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第三十二話 ほんの少しのすれ違い(2)

 白兎ハクトと大鬼エグロイが激突する少し前。

 ひとまず当初の目的地を目指そうと暫し北上していたイチカら一行だったが、ミリタムに呼び止められる。その理由というのが――


「これ、念のためと思って展開しといた探知魔法なんだけど」


 そう言いながら差し出された両手のひらには、本来あるはずの手相に代わり簡素化された地図が反映されていた。右手人差し指の付け根辺りで青く点滅しているのが一行らしいが、他に赤と緑の点が一つずつ、左手のひらを移動している。


「明らかに人間じゃない生き物が引っかかったみたいだね。赤色がそう。さっきまで僕らの側にいたんだけど、白兎が離れた途端――緑色がそれね――追うように遠ざかっていってる」

「人間じゃない、って」

「さあ? 魔族ってやつじゃないかな」


 肩を竦めてみせるミリタム。冷静に語ってはいるが緊急事態である。事の重大さが分からない面々ではない。


「それじゃあ、白兎が危ない!?」

「おそらくね。どうする、リーダー?」


 あおいの懸念に答え、次いでイチカに訊ねるミリタム。イチカは数秒黙考し、口を開く。


「その“人間じゃない生き物”の判断基準が今ひとつ分からないが」

「申し訳ないけど、半自律型の魔法でね。独自の基準で弾き出してるみたいだけど、僕らにはそれが何かまでは分からない」


 なんとも曖昧な表現である。魔法がいかなるものか詳しく知る術を持たないイチカら相手なら、いくらでもごまかしが利きそうだ。彼の言い分が真実なら仕方ないが、都合の悪いことを隠すための口実と取られても文句は言えない。

 

 誰が仲間なのか、そうでないのかがはっきりしない現状、全てを鵜呑みにするのは危険だ。ただ、全てを疑ってかかるのも非効率には違いない。イチカは小さな溜息を一つ零し、ミリタムを見据える。

 

「仮に本当に魔族だとすれば、用のない奴から一人ずつ確実に仕留める方針に転換したのかもしれない。こっちに留まらずあいつを追ったのも納得がいく」

「そ、んな」


 イチカの推測に、力の抜けた様子で反応したのは碧だった。


「白兎は、何も関係ないのに」

 

 ひどい罪悪感で頭がくらくらする。イチカらを巻き込んでしまったことにも負い目はあったが、よりにもよって自分以外の誰かから殺そうとするなんて。

 青ざめる碧を心配そうに見てから、ラニアはきっとイチカを睨めつける。もう少し言葉選びなさいよ、と言わんばかりの視線は刺さっているのかいないのか、涼しい顔に特段の変化はない。その代わり、死角にいるカイズとジラーが肝を冷やしていた。


「案内を頼む」

「了解。こっち!」


 勢いよく駆け出すミリタムのあとをイチカ、カイズとジラー、ラニアと碧が追う。ミリタムはさすがに手のひらを見ながら走ってはいないが、頻繁に握り拳の甲を見ている。地図ではなく、方位を示す黄色い矢印が浮かび上がっていた。術者の意思に応じてその役割を変化させる、それが『半自律型』と呼ばれる由縁なのだろうとイチカは思う。


「時間はどのくらいかかる?」

「今のスピードで行けば約五分! もしかしたら戦闘になってるかもしれない!」


 拳をちらりと見たあたり、時間も表示されているのだろう。魔法というとどうしても炎や雷などの攻撃魔法を連想してしまうが、こういった使い道もあるのかと素直に感心するイチカであった。

 

「白兎、大丈夫かな?」


 彼らの後方を走る碧は不安感が拭えなかった。どうかただの杞憂であってほしい。願う心とは裏腹に、焦燥は募るばかり。独り言とも問いかけとも取れる碧の言葉にラニアは俯き、躊躇いがちに告げる。


