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幕間―3 審判(2)

 カイズとジラーが町外れの刑務所に収監されたのは数日前のことだ。

 

 初日から軽重様々な刑務作業に従事させられ、洗礼とばかりに古参の受刑者から立て続けに嫌がらせを受け、手が出そうになるカイズをジラーが諫め、あっという間に一日が終わる。有罪が確定した時点で二人から笑顔は消えていたが、最近は会話すら途絶えている。疲労もあろうが、それだけではない。

 

 死罪ではないので、模範囚になりさえすれば仮釈放の可能性はある。ただ、それも何年かかるか分からない。このまま文字通り、終身まで服役し続けなければならないかもしれない。そのことへの不安、自らが犯してきた罪の大きさ、仲間たちへの負い目――少年たちが鬱屈とした気分になるのは無理もないことだった。

 

 静まり返る雑居房の外、固い靴音が近づく。

 

「新入りだ」


 看守が手際よく扉を開け、室内に何かを放り込む。そのあまりの雑さに、人であることは明白なのにごみでも投げ入れたのかと言いたげな視線を向ける二人。

 

 扉には既に鍵が掛かり、靴音も遠ざかっている。

 顔を見合わせ、入り口付近の物体のような人影に近づく。丸々としていて分かりづらいが、それは紛れもなく囚人服を着た何者か。看守が一人で放り投げられるくらいなので、二人よりも年下の子どもかもしれない。

 

 雑居房ではあるが、少なくともこの部屋にはカイズとジラーだけだ。空きがなかったのか、他に事情があるのかは不明だが、ほんの数日足らずの違いで入所したその人物は二人にとって同期と呼んでも差し支えないだろう。

 

「何やったのか知らねーけど、頑張ろうな」

「オレたちが言えた義理じゃないけどなあ」


 親近感からか、新参者に労いの言葉を掛ける二人。新入りは身を起こそうとするものの、四苦八苦している。カイズとジラーは苦笑いをしながら助け起こしてやる。初めてその顔が露わになった。否、包帯でぐるぐる巻きなのでほとんど何も見えないが、隙間から見える明るい茶髪の癖毛と鮮やかなみどり色の瞳が印象的で、思わず目を奪われた刹那――。

 

「ふふっ、案外簡単に入り込めるのね」


 年若い女の声がその者から発せられ、カイズもジラーも目が点になる。普通は男女同室になることはないから、少々小太りな同性だと信じて疑わなかったのだろう。

 

 慌てて距離を置き狼狽え出す二人をよそに、新入りは顔に巻いた包帯を解いていく。今度こそ全貌が明かされ、二人は驚愕と戸惑いを前面に押し出す。その顔は紛れもなく、レクターン王国第一王女その人のものであったからだ。

 

「お前……っ?!」

「どうしてここに……!」

「決まってるでしょ。あなたたちをここから出すためよ」


 仁王立ちになり堂々と胸を張る姿を見て、目と口を開け放っていたカイズとジラーは徐々に脱力したような表情に変わる。

 

「何かものすごく矛盾したことを言ってると思うのはオレの気のせいか?」

「言いたいことは分かるぞー」


 つまり、「ここから出す」と宣言しておきながら自ら囚人に紛れ込んで牢に入ってしまっている。カイズらどころか自身も外に出られない、『ミイラ取りがミイラになる』を体現している。そのことに対する矛盾である。


「もちろんあたしもただ忍び込んだワケじゃないわ。あなたたちを逆転無罪――とまではいかなくても、保護観察付きで釈放してもらう手段は揃えてきた」

「手段?」

「これよ」


 王女、もといネオンがやおらその身に纏っていた囚人服を脱ぎ捨てたものだから、思わず両手で目を覆うカイズとジラー。どちらがうら若い乙女か分かったものではない。


「お前なぁっ! 自分がどういう立場の人間か考えて行動しろよ?!」

「いいからこれ見て」


 赤面し目を隠しながらのカイズの抗議にも全く意に介した様子がない。そんなネオンに(主にカイズが)やきもきしながらも、二人はおそるおそる指の隙間を開いていく。そして、そこにあるのがネオンのあられもない姿でないと分かると、安心した様子で両手を下ろす。

