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幕間―3 審判(7)

「あなた様はまた、勝手な約束を取り付けてこられたようで」


 宰相からの苦言も、もはや日常茶飯事だ。十中八九、神術しんじゅつで治療すると宣言した件だろう。そこには、神から賜った力を私情に使うなという意味も込められているはずだ。そう信心深くなくとも、持てる力は個ではなく国全体の利益のためにと考えるのは自然なこと。彼は特にその傾向が強いのだから。


「サンプル数も五十をようやく超えたくらいでは、再審には心もとないと思われますぞ」

「持ってってみなきゃ分からないわよ?」


 証拠を記した羊皮紙を丸めながら応じる。

 

 刑務所ではあらゆる魔法が無効化される。その気になれば脱獄できてしまうからだ。しかし、結局のところその「無効化」も魔法による作用のため、どのような機序か解読できれば穴を突くことができる。

 

 とはいえ、並大抵の魔法士が解読できるような代物でもない。サモナージ帝国魔法士団、それもトップに立つ者だからこそできる芸当だ。魔法の穴を見つけたことで、先の投影魔法を使うことができたし、【瞬間転送テレポート】により雑居房の内外を人が行き来できるようにはなったが、もちろん悪用はしない。刑務作業が免除される休日、『協力者』を送り込むためだけに利用する。

 

 例の激昂していた新婚の彼については、妻に関する願いだけ快諾して終わりのつもりだった。が、咎めがないことを理由にやたらと食い下がるので、代替案としてカイズとジラーとの“共同生活”に協力してもらった。

 

 ネオンにはそのつもりは全くないが、彼にとっては実質刑執行にも等しい一日だったようで、二日目の朝に会った時は青白い顔をしていた。他にも協力を募ったところ、思ったよりは集まったものの、目標には遠く及ばなかった。

 

 それでも、参加してくれた人々には確実に二人が無害であることが伝わっているはずだ。事後的に行った調査では「思ったよりも人柄が良く拍子抜けした」というような肯定的な意見が寄せられている。初めは小さな波紋でも徐々に大きく広がっていくように、良い影響を期待したい。

 

「それに、釈放された後が肝心と言ったのはあなたよね、宰相?」


 まだ認められてもいないのに夢物語を、と言いたげな視線はあえて無視した。

  

 二週間後、裁判所からネオンのもとに通知が届いた。

 再審の請求を受理したとの報せだった。

 

「請求の受理自体はこれまでもあったことですぞ。ゆめゆめ早合点されませぬよう」

「分かってるわよ」


 そうは言っても喜びを前面に押し出したいのが人間というもの。釘を刺してきた宰相を軽く睨めつける。

 今後、再審の日程が組まれやり直しの裁判が行われるだろう。ネオンはその場で再び証人として登壇するつもりだったが、続く但し書きを読んで唖然とする。

 

「『公正を期すため、既に証人となった者の再登庁は認められない』?」

 

 その一点を凝視しながら手を震わせるも、羊皮紙を握りつぶすことはなんとか思い留まる。

 

 王女を度々召喚すれば、いくら中立を謳っていても癒着を疑う者も出てくるだろう。受刑者だけでなく、裁判所にとっての公正というわけだ。

 

 裁判所の主張は正しい。故に、その正しさがネオンを窮地に追いやる。昇華しきれない感情は爪を噛む行為に置き換わった。

 

「駄目元で当たるしかないわね」


 脳裏に浮かんだ人物へ手紙を書くためにペンを取る。

 

「自分は正直、死刑になってほしいと思ってました」


 再審の日に登壇したのは、重い怪我を負った妻を持つ青年だ。目線を下げながら静かに話すその様は、激しい怒りをぶつけていた頃とは比べものにならない。穏やかというよりは、憑き物が落ちたような表情をしている。彼の妻へ施した神術は、順調にその傷を癒しているのだろう。

 

「家族を欲しがっていた妻にとって、子どもを産めなくなるのは死ぬより辛いことです。その辛さが分からないならせめて、命で償ってくれと思ってました」


 被告人席では、カイズとジラーが沈痛な面持ちで彼の証言を聞いている。

 

「妻を神術で治す代わりに、彼らと一晩共に過ごしてくれないかと言われたときは、それはもちろん嫌でした。まだ妻がどうなるかも分からないのに、なんでわざわざ危ない目に遭わなきゃいけないのかと」


 どんな罰でも受けると言ったのは自分ですけどね、と自嘲気味に語る。


「寝れませんでしたよ、怖くて。けど、彼らはなんというか、驚くほど普通でした。年相応の子どもって感じで。どうしても先入観があったんで、それが恐怖心の原因ではあったと思うけど、直接身の危険を感じることはなかったように思います」

「恐怖心を抱きながら身の危険を感じなかったというのが理解しかねますが。一睡もできなかったことにより、危険察知能力に影響を及ぼしていたのでは?」


 理知的な雰囲気を醸し出す裁判官が質問を投げるが、青年は首を捻る。

 

「それは、否定できませんけど。ただまあ、その時危険だったとしても、今こうして生きてるんで。彼らがなんとか踏み止まってくれた証拠じゃないですかね。よく分からないですけど」


 青年の素朴な回答に、ネオンは心の中で親指を立てる。


 事前になるべく有利な証言をするよう働きかけてはいたが、当人が確約してくれる保証はない。妻の怪我という最大の憂慮が解消されつつある今、いくらネオンに恩があるとはいえ青年にとってカイズらの量刑など取るに足りないものだろう。その気になれば、嘘をついて窮地に陥れることもできたはずだ。それをされてしまえば、圧倒的不利な立場にある彼らを救う術はもうない。せっかく掴み取った再審の機会が無駄に終わるところだった。

