第二十六話 そして、また(1)
「族長、ご無事ですか」
長髪の獣人・兎美が倒れている少女に駆け寄り、その身体を甲斐甲斐しく助け起こす。
「いい加減、その他人行儀な態度は止めろって」
「そういうわけにはいきません。あなたは族長ですから」
眉間に皺を寄せ複雑な表情で訴える少女の苦言を、淡々と受け流す。“他人行儀な態度”を直す気はないようだ。
憮然とする少女に肩を貸そうとして、少女が身体中の至る所に負った特徴的な円状の火傷に気付いたらしい。兎美は碧らを振り返った。
「魔法士の方が?」
「いえ、あたしです」
魔法使いのことだろうかと思いながら碧が返答すると、少女と比較して淑やかな印象だった紅い瞳が僅かに細められて。
肯定的ではない、軽蔑にも似た視線。思わず身を竦める碧に、兎美は「そうですか」とだけ言って何事もなかったかのように視線を外す。
(こ、怖い……)
友好的な兎族もいるのだと安心しきっていた碧に、不意打ちのように芽生える苦手意識。
おそらくそんなことなど意に介していない兎美は、華奢な見た目からは想像もつかない脚力と腕力で少女を支えながら跳び上がり、切り立った崖の頂点に着地した。
そのまま人間たちを振り返った兎美は、微動だにしないイチカらを怪訝そうに見下ろしていたが、ややあって得心したように一言。
「崖、登れないんですね」
「当たり前だっつの!」
足掛けもほとんどない、平らかな岩肌は垂直に近く、壁を登るようなものである。彼女らのような跳躍力もない一行は、文字通り途方に暮れるしかないのだ。
悪気はないのだろうが、この状況ではどうしても嫌味に響く。カイズの全力の反発を聞いた兎美は、ほんの少し面倒そうな顔をしながら数秒思案し。
「この崖の西側に回ってください。そちらならあなた方でも登れる場所があるはずです」
わたしも向かいますので、と言うや、微かな残像を残して兎美の姿は跡形もなく消える。
「行く必要なくね?」
些か不親切な態度が目立つためか、カイズの顔は不満一色である。永らく人間と不仲だったこともあり、「もてなす」側の心得が身についていないのだろう。
「そもそも罠かもしれねーし。兄貴、ほんとに行くのか?」
「おれたちを罠にかけて、兎族側に得があるとは思えない」
「イヤ、得のあるなしじゃなくてさ。報復されるかもしれねーじゃん。アイツら族長とかなんとか言ってたし」
馬鹿正直についていったが最後、屈強な獣人たちが待ち構えているかもしれない。
弟分の懸念をよそに、イチカは指示されたとおり崖の西側へと歩いていく。重い火傷を負った脚であろうと、兎族の里へ行くという決定は覆らないらしい。
「んだよぉ」と不服を前面に押し出すカイズも、苦笑の奥に諦めが伺えるラニアやジラーも、結局はイチカについていく。
(でも、本当に罠だったりしたらどうするんだろう?)
