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幕間―4 恋心は止まらない

「あら、ミリタムさんじゃありませんか」

「こんにちは、コユキさん」

「しばらく見かけなかったので心配していましたよ。お元気そうで良かったです」


 ふんわりと微笑むその表情は、まだ少女のようなあどけなさと大人の女性らしさが混在している。確か今年で二十歳だったか。

 

 ここしばらく成長した姿で表に出ていたので、急にまた本来の年齢に戻っていれば何かしら追及したくなるのが人の性というものだろう。しかし彼女はそれをしない。御三家の人間だから既に事の顛末は耳に入っているのかもしれないし、元々細かいことは気にしない質なのかもしれない。

 

 ともすれば控えめと捉えられがちだが、強かさも併せ持っている。条件さえ揃っていれば、父が最もミリタムに宛がいたかった人物だろう。下手をすれば第二第三の継母候補だったかもしれない。気色悪いが父ならやりかねない。

 

 だが彼女がクリューの現当主である以上、それらは叶うことはない。

 

「そういえば、二年前は大変だったんだってね」


 弟妹に聞いたところ、このサモナージ帝国の空でさえ、魔族の大群で覆い尽くされていたという。父からは見放されてしまっている彼らだが、父にとっての合格ラインが高すぎるだけでミリタムの見立てでは十分に素質がある。そう思って対等に接しているからか、今のところは良好な兄弟関係を保てている。

 

 質問を受けてもあまりピンとこなかったのか、コユキはしばらく経ってからああ、と苦笑した。

 

「ほとんどブリュクスフィア様の独壇場です。ワタシなど百分の一、いえ千分の一も滅せたかどうか」

「案ずるな、愚かな妹よ。お前はその程度でも、ボクの華麗な雷魔法で持ち場は一掃できたではないか」

「スフィアさんは比較対象にできないしするべきじゃないよ。父さんがコユキさんのことを褒めてたし、もっと自分に自信を持っていいと思う」

「おいステイジョニスの、ボクの名を省くんじゃない。ボクのことも褒めていただろう? 全く嫉妬とは見苦しいな」

「ディークヴォルト様がワタシを? ふふ、それは少し誇らしいですね」

「ワタシ“たち”だと言っとろうが」

「身内さえめったに褒めないあの人が、他人を褒めるって相当だからね。だからこそ気をつけて。変な目で見てくるかもしれないから」

「ご冗談を。ワタシにそこまでの魅力があるとは思えません」

「あるから忠告してるんだよ」

「でも、ワタシは当主ですよ?」

「本当に手に入れたいとなったら当主だろうがなんだろうがどんな手でも使うよ。あの人ならやりかねない」

「ボクを無視するんじゃなーい!」


 ちょくちょく雑音が入ると思ったら、コユキの兄だった。


「あら兄上、いらしたんですか」

「お前がボクを買い物に連れ出したんだろうが!?」


 よく見れば、身長よりもうずたかく積まれた荷物を手に抱えている。その後ろから声が聞こえるので、荷物が喋っているかのようだ。

 

「大体、当主ともあろう者が自ら買い物などする必要があるのか? 家政婦に任せれば良いものを」


 荷物の問いに、コユキはやれやれと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。

 

「兄上。子どもの頃をお忘れですか? ワタシたちは元々貴族でもなんでもないただの平民です。偉い顔をしてふんぞり返ることは簡単ですが、それではせっかくいただいた称号に見合いません。御三家として恥じぬ振る舞いをすべきです」


 荷物、もといヤイバはコユキの正論に圧倒されたのか、「お堅い奴め」とぼやくだけだった。子どものように唇を尖らせていることだろう。

 ミリタムとしては実父にコユキの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

 

「だがまあ、ボクも色々と心配ではあったのだが……良い関係を築いているようだな妹よ」


 荷物を路上に置いたヤイバはコユキとミリタムにそれぞれ視線を送ると、何事か悟ったように数度頷き、殊勝な声色で話し出す。そのキザったらしい仕草に、コユキの表情がもったいないぐらい歪んでいる。

