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第十九話 ウイナーのお祭り(2)

 見れば見るほど日本のような風景だ。そんなことを思いながらあおいは首を巡らす。


 焼きそば、たこ焼きなどの焼き物はもちろん、綿菓子やかき氷といった甘味、食べ物以外でも輪投げやキャラクター物のお面まで、『縁日』で見られる代表的な屋台はほとんど揃っている。所狭しと並んだ露店、どこか哀愁漂う音楽、客寄せの声。髪色や顔立ちの違いがなければ日本にいると錯覚してしまいそうだ。


「りんご飴二つください」


 少しだけ異世界であることを忘れていた碧の耳に、ラニアのよく通る声が届く。目的のりんご飴の店に辿り着いていたらしい。


「はいよ! ……お、ラニアちゃんじゃねーか! しばらく顔見ねぇから心配してたぞ! 元気だったか?」


 威勢の良い返事の後顔を上げた店の主人は、ラニアを見て瞬時に人なつこい笑顔を浮かべた。どうやら互いに顔見知りのようで、流れるように会話は弾む。


「やーね、元気じゃなきゃ旅なんてしないわよ」

「なんだい、旅に出てたのか! いいねぇ~~、若い子の特権だねぇ」

「ウィズさんもすればいいじゃない?」

「おいらはもういい年したおじさんだからなぁ。自由に出歩けねぇのさ。旅に出るなんて言おうもんなら女房に引っぱたかれちまう! “バカなこと言ってねーで仕事しろ!”ってな」

「ティーネさんなら言いそうね」

「ま、その厳しさがまた堪らねーんだけどな」


 多少声を潜めて片目を瞑ってみせる主人。しっかり尻に敷かれているようだ。惚気ることも忘れない。


 碧がラニアの隣で吹き出していると、主人の視線が興味深そうに向けられる。

 

「そっちの子は友達かい?」

「ええ。アオイって言うのよ」

「へえ~……もしかして巫女さんかい? あんまり聞かねぇ名前だが」

「違うわよ! 純粋に、あたしの友達よ」


 碧は一瞬返答に困ったが、ラニアが上手くフォローした。主人は名前を取り上げたが、カイズやジラーと同じく髪や瞳の色も判断材料にしたのだろう。


「そうだよなあ、巫女さんがわざわざこんな所まで足を運んでくれるわけねーもんな!」


 軽く自虐を入れながら、主人は屈託なく笑う。


(そういえば、名前でも『巫女』って分かるんだな)


 ――『え~と、あ、碧!』


 ――『へえ~やっぱり巫女さんかー』


 初めてカイズらと出会ったとき。こちらの世界から見れば異質な響きであるはずの名前を、戸惑うでも驚くでもなくすんなりと受け入れていたことを思い出す。


(もしかして、日本人っぽい名前の人はみんな巫女とか? ヤレン、は……どっちでもないような……もうちょっと色んな人に会ってみないと分かんないな)


 仮説を立ててはみたものの、現時点で自身とヤレンの二例しかないため判別がつかない。未だにこの世界での巫女がどんな人物なのか掴み切れていないこともあり、「本当の」巫女に会ってみたいと密かに願う碧であった。


 碧が考え事に耽っているうちに、話題は巫女のことから身近な内容へ。


「ねぇ、ウィズさん。マテリカは元気?」

「ん? まあいつも通りだな。元気そうに見えねえが、それが“いつも通り”だろ?」

「ふふっ、そうね。あたし、マテリカに何も言わずに旅に出ちゃったから……ちょっと気になって」


 小さく微笑むその表情からは微弱の後悔が見て取れる。主人もそれを察したのか、明るい声色でラニアを元気づける。


「気にするこたぁねぇよ! そんなことで壊れる友情なら、とっくの昔にダメになってるだろ? ただまぁ……そうだな、旅先から文でも送ってやれば喜ぶんじゃねぇか?」

「そうね、そうする! ありがとう」

「いーってことよ」


 主人の提案を聞いて、ラニアの顔がぱっとほころぶ。側で聞いていた碧からすれば、「なんで今会わないで、旅先から手紙なんて回りくどいことをするんだろう?」と些か腑に落ちない会話ではあったが。