ここまで来て袂を分かつ理由はない。碧もまた彼らに続きながら、心の泉に広がる波紋のような疑念を止めることはできなかった。
崖の西側に回り込んでしばらくすると、「ここです」との声。見上げた崖の上では兎美が待機していた。その足元にはやや緩やかな傾斜。もちろん「やや緩やか」と言っても正面と比較すればの話で、十分急勾配であることに変わりはない。
先程と違い、窪みや出っ張りが複数あるのは唯一の救いだろう。手や足を慎重に掛けながら、一人ずつ踏破していく。ただ、火傷が障るイチカは時間がかかった。先に上がったカイズが上から木を支えに手を伸ばし、ジラーが下から補助することでなんとか昇りきる。その間も兎美は、焦れることなくじっと一行を見つめていた。
「怪我のお詫びって言うんなら手伝ってくれてもいいんじゃないの?」
「族長を蔑ろにするわけにはいきませんので」
さすがに気になったらしいラニアが苦言を呈するが、族長という少女を背に負ぶった兎美は涼しい顔。また一つ場の空気に亀裂が入ったような気がする碧である。
ようやく全員が頂上に降り立った頃には、青空にうっすらと橙が混じっていた。行く手を阻むように鬱蒼と生い茂る木々、こちらの様子をうかがうような動物たちの気配。複数いるにも関わらず孤独感に苛まれそうな空気の中、再び兎美が少女ともに小枝に飛び乗る。そのまま軽い身のこなしで木々を渡っていく後ろ姿をイチカらは追いかける。
一見配慮の欠けた行動だが、地上は人の背丈ほどの草木が生い茂り、舗装などされていない道なき道。他方、上を見上げれば常に樹冠が視界に入り、「こっちです」と時折枝上から顔を出す兎美の姿も目に留まりやすい。
質素な平野は後方へと追いやられ、複雑に入り組んだ獣道が延々と続く。枝葉による擦り傷はどんどん増えていき、未整備の道を歩くため普段以上に疲れも溜まる。
どれほど歩いただろうか。急に視界が開けた。中程には集落も見える。
柵で囲われた緑地には、背の低い円柱状の住居が見える範囲に所狭しと並べられており、頭部から長い耳の生えた獣人が大勢。中には四足歩行で追いかけっこをしている幼い子どもたちの姿もあるが、大半は人間と同じように二足歩行で生活を営んでいる。
集落の入り口に、小さな兎族が立っていた。碧の腰元ほどしかない身長と比してそれほど長くない耳はややくたびれており、顔や剥き出しの四肢に弛みや皺が見られる。膝丈で袖のない毛皮のハイネックワンピースを身につけ、肩までのウェーブがかった髪は白髪交じりの灰色。
人間で言えば六十代ぐらいだろうか。小さな眼鏡を掛けた小柄な彼女は、イチカらに向かって軽く礼をする。
「族長が迷惑を掛けたねえ。ゆっくりしてお行きよ」
一人一人の目を見ながら微笑みかける年配の獣人。最初に出会った少女との温度差があまりにも顕著で、一行はイチカを除いて戸惑い気味である。当の少女は融和的な態度が気に入らないのか、あからさまに不機嫌な顔をする。
「オイ兎母、」
「族長」
その顔のまま文句を垂れようとした少女に、兎母と呼ばれた兎族はたしなめるように一言。少女はまだ物言いたげではあったが、やがてばつが悪そうに視線を下げた。
兎母はそんな少女に呆れた眼差しを向けていたが、その身体に目が行くや感嘆の声を上げる。
「おやまあ、また魔法士かい?」
「“また”?」
兎美に引き続いての意味深な発言。以前にも同じようなことがあったと言わんばかりだ。
「ええ。それも、族長が大嫌いな人間の子供でねぇ。族長を見るなり【滅獣】を唱えたらしいんだよ。まぁ、それが原因で嫌いになったんだろうけどねぇ。面白いのはここからさ。その子、族長に向かってなんて言ったと思う?」
「兎母! 余計なこと言うなッ!!」
少女の怒声にも一切崩れない微笑み。さすがは年の功といったところか。
「ハイ、じゅ~~う。きゅ~~う」
よほど都合の悪いことなのか、兎母の軽口を阻止しようとあの手この手で妨害を試みる少女。マイペースにカウントダウンを始めた兎母だが、その合間も年齢を感じさせない機敏な動きで少女を軽くいなし続ける。負傷しているとはいえ少女の拳や脚のキレにほとんど変化がないにもかかわらず。
