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第二十話 ウイナーのお祭り(3)

 現在地も、どこへ向かえば良いのかも分からず、ベンチに腰掛け途方に暮れるあおいの前に影ができる。仲間の誰かかもしれないと淡い期待を胸に顔を上げて、固まる表情。


 見上げた先にいたのは、いかにも夜な夜な遊び歩いていそうな、いかにも女性に声を掛けることを生き甲斐としていそうな軟派な男が二人。


「よォねーちゃん、一人かい?」

「暇ならオレらと遊ばなーい?」

「え」


(こ、これってもしかして……ナンパ?!)


 大振りの腕飾りをチャラチャラ揺らしながら間延びした声で誘ってくる彼らに対し、生まれて初めてナンパされた碧は驚き半分嬉しさ半分。彼女の中には「ナンパされる=そこそこ美人」というような固定観念があるらしい。


(って、喜んでる場合じゃないんだった)


 思わず顔に出そうになる喜びを必死に堪え、首を振って俯く。おいそれとついて行ったら何をされるか分からない。いくら喜ばしいことでも、誘いに乗るかどうかはまた別問題なのである。それに何より。


「すいません。あたし、連れがいるんで」


 いつの間にかはぐれてしまったラニア。きっと心配させてしまっていることだろう。碧としては一刻も早く合流したいが、下手に動いてはすれ違いの危険性もある。


 この場所は多少奥まってはいるが、休憩場所として指定されており、全く人目に付かない場所でもない。居場所の特定までにそこまで時間はかからないだろう。


(見つけてもらうのを待つって、なんか情けないなぁ……)


 多少自己嫌悪に陥りながら、目の前の二人が引き下がってくれるのを期待した碧だが。


「キミみたいな可愛いコ置いてくなんて、サイテーじゃん?」

「そんなヤツほっといて、オレらとどっか行こーぜ~~?」


(えぇ……めんどくさ……)


 引き下がるどころか、どこかで聞いたことのあるような台詞を吐いてしつこく迫ってくる。


 碧が腰掛けているベンチの両横に数基同じものが連なっているが、見事に全て空席であり、三人以外の人影はない。誰かが異変に気付いて間に入ってくれる――というような展開は望めないだろう。


 碧は今度は露骨に心中を曝け出しながらも、しかし丁寧に断る。


「いえ、いいです」

「そーカタいコト言わずにさぁー」


 いよいよ焦れてきたのか、一人が強引に碧の手首を握る。もう一人も動き、碧の後方に回ろうとしている。最早ナンパの域ではない、羽交い締めにして連れ去る気だ。


(うわわわわっどうしようっ?! えっと、こういうときは……!)

 

 動揺しながらもなんとか頭をフル回転させ、最適な護身術を考えている間に。

 ――迫り来る軽快な足音。


「ぅぐっ!」

「えっ」


 それが誰のものかを認識する前に背後を吹き抜ける風、鈍い音と呻き声。


 振り返った先にはうつ伏せに倒れた男と、その側、まるでたった今着地したかのようにしゃがみ込む銀髪の少年。


 碧の腕を拘束している男は見ていた。矢のように現れた少年が、自らの仲間に跳び蹴りをかます瞬間を。


 飛び蹴りの前後から一切表情を変えぬまま、少年は――イチカは何事もなかったかのように立ち上がると、呆気に取られている碧と男に近づく。


「悪いけど、ソレおれの連れなんで」


 離してもらえませんか、と多少下手に出つつイチカは終始無愛想に願い出る。


 一方の男は、少年に対して気後れしていた。並外れた身体能力、それによって再起不能にされた仲間。そして何より、こちらを見据えてくる冷たい銀色の瞳が、得体の知れない威圧感を与える。


 男は少年の発する圧に抗えず碧の手を離すと、すぐさまもう一人の男を助け起こし、複雑な表情でその場を立ち去った。


「あ、ありがとう……」


 未だ信じられない思いで隣に立つイチカを見上げる。まさか彼が探しに来て、その上ナンパから助けてくれるなどとは夢にも思わなかったのだ。包帯といい今といい、「白い少女」が現れてから向けられるようになった優しさに、碧は戸惑うばかり。


