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ラスト・トラベラー ~救いの巫女と銀色の君~  作者: 両星類
第一章 見たこともない世界
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第三話 若き銃士(1)

『あの美人の()は?』

『キレイな子は戦場には合わねぇ』

(あね)さん……」


 皆が話題にしていたのは、今確かに目の前にいるこの人なのだろう――。(あおい)はその姿を見て悟る。しかし、それぞれの呼称が見事に当てはまっているその女性は、碧の想像を遙かに超える美人であった。


(まっ、眩しいっ!!)


 全身が煌々と輝いて見えて、直視することも叶わない。


 見た目年齢は二十歳に届くか、届かないか、といったところか。艶のある背中までの長く明るい金髪と、人差し指ほどの大きさはある雫型のピアスが風になびく。こちらを見つめる瞳は薄紅色。程よく整った鼻筋。緩く弧を描くふくよかな唇。肩から谷間、へそが露出した衣服に、ショートパンツ。そこから伸びる余分な肉のない素足には濃いピンクのハイヒール。

 引き締まるところは締まり、出るべきところは出ている。俗に言う『わがままボディ』である。


 他方、その美しい女性の手に握られているのは紛れもなく小型の銃。銃口からは煙が上がり、今し方発砲したばかりであることを物語っている。それにもかかわらず碧は、彼女が鉤爪かぎづめ男を撃ち殺した、という事実を未だ信じられないでいた。


 泡を食う碧に、さらなる予想外の出来事が襲いかかる。可憐な花を思わせる美しい瞳と目が合ったのだ。微笑みながら近付いて来るその容姿はますます整って見えて、急に申し訳なさが募った碧は縮こまる。


「え、えと、あの」

「かーわいい!」


 鼻と鼻がくっつきそうなほどの距離感でまじまじと見つめられ、緊張と混乱で目が回りそうな碧だったが、ようやく顔を離した女性からの一言で思考が一旦停止する。


(ななな何言ってるのこの人、ていうかあなたの方がずっとかわいいし! むしろ、かわいいレベルじゃ収まらないし!)


 頭の中で高速全否定する碧。背を向けた女性から上品な香水の匂いが漂い我に返るものの、その香りを堪能する間もなく再度女性に驚かされることになる。


「こんなかわいい子どこで見つけてきたのー? あなたたちもなかなか隅に置けないわねー」

「ちょっ?!」


 いきなり何を、と抗議の声を上げかけて、雲の上の存在に思えた女性が、急に身近に感じられた。世俗的な物言いと、見た目不相応に無邪気な声が、妙に親近感を抱かせたのだ。


「荒野にいたのをカイズとジラーが助けてやっただけだ」


 単調な声色ではあるが、あからさまに不機嫌なイチカ。先ほど向けられた恐ろしい殺気を思い出し、碧は泣きたくなっていた。


(なんでそんなオーラ出すの? あたしが何したっていうの?)