「正直、分からないわ。相手の強さにもよるし」


 ここで綺麗事を言わないのがラニアらしい。碧も、根拠なく押し通されるより好ましいと思う。そうは言っても、人の生死に関わること。表情は固く沈んでいく。


「でも、白兎もかなり強かったじゃない? だからまだ、信じてみましょう」

「そう、だね」


 麗しい笑顔に碧もできる限りの微笑みで応えるが、上手く笑えていたか自信はない。内心を埋め尽くす心配、恐怖、後悔に押し潰されそうだった。

 間に合ってほしい。切実な思いを抱えながら、碧は仲間たちと共に木々の合間を駆け抜けた。





 鬼の半身を焼き尽くし、実質片手と片足にまで戦力を削ったのに、白兎は劣勢のままだった。

 理由は二つ。相手の速度と、並外れた力のためだ。


 エグロイの移動速度は白兎を圧倒していた。後れを取ることはないが、少しでも油断すれば間違いなく捕まる。まさに「鬼ごっこ」然とした緊張感が、常に神経をすり減らす。

 そして、力。

 絶妙な追随、そのあとに放たれる拳や脚。それらに加わる圧までもが攻撃手段となる。辛うじて避けていたのでは間に合わない。


 しかし彼女がその事実に気付いたのは、もう数え切れないほどの手傷を負ってからだった。

 既に身体も精神も満身創痍。戦闘開始時は上回っていた俊敏さは見る影もなく、まともに攻撃を食らい地を転がる。


 そこからは大鬼の独壇場であった。

 立ち上がろうとする白兎を蹴り飛ばし、殴りつけ、その繰り返し。


 いくら戦いを好む獣人族とはいえ、魔族の足元にも及ばないことを思い知る。相手が五体満足だったなら、もっと早く決着がついていたかもしれない。無力さを嘆くべく拳を地面に打ち付けたが、弱り切った身体では凹みすらしなかった。


(畜生……ッ!!)


 殺すならひと思いに殺せ、と叫びたくなるほど、エグロイは致命傷を負わせなかった。じわじわと嬲るような攻撃ばかりなので、痛みは感じても死ぬには意識がはっきりとし過ぎている。これまでもそうして、いたぶった人間たちが曝け出す『恐怖』と『絶叫』を楽しんできたのだろう。

 

 すっかり無抵抗になってしまった白兎を見て、鬼は露骨につまらなさそうな顔をした。落胆の溜息に未だ残る人間の臭い。嫌気が差すが、顔をしかめる気力さえない。


「気の強い獣人だからどれほどのものかと思えば……所詮はこの程度、人間と同じか」


 横たわる白兎の頭を掴み、その凶悪な顔の前まで持ち上げる。


 “人間と同じ”。


 兎族うぞくを愛し、兎族であることに誇りを持つ白兎にとってはこの上ない侮辱である。永年自分たちを虐げ苦しめてきた下等生物と同じだなどと。

 戦いの序盤に同様の台詞を吐いていたなら「ざけンじゃねェ」と殴りかかっていたであろうが、今や俎上の魚である白兎はただ気怠げに弱音を零すだけだった。


「へッ、喰えよ。言っとくがあたいは、美味くないぜ」

「相変わらず強気な獣人よ。さっきも言ったが、本当に美味いのは恐怖と絶叫だ。生きたまま喰う瞬間が最高に美味い。生肉なんぞはただの飾りにすぎん。言いたいことがあったら言わせてやろう」

「ねェよ、ンなモン……」


 白兎は投げやりになっていた。一族の長が情けないと内心で叱咤してみても、身体が言うことを聞かない。


(離れなきゃ良かったな)


 そんなことと同時に、先ほど絶交した人間たちの姿が一瞬だけ脳裏に浮かんで、状況も忘れるほど放心した。

 

 憎い。むごい。群れて強がり、短命なくせに大きな顔で威張り散らす低俗な生き物。仲間を、最愛の両親を奪った許しがたい生き物。白兎にとっての「人間」とは、そういう存在だった。

 

 とはいえ、実際に魔法士たちと出会うまでは里の者たちの勝手なイメージや巡回に出ていた仲間からの証言に頼っていたため、本当に人間全てがそれほどの鬼畜なのかは実のところ白兎自身も掴めていなかった。ただ、仲間をたくさん殺したという事実と、噂されるだけの残虐性が根拠となって、反発心と嫌悪感ばかりが大きく育っていた。

 彼らは、そんな白兎の固定観念を悉く覆した。


『魔王を倒しに行く』


 兎族の縄張りまでやって来た銀髪の少年は迷いなくそう答えた。群れてはいたが、強がってはいない。ただ事実を事実として捉え、おごることなく立ち向かおうとしているのを感じた。


『同じ目的を持った仲間だから、助けたいのよ』


 リヴェルにて、銃声の恐怖に突き動かされるまま逃げ回った果てのこと。見て見ぬふりもできただろうに、彼女らは子どもの悪戯を諫めその手から白兎を解放した。白兎からすればぽかんとしてしまうような台詞を伴って。

 

