第十七話 新たな能力(ちから)(2)
「妹、大丈夫なの?」
唯一把握できた状況について、隣のネオンに訊ねるラニア。王女がたとえ一時的でも行方を眩ましたとなれば、こんなところで口論などしている場合ではないはずだ。最悪の場合、賊に攫われたという可能性もあるのだから。
言外に懸念を含めて問いかけるが、ネオンは赤ら顔を愉快そうに崩したまま慌てる様子もない。上機嫌にひらひらと手を振る。
「へーきへーき。あの子いたずらが好きなのよ。っぷぅ」
王女とは思えぬげっぷを放ち、円柱型の木製杯に満たされた酒を煽る。やたらとテンションが高いのはこのためである。
この世界の成人年齢は十八歳だが、嗜好品の年齢制限は特に設けられていない。よって、未成年が飲酒をしようが喫煙をしようが罰せられることはない。
ただ、酒も煙草もこの世界においては上流階級のみが日常的に楽しめるもの。ラニアたちにとっては高級品に近く、あまり馴染みもないのだ。
とはいえ、杯から漂う上質な果実の香りは興味をそそるには十分で。
「それ、美味しいの?」
「そりゃあもう! 心の底から幸せな気分になるわよ~~? 飲んでみる?」
「うーん……」
危険な薬を勧めているかのようなネオンの売り文句にラニアが逡巡しているその間も、火花を散らすオルセトとミシェル。「我関せず」が大多数を占める中、間に入ろうとする者、煽り立てる者も一定数。それらが皮肉にも彼らの喧嘩を過熱させてしまい、収拾がつかなくなっていた。
止まない口論に終止符を打ったのは、オルセトの背後から伸びた華奢な腕だ。
白くか細い指が、広い背の中央をつつとなぞる。
「――!!」
声にならない声を上げ、腰を抜かして座り込んでしまう大の男。
「オルセト? おーい、オルセト?」
異変に気づいたミシェルが跪いて呼びかけるが、白目を剥いていて返事ができる状態ではないようだ。
「フフッ、かわいい!」
そんなオルセトの影から楽しそうに現れたのは、この国の第二王女クリプトン・ラグ・デイ・レクターンである。まだあどけなさが残るものの、碧眼といいその顔立ちはどことなく姉と似ている。
他方、姉よりも茶味が強い栗色の髪は腰に達するほど長く、頭の上で二つに分けて束ねられている。肩から二の腕の布を取り払い、肘から指先までを覆うゆとりのある袖が特徴的な太股までの上衣と、膝下までのやや細身のズボンを身につけている。
ひらひらとたゆたう生地と長い栗色の髪も手伝って、奔放に行き来する姿はまるで蝶のよう。
その場の全員が蝶の登場に呆気に取られている中、いち早く正気を取り戻したのはミシェルだ。
「何が可愛いものですか。こいつのせいで私は……」
「だって、あんな能面顔がこんな焼き魚みたいな顔になるのよ? かわいいじゃない」
「貴女の可愛いの基準が今ひとつ理解できません」
現状、見る影もないが――普段のオルセトはクリプトンが称するとおり、生真面目を絵に描いたような容姿も相まって「能面」と称されるほど理性的だ。
そんな彼にも苦手なものがあって、それが先ほどのような不意打ち。もっと言えば、目に見えない心霊的なもの。五は年下であろう少女から「かわいい」と遊ばれてしまうのも、見かけによらない苦手分野を掌握されているからなのだ。
「ほら見てミシェル。きっととっても怖かったのね。気絶してる!」
その場に座り込んでしまったオルセトを見て、きゃいきゃいと甲高い声ではしゃぐクリプトン。青年の頬をつついたり黄色い短髪をいじったり好き放題していた彼女だが、不意に動きを止め、直線的な眉が特徴的なその顔を見つめだした。心なしか碧色の瞳は潤み、頬も微かに色づいている。
やがて意を決したように真剣な眼差しに変わったかと思うと、ゆっくりとその顔を近づけてゆく。それまで見るでもなく見ていた観衆も、彼女が始めた大胆な行動に思わず目が釘付けになる。
いよいよ二つが重なろうとした、そのとき。
「……う」
オルセトが失神状態から覚めた。と同時に、その場にいたイチカ以外の全員が心の内で舌打ちを零す。クリプトンも即座に顔を離したものの、真っ赤になったり真っ青になったりと忙しそうである。
