第三十五話 碧の修行(1)
翌日昼下がり、一行は再び町長邸を訪れた。午前中に援助金の件について触れ回っていたようで、町長邸の敷地は各区の代表者を初めとした町人たちで埋め尽くされている。
説明を引き受けたミシェルは用意された演台に上り、援助金騒動の顛末を伝えた。ただし、犯人が事もあろうにサモナージ帝国の皇子だったとはさすがに言えないので、所々濁しての説明だったが。
滞っていた支援金の配布はこれから数日かけて行われるそうだ。口座などはないこの世界、一軒一軒周って手渡しとなる。堅実に暮らして一月分ほどの生活費とのことで、決して贅沢はできないが、これまでのように行き倒れる人は少なくなるだろう。一月後以降の支援については、財政再建や復興の進み具合を見ながら検討していくという。援助金騒動が無事解決したことで、貧しい町は少しだけ活気を取り戻した。
説明が終わるや、わっと群がるレイリーンライセルの民。中には喜びの涙を流す者もいる。勇気を称えられ、神とまで崇められ、誇らしげに照れくさそうにそれぞれの声に応える一行――否、ミシェル。一行は蚊帳の外からそれらを眺めているだけである。
当然と言えば当然の帰結と言えた。皇子のことをぼかしたはいいが、一行のことまでぼかされてしまったのである。「我々は悪しき輩から命の綱を奪還した」程度のことしか言っていないのだ。聴衆は王国騎士が派遣されていることは知っていても、彼らが助っ人を頼んだことまでは知らない。一緒くたにされてしまえば一行も組織の一員でしかない。そして、目覚ましい功績を挙げたのは組織でも、それらを引っ張った主導者が評価されるのが世の常。今現在ミシェルだけが称賛されているのはそういう仕組みである。
「あんたほど勇気のある若造はいねえ! どうだ? ずっとこっちで暮らさねぇか?」
「レクターン王国の副騎士隊長殿がいれば、この町も安泰ですわ」
「いえいえ、国の決まりなので。あ、何なら“副”は省いて結構だよ。いずれ隊長になる可能性も十分にあるから」
などと、冗談とも本気とも取れる発言をするミシェル。近い将来、彼がオルセトを隊長の座から引きずり降ろす時が来るかもしれない。
かつては多くの若者が暮らしていたこの町も流出・過疎化が進み、現在では人口の七割を高齢者が占める。三六十度見渡しても、見えるのは白髪の生えた、あるいは頭髪もない御老人だけで、小さな子供の姿はほとんどない。
「それはそうと隊長殿。後ろの奴らは……?」
ミシェルの周りに出来た人垣。その中の老人がさりげなく持ち上げつつ、怪訝そうな顔で後ろ――イチカたちを指さす。気配を察したのか、老人たちに背を向けているイチカの眉がぴくりと動く。
今の彼は相当に機嫌を損ねていた。それというのも、今回の事件が完全なる茶番だったから、というのが大きい。助けを請うてきた割にほとんど緊張感のない展開の末、ミシェルたちだけで呆気なく解決できていた。言わばイチカらの存在は完全に「空気」だったのだ。
ミシェルは少しだけ視線を泳がせてから、ああ、と曖昧に答え、次には陽気な笑顔を浮かべる。
「なんだか迷子になったらしくてねー、しょうがないから中に入れてあげたんだよ」
はっはっは、と自らを囲む御老人と大いに爆笑するミシェル。笑い声が上がったその瞬間、イチカが剣の柄に手をかける。
間違いなく、彼は本気だ。その身から溢れ出る鋭気は、紛れもない殺意である。それに気づいたカイズとジラーは宥めにかかるが、最早イチカの耳には何の音も入ってこないようだ。
「イチカを連れて、この場を離れた方が安全だと思うよ」
「あたしもそー思うわ」
「あたしも……」
「それじゃ、てったーい!!」
ミリタムの冷静な判断により、イチカはほぼ強制的にその場から回収、一行もそそくさと退散したのだった。
