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第百七十二話 おかえり(1)

「戻ってきたー!」

「きぃー!」


 ウイナーの入り口で諸手を挙げて歓喜するあおいに、キースモシも同調して飛び回る。


 とはいえ、ラニアもカイズもジラーもいない。たった二人きり(と一羽)の帰還だ。ウイナーまで行くと意気込んでいたミリタムとも結局レクターンで別れた。レミオルに捕まったのだ。なんとなくこちらについてきたそうな雰囲気は滲み出ていたのだが、圧力に負けたようだった。碧もさすがに皇子相手には粘れない。


 皇子と言えば、彼のお目付役らしき大人たち――すなわちデューダーとアバースからの疑いも無事晴れた。碧らとしては何もやましいことはないのだが、ネオンがどこまでも自然体だったのでより優位に立てた。

 石碑の広場から戻ってきた碧たちを見て敗北を悟ったような表情を浮かべたものの、最後の悪あがきとばかりに関係性を問うデューダーに「友達よ?」と即答したネオン。とどめに、碧がヤレンの生まれ変わりであることや【思考送信テレパシー】越しではあるものの常に魔族との戦いに身を置いていたことを巫女でもある自身の視点から完膚なきまでに説明してくれたので、デューダーがひれ伏すまでそう時間は掛からなかった。アバースの方はそこまで聞いてなお訝っていたようだが、デューダーに無理矢理頭を下げさせられていた。その際カツラが取れて地面に落ちたことも含めて大変痛快だった。


 ただ、良いことばかりではない。白兎ハクトはあのまま会えずじまいだ。兎族うぞくの里まで戻れば話ぐらいはできただろうが、会って何を話せば良いのか。碧はその答えを、掛ける言葉を見つけられなかった。きっと何を言っても慰めにはならない。それどころか、傷を抉ってしまう恐れさえあった。姿形は近しくても、同じではない。たったそれだけのことが、しかしそれこそが、一番の問題なのだから。


 後ろ髪を引かれる思いではあったが、ウイナーに戻ろうと言った。イチカも碧の意見を尊重してくれた。


 碧はちらりと隣に立つ銀髪の少年を見上げる。碧のように全身で喜びを表したりはしないものの、表情はどこか感慨深げだ。やはりイチカにとっては第二の――否、故郷そのものなのだろう。


 思えば、イチカがこんなに柔らかな表情になるなんてあの頃は想像もつかなかった。頼まれたから仕方なくという態度を隠しもせず、会話は必要最低限。刃物のように冷たい言動に傷つき、暫く苦手意識を抱いていた。それでも、責任感の強さに。仲間思いな姿に。その眼差しのまっすぐさに、いつの間にか惹かれていて。


(そういえばあたし、告白するために帰ってきたんだった……)


 正確には「イチカに会うため」だが、母・きよ子に「後悔しない方を選んでほしい」と言って送り出してもらった以上、腹を決めなければならない。まだ少し遠慮はあるけれど、打ち解けている自信はある。


(でも、ちょっと急すぎる気もするなぁ)


 戻って早々、こんな町の入り口で伝えるような内容ではない。うーんと心密かに悩んでいると、隣から視線を感じた。イチカと目が合う。それだけで碧にとっては心臓が飛び出そうなほどの衝撃なのだが、何か言いたそうな表情が気にかかる。


「ど、どうしました?」

「……いや。あまり被害はなさそうだな」

「そう、だね」


 緊張のあまり敬語で訊ねる碧。それが原因ではないだろうが、イチカはついと視線を逸らした。

 つい先日まで世界中が魔族の脅威に晒されていたのだ。ウイナーも例外ではないだろう。他のことに気を取られて「被害」と言われても一瞬思考が追いつかなかった。


(また自分のことばっかり考えちゃった)