「きゃーーっ!!」
「あああっ、惜しいっ!!」
クリプトンとミシェルが同時に叫び、クリプトンは全力疾走で部屋から脱出。耳をつんざくような声で半強制的に意識が覚醒したものの、状況を把握し切れていないオルセトはただ一人きょとんとしている。
「何があった?」
「知らなくていい」
傍らで訳知り顔のまま佇む同僚兼幼なじみに訊ねるも、はぐらかされてしまい。
――解せない。
憮然とした表情で首を傾げるオルセトであった。
「姉さん、姉さん!」
思いがけない余興が功を奏したのか、宴はこれまで以上に盛り上がりを見せる。浴びるように酒を飲む者、一発芸や寸劇を始める者、人生相談や恋愛相談に勤しむ者――。
さすがに全員が集合しているわけではないとはいえ、一応仮にもこの国の防衛を司る騎士たちが揃いも揃ってこの体たらくである。それもこれも「平和だから」の一言で済んでしまうのだが。
てんやわんやな空気を縫って、カイズらがラニアに声を掛けた。何やら慌てているようにも見える。
「どうしたの?」
「アオイがいない」
「探した方がいいんじゃないか?」
二人の訴えを聞き、ラニアの表情も真剣味を帯びる。
「アオイが……? そうね、イチカ!」
窓に寄りかかっていたイチカはまさか自分が呼ばれるとは思っていなかったらしく、肩からずり落ちる。
「なんでおれが」
「護れって言われたんでしょっ! 約束はなんだろうと果たすモノよ!」
あからさまに面倒くさそうな顔をするイチカの背中を無理矢理押し、部屋から締め出す。
追い出されてしまったイチカは少々恨めしげに扉に目を向けたものの、諦めたように溜息を吐き、渋々碧を探しに行くのだった。
どこか満足顔でイチカを送り出したラニアはその後、酔いが最高潮のネオンに捕まった。最早「飲む?」ではなく「飲むわよー!」と雄叫びを上げていることから、引きずり込む気満々である。
連行されていったラニアを見送りつつ、カイズはぽつりと呟く。
「姉さんさ、わざと兄貴行かせたんだよな」
「だろうなぁ」
「兄貴がアオイを傷つけずに帰ってくると思うか?」
「うーん……」
「最初から、オレらが捜しに行けばよかったのかもな」
「そうかもなぁ」
陽気な室内の一角で、二人は深い憂慮の溜息を吐くのだった。
碧はその頃、ネオンが昼間【切風】を披露した王城庭にいた。すっかり夜の帳が下りた世界は星の明かりがよく見える。人工物ばかりの日本の都会ではまず見られない光景だ。生温くも冷たくもない心地よい風が吹き抜ける。
自然の力を存分に感じつつ、碧は数時間前に思いを馳せる。
見よう見まねではあったが、碧の【切風】は無事成功した。碧自身、何故上手くいったのか判然としない。まぐれか、それともヤレンの生まれ変わりだからこそか。
碧に「才能がある」と発破を掛けた相手――ネオンは誇らしげに微笑み拍手を送っていた。見立てに間違いはなかったと自身に言い聞かせるように。
けれども、やはり元々の持ち主から見れば完璧とまではいかなかったようで。
『技の威力は、意志の強さで変化するって言ってもいいわ。だから意志が弱いと、威力もつられて弱くなっちゃうの』
「ちょっとしたアドバイスだけど」と前置きしてからネオンはそう告げた。碧が生み出した【切風】を見て、率直に意志が弱いと感じたのだろう。つまりは、覚悟が足りないと言いたかったのかもしれない。
強くなりたいと願った。仲間たちの足手まといになりたくないと思った。その気持ちに嘘偽りはない。
しかし、覚悟という面では煮え切らないのも事実だった。自分で選び取ったのならまだしも、碧の知らないところで勝手に生まれた因縁によって命を狙われる羽目になったのだ。巻き込みも良いところである。帰れるなら覚悟など放り出して、今日明日にでも帰りたい。そして気になっている漫画の続きを読みたい。
そこまで考えて碧は、なんとなく直感的に「無理だろうな」と感じた。何せ日本へ帰るための手がかりが一つもない。それに、きっとここからは逃げられない。立ち向かうしかないのだと。
(今ここに魔族が現れたとしたら、あたしに倒せるかな?)