 ただ、二人にとっては心から安堵できる光景でもなかった。


 囚人服の下に括り付けられていたのは、布に包まれた装飾具や遊具、食物。やたらと恰幅よく見えたのはこれらを身につけていたからだろう。それを視界に収めた一瞬で、カイズもジラーも視線を逸らした。今度は羞恥からではない。

 

「なんでそんなモン持ってんだよ」

「ガイラオ騎士団の団長に借りたの」

「んなこと訊いてねえよ。お前がそれを身につけてる理由を訊いてんだよ」


 見ただけで作用する物もあるのだろう。壁を睨み据えながら訊ねるカイズは相当に機嫌が悪そうだ。

 

「あたしがあなたたちの“標的”だからよ」


 鈍い音が響き渡る。雑居房の壁にカイズの拳が打ち付けられていた。

 華奢な体格からは想像もつかない威力で放たれた正拳突きに、しかしネオンは物怖じした様子もなく続ける。


「団長に依頼した。あなたたちの実力を最大限引き出せるように」

「バカなことしてんじゃねえぞ……!」

「バカじゃないわ。だってあたし、信頼してるもの」


 カイズも、ジラーも怪訝そうな眼差しをネオンに送る。

 

「どんな暗示でどんなになったって、あなたたちは絶対にあたしを殺さない。信じてるから、あえて標的になったのよ」


 曇りのない、今の二人には眩しすぎる瞳。どうしてそこまで無垢なまでに信を置けるのか。親鳥に付き従う雛のような目をされては、それ以上責め立てることもできないだろう。


「とりあえず、それ全部隅に置いてもらいたいなあ」


 反論を諦めたらしいカイズの心中を汲み取ったのか、ネオンが身につけている危険物を指さしながら、ジラーは苦笑を浮かべた。





「ったく。何をどうしたらこーゆー発想が出てくんだよ?」

「スゴイでしょ?」

「たぶんカイズは褒めてないと思うぞー」


 呆れ顔のカイズに得意気な笑みを見せるネオン。ジラーののほほんとしたつっこみは意に介さなかったようだ。


「一応聞くけどさっきの看守は」

「王国騎士よ」

「つまり王女と知っててあのぞんざいな扱いか。大物だな」

「あたしが頼み込んだの。“収監する時は思いっきり荒っぽく!”って」


 王女の人柄はこの国では知れ渡っているとはいえ、それだけで引き受けてしまえる看守、もとい王国騎士は相当に肝が据わっている。ネオンもネオンで、そんな要求をするあたりそろそろ被虐趣味を疑われても仕方がない。

 

「それはともかく。改めて説明するけど、あたしは一週間ここであなたたちと過ごす。一日の流れとしては、朝一度看守が来たタイミングであたしが前日の記録を渡す。それで生存確認も兼ねる。そんな感じで一週間乗り切れば、再審はかなり有利になるはずよ」

「ざっくりなのな」

「でも伝わったでしょ?」


 まあ、とカイズは口を濁す。ジラーも難しい顔をしている。随分軽い調子で説明されたので簡単なことのように思えてしまうが、そう上手く運ぶだろうか。そんな危惧が表情に滲み出ている。

 

 二人の懸念を吹き飛ばすように、ネオンは反動をつけ思いきり後方の布団に倒れ込む。

 

「あたし一回こういうのやってみたかったのよねー! みんなでお泊まり会ってヤツ? あんな話とかこんな話してみたりさー」

「だったらアオイとかあねさんとか城に呼んでフツーにやりゃいいだろーが! なんでよりにもよってオレらなんだよ?! しかもお前、明日にはオレらに殺されてるかもしれねーんだぞ!?」