「なーんだ。つまんないの」


 一触即発の重々しい空気を作り出した張本人は、張本人だからこそか、あっけらかんとしていた。ぷぅっと膨れるその様は、女性というよりは少女のようだ。

 その少女が再び碧に顔を向ける。


「よく見たらあなた、巫女なのね。どこの聖域治めてるの?」


「えっ、と」


 やはり髪色などから『巫女』だと思ったのだろう。視線が頭部と顔面を行き来する。

 興味津々な問いに碧がどう返そうかと悩んでいると、カイズが助け船を出した。


「記憶喪失らしくて、どこだったか覚えてないんだってさ」

「えっ、そうなの? ごめんなさいね、知らなくて……」


 捨てられた子犬のような表情を浮かべる彼女に罪悪感を覚えた碧は、慌てて両手を左右に振る。


「大丈夫です。あたしも何も言ってなかったんで」

「ありがとう。良かったら敬語じゃなくて、普通に話してくれると嬉しいわ。

 あたしはラニア。ラニア・クラウニーっていうの」


 思いがけない申し出に、碧はぱっと表情を輝かせる。


「あ、あたし碧! よろしくね」


 こんなに素敵な人と普通に話していいなんてと舞い上がる碧に対し、ラニアは微かに困惑したような顔をした。それを否定的に捉えた碧の顔が強ばる。


「あ……っ、ごめんなさい。いきなり馴れ馴れしかった、ですよね」

「あっ、違うのよ! それは全然いいの! その、知り合いの名前に似てて!」

「えっ、そう……なの?」


 どこか焦った様子で数度頷くラニア。イチカといいラニアの知り合いといい、この世界では日本人のような名前は珍しくないのだろうか。

 

「そうそう! ええっと……アオ……アオキ!」


(苗字?)


『アオキ・○○』のような名前なのだろうか。深く訊いてみたい衝動に駆られた碧だが、祈るような眼差しで見つめてくるラニアの視線が痛い。「これ以上訊いてくれるな」と言わんばかりだ。


 彼女の「知り合いの名前に似ている」という言い分が途端に疑わしく思えたものの、良心が勝った碧は「訊かない方が良さそうだ」と判断した。

 

「ほ、ほんとだ! 似てるね!」

「でしょー!?」


 微かに青ざめていたラニアの顔色に血色が戻り、乾いた笑いが辺りに響き渡る。笑わなければならない気がして、碧もつられて笑い声を上げる。互いに本心を隠していることを悟られまいとするような愛想笑いだ。


(む、無理矢理笑うことがこんなに難しいなんて)

 

 碧は気力を頼りに笑い続けるものの、精神的にかなり苦しい。ラニアが何かに気付いたように声を上げて、義務のような大笑いはひとまず止む。

 

「その服……」

「え?」


 制服を凝視したまま細い指先を口元に当て、何事か思案しているラニア。難しい顔をして固まってしまった彼女を見て、碧はもしや、と思い当たる。


(制服、この世界にはないのかも! どうしよう。こういうとき、なんて言ったらいいんだろう?!)


「へ、変だよねこの服! 知らないうちにこんなの着せられて、ちょっと困ってるんだ!」


 碧が苦し紛れに絞り出した嘘を聞いて、ラニアが顔を上げた。呆けたような表情を見て、碧は自分の顔がどんどん火照っていくのを感じる。


(や、やらかしちゃった!!)


「そ、そんなことないわよ! とても似合ってるわ! ただ……えっと、」


 どうやら失敗したわけではないらしいと分かり、一安心する碧。他方、ラニアの方は何やら懸案があるようで、困ったように視線を彷徨わせている。やがてその視線が一点に定まり、薄紅色の瞳がこれ幸いとばかりに輝いた。

 

「すっごく汚れてるからもったいないなって!」

「えっ?! ああ~~!」


 一瞬ラニアの言葉の意味が分からず疑問符を浮かべた碧だったが、先ほどの戦闘が脳裏を過り、まさか、と視線を下げる。予測したとおり、制服にこびり付いた真新しい血痕。大小合わせると十数カ所はあるだろう。

 それらを見下ろして溜息を吐く碧に、ラニアが提案する。


「良かったら、うち来ない? 服ならたくさんあるのよ」

「本当? じゃあ、ちょっとだけ借りてもいいかな? あとでちゃんと洗って返すから」

「そんなのいいのよ、あなたにあげるわ。来て、アオイ!」

「うん!」


 こんな姿で町中をうろつけば、遅かれ早かれ不審者認定されてしまうだろう。下手をすれば警察に突き出されてしまうかもしれない。碧は厚意に甘えることにした。


「姉さんは、ファッション店を経営してるんだ。この町じゃ有名な店なんだぜ!」


(あれ?)