「いや~悪かったねえ。本来なら君たちが浴びるはずだった熱視線を、オレが浴びちゃって」
それから数刻後。ミシェルはやはり満ち足りたような笑みを浮かべて、あのグロテスクな家へと帰ってきた。そんな彼を、目が合うや冷たい眼差しで一瞥するイチカ。一行は背筋が凍る思いがしたが、さすがはレクターン王国副騎士隊長、『凍り付くような殺気』に身震い一つしない。
「はいはい怒らなーい。主役の座を奪ってしまったのは謝ろう。その代わり、と言っちゃあなんだが、実はこの近くに聖域があるのだよ」
「聖域?!」
その言葉にいち早く反応したのは碧である。
巫女が修行するにはもってこいの場所――サトナより情報を得たその時から、とにかく早く聖域に行って修行したかったのだ。
(サトナさんは「修行は必要ない」って言ってたけど)
いわゆる前世補正なのだろうが、前世がどれほど才能に溢れた巫女だったとしても、今生はただの中学生。努力なくして成長も勝利もない。少年漫画の謳い文句のようなストイックさが見え隠れする碧である。
一方のイチカは、ますます苛立ちが募っていた。主役の座などどうでもいい。目立ちたかったわけでも、ちやほやされたかったわけでもない。ただ助っ人を頼んだのなら、たとえ活躍がなかったとしても、頼んだなりに一言労いの言葉を付け足すぐらいしても良かったのではないか。他人の時間を奪った重みを理解しているのか――等々、言いたいことは山ほど頭の中で渦巻いていたが、予想外に乗り気な声が上がってしまい口を閉ざすしかない。
「ほんとにあるんですか?!」
「ほんとに、というと?」
すでに周りが見えていない碧、イチカの燻った怒りなど知る由もなく詳細を話し出す。すなわち、この町に入る前の出来事。王国騎士の一人が、わざわざ芝居を打ってまで一行を見極めようとしていたこと。
騎士の心の声通りなら、あの一連の流れはその場しのぎのでっち上げだったはず。嘘から出た実か、あるいは聖域のことだけ無意識下で覚えていたのか。
「ああ、なるほどね。不快な思いをさせてしまったことは申し訳なかった。彼の代わりに謝るよ。でも、彼なりに色々考えた結果だと思うから、許してやってほしい」
「大丈夫です。それで、どこにあるんですか、聖域は?」
両手を組み合わせ目を輝かせて訊ねる碧に、ミシェルは少々芝居がかった口調でにっこりと微笑んだ。
「よし。それじゃあ今回の勇者たちのためにご案内しよう」
調子の良さにイチカが舌打ちを零したのは言うまでもない。
療養のため離脱した白兎以外の面々が、ミシェルについていくこととなった。聖域への道中で魔族が現れる可能性も否定できないためだ。もちろん白兎の方も安全とは言えないため、巫女の森を発つ前にサトナからもらった魔除けの護符を貼ってある。なお、イチカは一行の後方で飽きもせず殺気を放ち続けている。
レイリーンライセルの中心部から更に南へ下り、遠くに海が見える野原に出た。そこから眼下に海を臨める高台へと続く道を登り、辿り着いた場所には、天まで届きそうなほど真っ直ぐで巨大な樹が一本。たったそれだけという、寂しい空間が広がった。
だというのに、誰もその異質さを口にはしない。むしろ皆、えも言われぬ温かささえ覚えていた。
「聖域、ですね」
碧がぽつりと呟く。巫女の森とはまた違う、優しさのある場所。そして、邪なものを寄せ付けぬ聖気が満ち溢れている。
「名前は特にないんだよ。救いの巫女様がこの世界を救ったときにはあったそうだが、ここを治める巫女はいなくてね」
「治める巫女さんがいなかったら、名前は付かないんですか?」
うん、とミシェルは頷く。
「一般に聖域と呼ばれる空間は、巫女が名を付け、治めることになっている。さすがにここまで殺風景な所は、誰も治める気にならなかったんだろうね」
「そうなんですか……」