 イチカはというと、やはり碧と目を合わせぬまま、小さく小さく溜息を吐いて。


「……行くぞ」


 たった一言、それだけ告げて身を翻す。もう少し小言をぶつけられるものと身構えていた碧はやはり拍子抜けするが、銀髪がどんどん遠のいていくのを見て慌てて追いかける。


 表通りに出ると、相変わらずの黒山の人だかり。夜中ということもあり小さな子どもたちや家族連れの姿はないものの、代わりに若者グループやカップルが増えている。


 しかし、今の碧に周囲を気にする余裕はなかった。「今度はぐれても探しに行かない」とイチカに警告されたためだ。


 希有な髪色と身長の高さが目印となり、そう簡単に人違いを起こすことはない。しかしそれでも、周りの身長が軒並み高すぎて覆い隠されてしまいそうになる。


 目を逸らしたが最後、置いてきぼり確定である。それで碧は、時々飛び跳ねたり話しかけたりしながら銀髪を見失うまいとしていた。


「イチカは……日本あっちで浴衣着たことあるの?」


 蒸し暑い空気に紛れて、肌を突き刺すような冷気が流れ込んでくる。憎悪と軽蔑が入り交じったその感情は、まさしくイチカのもの。どうやらこの話も彼にとっては禁句らしい。


「思い出したくもない」


 振り向かない背中の向こうから、微かに流れてくる素っ気ない返事。応答はないものと考えていた碧は予想外の出来事に瞠目しながらも、言葉を探す。


「そっか。なんか、浴衣似合ってるから」


 今度こそ返事はない。「似合う」と思ったことは嘘ではないのだが、それ以外に気の利いた言葉も浮かばず、沈黙が続く。


 絶えない喧噪をありがたく思いながら、気まずさは拭えない。一心不乱に銀色を追い続けていれば良いのだろうが、会話がないとどうしても他に注意が向いてしまう。もっとも会話を持ちかけたところで長続きしないので、遅かれ早かれネタは尽きていただろうが。


 悩める碧を救ったのは、空気を震わす大音量と同時に頭上に瞬く色とりどりの光。

 

「イチカ! 花火だよ!」


 碧が指さした方向に、色鮮やかな花火が上がって散る。光り輝く粉が、夜の闇に吸い込まれてゆく。

 通りを練り歩いていた人々も花火に気づいて足を止め、感嘆の声を上げる。中には手や腕を組んで空を見上げる男女の姿も。


明海(あけみ)左保(さほ)も、あんな感じなのかなぁ)


 同い年にして彼氏がいるという日本の友人たちを思い出し、覚えず漏れる溜息。いわゆる「リア充」の仲間入りを果たしている二人である。デートは当たり前、ひょっとしたらファーストキスだって経験済みかもしれない。


(落ち込んじゃダメダメ! せっかくのお祭りなんだからっ! 大体みんなちょっと早熟すぎなんじゃない!?)


 自身に彼氏がいないことを「他がませているせい」と無理矢理結論づけ、気を紛らわす碧。首を左右に振って懊悩を追い出し、別の事柄に意識を向けようとして――脳裏を過る銀髪。


(やばい!)


 日本関連のことには例外なく嫌悪感を示すイチカのこと、花火など気にも留めず早々にこの場を離れているだろう。


(また、はぐれちゃった……?!)

 

 全身から血の気が引いたが、花火やここにいない友人たちに気を取られていたのはほんの数十秒ほどだ。まだ間に合うかもしれない、急がなければと振り返ろうとして。


 思いがけず、すぐさま銀色が視界に入った。


 イチカはまだ側にいた。あちらの世界の何もかもを拒んでいた彼が、規則的に打ち上がる光の花だけは、瞬きもせずに見つめ続けている。


 見上げるその瞳が、とても悲しそうで。

 碧は何故だか、しばらく目を離すことができなかった。


「……なんだ」


 碧の視線に気付いたのか、花火を見つめたまま不機嫌そうにイチカが訊ねてくる。碧は咄嗟に首と手を振って誤魔化した。


「う、ううん! なんでもない」


 どうやらこの花火が祭りの締めらしく、さらに数発打ち上がったのを見届けて観客たちが同じ方向に歩き始める。イチカと碧もその波に乗り、数分後、前方にラニアたちの姿を認めた。碧が両手を掲げると、ラニアがいち早く駆け寄ってくる。


「みんなーっ!」

「あ、アオイ! ごめんね、はぐれちゃって……」

「ううん、あたしが悪いの。ちゃんと前見てなかったから」

「本当にごめんなさいね。そうだ、イチカから聞いた?」


「聞いた?」と訊かれるほどの会話をしていないのが正直なところだ。イチカからの自発的な言葉は「行くぞ」と「今度はぐれても云々」のみで、あとは碧が一方的に投げかけていたのだから。


 首を傾げる碧を見て、ラニアは大きく溜息を吐く。道中の二人の様子が粗方想像できたのだろう。


「しょーがないヤツね~~……これからのことなんだけど、北に行こうと思うの」

「北って、もしかして」

「そう。魔族の城よ」


 普段よりも幾分か真剣味が増した声色。碧は身の引き締まる思いがした。自らを狙う魔族とその長が待ち構える城。漫画やゲームなら「最終局面」といったところか。


(ていうか、早すぎじゃない?)