 

「はい、お待ちどおさん! うちのは絶品だよ、アオイちゃん」

「ありがとうございます!」


 膨らむ疑問を碧が訊ねるより早く、本来の目的であるりんご飴が差し出された。歪みのない曲線で縁取られた、艶やかな光沢を放つ赤色が食欲をそそる。その上「絶品」と聞けば、無意識のうちに頬が緩む。


 なおその後、財布から二枚の硬貨を出そうとしたラニアと、いらないと主張する主人との間で暫し問答となり。

 折衷案として一枚だけ支払うことで合意する、という一幕があった。


「また来なよー!」


 大きく手を振る主人に手を振り返す碧とラニア。

 手元の甘い匂いの誘惑に勝てず、かぶりつく。匂い以上の甘さが口内に広がり、二人は揃って破顔した。


「なんだかこっちの世界って、みんな仲いいよね~。日本じゃ、会っても挨拶くらいだもん」

「そうなの? こっちじゃ、会ったら雑談が基本よ」

「へぇ~……あ、ねぇ、マテリカさんお祭り来てないのかな? もし来てたら会えるかもしれないよ?」


 むしろ何故会おうとしないのか気になって仕方がない碧の問いに、しかしラニアは首を横に振る。


「マテリカは人混みがダメなの。病気が悪化するから」

「じゃあ、会いに行くのは?」

「普通の日なら大丈夫なんだけど、今からはちょっと無理ね。いろんなとこからいろんな人が集まってるでしょ? 何がマテリカに障るか分からないから、お祭りが終わるまでは会えないわ」

「そうなんだ」


 碧はようやく先ほどの会話の意図を理解することができた。会わないのではなく、会えないのだ。弱々しい印象の少女だったが、その身が抱えているものは思いのほか大きいらしい。


 りんご飴を舐めながら視線を移ろわせる。どう歩いてもすれ違う人と肩がぶつかる、そんな距離感。だんだんと雑踏してきたのが目に見えて分かる。


「人増えてきたね、ラニア。……ラニア? あれ、ラニア?」


 同意が返ってこない。不審に思い隣にいるであろう金髪の少女を振り返ると、そこには全く違う髪色の女性。


 慌てて周囲を見回したが、つい先ほどまで隣を歩いていたはずの彼女の姿はどこにも見当たらない。その上似たような金髪が多く、賑わいで声も掻き消されてしまうため、ラニアなのかどうかさえ分からない。


「どうしよう」


 人波に流され、右も左も分からなくなっていた碧はなんとか隙間を見つけ人混みを抜け出すことに成功する。ベンチに腰掛けて安堵の溜息を吐きつつ、他の仲間たちとの別れ際を思い起こす。


「たしか、迷ったらラニアのお店の前……だったよね。よし」


 自らに気合いを入れ、立ち上がる。

 そして気づいた。

 道に迷うというのはそもそも土地勘がないから起こることであり、土地勘もなければ地図もない状態で目的地を探すのは非常に困難なことであると。


「ていうかラニアのお店、どっち……?」





「あーーーまた破けたぁぁ!! オイおっさんっ! このアミぜってぇ不良品だろ!」


 碧がハプニングに見舞われている頃。イチカたち男性陣も縁日でお馴染みの『射撃』や『すくいもの』を楽しんでいた。


 ただし、誰にでも得手不得手はあるもの。例によって『すくいもの』の屋台で苦戦しているカイズが、店主に言い掛かりを付けている。


「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇや! おめーが下手クソなだけだろ! 見ろ隣の奴を!」

「誰が下手クソだこのや……」


 売り言葉に買い言葉。遠慮のない発言に向かっ腹を立てつつ店主の言う「隣の奴」に目をやって、信じがたい光景にカイズの怒りは雲散霧消。


 隣の奴――ジラーの手元。成長期真っ只中とは思えないほどの逞しい腕の先、驚くほど繊細かつ俊敏な動きですくい道具を操っている。持っている器は今にも金魚で溢れかえりそうだ。もちろんアミは最初から無傷である。