碧はミシェルから視線を戻すと、目の前の樹を見つめたまま暫し黙考する。
「あの。一人にしてもらっていい?」
「なんで?」
たった今説明していたミシェルも、一行も目を見開き、皆が碧を凝視する。自分がどんな立場か、今さら忘れるはずもあるまい。ともすれば愚問とも言える申し出に、動揺を押し隠して訊ねたのはミリタムだ。
「落ち着いて修行したいから、かな。たしかにあたしは、魔族に狙われてるから一人じゃ危険。でも、ここなら魔族も襲ってこないような気がするの」
「気がするって、襲ってきたらどうするんだよ?」
カイズやジラー、ラニアは心配顔である。普通とは異なる異質な空間。そこにいるだけで背筋が伸びるような張り詰めた空気。荘厳で神聖なその場所が聖域であると肌で感じても、それとこれとは別なのだ。保証のない不確かなものを信用できるほど、ラニアらは信心深くない。
「それはまあ、しょうがないけど……でも今回は、ホントに大丈夫だと思うから」
ぐっと拳を握りしめる碧の視線は、やがてイチカに向けられる。最終的な判断は、リーダーである彼に下してもらう必要があると思ったからだろう。その視線の意図に気づき、イチカはちらと碧に目をやる。
相変わらずの無表情だが、出会った当初のように嫌悪感を如実に表現することはない。放っていた殺気は幾分か抑えられ、目が合っただけで刺し殺されそうなほど威圧的な眼差しも影を潜める。
「おれが口出しする権利はない。決めたのはお前だ」
つまり、問題ないということだろう。当然と言えば当然の返答が紡がれ、確かにこちらを向いていた銀色の瞳はついと逸らされた。碧は自分の意見が通ったことに安堵する一方、心の片隅に小さな穴が空いたような奇妙な感覚を抱く。
彼が心に負った傷は深い。直接は無関係でも、凄惨な過去を思い起こさせる碧の存在はやはりまだ認められないようだ。その心的距離が態度に表れている。白い少女と約束したからと言って、何が何でも側にいるということはないらしい。
(だから寂しい、のかな)
今後彼が心を開くことがあれば、この空虚さは埋まるのだろうか――。
「本人が一人にしてくれと言っているんだし、留まるのはかえって悪いだろうね。道は、覚えている?」
自問したところで答えが見つかるわけでもない。ミシェルの言葉に我に返り、首を縦に振る碧。それを確認したミシェルと一行が、元来た道を引き返そうとして。
「待って。あたしは残るわ」
「ラニア?!」
困惑する碧を見て、ラニアは真剣な顔から一転ウインクしてみせた。
「言っておくけど、“一人にして”って言われて一人にさせるあたしじゃないわよ? 魔族に狙われてる友達を放って行けるもんですか」
「でも、」
カイズが首を左右に振りながら、碧の肩を叩く。
「姉さんは、言い出したら聞かないぜ。止めても止まらないからな」
カイズにつられて、ジラーも苦笑する。ミシェルもミリタムも僅かに微笑み、その場に穏やかな空気が流れた。
「いいわよね、イチカ?」
「……構わない。だが無理はするな」
ラニアの語調は有無を言わせない。それこそカイズが称したとおり「止めても止まらない」のだ。「あなたが放棄した職務をあたしがやるって言ってるんだから文句ないわよね?」との嫌味も言外に含まれているだろう。それが分かっているから、イチカは反論せず忠告に留めた。小さく頷いて、身を翻し町の方向へと歩き始める。それに気づき、互いに笑い合っていた一行やミシェルも彼のあとについていく。
少し進んだ先でカイズとジラー、ミリタムが振り返り、碧とラニアに手を振る。
「つーわけで、じゃーな姉さん、アオイ!」
「暗くなる前に帰って来るんだぞー」
「頑張ってね」
それぞれが言葉を贈り、五つの影は小さくなってゆく。