 

「クリューのことはこの兄に任せて、どこへなりとも嫁ぐがいい!」


 先代が次期当主を妹のコユキと定めたとき、当時の御三家に衝撃が走ったという。息子に優秀な妻をめとらせる計画が台無しとなることもあって、特にミリタムの父・ディークヴォルトは困惑していた。

 

 だが、蓋を開けてみれば当然の人選と言えた。

 実力はもとより、兄のヤイバはどうしようもなく頭が弱かった(バカだった)のだから。

 

「今何か失敬なことを考えていなかったか?」

「まさか。兄上が絶望的にバカだなどと誰も考えていませんよ」

「うむ、そうか」


 納得し、満足げな兄を見てコユキは深い溜息を吐くのだった。


「停めて停めて停めてとーまーれぇーーーー!!」


 馬車の音が響いてきたと思いきや、聞き覚えのあるわめき声が聞こえてミリタムは逃走態勢に入る。

 が、時既に遅し。

 

「みーりーぼーぅ!!」

「ぐぇっ」


 緩い口調にそぐわぬスピードで飛んできた第四皇子にあえなく捕まる。


「超奇遇じゃん! なにしてんの~?」


 犬か何かのように髪の毛がぐしゃぐしゃになるほど撫でられ、ただでさえ跳ね放題の髪が爆発してしまう。

 

「世間話を少々」

「世間話~?」


 視線で指し示した先には、ガチガチに固まった妹とどこか不遜な態度の兄。

 

「あ~! お前ら! 御三家の!」


 最初は怪訝な顔をしていた皇子もようやく気付いたのか、その表情が俄に輝く。

 

「コユキとヤバイ!!」

「ヤイバだっ!!」


 ミリタムもコユキも堪らず吹き出してしまったのは無理もない。

 

「このボクの名もまともに言えんとは呆れたものだ」

「兄上の名など知らなくて当然でしょう。すみません皇子、愚兄が大変な失礼を」

「あ~いいって慣れてるし~! それにオレ今超機嫌いいから! 幸せの絶頂? ってヤツ? 婚約ホヤホヤだから!」


 にへらっと締まりのない顔でレミオルが惚気るので、コユキも幾分かほっとした様子。

 

 戦禍に見舞われたレクターン王国へ応援に行った際に王女と出会い一目惚れしたそうだが、その恋が(政略結婚とはいえ)実ったのだから天にも昇る気持ちになるだろう。

 

「そういえばオレあんまり話したことないかも~。えーっと、ヤイバだっけ? 憶えてなくてごめんよぉ」

「そこまで言うなら許してやらんでもない。この機会にボクの武勇伝をしかと叩き込んでやろう」


 勝手に語り出したヤイバの媚びへつらわない態度が気に入ったのか、皇子の興味対象はそちらに移る。ミリタムとコユキは一歩引いた位置から彼らを眺めている。

 

「時々、兄上を尊敬しそうになる自分が嫌になります」

「まあ……うん。気持ちは分かるよ」


 自信過剰が成せる技か、仮にも帝国第四皇子のレミオル相手に終始態度が大きい。いわゆる大物だ。

 

「そういえばコユキさんも婿取りだよね?」

「……そうですね。御三家を名乗る以上は」

「目星は付いてるの?」

「ワタシたちは新参者ですので、伝手つてがあまりなくて。ですが、いずれ必ずクリューを繁栄させてみせます。それがワタシの役割ですから」


 力強い言葉とは裏腹に固い表情から察するに、あまり乗り気ではなさそうだ。


「でも、ミリタムさんはそうじゃないのでしょう?」


 その理由を尋ねるより先に投げかけられた質問の意図が分からず、深藍の瞳を見上げる。

 