両手を握りしめ自問する。ネオンの【切風】ならば申し分ない威力だろう。しかし、覚悟を決められない自分の【切風】は通用するのだろうか。
強さと覚悟が相関するならば、今のままでは勝てない。しかし、今すぐ心構えができるかと言えば、そんなに単純な問題ではない。
「!」
内面に意識を傾けていた矢先、首筋に何かが当たった。
夜の空気で冷えた首元を、更に凍らせるような感覚。ひどく鋭利で冷たいそれが刃物と分かるまで、数秒を要した。
――どうしよう。
思考はその言葉で埋め尽くされ、冷静な判断ができない。「逃げる」という手段が過ったものの、上手くいく可能性は低い。仮に碧が走り出そうとしたところで、その切っ先が碧の首を斬りつける方が速いだろう。
冷や汗が伝い、身体は硬直して動かない。
そんな碧を嘲笑うかのように、後方から響いた鼻を鳴らす音。漆黒の瞳が見開かれる。
「隙だらけだな」
「イチカ……!」
随分久しく思えるその冷酷な声。首筋に押し当てられていた固く尖った感触が消えるや振り返った碧は、こちらを見据える銀色の瞳に射竦められる。
呆れ、軽蔑、あるいはその両方。辛うじて読み取れた感情に、肯定的なものはない。
「別にあんたが何を考えていようが、おれには関係ない。それにしたって無防備すぎる」
「……」
「おれが殺そうと思えば殺せた」
言葉が見つからない碧にぶつけられる、遠慮のない悪意。
イチカが碧を守る動機は「頼まれたから」であり「仕方なく」。それ以上の理由はない。彼の中で、「忌まわしい存在」が消えたわけでもない。碧への拒絶反応もまた健在だ。
「早く城に入れ」
「……うん」
イチカの忠告に応答はしたものの、そこから動こうとしない碧。
(なんで、こんなに寂しいんだろ)
きっかけがあって、共に行動することになって、ほんの少しだけ殺意がなくなって。
けれど、それだけだった。
分かっていたはずだった。あの世界を憎む彼と、そう簡単に打ち解けられるはずがないと。それなのに碧の心は、まるで裏切られたかのようにぽっかり穴が空いたまま。
互いに背を向けたまま、時間だけがゆっくりと流れていく。
静かな夜だ。虫の音と、坂下の繁華街からであろう喧噪が遠く微かに聞こえる以外、静寂を妨げるものはない。
だからこそ、小さく溜息を吐く気配すら鮮明に聞こえる。
「明日から一週間、ウイナーで祭りがある」
ただ、続いて紡がれた言葉とそれを告げた少年のイメージとが噛み合わず、碧はすぐにはその内容を理解できなかった。気分が落ち込んでしまい、ぼんやりしていたこともある。
半分働いていない頭でも、単語が浸透していくにつれ違和感を覚え。
弾かれたように振り向いた碧の目に映ったのは、風に揺れる銀髪と鎧の背中。
「その祭りに、おれたちも行く。ラニアの提案だけどな」
風に乗って、ぶっきらぼうな声が届く。
彼にとっては義務に過ぎないのかもしれない。ラニアに強制されて、渋々その役を果たしただけかもしれない。けれどもどんな理由であろうと、「優しさ」がなければできないだろう。負傷した際に包帯をくれたことも、こんなさりげない声かけも。
見ず知らずの少女と約束をしたことだって、極論を言えば有事以外は一切関わらないという選択肢もあったはずだ。それが、必要最小限以下の頻度とはいえ会話を交わせるまでになっている。とてつもなく険悪な出会い方をしたあの日からは到底考えられないことだ。