「街まで」という話だったし、ここでお別れだろう――そう思っていたカイズが声を掛けてくる。その隣では、ジラーが同調するように頷いている。道理で「服ならたくさんあるのよ」という言葉が出てくるわけだ。


「へ~~そうなんだ?」

「カイズったら。そんな大層なモノじゃないのよ!」


 微かに頬を赤らめる姿もやはり麗しい。ファンも多いんだろうなぁ、と碧が思っていると、案の定すれ違う人々から口笛が飛び交う。


「よ、見てたぜ! 今日も調子イイねぇ!」

「ふふっ、ありがとう」

「相変わらず君はキレイだ」

「そう言ってくれると嬉しいわ」

『ラニアさーんっ!』


 複数の声がしたかと思うと、数人の男性が一斉に駆け寄ってくる。それぞれの手には花束や装飾品が握られ、皆一様に恍惚とした表情を浮かべている。


「これっ、あなたの美しさには叶わないけど、うちの地元で育てた花なんです! 良かったら!」

「すごく素敵ね。ありがたくいただくわ」

「君のためなら何でもしてあげられる。付き合ってくださいっ!」

「気持ちはとっても嬉しいんだけど、ごめんなさい」


 一言と共に贈り物が差し出される度に、それぞれに丁寧に対応していくラニア。日常なのか、特に戸惑っている様子もない。一通り想いを伝えた男性たちは、互いの健闘を称えながら歩き去って行った。


「すごいね……」

「今日はまだ少ない方だぜ」

「いつもはもっと「わっ!」と来るもんなぁ~~」


 呆然とする碧に、さらなる衝撃が押し寄せる。


「“いつも”?」

「アイツらのほとんどは常連な。毎日毎日飽きもせずよくやるわ」

「姉さんも人がいいからなぁ」


 中空を見つめながら呆れたように語るカイズと、微笑みながらのジラーの発言から、どうやら真実らしい。


(ほんとにあるんだな、こんなこと)


 そんなことをぼんやり考えていた碧は、ラニアに向けられる好意とは別の声援が投げられていることに気付く。


「お疲れさん! ゆっくり休みな!」

「今日の稼ぎはいくらだ? たまには奢ってくれよ」

「新入りに無茶させんじゃねえぞー!」

「ほい、新入りさん。差し入れだよ」

「あっ、あたし? ありがとうございます!」


 褐色の肌をした高身長の女性にすれ違いざまに何かを手渡され、碧は慌てて受け取る。両手で包めば隠れてしまうくらいの小さな包みから、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。


「これ、お菓子?」

「シェスタんとこは菓子屋やってるからな。よくくれるんだ」

「良かったなぁ、アオイ」


 碧はそっと包み紙を開いた。つややかな焦げ茶色をした球状のものが二つ入っている。外見だけ見ればチョコレートに近い。歩き通しで空腹だったこともあり、躊躇わずに一粒口に入れた。


 噛まずとも解れていく過程で、柑橘類のような酸味が口内に広がる。かと思えば、程良い甘みの余韻が後を引く。普通のチョコレートとは真逆の風味だが、幸福感は同じかそれ以上だ。


(美味しい!)


 間髪入れずもう一粒も口に含み、異世界の食に酔いしれる。まるで凱旋したかのような待遇に感謝して、ふと菓子を受け取る前に掛けられた言葉が蘇る。

 

「あたし、“新入り”って呼ばれてたけど……もしかして仕事仲間だと思われた?」

「オレたちと一緒にいるし、その返り血だし、そう思われるのは無理ないかもなぁ」

「オレらは全然イイけどな! あ、でも兄貴がなぁ」


 苦笑いを浮かべたカイズの言葉を聞いて、ラニアが周囲を見渡す。


「あら? そういえばイチカは?」


 ラニアにつられて碧も視線を巡らせたが、銀色の少年は見当たらない。


「師匠なら、姉さんたちが話し込んでる間に帰ったぞ~~。“付き合ってられない。先に帰る”って」


 わざわざ声色まで真似てジラーが説明する。ちなみに、街の外で合流した青年たちも出る幕がないと思ったのか、そそくさと退散していた。


「そうなの? もう、いないならいないって言いなさいよ。気を遣って損したわ」


(なんのことだろう?)


