十何百と走り込み、滝に打たれ、血反吐を吐くような――そういった類いのものではないと言いたいのだろう。しかし、程度はどうあれ修行をしていたのはどうやら事実。ならば何故ただ頷かなかったのか。碧らの胸中の疑念に答えるように、ミリタムは口を開く。
「でも、今の僕の糧になったのはそんなものよりも、うんと小さい頃の経験じゃないかな。毎日夢中で魔法の練習をしてた。初めは知らないことばかりだったのが、どんどん自分の中に蓄積されていくのが楽しかった。それに、どんなに小さな一歩でも手放しで喜んでくれる人がいたからね」
遠い目をするその表情に、碧は見覚えがあった。初めてこの世界に来た日、防具を譲ってくれたラニアのそれと重なる。もうこの世にはいない誰かに思いを馳せる表情だ。
「それが何より嬉しくて、その人の笑顔が見たくて頑張ってたようなものだった」
過去形であることが、より一層確信を強める。
強さを得るためには厳しく辛い修練を重ねなければならないと、例外などないと思っていた。けれどもミリタムは難行苦行を「そんなもの」と一蹴し、自らの利益追求に特化した言わば「楽行」こそが成長に繋がったと説いた。
碧自身、一つも辛苦を伴わないこの修行方法には納得がいっていなかった。しかし、ミリタムの言葉を受けて、その認識は改めなければならないと感じた。強くなる方法は一つではないのだと。
そして、一週間経過後の翌朝。ラニアは少し離れた場所で射撃の練習をしつつ碧を見守っている。
すっかり日課となった瞑想の最中、碧の思考回路に干渉する声が響く。ヤレン・ドラスト・ライハントだ。
【お前が、ここまで懸命に修行に励む理由はなんだ?】
(あたしも自分で戦えるくらい強くなりたいの。守られるだけは嫌だから)
落ち着いた声調ながらどこか好奇心が垣間見える声に、碧は目を瞑ったまま心の中で答えた。作った言葉は何一つ無い。現在の心境をありのまま伝えたつもりだ。
ふぅ、と息を吐く気配がする。
【ひとつ訊ねよう。私とお前、何故こうして会話ができる?】
(それは……あなたの力があるからじゃないの?)
いくら彼女の生まれ変わりでも、碧は少し前まで日本で平凡な生活を送っていた中学生である。漫画の世界に憧れはしていたが、反面創作は創作でしかないことも理解していた。だから、実際にその身で体感するまでは心の内で会話できるなど夢にも思っていなかった。
【いや、違う】
推測に反して紡がれた否定の言葉に、碧は思わず瞑想を中止し目を見開く。
【私が前々からお前の思考にだけ働きかけられるのは、【思考送信】と言う神術のため。これは、古くは巫女同士の連絡手段として生まれた術だが、一方の神力が低すぎれば数秒と持たず途切れてしまうほどの不安定な術でもある。最初に【思考送信】をしたとき、お前の神力は決して低くはなかったが……安定して話し続けられるほどではなかった】
「そういえば……」
碧は初めてこの世界に来た日のことを思い出す。ヤレンの声は不規則に途切れ、雑踏の中にいるかのように様々な音が混じり、性別も分からないほどだった。会話を交わすたびに少しずつ靄が晴れたように聞き取りやすくなっていたが、今聞こえる声はまるで隣にいるかのように鮮明だ。そう、迷いなく『女性』であると断言できるほどに。
【聖域は、そこにいるだけで人々に力を与える。巫女の素質がある者ならば、永き時を経て蓄えられた神力を分け与えてくれる。私の見積もりが正しければ、一週間あれば十分な神力を補給できるはずと考えた。結果は今、身を以て実証しているだろう】
特段痛い思いも苦しい思いもしていないが、自身の成長は実感できる。ヤレンの言葉通りだ。また、碧自身気付いていないものの、彼女の纏う気はこの一週間で一段と目映く崇高になった。これは神力の流れをつぶさに見極められる巫女だからこそ感じ取れる変化であるため、一般人ではまず分からない。
【もし、お前に会えたなら……私から教えたい神術がある。それはきっとお前の――いや、お前達の役に立つはずだ】
ヤレンの申し出は、碧を十二分に高揚させた。自身の、そして仲間の役に立つ神術ならきっと魔族だって倒せる。先も見通せないほどの暗闇に、希望の光が差し込んだ。
「うん!」
【『巫女の森』にて待つ。それでは】
「うん……って、あ、待って待って! 【思考送信】を始めたいときって、どうすればいいの?」
慌ててヤレンの声を引き戻す。知識があっても、使い方を知らなければ意味がない。
【意識を脳に集中させ、伝えたい相手の名を心で反芻する。慣れれば反芻せずとも、相手に意思を伝えることが可能だ。私とは無自覚にできていたようだがな】
そういえばそうかも、と思いながら、碧は矢継ぎ早に訊ねる。