 仲間などではなく、あくまでも同行者としての立ち位置だったはずだ。子どもに言い聞かせるために覿面てきめんだったのかもしれないが、白兎には理解しがたかった。

 一方で、その言葉を聞いた一瞬、何故か日なたぼっこをしているような気分になったのだけれど。

 

(ワケ分かんねェ)


 里の宝である人参を嫌いだと抜かすし、銃声はいちいちうるさいし、お節介だし、いけ好かないことはまだまだある。

 他方、耳にしていた残酷さとか、傲慢さといった救いようがないほどの欠点はこれまでのところ見当たらなくて。

 

(思ったほどじゃなかった)


「哀れなヤツだ。それがお前の最期の言葉になるんだからなぁ!!」


 随分長いこと物思いに耽っていた気がした白兎だが、実際はそうでもなかったらしい。本物の『鬼』が吠えている。獰猛な顔と牙が間近に迫っていた。

 白兎は観念したように瞼を閉じて――


「【滅獣(ギガ・ビースト)】!!」

「なにっ……!? ぎゃあああっ!!」


 放り投げられた白兎は朦朧とした意識の中で、それを見た。大鬼を包み込んで爆ぜる目映い光。

 声変わりして間もないような少年の毅然とした詠唱と同時に炸裂したそれは、二年前に自らが浴びたものよりも、最近異世界の少女に放たれたものよりも威力があった。正真正銘の、熟練した魔法士が扱う魔法だからだろう。たった二年で精度に磨きがかかるほど、彼は成長したのだ。

 光に苦しむ大鬼の向こう、緑髪碧眼の少年を認めた途端、力なく笑みが零れる。


「ちッ。ませガキが」


 上級と言っても差し支えない光の散弾をその身に受けてなお、鬼は倒れなかった。ミリタムは間髪入れず両手を天にかざし、魔法を発動させる。


()は輝々たる刃・駆けたる閃光・今金色なりて・闇を切り開かん! 【光刃(シャイン・クロウ)】!!」


 ミリタムの手のひらから生まれ出た無数の光の刃は、目にも留まらぬ速さで目標へ――エグロイへ向かっていく。


「【光刃】ですって?!」


 一方、やや遅れて到着した一行は出る幕はないとばかりに観戦を決め込んでいたが、ミリタムの口上と眼前の光景に大層驚いた様子を見せたのはラニアであった。なお、碧も全く別の意味ではあるが動揺を隠せない。

 

「今シャインなんとかって、」

「ええ。魔法士が使える技で、最強って言われてるの。どうやら本物みたいね」

 

(そーゆーとこは英語なんだ。そういえば【滅獣】も英語か)

 

「ラニア、信じてなかったの?」

「そう簡単に信用できないわ。独学で魔法を編み出してる人なんて星の数ほどいるもの」

「そうなんだ」


 魔法の一部自由化による弊害か――。


「準魔法を応用すれば、通常の攻撃魔法に近い魔法を発動できるようになるのではないか」。


 そう考えた研究者たちが、独自に協会を立ち上げてから数百年。その人気は衰えることなく、未だ各地に続々と支部が建てられるほど。


 サモナージ帝国はというと、自国の決定事項から生じた結果であること、また帝国居住歴のない者たちばかりであることから手出しできず、彼らのことは事実上黙認している。


「ちいっ! こんなもの!」


 さて、すっかり油断していたエグロイだが、思わぬ反撃を受けながらも心身共にまだ余裕は残っているらしい。向かってくる光の刃を脆弱と思ったか、左手を伸ばす。

 

 左手は確かに光を捕らえ、握り拳を作った。

 瞬きした一瞬で、五指が消えていた。まるで、鋭い刃物に削ぎ落とされたかのように。

 混乱している間にも手の甲、手首と次々に飲まれるように削り取られ、エグロイはいよいよ絶叫した。


「なっ、なんだこれはぁぁぁ!!」


 光の刃の勢いは衰えることを知らない。左腕を丸呑みしただけでは飽き足りず、さらに胴体をも喰らいにかかる。叫び続ける頭部や左脚にも光は集う。啄まれ、不自然に欠損していく。誰の目で見ても、大鬼の敗北は明らかであった。


「無駄だよ」


 僅かに残った足先さえ使って抵抗の意思を見せるエグロイを、ミリタムの冷ややかな声が突き刺す。物静かな声調とは裏腹に、みどり色の瞳の奥には怒気が色濃く滲んでいた。


「それは貴方程度の力じゃ、形を崩すことも出来ない」


 かろうじて残っていた口端から、耳をつんざくような断末魔を上がったのはもう間もなくのことだった。


 ミリタムは一仕事終わったとばかりに溜息を吐くと、ゆったりとした足取りで歩いていく。行く先には白兎が横たわっている。あとに続こうとした碧の腕を、誰かが掴んで引き留めた。