「にーちゃん、それ以上取られると商売上がったりだ。その辺にしといてくれや」

「え?」


 冗談めかした店主の嘆願を受け、初めて自らの器を見下ろすジラー。極小の池の中、金色がかった橙色の小さな魚が窮屈そうにひれをはためかせている。制限時間が設けられていたが、この勢いならばほぼ間違いなく時間内に採算が合わなくなっていたことだろう。


「オレ、こんなにすくってたのか……」

「すくいすぎだバーカ! つーかそんなに取っても連れてけねーぞ!」


 気の抜けたように呟くジラーに対し、嫉妬心からか、やや不機嫌気味にカイズが釘を刺す。


 そう、明日からは終わりの知れない旅の続きが待っている。道中どこで魔族に出くわしてもおかしくない危険な旅に、金魚同伴というわけにはいかない。

 彼なりに愛着が沸いたのか、ジラーは暫く名残惜しそうに燦然と輝く魚たちを見つめていたが。


「ねーーもう一回だけ! いいでしょ?」

「全然取れないよぉーー……」

「ダメよ。そろそろ帰らなきゃ」

「やだーー! お魚さんほしいーー!」

 

 彼らの後すでに何組か別の客が金魚すくいを始めているが、ジラーほどの達人技を持つ者はそういない。何度挑戦しても上手くいかず、空の器とぽっかり穴が空いたすくい道具を手に、母親に駄々をこねる子どもたち。


「ほら」

「え?」


 そんな子どもたちに歩み寄り、金魚の群れが泳ぐ器を差し出すジラー。子どもたちはもちろん、母親や屋台の店主、カイズまでもが彼の突然の行動に目を丸くしている。


「オレはこいつらの面倒を見てやれないんだ。だから、代わりに世話してやってくれないか?」


 呆然とジラーを凝視していた子どもたちだが、やがてその瞳に希望の光が灯り。


「分かった! 絶対に面倒見る!」

「おにいちゃんありがとう! ちゃんとお世話するね!」


 器を大切そうに受け取ると、子どもたちは揃って満面の笑顔を浮かべた。


 大きく手を振る子どもたちと、深く頭を下げる母親。清々しさに眼を細めるジラーと、少しだけばつが悪そうにそっぽを向くカイズ。


「ん? あねさん……?」


 視線を投げた先、人混みの向こうが何やら騒がしい。微かに聞き慣れた声が混じっていて、カイズは注意深く目を凝らした。見物客でごった返す狭い道をこじ開ける勢いで、間もなく金髪の少女が姿を現す。


「あなたたちーーっ!」


 カイズやジラーと目が合うや、いつもの美人顔からは想像もつかないくらいの形相と、浴衣を着ていることが不思議に思えるほどの猛スピードでこちらに向かってくる。騒音に気付いたのか、近くで『射撃』に勤しんでいたイチカも屋台から顔を出し、数秒唖然とする。


「……どうした?」


 ギャップに驚きながらもそれを表には出さず、冷静に訊ねるイチカ。他方ラニアは、全速力からの急停止である。膝に手を当て地に向かって激しく呼吸を繰り返しており、しばらくは会話もままならなさそうだ。


「あ、姉さん。アオイは?」

 

 羽を伸ばす目的のはずの祭りで、全力疾走するほどの事態とは。イチカが考えあぐねていると、ジラーが異変に気づく。


「はぐれ、ちゃったのよ……。途中まで隣に、いたんだけど……」

『!!』

「……」


 息も切れ切れなラニアからの訴えで、すっかりお祭りモードだった男性陣の間に緊張が走る。

 その緊張をいち早く解いたのは、思いもよらない人物で。


「え……?!」

 

 思わず声を上げて後ろを――たった今、すぐ横を駆け抜けていった銀髪の少年を振り返るラニア。カイズもジラーも信じがたい様子で彼の後ろ姿を見守っている。


「……あの兄貴が」

「自分から」

「アオイを探しに行くなんて……」


 抱いた感想はほとんど同じだったらしい。三連の息の合った呟きは賑わいにかき消され、リーダーに届くことはなかった。

すくい道具ですが、「ポイ」ではなくあえて「アミ」と表記しております。

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