「はい時間切れ。正解は“結婚して”だよ」
きっかり十秒数えてから発表された正解の内容に、剣呑な空気が漂っていたことも忘れて脱力する一行。
「随分と熱烈的な子ね~~」
「順序がめちゃくちゃだろ……」
「半殺しにしといてプロポーズって流れは、なかなかないよなぁ」
唖然とした様子のラニア、カイズ、ジラー。碧も彼らと全く同じ心境だったが、驚きのあまり声も出ない。イチカに関しては言わずもがなである。
鼻息荒く威嚇する少女の殺気など相変わらずものともせず、兎母の暴露大会は続く。
「族長が怒って“百年早い!”って言ったら、その子真に受けちゃって。“じゃあ百五歳になってくるね!”って、ニコニコで帰っちゃったんだよ」
「ご、五歳!?」
子どもも子ども、幼子である。
一行の反応を好ましく思ったのか、兎母もしたり顔。
「そう。そのあとあたしが追いかけて冗談だって言ったんだけど、その子は“白兎と結婚できるんだったら、僕何歳にでもなるよ!”だとさ。健気だねえ。……あ、白兎って言うのは族長の名前だよ」
(普通だ……)
うっかりそんな感想を抱いてしまう碧。『兎族』と言うだけあってこの里の者は皆、名前に「兎」が付くようだ。
「でもそれからその子とは音沙汰無し。そりゃあそうだ、年を取る方法があったらこの目で拝んでみたいもんだよ。そうこうしてるうちにコロッと忘れたんだろう」
「へえ~~……」
兎母のお喋りが一段落して、皆が一斉に少女――白兎に目を向ける。
色気より血の気、近づく人間は一人残らず切り裂きそうなこの獣人にそんな過去話があったとは。
そんな相手に対して『結婚』という言葉を持ち出してくる五歳児もまた酔狂ではあるが。
様々な思惑入り乱れた視線に居たたまれなくなったのか、白兎は苛立ち混じりにそっぽを向く。
「~~どうでもいいンだよ、ンなことは! 人間の分際であたいらの縄張りに入り込みやがって」
「気分を害したなら謝る。だが北へ行くには通らなければならなかった」
イチカの淡々とした釈明に、白兎の眉が疑わしげに跳ね上がる。
「“北”ァ? 北へ行って、何をするつもりだ?」
「魔王を倒しに行く」
豪語して数秒、成り行きを見守っていた獣人たちがどよめき始める。
動揺が渦巻く中、それらに呑まれまいとするかのように、唯一白兎は大いに嘲笑した。
「魔王を倒しに、だと? やっぱり甘ちゃんじゃねェか! 第一、魔族とマトモに戦ったこともねェような下等生物風情が――」
「奴の手下と戦った」
いつもと変わらない静かな声調だったが、白兎の罵詈雑言を黙らせるには十分だった。子どもたちのはしゃぎ声が遠く聞こえる中、水を打ったように静まり返る周囲。ざわめきすら起きず、多くの紅い瞳がイチカに向けられている。
「正直、かなり手強い奴らだ。戦わずに済むならそっちを選びたい」
「それならなんで……!!」
イチカはこれまでのことをかいつまんで話した。『救いの巫女』と称されるヤレンのこと、ヤレンの生まれ変わりが碧であり、それ故に魔族が彼女の命を狙っていること――。
「他に仲間がもう二、三人増えるらしい。ある意味、それを探すためでもある。先に魔王と戦うことになるかもしれないが」
俯き黙り込む白兎の耳を、イチカの独白が素通りする。
今まで散々虚仮にし忌み嫌ってきた人間が、未知の敵と戦い、実力差を知ってなお挑もうとしている。
弱いくせに横暴に振る舞い、全ての生物を蹂躙せんとおごり高ぶる。人間は皆そんな連中ばかりだと思い込んでいた白兎にとって、これほど衝撃的なことはなかった。
生きとし生けるものを遙かに凌ぐ存在とされてきた魔族とは、実のところ兎族もまだ相対したことはない。戦闘経験があるかのような先ほどの発言は、勢いで啖呵を切ってしまっただけだった。自身に対する憤怒と情けなさで肩が震える。
「族長……」
強く握りしめられた両手に、自らの爪が食い込んでいることにも気づいていないようだ。血の滲む握り拳を見て、気遣わしげに顔色を窺う兎美にさえも。
葛藤の只中にいた兎族の若き長はやがて顔を上げ、神妙な面持ちで宣言した。