「ごめん、あと一個だけ! あたし、心を読めるようになったみたいなの。それって便利なことなのかもしれないけど、覗きみたいにならないか心配で……心を読まないようにする方法があったら、教えてほしいの」
具体的な経緯を伝えたわけではないが、思い浮かべた内容をそのまま相手に伝える【思考送信】で大体の状況は把握したらしい。ヤレンは吐息とともにふむ、と呟き。
【意図せず読んだことは? 誰かとすれ違うたびに声が聞こえることは?】
「今のところはないけど……」
【それならほとんど心配は要らない】
ヤレンによれば、心を読む能力は巫女としての素養がある人間なら誰しもが初期段階で身につけうるものだという。人によっては神術よりも先に体得するのだそうだ。反面、神力の制御もままならない見習いのうちは誤って他者に干渉し、心の内まで暴いてしまうことがある。そういう意味では未熟の象徴と捉える者もいるらしい。碧の場合、自らの意思で特定の他者の心を読み取ったことから、力の暴発ではないと言える。
巫女が普通の人間の心に働きかけようとするとき、互いの波長を合わせることが第一条件となる。でなければそもそも声すら聞こえないのだ。今回碧が心を読めたのは、口には出せないが誰かに打ち明けたいことがある相手と、相手の真意を知りたい碧の言わば「需要と供給」が一致したからだろう、とのことだ。
【制御に関しては上出来のようだな。だが決して気を緩めるな。この修行でお前の神力は以前とは比較にならないほど増幅した。内に留め続ける努力を怠らないことだ。たとえ僅かに滲み出た神力でも、お前の気付かないところで誰かに影響を及ぼしているかもしれないということを常に念頭に置いておけ】
「分かった。ありがとね、ヤレン」
強い意志で頷くと、脳に響く言葉が途絶えた。
「さーてとっ! それじゃ早速【思考送信】してみ、」
一時は気を引き締められてもやはり十四の少女。自らの成長は全身全霊喜びたい。舞い上がった気持ちのままくるりと一回転したその刹那、銀色が視界の隅でなびく。
あれ、と思うより先に景色が揺れた。今ほどの回転が原因にしては長い眩暈。目に映るものが二重にも三重にもなり、さすがに少し長めに瞼を閉じる。
「っと、ととと」
「アオイ?!」
自らの意思とは正反対に、身体が仰向けに倒れていく。ラニアの慌てふためく声と、同様の困惑顔が遠い。背中が完全に草の絨毯に接した途端、今まで感じなかった疲れがどっと押し寄せてきた。
「ちょっと、大丈夫?!」
「ん、思ったより疲れてたみたい」
「もう……」
碧が力なく笑うと、ラニアは眉根を寄せながらも傍らで膝をつく。彼女は知っているのだ。起床を遅らせようと提案したその日以後も、碧が早起きしていたことを。さすがに一人で外へ出ることはなかったが、誰もいない居間で正拳突きなど空手の型を繰り返していた。聖域に着いても同じことをひたすら反復する姿はストイックと言うほかない。健気な姿勢に心打たれたラニアはもう小言は言うまいと自らに誓ったのだ。その分無理が祟って倒れる可能性も跳ね上がるから、何が何でも側にいるようにしたが――かくして懸念は現実に。
憂慮の溜息がどれほどの思いで吐き出されたのか露知らずの碧は、倒れる前のことを思い出していた。あまりに一瞬だったため、見間違いだったとしても無理はない。しかし、あれほど分かりやすく特異な色を何と見間違えるというのだろう。
「ねえラニア、さっき……」
「ん?」
ちょうどラニアが返事する直前、小鳥のさえずりが割って入る。驚いて視線を上げると、枝上で羽を休める姿がいくつも見える。自然と言えば真上に傘のように広がる大樹とそれを取り囲む種々の草花だけと思っていただけに、生き物の息吹さえ新鮮だ。
馴染みのない気配を警戒して隠れていたのか、それとも碧らの方が気配に気付かないほど集中していたのか。真相はどうあれ、耳を澄ませば確かに聞こえてくる生命の息遣い。
「こんなに動物いたのね」
「みたいだね」
最終日にして聖域の住人たちの声が響き渡るこの状況、まるで試練完遂を称えているような、あるいはお疲れ様と労っているかのような、はたまた祝福しているかのような。偶然と言ってしまえばそれまでだが、そうとも言い切れないのはここが聖域であればこそ。
半ば呆然としながらも、心地よい音色に身を委ねるうちいつしか眠気に包まれる二人。日没まではあと二時間ほど、目標も達成したことだし少しくらい、と思ってしまうのも無理はない。
束の間のうたた寝から目覚めた時にはすっかり橙色の空。慌てながらも足取りは軽い。少しだけ、それでも確実に一歩前進した碧は、胸を張ってラニアと共に仲間たちの元へと歩き始めたのだった。