 肩を落としつつ、イチカに倣って周囲を見渡す。

 一年近く前に出発した時とほとんど変わっていないように見える。あまり、どころか全く戦渦に巻き込まれた様子がない。


「おや、久しぶりだね」


 甘い匂いとすれ違ったと思ったら、声を掛けられて振り向く。

 褐色の肌、高身長の女性。碧が初めてこの町に来た日、お菓子を差し入れてくれた人だ。


「えっと……シェスタさん?」

「覚えててくれたのか。光栄だよ」


 某歌劇団の男役のように爽やかに微笑まれ、同じ女性なのに顔が火照る。

 数秒ほど見とれてから、訊ねるべきことを思い出し我に返った。


「あ、あの。大丈夫でしたか? 魔族の被害とかは……」


 シェスタはああ、と悩ましげに片眉を下げる。


「レクターンやサモナージは大変だったみたいだけどね。私たちがそれを知ったのは逃げ込んできた商人がいたからだよ。ウイナーは対岸の火事だった」


 何故、ウイナーだけが。

 思わずイチカと顔を見合わせる。


「やはり、伝承は正しいのかもしれないね」

「伝承?」

「ウイナーがかつて、救いの巫女様に助けられた村だったという伝承さ。世界中のどこよりも巫女の森に近いし、ご加護をいただけたのかもしれないよ」


 以前ラニアも誇らしげに語っていたことを思い出す。真偽はどうあれ、誰かがウイナーを護っていたことは事実。ヤレンか、あるいはサトナか。


(でも、あんなに大きな森を結界で覆ってるのに、ウイナーまで護れるかな?)


「そういえば、他の三人の姿が見当たらないね?」

「いろいろ、あって。一緒には戻れなかったんです」

「そうか……」


 言葉を濁す碧。本当は皆で帰ってこられたら良かったのだが、随分寂しい凱旋になってしまった。

 戻ってくると信じたい。けれども、少なくとも二人は厳しい局面にいる。ラニアに至ってはどこにいるのかさえ分からない。考えまいとしているのに、浮かぶのは最悪な未来ばかり。


 気分が沈んでいく碧の目の前に、小さな包みが差し出される。


「大丈夫。あの子たちは強い。そこの彼も合わせて無敵の名をほしいままにしていたくらいだからね。それに、この奇跡の町と繋がりを持ってる。悪いようにはならないよ」


 お食べ、と改めて差し出され、ありがたく頂戴する。包みを開けると、一口サイズの焼き菓子のようだった。いただきますと一言言って頬張る。心にまで染み入るような、優しい甘さと口溶けの良さ。


「美味しい」

「それは良かった。またいつでも私の店においで」

「シェスタさん、ありがとうございました!」


 碧の心からの笑顔に満足したのか、シェスタは片手を上げて歩いて行った。


 前回も今もついつい厚意に甘えてしまったが、シェスタとて客商売。菓子類を持ち歩いているのも言わば販売促進のためだろう。次行くときはちゃんとお金を払って食べよう、と心に決めた碧だった。


「とりあえず、ラニアの店に行くか」

「うん」


 久しぶりに訪れた『ファッション アネゴハダ』は、旅立ちの日そのままだった。周辺は誰かが手入れしてくれていたのか、伸びっぱなしの草木もなく綺麗にされている。バリケード代わりの太枝は健在だが、ラニアが走り書きした『立ち入り禁止』の張り紙は風雨に晒されて読めなくなっていた。


 外観は無事でも、地下階の柱という柱を破壊されている。今は危うい均衡を保っているようだが、一歩中に入ればたちまち崩壊してしまうかもしれない。


「建て直すための資金がいるな」

「やっぱりそうだよね」


 この店舗兼住宅はラニアのものだが、ラニアだけのものではない。イチカらにとっては言わば『シェアハウス』のような役割を果たしていた。今後もこの町に住み続けることを考えれば、建て替えは自然な流れだ。


(そっか。「住む」んだ)


 最初は、どうしたら日本へ帰れるかそればかり考えていた。このままアスラントで暮らすなんて想像もしていなかった。


 一度は日本に戻ることができた。そのまま留まり続けることもできたのに、もう一度アスラントへ渡る選択をしたのは。


 イチカを、好きになったから。

 その気持ちを、思い出してしまったから。


 そっと盗み見たつもりだったのに、がっつり目が合ってしまい慌てて顔ごと逸らす。今日はやたらと視線がかち合う。深い意味などないと自身に言い聞かせながらも、期待を止められない自分が憎い。