やがて影すら見えなくなった頃、碧は隣に立つ少し背の高いラニアを見上げた。視線に気付いたのか、小首を傾げて微笑みかけてくる。たったそれだけなのに、碧は眼の奥が熱くなるのを感じた。決壊しそうになるのをなんとか堪える。
「ありがとう、ラニア」
「どういたしまして」
「あたしね、ほんとは怖かったんだ。でも、みんなに迷惑かけたくなくて」
修行に集中したいと思ったのは嘘ではない。なんとなくではあるが、襲撃はないだろうと思ったのも事実だ。けれどもそれ以上に、誰かが傷付く姿はもう見たくなかった。
仲間が血を流すくらいなら。自分一人の犠牲で済むのなら。この聖域に一人で残る、それが最善の選択だと。
固めたはずの決心は呆気なく揺らいだ。大丈夫だと口では言っても、不安感は拭えなかった。勘が外れて、以前のように魔族が襲いかかってきたら。想像したくないのに、頭は最悪の事態を焼き付ける。頼りたい、頼ってはいけない。終わりの見えない底なし沼のような葛藤と、ずっと戦い続けていた。
「あら、誰だって多かれ少なかれ誰かに迷惑かけてるのよ? 『お互い様』って話よ」
あっけらかんと放たれたその言葉に、内に沈んでいた碧の思考が停止する。
「っ、はははははっ!」
唐突に笑いが込み上げた。事も無げに言い切られたものだから、懊悩も懸念も全て吹き飛んでしまった。自分で思っていた以上に追い詰められていたのかもしれない。
(もうちょっとだけ、頼ってもいいのかな)
寄りかかりっぱなしではいられない。やはり、最低限自分の身を守れるくらいは強くならねばと思う。
しかし、差し伸べられた手は掴んだっていいのではないか。
その結論に行き着くと、碧の心は急に軽くなった。暗く淀んだ空が晴天に変わるように、ごちゃついていた頭も明瞭になる。心理的な余裕が生まれて、その結果――何故か笑いが止まらなくなった。いよいよ涙まで流れ出す。押し殺していた感情が、違う形で発露したかのように。
「なによ~、そんなにおかしなこと言ってる?」
「ははっ、ごめ……あはははは!!」
「んも~。ふふっ」
端から見ればツボに入って大爆笑している図である。笑い止む気配のない碧にラニアは膨れっ面を向けるが、やがて小さく息を吐いてその様子を見守る。少し前までと打って変わって、憑きものの取れたような晴れやかな笑顔。何か心境に変化があったのかもしれない。そのきっかけは、もしかすると自分の些細な一言だったのかもしれない。そう考えると、とても怒る気になどなれない。
碧が笑い疲れて息切れするまで、ラニアはずっと彼女に温かい眼差しを向けていた。
「それでさ、ラニア」
空は青く澄み渡っていて、所々に小さな雲が浮かんでいる。
地球にいるときと同じように日は昇り、沈む。夜には無数の星々と、月のような天体が優しく輝く。この景色だけを見ると、自分が異世界にいることが嘘のようだ、と碧は常々思う。
散々笑ったあと、碧は草地に大の字になってぼんやりと空を眺めていた。本来の目的を忘れたわけではないのだが、少し頭を空っぽにしたかった。隣で同じように寝転がり空を見上げる友人の名を呼ぶ。
「ん?」
「あたし、なにすればいいと思う?」
「そうねぇ」
しばらく唸り声だけが続いたが、巫女でない彼女に思い浮かぶはずはなく。
「ごめん、分かんないわ」
「ううん、いいよ」
(サトナさんかヤレンがいれば、やること分かるんだろうけど)
【呼んだか……】
二人以外の人間はいないはずの聖域に、応じるように響く声。その独特な声調に聞き覚えがあった碧は、反射的に身を起こした。
「どうかしたの?」
複数の人間の声を組み合わせたような声は、決して周りの人々に届くことはない。なにか特殊な方法で、碧にだけ働きかけるらしかった。ラニアが物珍しそうに見つめていることに気付き、小さく頭を振る。
「あ、ううん」
(ヤレン、だよね?)