たとえ最低限の優しさであっても、『仲間』と認めてもらえた気がして。それを傾けてくれることが、とても嬉しく思えて。
思わず頬が綻ぶ碧をよそに、用は済んだとばかりにイチカは城内へと歩き出す。
「あ、イチカ! ありがとう」
「……」
碧の予想に反して、一瞬立ち止まる足。しかし、振り返るわけでも何かを発するわけでもなく、再度歩き出す。そのまま城の中へと戻っていく銀色の影を、碧は爽やかな気分で見送る。
初めて、この世界に来てよかったと思えた。そして初めて、見えぬ明日が待ち遠しいと思えた。
一方、宴もたけなわ――かと思われた城内の一室。不夜城のごときそこは、未だ終わりを知らない。酔い潰れて眠ってしまった者もいるが、どんちゃん騒ぎは相変わらずである。
とりわけ存在感を示すのは、長い金髪に薄紅色の瞳、齢十五にして恵まれた肢体を持つ少女。その場の誰よりも声を張り上げ、仲間の少年らに管を巻いている。
「あんららちも飲みなひゃいよっ! あたひの酒が飲めないっへーの?!」
「いえあの、決してそんなことは……!」
一体どれだけ飲まされたのか、呂律が回っていない。大人顔負けの絡み酒に引き気味ながら、丁重に断るカイズとジラー。間が悪いことに、改めて碧を捜しに行こうと決めた矢先に捕まってしまったのだ。
「らったら飲みなひゃいっ!」
首根っこに掴みかかろうとするラニアの手をすんでのところで避け、安全圏に逃れるカイズ。頭の上がらない相手であろうと所詮は酔っ払い、銃さえ持ち出されなければどうとでもなる――。
「隙ありっ!」
「っ?! ネオンてめっ……!!」
思わぬ伏兵から足を払われ、カイズの上体が大きく傾く。抗議の声も虚しく豊満な胸――もとい、木杯を持って待ち構えるラニアへと倒れ込む。
柔らかな感触にどぎまぎできたのも、たった一瞬。襟首を引っ掴まれたかと思いきや、迫るアルコール臭。半ば顔に浴びせかけられるような形で、カイズの鼻から口から酒が流し込まれていく。
耐性などあるはずもない少年の身体には、度数十五度の酒はあまりにも強い。
為す術なく昏倒するカイズを目の当たりにして、残されたジラーは瞬時に青ざめる。
「か、カイズ……!」
「あんらもよ、ジラー……」
「……!!」
前方にはラニア。後方にはネオン。鍛えているジラーならば何のことはないように思える構図だが、それは相手がただの女子どもだった場合である。
特に、カイズを間接的に戦闘不能にした王女が厄介だ。身分不相応に洗練された体術は、ともすれば酒を飲んだことでより磨きがかかっているように見える。
加えて、千鳥足なのかそうでないのか判別しがたい動きに翻弄され、一時も警戒を解けない。これがアオイたちの世界にある「酔拳」ってやつか、と密かに舌を巻くジラーを、とても今日が初対面とは思えない息の合った動きで追い詰めていくラニアとネオン。二人の目つきは明らかに悪巧みを目論むそれである。
「イイ子ぶってないでさぁ~~、飲みなさい、よっ!」
ネオンが拳、否、その辺に転がっていた酒瓶を放つ。危なっかしい足取りなのに狙いは正確で、避けたジラーの顔面すれすれの位置を横切っていく瓶。
「は~~い、つーかまーえた」
「しまっ……!!」
気づいた時には既に遅し。どこにそんな反応速度を秘めていたのか、回避行動を取ったことで生じた僅かな間隙を縫ってラニアがジラーの死角を陣取る。そちらを振り向いた一瞬で口腔に突っ込まれる、なみなみと酒が入ったグラス。