「ラニア?」

「駄目よアオイ。ミリタムはミリタムで、話したいことがあるのよ」


 意味深に微笑んで、ラニアはウインクしてみせた。





 裂傷、擦過傷、打撲。骨も何カ所か折れている。加えて襲ってきた急激な怠さのおかげで、指先一つ動かすのも億劫だ。

 このまま眠ってしまいたい衝動に駆られたが、草地を踏みしめる音と何度か嗅いだことのある臭いが近づいてきていた。爪先が上方に尖った特徴的な靴が視界に入ったかと思うと、くりっとした大きな碧眼が覗き込んでくる。反射的に眉間に皺が寄り、半目になる。声のない苦笑が返ってきた。


「大丈夫……なわけないよね」

「ッたりめェだろ。見て分かンねェのか?」

「はいはい。今治療するから、ちょっと大人しくしてて」


 毒舌をさらりと受け流したかと思うと、白兎の視界から少年が消える。足音からして後ろに回り込んだのだろう。果たして背中側に回ったミリタムの手が伸び、横向けていた身体を仰向けにされる。次いで頭を軽く持ち上げられ、浮いた背中に両膝を差し込んで隙間を作り、両脇を抱え込んで手近な木まで引きずられる。背中を預けていると、正面に戻ってきたミリタムがやおら右手のひらを向けた。


 白兎はこれでもかとばかりにそっぽを向いていたが、身体中の痛みが少しずつ引いていくにつれささくれ立った感情も鎮まっていき、自然と瞼が落ちる。

 柔く温かく全身をくるまれる感覚は、今は亡き母に抱かれているようで。


 ミリタムは治療と言ったが、正確には神術(しんじゅつ)の一種である。魔法での治癒は開発は進んでいるものの、現時点では実用化にはほど遠い。『準』とはいえ魔法の使用が巫女にも認められているように、応急処置程度の神術であれば、魔法士にも許可されている。


「ごめんね」


 互いに無言のまま時間だけが過ぎていく中、ぽつりと零された謝罪。

 白兎は思わずミリタムを見た。碧色の双眸に浮かぶのは、紛れもない後悔の色。


「僕のせいでしょう? 貴方がこうなったのは」

「べ、別にお前のせいじゃねェよ。あたいも悪かったンだ」


 捨て犬のような目で見つめられるとすこぶる居心地が悪い。白兎はぎこちなく目を逸らす。やがて平行に向けられていた手のひらが引かれるまで、二人の間には再び沈黙が落ちていた。


「……人参、できるだけ食べるようにするよ」


 獣人の白兎でも、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声。

 弾かれたように顔を上げると、立ち上がったミリタムがこちらを見下ろし、困ったように、はたまたはにかんだように微笑んでいて。


 何故か瞬間的に熱くなった顔を隠すように慌てて俯き、しかしちらっと横見すれば、魔法士の少年は仲間の元へ帰っていく所だった。


(あの野郎に殴られすぎたか?)


 だとすれば、本格的な休養が必要かもしれない。自身の急激な変化に戸惑いながら、白兎は疲れで重くなった身体をなんとか起こし歩き始める。すぐさま駆け寄ってきた焦げ茶色の髪の少女が隣に立ち、肩を貸してくれる。


「大丈夫、白兎? あんまり無理しなくていいからね」

「あァ、わりィ……」


 なんだかまた日だまりのような暖かさを感じた白兎だったが、それもこれも疲れたせいだと無理矢理自己完結させた。


「魔族は、一匹片づけたな」

「うん。でも、まだいるんでしょう?」


 白兎が碧と戻ってくる様子を眺めながら、イチカが誰にともなく呟く。独り言で終わるはずだったそれは、ミリタムが拾ったことにより一続きの会話となる。


「ああ。少なくとも、もう一匹いる」

 

『お前は名乗る必要はない、イチカ。お前のことはよく知ってるからな』

 