「心に決めた方がいらっしゃるのでしょう。その方のためならどんなことをしてでも、役割を捨ててでも、逢いたいと思うような」


 息を呑む。

 すぐさま否定の意思を示さなければならない質問なのに、出てきたのは肯定の言葉だった。

 

「どうして分かるの?」

「似たもの同士だから、でしょうか」


 コユキは目を伏せる。

 

 同じ御三家のメイナートはこちらの情報を嗅ぎつけていたようだが、歴史の浅いクリューには行き渡らなかったのかもしれない。諜報活動が得意そうな衣装なので紛らわしいが、彼女らはあくまでも魔法士でしかないのだ。

 

「ずっと忘れられない人がいるのです。子どもの頃の話で、恋だったかどうかも怪しいのですけれど」


 遠い昔に思いを馳せているのだろう。儚げで、切なくも美しい眼差しだ。

 

「きっともう彼は他の誰かと幸せな家庭を築いていると思います。そうでなくても、ワタシのことなど忘れてしまっているでしょう。あの島を出た以上、戻る術はありません。彼が幸せならそれで良いと思う反面……それでももう一度、たった一目でいいから逢いたいと思ってしまうのです」


 重いですよね、と苦笑するコユキ。年齢からして十年は引きずっているだろう。確かに重いと自称するに足る年数だが、それを言うならミリタムもある意味相当だ。一般的に恋心を自覚することすら珍しい年齢から、ずっと一途に想い続けてきたのだから。


「ミリタムさんがそんな目をしていたので、つい鎌を掛けてしまいました。見当違いだったらすみません」

「いや、貴方の言うとおりだよ」


 どんなに近しい間柄であっても、個人的な話を漏らせばかえって自分の首を絞めることになる。貴族社会に身を置くミリタムらはその点、一般人よりも慎重になりすぎるほどでなければならない立場だ。それなのについ本音が口を突いて出てしまったのは、コユキが信頼に足るという直感を信じたくなったからだろうか。

 

「喧嘩別れしちゃって、二年くらい逢えていないんだ」

「では、逢いに行きましょう」


 魔法士の名門一族である以上、人付き合いは制限される。交友関係は比較的緩くても、恋愛や結婚となると当人の思い通りになることはまずない。必ず親類縁者が間に入り、彼らのお眼鏡に適わなければ引き離される。それが当たり前で、刃向かうことなど許されなかった。全ては一族繁栄のためだったから。

 

 それをコユキは、たった一言で全否定したのだ。

 

「逢いに行けるところにおられるのなら、逢いに行きましょう。ワタシにはないアドバンテージです。今しかありません」

 

 父はミリタムを次期当主に据えようとしているが、当のミリタムにはその気はない。弟妹の誰かがなれば良いと思っている。別に投げやりな考えではなく、相応の実力があるから推している。

 

 ただ、それにはそうせざるを得ない状況を作り出さなければならない。手っ取り早いのはミリタムが家と名を捨てることだろう。父が怒り狂う姿が目に浮かぶ。弟妹たちを危険に晒すかもしれないから、予め逃げ支度を整えておくよう言い含めておいた方が良いだろう。下手をすればステイジョニス家は没落だが――。

 

 そんな未来予想を楽しんでしまう自分もいて。

 

「そうだね、そうするよ。ありがとう、コユキさん」

「どういたしまして」


 ふふっ、と微笑むコユキ。

 自分にはもったいない、とミリタムは思う。

 

「少しだけ、“それができれば苦労しない、勝手なことを言うな”と言われる覚悟をしていましたが、心配無用でしたね」

「あいにく、あの家にはそこまで思い入れがないからね」


 さて、逢いに行くと決めたはいいが頑固な“彼女”のこと。素直に会ってくれる気がしない。場合によっては何日も待たなければならないかもしれないが。

 

(まあいいか。待つのは得意だし)


 作戦を考えながら歩くのも一興。

 その前にと、父親の目を盗める最短の日はいつだったか記憶を整理した。

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