据わった目をした少女らに顔と身体を固定され、完封されたジラーもまた、カイズと同じ運命を辿ることになってしまった。
混沌とした状況ではあるものの、ある意味では平和とも言える城内外とは反対方向――北の方角。血臭を漂わせながら、一つの存在が古城に足を踏み入れた。
特筆すべきはその巨体。平均的な大人の三倍はある身長と筋肉質な体格を持ち、赤茶色の肌は真新しい返り血によって生々しく光沢を放っている。頭頂部から緩く歪曲した二本の角が生えている様はまさに「鬼」。墨で描いたような太眉の下には、威圧感のある充血した瞳。上方が僅かに尖った耳、いぼのある鼻、獰猛な牙がのぞく口。体毛は濃く、手足には刃物のように鋭い爪が備わる。
鬼――エグロイ・アスは申し訳程度に身につけた腰蓑を揺らし、腹を撫でながらのったりとした足取りで広間に現れた。
「くふぅ~〜」
げっぷ混じりの吐息が直撃した瞬間、クラスタシアの右腕が鼻を覆うように動く。
「アンタ、人間臭いわよ」
眉間をこれでもかと寄せた表情は侮蔑そのものである。
魔族の食糧事情には個体差がある。エグロイのように人間や同類を食す者もいれば、家畜のみに留める者、そもそも肉類を摂らない者など様々だ。
クラスタシアは菜食主義というわけではないが、少なくとも人間を食料とする種族とは相容れないし、理解したいとも思わない。彼の場合は、人間に対する憎悪が根底にあることもその一因なのだろう。
鼻を押さえたまま距離を取るクラスタシアの心境などお構いなしに、鬼は恍惚とした表情で語り出す。
「美味かったんですぜぇ~? あの人間共の泣き叫ぶ姿がまた格別でぇ~……」
「~~分かった分かった!」
限界だと言わんばかりにエグロイを一瞥し、クラスタシアが退室する。殺人的な口臭を浴び続ける状況に近いのだろう。青ざめたその顔は皮肉にも人間的であった。
クラスタシアと入れ替わるように姿を見せたのはヴァーストだ。物言いたげなエグロイの方は見向きもせず、四角く切り抜かれた壁際に向かい外界を見つめる。
「エグロイ」
「なんでしょう、親分?」
「ソーディアスを探してこい」
「……は?」
思い出したように口を開いたヴァーストに嬉々として返すエグロイだったが、次なる命令を聞いて素っ頓狂な声をあげる。いかに人間が美味だったか、そこに叫びが付与されることでどう変わるかを力説したかった彼にとっては拍子抜けだったのだろう。
「分からんのか」
「は……」
ようやく僅かに振り向いたヴァーストの表情を目の当たりにして、エグロイの締まりのない顔が凍り付く。
青白い顔には狂気が宿っていた。ただし、一見しただけではそれに気付くことは困難だ。嘲笑うでも呆れるでもなく、ただただ無感情に大鬼を捉える瞳の奥、明確な殺意。
視覚化された魔物たちの影が、獣配士の背後でざわめき出す。従順な獣たちは主が「その時」と判断すれば、即座にエグロイに襲いかかるだろう。
彼が認めた言葉でなければ自らの首が飛ぶ。
「探して参ります!」
さすがに危機感を抱いたのか、エグロイは滅多に使わない頭を高速回転させて模範解答を叫んだ。返事を待たずに頭を床に擦りつける勢いで一礼し、切り抜かれた窓から外へ飛び出す。
「馬鹿者が。ヤツが揃わねば我ら『一魔王の下僕』、その役を果たさんというのに」
暗闇に覆われた一帯を、淡い光が照らし出す。さながら大海原のような草原の上を必死に駆けていく赤黒い影。その様子を塔の最上階から見下ろしながら、ヴァーストは静かに吐き捨てた。