 獣配士(じゅうはいし)ヴァースト。同士を殺し、一度イチカとも相まみえた魔族。

 旧知の間柄のような意味深長な台詞は、ずっとイチカの気がかりだった。わざわざ去り際に「また会おう」と言ってきたぐらいだから、今後接触してくる可能性は極めて高い。


「なんだかんだ順調に仲間も集まってるし、なんとかなりますよ」

「あたいは仲間じゃねェ」

「白兎とミリタムが増えたから、あと一人、誰かが仲間になってくれるんだよね!」

「だからあたいは、」

「なんだか五人も七人もあまり変わらないからね~。あと一人増えたって、なんともないわよね」

「オイ聞いてンのか」

「オレも別に構わねーけど、後先考えずに単独行動してボコボコにやられるような奴は勘弁だな」

「てめェッ、あとで覚えてやがれ!」

「おーやってみろよ! 別にお前のことって言ってねーけどな!」

「もーケンカは駄目だって!」


 やんややんやとその場を後にする一行の仲は良いのか、悪いのか。

 確かなことは、誰もが怪我を負った白兎の歩調に合わせて歩き始めていることだった。





 彼らがいなくなってから半刻ほど後。

 大鬼・エグロイが死んだ場所に、音もなく現れた人影がふたつ。


「ほぉ」


 そのうちのひとつが地面にしゃがみ込み、感嘆の声を漏らす。

 隣のもうひとつはその側に立ち、周囲を見回している。


「跡形もないわね。焼き尽くされたのかしら」

「いや。消されたんだろう」


 もうひとつが、否定された意味が分からない、と言わんばかりに眉をひそめる。


「だから焼き尽くさ――」


 異議を唱えようとして、何かに気付いたように固まる。

 少し呆れたような視線を投げかけてから、ひとつが訊ねた。


「分かったか?」

「ええ。魔法ね」

「そういうことだ。それも相当の使い手らしい」


 もうひとつの言葉に頷きながら、指で地面をなぞる。


「ざらついている。これはもしかすると、光魔法だと推測できる」

「はぁ? 地面がざらついてるのは当たり前でしょ?」


 もうひとつが頭に疑問符を浮かべる姿を見て、小さく溜息を吐くひとつ。

 やがて諦めたように、もうひとつの影に説明する。否、説明すら諦めて、唯一残った痕跡から同胞を滅ぼした人間の正体を炙り出す。


「……お前に言ったオレが馬鹿だったな。とにかく、相手は魔法士だ。いくらオレ達の方が詠唱無しで魔法を使えるとはいえ、敵に回せば少々厄介なことになる」

「最初からそう言えばいいのよ。ま、そんなのは力押しで上等だと思うけど」


 ってコトで次はアタシが行くわ、ともうひとつが張り切るが、ひとつはそれを制するように静かに首を振った。


「オレが行く」


 ひとつが宣言した途端、もうひとつが足に縋り付きそうな勢いで引き留める。


「ちょっとちょっと。力だけのアタシ達が残ったら、頭脳派が誰一人いなくなるじゃない」


 もうひとつの嘆願を聞いた影が微笑する。


「? 何よ、なんかおかしいこと言った?」

「いや……“頭脳派”とはオレの事か?」

「アンタ以外に誰がいるっての?」


 とうとうひとつは声に出して笑い始める。

 もうひとつはしかめっ面をして、ひとつを訝しんでいる。


「とんだ誤解だな。オレは頭脳派なんかじゃない」

「あのねえ……そんなにハッキリ言いきられたら、アタシはどうすればいいのよ」

「オレはただ、どうすればより戦いが楽しくなるかを考えているだけさ。頭脳派と言うならオレよりもソーディアスだと思うがな。官僚になるならまだしも、直属部隊に入るためだけに最難関の机上試験を総なめにしたヤツは聞いたことがない」


 もうひとつも思うところがあったようで、むぅ、と人差し指を軽く顎に引っかける。

 

「そこがソーちゃん七不思議ではあるわねぇ。でもなんとなく分かる気がしない? 生真面目っていうか、仕事熱心っていうか。せっかく良い腕してるんだから、もっと野心的になればいいのに。まぁ、そこがまたそそられるんだけど」

「とにかく、次はオレが行く。有無は言わせない」


 後半部分は聞かなかったことにして、言葉尻で釘を刺す影。根負けしたもうひとつは大きく溜息をつき、はいはい、と返事をした。


「言われなくても言わないわよ。それにアンタ、簡単に死ぬようなヤツじゃないし。死んだら化けて出てきそうだし」

「……褒め言葉として受け取っておく」


 影が返事をすると、先ほどまで凍てついたように動きの止まっていた森が、息を吹き返し始めた。

 まるで最初から、そこに何もいなかったかのように。

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