 理不尽な悪態を吐くラニアの独り言は抽象的で、その真意を碧が理解するには至らなかった。漠然と、イチカがいるとラニアも気を遣うことがあるのだろう、と思ったくらいだ。

 気を取り直して街中を眺め――ある物を目にして反射的に声が上がる。


「えっ?!」 

「アオイ? どうしたの?」

「あ、ううん! なんでもない」


 咄嗟に誤魔化してしまったが、もちろん「なんでもない」わけではなかった。


 碧の目に止まったもの――それは、見慣れた『アルファベット』が並んだ看板だった。一見したところは英語表記だが、どうやらそうではないらしい。


 棚に並べられた干し肉の真上、『Niku』という表記。

 碧が小学生の頃から慣れ親しんでいる『ローマ字』だ。


(偶然? でも、)


 碧は周囲に目を向けた。『魚』、『野菜』、『本』――店の内観と、表記が一致している。表札も、値札も、果物の名前も、例外なく全てがローマ字で表記されており、偶然でないことは明らかだ。


 人々に視線を転じる。ラニアたち、すれ違う人々、遠くで聞こえる会話、そのどれもが正確な「日本語」として碧の耳に入ってくる。多種多様な髪と瞳の色を持っている人々は、見た目こそ欧米人だが、発音は完全に日本語である。

 

(ってことはみんな、日本語を話してる? 同じ日本語だから、あたしの言葉も通じる?)


「着いたわよ」


 悶々と悩む碧を現実に引き戻したのは、前方からのラニアの声だった。


 異国風の、少し変わった衣服を身につけた等身大の人形が出迎える。

 頭上の看板には、眼に眩しいピンク色の文字。それだけでも異彩を放っているのに、これでもかとばかりに木面いっぱいに書かれた店名に、碧の目は釘付けになる。


「『ファッション』、『アネゴハダ』……」





「さ、どうぞどうぞ!」


 ラニアに促され、碧は店に足を踏み入れた。


 店内は四、五人客がいれば「賑わっているな」と感じる程度の広さだが、棚と壁を使った最小限の展示が狭さを補っているため、それほど窮屈さを感じない。


 先頭を歩くラニアが勘定台横の目隠し布を引くと、四隅に白い突起物がある小さな空間が現れた。


「イチカはいないから……アオイ、それ踏んでくれる?」

「分かった」


 横長の円柱状の突起を、言われるがままに踏む碧。残りの三方で待機していた他の三人も、碧から間を置かず時計回りに順に突起物を踏んでいく。すると、足下から微かな振動と共にくぐもった大きな音が響いた。


「そこから動かないでね」


 碧に忠告するやいなや、ラニアは空間のちょうど真ん中で立て膝を突き、手のひらを思い切り床に叩きつけた。

 次の瞬間、ラニアの正面、床の一部分が跳ね上がり、仄暗い地下へと続く階段の輪郭が朧気に確認できた。


(に、忍者屋敷? ううん、まさかね。きっとたまたまだよ)

 

 妙な動悸に襲われながら、碧は必死に自分に言い聞かせる。憧れていたファンタジー世界がどんどん身近になっていくことが、彼女自身受け入れられないのかもしれない。

 とはいえ気になって仕方がない碧は、階段を下りながらそれとなく訊ねた。


「なんか、すごく厳重だよね?」

「ああ、この家? そうねぇ、空き家だったんだけど、しばらくは慣れなかったわねー。けど慣れちゃえばちょっと暗いだけで安全だし、住みやすいのよ」


『忍者屋敷』ではない明確な根拠を期待していた碧は、内心落胆する。日の光が届かないことは難点だが、防犯上これほど安全な家もないだろう。ラニアもその点を高く評価しているようで、表情から不満は読み取れない。