「あたいも行くぜ」
「?!」
一行も、彼女の同胞たちでさえも予期し得ない発言に呆然とする一同。
特に人間たちの反応が意に染まなかったのか、白兎は気の進まない様子で補足する。
「てめェらだけが魔族の被害に遭ってると思うなよ。ヤツらが来た途端に貴重な食料が焼き尽くされて、兎族だって大いに迷惑してンだ。万が一人間が魔王を倒して、兎族は指加えて見てた、なんて言われちゃたまんねェからな。あたいも少しは活躍してやる」
仏頂面でそこまで告げて、何かに気付いたようにハッとする白兎。
「勘違いすンなよ?! てめェらの仲間になるんじゃねェからな! 人間だけじゃ頼りなさそうだから、あくまでもあたいが力を貸してやるってだけだかンな! 感謝しろよ」
どこまでも上から目線な態度に、歩み寄ろうとする意思は皆無。
心強い味方を得た、と一行が歓迎ムードに切り替わったのは一瞬で、早くも不穏な気を飛ばす者が二人。
「なんかコイツ、すげぇウゼぇ……」
「そこまで言うなら別についてこなくてもいいのよ?」
「ハッ! 誰が“ついていく”ッつッたよ。現地集合・現地解散に決まってンだろ。人間ごときと仲良しごっこなんざゴメンだね」
レイピアの柄を握るカイズ、腕を組み目を据わらせているラニア、二人の怒りをさらに煽るように挑発する白兎。
険悪な雰囲気に包まれ、ともすれば一触即発の事態。
ジラーは多少困り顔ではあるものの、この切迫した状況下にあって尚のほほんとしているし、イチカは説明するまでもない。碧だけが一人、おろおろしている状態だ。
否。もう一人、狼狽えている者がいた。兎美である。
人間からの明らかな敵意を感じてか、兎族の者たちも殺気立っていたのだ。一行に対する態度からは想像もつかないが、普段は無駄な争いは極力避けたい平和主義者。例によって鎮火に必死である。
「み、みんな! 落ち着いて! 族長! そんな言い方しないでください!」
「元はと言えば、弱ェくせに魔族と戦おうなんてバカなこと考えやがるコイツらが悪ィんだ! さっきの借りも返さねェと腹の虫が治まらねェしな……!!」
白兎の憎まれ口に、そうだそうだ、人間は大人しくしてろ、と同調する声が兎族側のあちらこちらで上がる。
「もう行きましょ、埒があかないわ」
もはや話し合いの余地はないだろう。ラニアがイチカらを振り返り提案する。
多くのヤジが飛び交う中、その場をあとにしようとして――
「逃げるのか人間ーー!!」
「んだとォ?!」
「あーっとカイズー、どーどーどー」
「馬と一緒にすんなーーっ!」
そのうちの一つがカイズの自尊心にヒビを入れた。今にもレイピアを抜きそうな彼を、いよいよ引き留めにかかるジラー。そんな彼らの横、同じく聞き捨てならないと思ったのか、腰の銃に手を掛け臨戦態勢に入るラニア。
双方の闘争心は最高潮に達し、いつ衝突が起こってもおかしくない。その様子を見て、小さく溜息を吐くイチカ。
(やっぱり、戦わなきゃ駄目なのかな……)
碧が半ば諦めかけていたとき、その声は響き渡った。
「かぁぁぁぁぁつ!!」
里中に、下手をすれば世界中に届きそうなほどの大音量に、ヤジはおろか辺りに充満していた殺気や闘気すら消し飛び、風が吹いたわけでもないのに転倒し転がる者も大多数。
全員が一斉に声の方を向くと、穏やかな表情から一転、険しい顔をした兎母の姿。
碧よりも頭二つ分小さく人畜無害そうな姿形をしているが、体捌きといい声量といいこの老獣人はどこか侮ってはいけない雰囲気がある。秘めたる力故のものかもしれない。
「何をやってるんだい、あんたたちは。せっかく先代が命がけで掴み取った平和を、無下にする気かい?」
名の通り母親然とした叱責に、兎族の者たちは皆きまりが悪そうに視線をそらす。
兎母はやれやれ、と溜息交じりに零すと、今度は碧たちに向き直り頭を下げた。
「すまないねぇ、血の気が多くて。皆さんは若いから知らないだろうけど、あたしたち兎族は昔、狩猟やら密売やらのために恰好の獲物になってた時期があったのさ」
柔らかな口調ではあるものの、ラニアたちも気まずい思いをせずにはいられなかった。兎母は誰が、とは言わなかったが、それは明らかに人間たちのしたことだからだ。