「すまなかった」


 唐突な謝罪を受け、ごちゃついていた碧の頭の中が一瞬にして真っ白になる。聞き間違いかとも思ったが、真正面から見たイチカの顔は発言通り申し訳なさそうで。


「な、なんで?」


 シェアハウス再建のための資金集めの話をしていたはずなのに、何故謝るのか。

 イチカは視線を下方に向け、言葉を探しているようだった。


「お前がこの世界に戻ってきたのは、魔王を倒すためだろう。おれ達だけでなんとかできれば良かったが、そうもいかなかった。結果的に魔王を倒せはしたが、日本へ帰る方法は分からない。だから、お前を帰してやれない」


 だから、すまないと。

 つまりイチカは、碧が渋々この世界に戻ってきたと思っているようだ。頻繁に感じていた視線は、その後ろめたさ故のものだったのかもしれない。


 碧はそもそも自らが指名されていることなど知らなかったし、自分が「死んだ」後のことは気がかりだったがここまで事が大きくなっているとは思いも寄らなかった。戻ると決めたのは完全に自己都合なのだ。


 今、言うべきだろうか。

 再びこの地を踏んだのは、想いを伝えるためだと。


(……いや、ここでそれを言うのは良くない気がする)


 そんな不純な動機で戻ってきたのかと落胆されてしまったが最後、ただでさえ低い可能性が絶望的なものになってしまう。


「帰れなくていいんだよ」


 伏し目がちだった銀色の双眸が見開かれる。少し言葉足らずだったかもしれない。


「あたし、ちゃんと覚悟決めてきたの。お母さんにも、友達にも話して理解してもらえた。あたしのお母さん、こっちの世界の巫女だったんだって。今はほとんど力がなくなっちゃったらしいんだけど……もしどうしても帰りたくなったらお母さんを頼ってって言ってくれたの。だから、イチカが気にすることないよ」

「……そうか」

「それにね。あたしにとってはこの世界も大事なの。だって、友達も大切な人もたくさんできた」


“大切な人”の一番はイチカだが、今はまだ言えない。その代わり、満面の笑みを向けた。伝わってほしいけど伝わらないでほしい、そんな矛盾する気持ちを抱えながら。

 イチカはもう一度、今度は小さく「そうか」と呟く。その表情は先ほどとは一転、穏やかで柔らかい。控えめな微笑みにも見えるその顔に碧の鼓動が跳ねる。


(ずるい! はっきり笑ってなくてもイケメンなんてずるすぎる!)


「ってことなので! あたしもできることがあったらなんでもやるから!」


 悔しさと照れから半ばヤケ気味に叫ぶように宣言する。急に大声を出した碧に少し戸惑った様子のイチカだったが、不意に思案に耽るような仕草を見せ。


「……『仕事』、やるか?」

「えっ」

 

 広く一般に言う仕事のことではない、と直感で悟った。

 そのフレーズを聞いたのは片手で数えるほどだ。荒野で出逢ったカイズが、直近ではシェスタが。

 そして耳にするたび、しばしば疎外感に襲われるその単語。


「仕事って、四人でやってたっていう?」

「ああ」

「無敵の名をほしいままにって」

「おれは初めて聞いたが、あいつらは知ってるかもな」


 確かに、と碧は頷く。カイズやジラーが好きそうな肩書きだ。ラニアも美貌とモデル体型に隠された冒険好きのおてんばなので実際のところ好物だろう。


「あたしで、いいの?」


 気になるのはその点だった。

 四人揃えば向かうところ敵なしだったのに、これからはたった二人。しかも碧は未経験。彼らの評判に傷を付けるかもしれない。それどころか、足を引っ張るかもしれない。


「確かに、あいつらがいれば心強い面はあるが」


 ――やっぱり、あたしじゃ勝てないんだ。

 いじけてしまいそうになる碧だったが。


「お前にはあいつらにない強みがある。むしろもっと効率的に仕事を進められるかもしれない。内容によっては危険も伴うが……その上で頼みたい」


 イチカが頼ってくれている。それが分かれば、断る理由などあるはずがない。


「分かった!」

「なら、早速だが仕事をもらいに行こう」

「うんっ!」

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