「地下からはどうやって出るの?」

「あとで教えてあげる。そろそろ着くわよ。あたしたちの、アジトにね」


 振り向きざまに可愛らしくウインクをするラニアを見て、碧はようやく腑に落ちた。カイズとジラーがついてきたのは、そもそもここが彼らの拠点だからなのだ、と。





「はーい到着ー! まずはここ」


 階段の真正面に渋茶色の扉が現れた。上部には『AJITO1』と彫られた木板が取り付けられている。左側は壁があるのみで、右側に廊下が延びている。『AJITO1』の他に二つ、廊下を挟んで扉がある。


「姉さん、オレら先に兄貴と合流してるな!」

「分かったわ」


 カイズの報告に頷いたラニアが扉を開けると、多種多様な防具や衣類がお目見えした。鎧やローブといった「定番」はもちろんのこと、普段着と大差ないもの、水着のように露出の多いものから道着のようなものまで揃っている。

 数時間前まで憧れていた世界が確かに目の前にあって、碧は胸がいっぱいになった。


「うわあ~~……!」

「ねえ、アオイ。あなた、なにか得意な武術とかある?」

「えーと、空手かな」


 深く考えずに言ってから、ハッとしてラニアを見る。想像と違わず呆けた――ただし相変わらず均整は取れている――顔。


 碧は心底焦った。ローマ字表記と、日本語に近しい言語とはいえ、ここは異世界である。日本では広く知られている武術であっても、ラニアが知っているはずはない。


 視線を彷徨わせてなんとか助けを借りようとするが、今この部屋にはラニア以外いない。カイズとジラーは今頃、他に二つあったどちらかの部屋だろう。


「えーっと。その~~」


 どう取り繕おうか考えるも、ごちゃついた頭では名案は浮かびそうにない。今日だけで一体どれほどの汗を流したのだろう、そんな仕様もない考えばかりが過ぎる。


「やっぱり」


 静まり返った室内に反響する、気の抜けたような声。

 不思議に思った碧が目にしたのは、潤んだ瞳と紅潮した頬。


 悲しみを帯びた顔ではない。感極まった様子で立ち尽くすラニアの双眸は輝きを湛え、引き結ばれた唇は今にも何かを叫びそうだ。


「やっぱりあなた……地球の、日本人なのね!?」

「――へ?」


 ラニアから発せられた、あまりにも馴染みのある単語をすぐには受け入れられず、碧は素っ頓狂な声を出した。何故“地球の日本人”だと分かったのか。否、それよりも何故『地球』と『日本人』という単語をこの世界の人間が知っているのだろうか。


「あたし、空手大好きなの!! こーやって瓦を積み上げて」


 碧の困惑をよそに、どこから持ってきたのか、いきなり瓦を積み始めるラニア。五重のそれの前で深呼吸し、やおら右腕を高く振り上げた。


「危な……!」


 碧の静止も虚しく、気合いの入った声と共に右手が振り下ろされた。


 聞こえたのは軽やかな粉砕の音ではなく、身体の芯にまで響き渡りそうなほどの重い音。瓦にはヒビ一つ入っていないが、ラニアの細くしなやかな手は、骨にヒビが入っていてもおかしくないほど赤く腫れ上がっている。


 痛みで悶絶しているのか、右手を押さえてしゃがみ込んだまま動く気配がないラニア。


「ちょっ、大丈夫……?!」 

「ええ。今は割れないけど……いつかは割れるようになるのッ!!」


 顔を上げたラニアは涙目だったが、憧れが辛さを凌駕しているのか、その瞳に迷いはない。


 強い意志を持って断言する姿に碧は心を打たれた。普通はここまでできない、彼女の愛は本物だと。

 ラニアはゆっくりと立ち上がると、感動して言葉が出ない碧の手を握り、縋るような微かな声で問う。

 

「あなた、瓦割れる?」

「う、うん」


 秀麗でありながら陰りのある表情が、碧の躊躇いがちな肯定によって瞬時に花が咲いたような明るさを取り戻す。同時にやや強めに握られた手は、彼女の期待の大きさを表しているようだった。


「割ってくれたらいい服あげるわ。お願い、割って!」

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