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幕間―3 審判(9)

「何かあったのか?」


 正装姿が珍しいのか、カイズが目を丸くしている。


「婚約が決まったのよ。サモナージとの」

「あー」


 それでか、と呟く声が聞こえる。

 

「良かったな、貰い手があって」

「貰うのはこっちだけどね。……そうね、悪くはないけど」


 初対面時に「情けない」とは思ったものの、少なくとも悪感情は抱いていない。軽薄な言動も生い立ちを聞いてさもありなんと思ったし、なにかと世話を焼きたがる魔法士団長らの様子から見ても心根は良いのだろう。

 しかし、共に国を治める伴侶としては少々不安が残る。


「ま、そのうち脂が乗ってくるんじゃねーの」


 不安を読み取ったらしいカイズが気楽に言ってくれる。

 

「そのボンボンはいつからレクターンに来るんだ?」

「国民向けに婚約発表して、それからいろんな準備があるから、早くても一年は先ね」

「一年もあれば向こうもマトモな教育してくれるだろ」

「そう願うわ」


 教育となると魔法士団の二人も絡んでくるのだろうが、身内よりも身内らしい彼らのこと、なんだかんだと甘やかしそうなのであまり期待はしていない。

 

 では本物の身内であれば信頼できるかといえば、そうとも言い切れない。この婚約によって彼の――レミオルの冷遇されている現状は多少なりとも打破できようが、それもどこまでか。こちらに全て丸投げしてくる可能性は否定できないし、むしろ濃厚ですらあるのが厄介だ。

 

「そういえば何の話だったの?」


 頭の痛い問題は続くが、今この場にいる友人を待たせるほど喫緊の課題でもない。

 話を振られたカイズはああ、と気の抜けたような返事をしてから後頭部を掻く。

 

「姉貴を、捜しに行く」

「……そう」


 つまり、彼もレクターンから離れるということだ。

 執行猶予期間中はレクターン領内での待機が望ましいが、絶対ではない。時間を無為に過ごすくらいなら、何かしら生産性のあることをしたいと考えるのは自然なことだろう。

 

 生き別れの姉がいるらしい、と聞いたのはいつだったか。それも確かカイズからではなく、ジラー経由だった気がする。補足をする気配もないので、こちらが知っている前提のようだ。

 

 いつからか、カイズは自分からあまり話さなくなり。

 ネオンとの会話は主にジラーの役目になっていた。

 昔は我先にと言わんばかりにどちらからともなく口火を切っていたのにと、少し懐かしいような寂しいような気分になる。

 

 けれどもそれは、彼なりの距離の取り方なのかもしれない。

 ネオンにその気はなくとも、世間はネオンを王族として見ている。いずれ王位を継ぐ者の交友関係には特に敏感だ。ネオンがどれほど「友人だ」と言い張っても、邪推する者は必ずいる。いつかの青年が流した噂を、国民が信じ込んでしまったように。

 

「お姉さんの居場所、見当は付いてるの?」

「全く」

「じゃあ時間かかりそうね」

「ん、執行猶予期間まるまるかもな」

「見つかったらすぐ報告しなさいよ? 祝宴を上げなきゃなんだから」

「また酔い潰れる気か?」

「失礼ね、さすがに弁えるわよ」


 こうして軽口を叩き合える存在は、ネオンにとってとても貴重だ。

 妹のクリフはもちろん、オルセトやミシェルとの会話も楽しくはあるが、ネオンという一人の存在として接してくれる赤の他人だからこその良さがある。

 

「てかお前、そんなに化粧どぎつかったか?」

「大人のたしなみよ」

「やりすぎだろ」


 ふふんと胸を張ってみせるが、呆れを通り越してドン引かれている。正直カイズにそれほど化粧の知識があるとは思えないが、そんな彼に「どぎつい」と言わしめるほどには派手なのかもしれない。ネオンにはあまり自覚がない。