 壁際に寄せて畳まれた粗末な布団に頭を乗せごろごろし出すネオンにカイズが怒鳴り散らすが、やはりどこ吹く風。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。一週間なんてあっという間よ」

「随分くつろいでるな~~」

「そーね。全然不安ないもん」


 先ほど啖呵を切ったとおり、心から信用しきっているようだ。そんなネオンに何かを言いかけて、口を閉ざし、溜息を吐くカイズ。部屋の隅に積まれた暗示の類いにちらりと目をやる。

 

「それにしても、ホントに色々寄せ集めてきやがったな」


 カイズやジラーにとっては記憶に新しいバッジを始め、年頃の子供が喜びそうな玩具や食物、服飾品が所狭しと並んでいる。どれもこれも暗殺を勧奨する催眠効果のある代物だ。

 

「この瓶も?」

「ばっ、それは……!」


 いつの間にか催眠具の傍らに来ていたネオンが小瓶を手に取り、角度を変えて上から下から眺めていて。

 血相を変えたカイズより先に、その手をジラーがそっと握って制止する。


「こんな換気の悪いところで匂いのある物は悪手だ」

「えっ、あたし蓋開けてないけど」

「手に持ったときの熱で匂いが染み出す設計になってる。小さい子ども相手だからなるべく力の要らない、手間の掛からない道具が多いんだ」

「ごめん……」


 あれだけ手荒に扱われても零れなかったのは、熱の伝わりにくい袋に入れられていたためと考えられる。


 事の重大さを理解したネオンは目に見えて落ち込んでいる。ジラーの声色や表情がいつもよりずっと固く緊張感が漂っていたことも関係しているだろう。

 

「ただまあ、いつかは慣れなきゃいけないとは思うけどなあ。また通り魔的に暗示かけられるかもしれないし」

「だとしても今じゃねーよ」

「もちろん。こういうのは少量・短時間が鉄則だからな~~」

「牢屋に箱詰めで一週間なんて普通はやらねえよなー」

「……悪かったわよ……」


 膝を抱えてしょぼくれるネオン。時間がない中捻り出した案だったが、自信をなくしてしまったのかもしれない。その姿を見て顔を見合わせ、揃って小さく息を吐き。

 

「来ちまったもんはしょうがねーし、こうなったら意地でも抗うしかねーだろ」

「オレたちのためにありがとな、って意味だぞー」

「ヘンな意訳すんな! おいネオン、言葉通りの意味しかねーからな! これ終わったら余計なことしねーで王女らしく大人しくしてろ!」


 真逆の性格と言動ではあるが、感謝と心配は十分すぎるほど伝わったのだろう。ネオンの表情も呆けたようなそれから微笑みに変わる。

 

「ありがと、二人とも」





 初日こそ戦々恐々、ぎくしゃくと目まぐるしく変化していた彼らの関係性は、一日、また一日と過ぎ去るうちに打ち解けていき。

 刑務作業での出来事、過去の城での珍事、他愛のない会話を繰り返す中で、すぐそこにある催眠具への恐怖も薄れていって。

 

 異変が起きたのは五日目のことだった。

 

 調子に乗って食物を食べ、玩具を身近に置き、全ての装飾品を身につけた二人の様子に変化が現れた。声を上げて笑っていたかと思いきや途端に目をつり上げる。虚ろな眼差しでネオンに近づき相方に制され、あるいは自ら己を制する、その繰り返し。

 

 口にはしないものの、誰もが理解していた。

 身分を超えた友人ではなく、暗殺者と標的の関係になりつつあると。

 

 六日目の夜。少しでも確率を下げようと、片方が交代で片方を見張るという作戦に切り換えた。

 今、ジラーは夢の中だ。ネオンも安らかな寝息を立てている。二人を眺めながら床に腰掛けていたカイズは、おもむろに立ち上がり足音も立てずにネオンに近づく。

 