 早々に決着が付くに越したことはないが、今の段階で殴り込んで勝てる相手なのだろうか。少なくとも碧自身は力不足を痛いほど自覚しているし、そのためにもっと戦えるようになりたいと考えている。経験を積む機会があるなら積極的に挑みたい。狙われているのが自分である以上、足手まといになりたくないのだ。


 それに、ヤレンが予言した『三人の仲間』はどうするのか。北へ向かう途中で都合良く出会えれば良いが、万が一出会えなかった場合不利になったりはしないのだろうか――。


 悶々と考え込む碧と同じく、ラニアにも悩ましげな事案があるようで。


「でも、魔族の城へは『兎族(うぞく)』の縄張りを通らなきゃいけないのよね」

「兎族?」


 聞き馴染みのない新たな単語を耳にしたことにより、碧の悩みは一旦意識の外へと追いやられる。

 ラニアは軽く首肯する。


「あたしも直接見たことはないんだけど、兎みたいな長い耳と丸い尻尾が生えてる獣人よ。それだけなら可愛いんだけど、肉食動物並みの牙と爪を持ってる上に、素早くて凶暴。おまけに人間嫌いだから、縄張りに入った人間は生きて帰れない、なんて言われてるくらいよ」

「ええっ?! それじゃあ、魔族と戦う前に兎族とも戦わなきゃいけないってこと?」

「そういうことになるわね」


 少なくとも二回は命懸けということになる。待ち受ける思わぬ難所を知り、碧は再び不安に駆られる。


「縄張りを通らずには行けないの?」


 ラニアはうーん、と唸り声を上げ。


「陸地から行くとすれば、縄張りを通る以外に道はないわ。船で迂回する方法もなくはないけど、いざという時に身動きが取れないのは怖いわね」

「……確かに」


 鳥のように空を舞える魔族がいても不思議ではない。羽根を持つ魔物を使役して攻撃を仕掛けてくる可能性もある。獣配士じゅうはいしヴァーストならそれができるだろう――と会話を拾っていたイチカは考える。


 船上でそのような敵と相見えた場合、甲板以外に逃げ場はなく、行動範囲が著しく制限される船で挑むのは現実的でない。


「なあ、次の目的地『巫女の森』だろ? 巫女が仲間になってくれるってことはねーのかな?」


「巫女めっちゃいそうじゃん?」と焼きとうもろこしを頬張るカイズ。


「なぁにカイズ、『巫女の森』のこと知ってるんじゃないの?」


 あまりにもざっくりとした言い様に、ラニアは脱力感が拭えない。対するカイズは「ん~~」と唸りつつ咀嚼を数回、喉をごくり。


「知ってるってか、行ったことあるだけなんだよ。一回だけ、それもほんとの入り口だけな。そのときは誰にも会えなかったんだけど、めちゃくちゃ広いからさ。普段はもっと人がいるんじゃないかって」


 隣ではジラーがイカ焼きを食べながら、同意を示すようにゆっくりと頷いている。森というだけあって、その敷地はさぞや広大なのだろう。


「行ってみるだけの価値はありそうね」


 カイズの推測通りなら、「巫女に会ってみたい」という碧の願いが早速叶うことになる。期待に胸を膨らませる碧の隣、神妙な面持ちで頷いていたラニアにジラーが声をかける。


あねさん、心配しなくてもリヴェルにも寄るぞー」

「そうだな。間違いなく寄る」


 微妙にからかい調子のジラー、それにイチカ。ラニアは頬を赤らめて反発する。


「~~なんなのよあなたたちっ!?」

「明日も早い。ここから一番近い宿に泊まるぞ」


「心配なんてしてないわよっ!」と喚くラニアを半ば無視する形でイチカが先頭を切る。


 静かな夜更け。急いで宿探しに向かう五つの影を、淡い光が労るように照らし出していた。

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