 

「ちゃんと寝てるのか?」

「ばっちり寝てるわよ。えーと、」

「一時間や二時間は寝たうちに入らねーからな」

「……三、四時間寝ることもあるわよ?」

「何がばっちりだよ。全然足りてねーわ」


 言われてみれば、最近やたらと肌のくすみや目の下の隈が目立つので、それらを隠すために必要以上に粉をはたいていたことを思い出す。臣下の物言いたそうな視線はそのことだったのだろうか。


「まあ城の前に行列ができてるって聞いてから、もしかしたらとは思ってたけどな。ジラーにも言われただろ、しっかり寝ろって」

「言われてないけど」

「……丸投げかよ」

「何が?」

「なんでもねーよ。とりあえずお前こっち座れ」


 頭を乱暴に掻いたかと思えば、長椅子に腰掛け隣の座面を叩くカイズ。ネオンは不思議に思いながらも言われたとおりに腰掛ける。

 

「そのまんま横に倒れろ」


 言われてカイズとは反対方向に倒れようとしたところを、肩を掴まれ阻止される。

 

「そっちじゃねえよ」


 乱暴な口調と直前の強引な力とは裏腹に、そっと横たえられたのはカイズの膝の上。

 あまりにも意外な行動すぎて面食らう。

 

「えーなになに? 急にどうしたの?」

「はしゃぐな。えー……〽ねこやーねーこー、寝る子ーやー良ーいー子、すこやーかーに-」


 それは以前、ネオンが彼に教えた子守歌。

 お世辞にも上手いとは言えない歌声と、肩で拍子を取るぎこちない手の動きに思わず吹き出してしまう。

 

「何笑ってんだよ」

「だって、カイズがこんなことすると思わないから」

「仕返しだよ」

「恩返しじゃなくて?」

「うっせ」


 ところどころ間違えたりつっかえたりしながらも、途中で投げ出したりはせず根気強く歌い続けている。ネオンを休ませようとしてくれているのだ。その気持ちはありがたいが。


「こんなの、面白すぎて絶対寝られない……」


 口先とは正反対に、頭と身体は次第に眠気に襲われ、いつの間にか意識を手放していた。

 

***


「秒で寝てるのな」

  

 絶対寝られない、と言い切って間もなく寝落ちした王女を起こさないよう、小さな溜息を吐く。一体どれだけ睡眠不足だったのか。

 

 周りの人間が気を配れと言いたいところだが、この王女のこと、周囲がどれだけ休めと言っても耳を貸さなかったのだろう。いつも通りへらへら笑って誤魔化していたに違いない。

 

 聞くところによると、レクターン王国が魔族戦の激戦地となって以後、心を入れ替えたように勉学に励みだしたという。数十人が犠牲になったそうだから、責任を感じたのかもしれない。

 

 いよいよ王になる自覚が芽生えたのなら良い傾向だ。所詮は雲の上の存在とその辺の平民。普通ならば接点などあるはずもない。

 下々を知ろうとするのは良いが、近すぎればいわれのない噂も増える。身を以て体感したはずだ。幼い時分ならまだしも、適齢期に自分たちのような存在が見え隠れするのは彼女の品位に影響しかねない。


 どれだけ足を洗ったと主張したところで、彼らに対する世間の認識は「人殺し」だ。こんな他人の血で汚れた暗殺者が王女の側にいるなどあってはならない。愛人説を聞いたときは何の冗談かと思ったが、距離を置くべき必要性を同時に強く意識した。


 頃合いだと思った。声も掛けずに離れるべきだったのだろうが、命の恩人である彼女に一言も告げずに去ることもできなかった。だからせめて、少なくとも執行猶予期間が経過するまでは会わない旨だけははっきり伝えるつもりだった。

 

 結局、言えなかったが。

 