 白く細い首に両手が伸びる。もう少しで指先が肌に触れるところで正気に戻ったのか、咄嗟に手を引き激しくかぶりを振る。脳内に響き渡る危険な囁きに抵抗しているのだろう、「違う、違う」とうわごとのように呟きながら、頭を抑えネオンから距離を取ろうとする。

 

「辛いの?」


 眠っているはずのネオンの声がして、弾かれたようにそちらを向くカイズ。みどり色の瞳が汗だくの顔を映していた。

 

「辛いなら、殺してもいいのよ?」

「バカ言うな……ぜっってぇに、殺さねぇ……」


 初日の同じような台詞に比べて覇気がない。余裕がないのだ。自らの手をもう片方の手で床に押さえつけ、荒い息を吐きながら視線を逸らしている。必死の形相で己自身と戦う様を見ては、本心か定かではないもののネオンがそう提案するのも無理はなかった。

 

「困ったわね。夜明けまではまだ時間があるし」

「夜明け? まだ丸一日あるだろ」

「七日目の朝がタイムリミットよ。だから、明日の朝あたしが無事ならひとまずこの作戦は成功」

「無事ならな」

「弱気になっちゃって」


 軽口を叩くネオンに一瞥をくれるカイズ。脳内を侵す命令に神経をすり減らし、ぎりぎりのところで理性を保っているのだ。この苦痛は当人にしか分からないだろう。

 

「喋ってる間は大丈夫なの?」

「ああ……気が紛れるからかもな」

「気が紛れればいいの?」

「そーなんじゃねえの」


 その割に会話すらも億劫そうだ。

 何事か閃いたのか、ネオンの瞳がきらりと輝く。

 

「眠いんじゃない?」

「あぁ? あーそーかもな……あ?!」


 生返事が終わるや否やのタイミングでネオンがカイズに飛びかかる。正確には、四つん這い気味だったカイズの上半身を抑えつけ身動きが取れないようにしている。

 

「体術禁止って条件自分で破ってんなよ?!」

「だって体術じゃないもの」

「限りなく寝技に近いだろ!」

「だから技かけてないって。ジラー起きちゃうわよ」

「じゃあなんなんだよこれは?!」


 答える代わりに、ネオンはやおらカイズの丸まった背中に手を当てて。

 

「〽ねこや ねこ 寝る子や良い子 健やかに まあるくおやすみ可愛い こねこ」

「……オレは何を聴かされてんだ」

「子猫の歌」

「なんで子猫」

「子守歌なのよ」

「なんで子守歌」

「眠いって言ってたじゃない」


 カイズは押し黙った。半分誘導尋問のようなものではっきりそうと言ったわけでもないが、ネオンの中ではカイズの発言になっているのだろう。

 カイズが閉口したのを良いことに、ネオンは子守歌を継続する。

 

「〽ねこや ねこ よく駆け遊べ たくましく まあるいおてての可愛いこねこ」

「〽ねこや ねこ ――」

「いい加減にしろよ。こんな子供だましで暗示を破れるなら苦労しねーわ」


 憎まれ口を叩くカイズだが、その瞼は落ちかかっている。抜群に上手いわけではないものの、よく通る歌声は優しく、聴く者の心を落ち着かせる。規則正しく背に触れる手のひらの温もりも手伝ってか、強張っていた身体から力が抜けていく。

 

「きらきらおめめの愛しいこねこ……」


 ここ数日の緊張感や疲れが一気に押し寄せたのだろう。ネオンがふと見下ろすと、その顔は完全に瞼を閉ざしており、耳を澄ませばようやく聞こえるほどの寝息が聞こえてくる。猫のように丸まり幼い寝顔を晒す姿に、思わず微笑みを零す。

 

「子どもじゃない」


 普段なら突っかかってくるだろうが、既に夢の中らしく反論の一つも返ってこない。歌は中止し、ゆったりと背中を叩く動作は継続する。

 

「ねえ、ちゃん……」


 漏れた言葉に手の動きが一瞬止まるも、次には小さく鼻歌混じりに拍子を取るネオン。

 夜が静かに更けていく。

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