 

「……手段はいかがなものかと思うが」


 壮年裁判官の呆れたような声を皮切りに、困惑に包まれる法廷内。手段というのは、証拠を揃えるためだけに、魔法による鉄壁の守りを暴いてしまったことを言っているのだろう。


 その事実を聞いたからといって、一般人はおろかほとんどの魔法士でも真似できるようなものではない。ただちに刑務所の警備体制に影響を及ぼすことはないだろう。だからこそ、所詮は権力を持った人間の特権かと白けた空気が漂っている。

 

「報告書によれば、他に五十名ほどが被告と同室で過ごしているようだけど、その誰もが生還しその後も問題なく日常生活を送っているようね」

「再犯の確率は低いかもしれんなあ」

「なんとも言えませんよ。実際は一人や二人の生存者を水増ししているかもしれないじゃないですか」

「しかしそうなると、行方不明者の報告も増えるはずでは? 警察からはそのような話は上がっていないのでしょう?」

「その五十数人も警察も懐柔されていたら調査結果は簡単に覆りますねえ」

「全員を喚問するのは、現実的ではないな」


 気を取り直した裁判官たちが思い思いに議論を繰り広げる中、ネオンは思考を巡らせる。

 

 今回新たに証拠として提出したのは、被告人の観察記録とそれに基づいた報告書。雑居房にあった暗示類も提出した。飲食物については開封してしまったものもあるが、かえって都合が良い。それを口にしてもなお正気を保てていたことの証明になる。ただ、誰が食べたかまでは証明しきれないのが歯がゆい点だ。ネオンはともかく、元団員の女なら食べかねない。

 それを差し引いても、数々の装飾品や香水がずっと彼らの側にあったことは事実。我を失い暴走することもなく、強靱な精神力で耐え抜いた。そこに彼ら以外の第三者がいても。

 服役期間こそ短いが、これらの点は減刑要素として考慮されても良いはずだ。

 

「静粛に」


 裁判長が手元のベルを鳴らすと、法廷内は一挙に静まり返る。

 

「些か少ない人数ではあるが、面識のない人々と密室で一晩を過ごし、また、いくつかの暗示具を使用していながら誰一人として手に掛けなかったことは一定の評価に値するだろう。入所した初日に他の受刑者との間で揉め事があったとの報告があるが、意思疎通の範ちゅうであり今回の判決に影響を及ぼすものではないだろう」


 前回とは違い、肯定的な総括に終始している。傍聴席や裁判官の中には不服そうな顔をしたり隣同士で囁き合うなどしている者もいるが、裁判長に意見するほどではないらしい。

 胸をなで下ろしたいネオンだが、まだ終わっていない。刑期が数年免除されるのでは意味がないのだ。この再審で勝ち取りたいのは、「釈放」の二文字だけなのだから。

 

 この場での審理は今をもって終了し、正式な判決は後日下されることになる。裁判長の口ぶりからすると減刑は確実だろうが、釈放されるかどうかは五分五分だ。再審の請求は一度きり、これで駄目ならカイズとジラーは服役中ひたすら善行を積むしかない。さすがにもう隠しきれないので、あおいらにも正直に真実を告げるほかない。気が重い話だ。

 

 ふと傍聴席に目を向けると、足早に席を立つ親子がいた。まだ閉廷のベルは鳴っていない。抑えてはいるものの今にも声を荒らげそうな娘を、両親がなだめすかしているように見える。気になったネオンは閉廷を待って親子を追いかけた。

 

「やっぱりこの国はおかしい! あんまりだわ! 独立を保ってるなんて嘘、どうせ裁判所も警察も国もみんな繋がってるのよ!」

「静かにしなさい。声が大きいぞ」

「どうしてそんな平然としてられるの!? 兄さんがあんな目に遭ったっていうのに! 悔しくないの!?」

「悔しいに決まってるでしょう?」


 父親の代わりに母親が応えるが、それ以上は何も言わない。言いたくても言えないのかもしれない。唇を噛み締めている。娘はそんな母親の様子に痺れを切らしたかのように喚き立てる。

 

「せっかく無期懲役になったのに、こんなにすぐ出てくるなんて。きっと反省なんてこれっぽっちもしてないわ。また同じことを繰り返すわよ。今度は怪我じゃ済まないかもしれない。あんな犯罪者を野放しにしようなんてあのお姫様、頭がどうかしてるんじゃないかしら!」


 こちらに気付いた母親の表情が、瞬時に怯えたようなそれに変わる。つられて振り返った娘も父親も青ざめたが、さすがと言うべきか娘の方は開き直りも早かった。

 

「あ、あなたがいるなんて思わなかったから。大体、盗み聞きなんて悪趣味じゃないです?」


 盗み聞かなくても廊下中に響き渡る声量なので、遅かれ早かれネオンの耳には入っただろうが、娘の言い分は一理ある。親子からすれば、わざわざ一国の王女が追いかけてくるなんて夢にも思わない。

 

「そうね、驚かせてしまったことは謝るわ。少しあなたたちと話がしたくて。一つお願いをしても良いかしら」


 頷く代わりにごくり、と親子三人が生唾を飲む音。お願いという名の厳罰とでも思っているのかもしれない。あいにくたとえ王族であっても私的に民を裁く権限はないのだが、司法との結びつきを信じて疑わない者には何を言っても無駄だろう。だからネオンは、いつかも宣言した決意を口にする。

 

「あなたたちの息子さんでありお兄さんを治療させてほしいの」


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