【そうだ……】
心の中で問い掛ければ、一瞬の間を置いて返ってくる肯定。想定していたとおりの人物と分かり、強張っていた身体の緊張が徐々に解れていく。限りなく本人だと分かってはいても、ヤレンでない可能性も否定はできない。
【疑り深いな……】
ふっと、少しだけ微笑むような声色。心の声で会話するということは、どんな雑念も気を抜くと筒抜けになってしまうということだ。
【狙われる側の人間としては……良い心がけだ……今後も怠るな……】
褒められたようなので悪い気はしないものの、あなたが喚ばなければこんなことには、と思いかけて心を無にする碧。少しは届いていただろうが、追及の声は聞こえてこなかった。
(ちょうどよかった、訊きたいことがあったの。今聖域にいるんだけど、巫女の修行って何をすればいいの?)
目を瞑り、返答を待つ。山ごもりか、滝行か、火の上を歩くのか。そこまで考えて、海沿いの丘でできることではないなと思い至ったが――たとえどんな修行であろうとやり遂げてみせる。強い意志が碧に芽生え始めていた。
【……一週間……休むことなく聖域へ行くことだ……そうすれば自ずと……お前は修行を終える……】
聞こえてきた答えに、碧は自らの耳を疑った。修行どころかハイキングのような気軽な内容だ。
(断食は? 瞑想は?)
【面白いことを想像しているようだが……それらは必要ない……】
(どういうこと?)
その後、どれだけ待っても返事はなかった。
一週間通い続ければ、修行を終える。まるで、通うだけでいいと言われているようだ。修行の定番も面白いの一言で片付けられてしまった。
しかし、そんな旨い話があるだろうか。力を手に入れるためには、過酷な修行は付きもののはず。
(もしかして、ヤレンもあたしを試してる?)
先へ進むにつれて課題の難易度が上がるのは二次元でもよくある話。サトナの試験を突破したとなれば、彼女よりも上位のヤレンから高難度の試練を課されても何ら不思議ではない。
なんにしても、一週間後にはヤレンの言葉の真意が見えてくるだろう。そこでようやく、厳しい修行への道が開けるのではないか――。
「――ィ、アオイ? アオイ?!」
「っ!? あ、ラニア……」
よほど没入していたらしい。碧は随分長いこと自らに向けられた呼び声に気付いていなかった。目の前に現れ両肩を掴んで揺さぶるラニアを見てやっと、現実へと意識が戻ってくる。
「どうしたのよ? さっきからぼーっとして」
こちらを覗き込む薄紅の瞳は憂いを帯びていて、ともすれば泣き出しそうだ。それほどまでに心配させてしまったことに、碧は胸中で反省する。
「うん。実はね、今ヤレンと話してた」
「え!?」
「それで、「どんな修行をすればいいの」って聞いたら、「一週間休まずに聖域に行け。そしたら修行が終わる」って……なんだかよく分かんないこと言われて」
最初こそ驚愕の割合が多数を占めていたラニアの表情は、段々と不信感を示すそれへと変化していく。碧の説明に対するものではなく、ヤレンの回答に対する心情が表に出ているのだろう。気持ちは分からないでもないが、今の状況を打破できるかもしれない唯一の光明なのだ。碧は慌てて手を振り明るく振る舞う。
「で、でもそれで修行になるんだったら、一週間なんて軽いよね!」
「……そうね。それでなんにもならなかったら、ヤレンを気が済むまで恨めばいいしね!」
巫女の森ではヤレン“様”と呼称していたはずだが、もはや呼び捨てである。影が差した表情のまま、ぐっと拳を握りしめるラニア。その手に何かを持っていたなら、おそらく握り潰していたことだろう。白くしなやかに伸びる女性らしい腕にくっきり浮かぶ血管が、どれほどの力を込めているかを表している。
「うん!」
(ラニア、なんかコワイ)
笑顔を見せるものの、心の中は正直であった。
何もしないのも落ち着かないということで、とりあえず碧は昔習っていた空手の型をおさらいすることにした。空手そのものに憧れているラニアも途中参加し、巫女としての修行というよりは武術の稽古のようになっていた。