「仲間がそうやって殺されるのを、あたしたちは黙って見てられなかった。今思えば申し訳ないけど……報復だよ。もちろん向こうさんも……その繰り返しだった。けどね、先代の族長が、それを止めたんだ」
誰もが、兎母の話に耳を傾けていた。獣人たちの方からは、すすり泣くような声も聞こえる。
「先代は変わり者でねぇ。闘争心の固まりみたいな兎族の中で唯一、戦うことが嫌いな子だった。仲間が何度犠牲になろうが、報復はしないってね。
臆病者だとか、族長にふさわしくないとか、色々言われたこともあったけど、結局はみんな従ってたよ。気弱で頼りないけど、根は本当に良い子だから慕われてたんだね。それに本当は誰も、報復なんてずっと、したくなかったのかもしれない」
人間である一行を気遣ってか、明るい語り口で話していた兎母だったが、ふっと遠い目をする。
「けど……とうとう、先代の何よりも大事な存在が捕らわれてしまった。他のみんなにとっても大切な仲間さ。これはもう全員で報復するしかない、皆殺しだなんて言うのもいた。でも先代は、話をつけてくるから誰もついてくるなって……本当に一人で向かったんだ。
帰ってきた先代はそりゃあ酷い有様だったよ。生きているのが不思議なくらい。もうみんな飛び出していきそうな勢いだったけど、これは自分でやったんだ、話し合いは上手くいったからもう心配するなって言って……すぐ、召されたから……本当だか嘘だか分かったもんじゃないよ」
途中、声を詰まらせたり、涙声になりながらも、兎母は微笑んでみせる。
「でもね。先代の願いはきっと通じたんだね。それから九十年、目立った被害には遭ってないんだ。本当に、ありがたいことだよ」
今までの話の流れからするとどうしても皮肉に聞こえてしまいそうなものだが、不思議と彼女の言葉に嫌みはない。
それでも皆どういう表情をすればよいのか分からず、重々しい空気が流れる。
(アクシンのおばあさんが言ってた“九十年前まで続いてた殺し合い”って、このことだったんだ)
碧は兎母の話を吟味しながらこれまでの兎族に関する情報を思い返す。
『肉食動物並みの牙と爪を持ってる上に、素早くて凶暴。おまけに人間嫌いだから、縄張りに入った人間は生きて帰れない、なんて言われてるくらいよ』
『兎族はとても戦闘能力の高い獣人……生半可な力では、到底太刀打ちできません』
人の立場から論じた書物にも、その凶暴性と残虐性が強調されている。碧とて、こうして実際に兎族に会うまでは恐ろしい生き物という認識しかなかったし、人側に非はないと思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば人間は言わば被害者面をしているだけだった。兎族からすれば自分たちを獲物としか見ていない人間こそ凶悪で残酷だっただろう。その上人の勝手でかけがえのない存在を奪われれば、腹いせに報復に出るという流れが繰り返されても不思議ではない。
だからこそ――甘んじて受け入れたわけではないにしても――どれだけ犠牲が増えようと報復しないと決め、最期はその命をかけてまで今日までの平穏に繋げた先代族長を、碧は素直に尊敬してしまう。
(ていうか、見てきたように話してたけど……このおばあさん九十才以上ってことだよね? 見えない……)
「さて、と! 年寄りが長々と湿っぽい話をしてすまなかったね。……おっと、もう一人謝らなきゃいけないのがいるね」
兎母の視線の先には、しかめっ面をした現族長。
「……あたいは人間が大ッ嫌いだ」
「好きになれとは言ってないだろう? 同じ志を持ってる相手には、もう少しへりくだった物の言い方をしないとねぇ」
白兎はまだぶすっとしていたが、兎母だけでなく他の獣人たちからの視線も背中に受け、いよいよ居心地が悪くなってきたようだ。
あぐらから立ち上がり、まっすぐイチカたちを見て。
「……魔族討伐の旅、あたいも同行させてもらう……」
若干「へりくだった物の言い方」に、人と兎族の隔てなく爆笑が沸き起こったのだった。