「ったく、ジラーがちゃんと伝えてればこんなことには……」


 なるべく接触しないようにしてきたのに、通された部屋には護衛どころかメイドすらおらず、他国の皇子と正式に婚約したばかりの王女と二人きり。その上こんな至近距離で、この国の情操教育はどうなっているのかと呆れてしまう。

 

「……いや、オレか」


 別にわざわざ膝を貸してやらなくても、子守歌さえ歌えば遅かれ早かれネオンは夢の中だっただろう。不必要に接近を促したのはカイズの方だ。本来ならば血塗られた手で触れるべきではないのに。

 

 単に意趣返しがしたかった。それはネオンにも伝えたとおりだが、軽率な行動だったことは否めない。幸い彼女はさっぱりとした性格なので、戸惑いはしても勘違いを起こすことはないだろう。

 

 問題は、一部始終を目撃している外野がいることだ。

 

 ネオンの頭を慎重に持ち上げ、素早く膝を抜いて長椅子に下ろす。寝息に変化がないことを確認し、一足飛びでかすかに開いていた扉を開け放つ。壁に張り付いていた世話係その他と目が合った。

 

「一国の王国騎士隊長殿が覗き見とは良い趣味だなぁ?」

「覗き見ではない。これは任務だ。ネオン様を不埒な輩からお救いするのも我々の務め」

「誰が不埒な輩だ! 大体王女同伴で任務する騎士がどこの世界にいるんだよ?!」

「クリフ様も姉姫様が心配なんだ」


 もっともらしい理由を付けられれば、いかに胡散臭く思えてもともすれば真実ではないかと思ってしまう。文句を言おうと中途半端に開け放った口をゆっくり閉ざし、室内を顧みる。ついつい大声を出してしまったが、ネオンはよく寝ているようだ。

 

「そもそも心配だなんだって言うなら、こそこそしねーで最初から部屋の中にいればいいだろ。てかいるべきだろ」

「カイズ・グリーグ」

「無視かよ。なんだよ」

「クリフ様が急に高熱を出されたのだが」


 能面顔からわずかに垣間見える戸惑い。これはどういうことかと言外に問うているのだろう。なるほど世話係――オルセトの胸に埋まるクリフの顔は確かに赤く、目を回している。

 

 おそらくカイズの接近を察知したオルセトが、第二王女の身の安全を図るため反射的に抱き寄せたのだろう。いつぞやイチカたちとレクターンを訪れた時、クリフがオルセトに恋心を抱いているような気配はあったが、現在進行形のようだ。

 

「窒息したんじゃねーの。人工呼吸でもしてやれよ」

「っこここここここ困りますうううう!!!!!」


 投げやりなカイズの助言は耳に入ったのか、途端に意識を取り戻すクリフ。

 

「クリフ様、ご無事で」

「きゃーーーー!!」

「ぶぉふぅっ!」

「オルセト?! わたしったらまた……! わーんごめんなさいいいい!!」

「心配ありませんわクリフ様、騎士隊長は丈夫な方でいらっしゃいますから」


 しかし依然オルセトの腕の中という状況に慌てふためいたクリフは暴れに暴れ、その拳がオルセトの顔面に直撃。きゅうと気絶したオルセトを目の当たりにして泣き喚くクリフと彼女を宥めるメイド。

 

「めんどくせえ……」


 一体何を見せられているのかと、妙に疲労感が溜まったカイズは控え室の扉をそっと閉める。

 長椅子を覗き込むと、どんちゃん騒ぎをものともせずネオンはすやすやと眠っていた。よく見るとその口元は微笑んでいる。夢の中でも似たようなことが起こっているのかもしれない。ネオンにとってはこの騒がしさこそが日常なのだ。

 

「あんま身内に心配かけんなよ」


 目の下に隈をこさえているくせに幸せそうな顔を見ていると、たった今抱いていた疲労感もどうでも良くなって。

 一瞬の躊躇いの後、癖の強い茶色の髪をくしゃっと撫でた。


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