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第百十八話 水面下(1)

 傷が疼く。

 単純に大怪我をしたからでないことは、自分自身一番良く分かっている。


 例えるなら、暫く会えていない恋人に恋焦がれるような感覚。


『彼』は一部始終を思い出していた。

 かつての同僚の再来を思わせる、隙のない、強靱な太刀筋。


 確かに畏怖も覚えはした。しかしそれと同じくらい、歓喜せずにはいられなかった。

 自分に深手を負わせる人間が現れた。その事実が何よりも、『彼』に快楽をもたらすのだ。


 弱い者いじめは好かない。よもや最大幹部に喧嘩を売るわけにもいかない。手合わせ相手はいるが、ややマンネリ気味――。

 そんな欲求不満を抑え込みながら何百年過ぎただろう。代わり映えしない日々に刺激を与えてくれるような、及第点の『敵』がようやく現れた。


 惜しむらくは、その『敵』との直接対決はもう叶わない、ということだが。


 はぁ、と憂いの混じった溜息を吐いて、先ほどまでなかった気配に気付く。


 紫の短髪、表情の読めない笑顔。

 一応、今のところは『仲間』のひとりだ。


「情報局長サン」


「恋煩いかい?」


「まぁ、そんなトコね~」


「へえ。珍しいねぇ、君が」


「だぁって、せっかくイイ男見つけたのにソーちゃんのモノだなんて。あんなスゴイ殺気受けちゃったら、アタシだって戦いたくもなるわよ~」


「それで、居ても立ってもいられずトレーニングってワケか」


 情報局長――レイトの視線の先には、壁の枠に腰掛け、両足の指にダンベルを挟み上下させている姿。


「君は人間ならとうの昔に出血多量か、そうでなければショック死してるほどの重篤患者だ。人間と比較されるのは良い気分じゃないだろうけど、大人しくしてた方がいい」


 そう忠告すれば、案の定ふくれっ面をしている。


 暫し一方的な睨み合いが続いたが、やがて「分かりましたぁ」と、掴んでいたダンベルを放り投げるクラスタシア。

 足の大きさほどのそれはしかし、重厚な落下音とともに床を半分以上沈ませた。

 その様子を楽しそうに眺め、レイトは再び口を開く。


「――と言いたいところだけど、早く動きたくて仕方がないんだろう? ソーディアス君が持ってる物を使えば、すぐに解決するよ」


 視線を流し、今し方現れたらしいもう一匹の『仲間』を見る。


「ソーちゃんが持ってる物……?」


 意図の読めない視線と、怪訝そうな視線を一身に受け、多少たじろぐ。

 ソーディアスは余計な物は持たない主義だ。武具を除いて何かの役に立つものなどない、と言いかけて。


「! まさか……」


 それは同士が敗れたとき、魔王から託された物。

 瑠璃色の輝きを放つ、親指の爪先ほどの小さな石だ。


 懐から出したそれが、どうやらレイトが言わんとした物らしい。差し出された手のひらに載せると、もう一方の手がそれをつまむ。


「『生命の石(リバイバル・ストーン)』は精力増強・死者蘇生の他に、あまり知られていないが破壊された組織の再生も得意としている。そしてその効能は、たとえ粉々になろうと維持される」


 説明が終わるやいなや、人差し指と親指の力を込める。


「ああーーーーーっ!!!」


 乾いた微かな音を立てて砕け散ったそれを見て、この世の終わりのような悲鳴を上げ、へなへなと座り込むクラスタシア。


「ひ……一欠片で魔星ませいの優良株全員を買えるっていう生命の石が……」


「なかなか詳しいねぇ。諜報部に欲しいくらいだ」


 感嘆の声を上げ、引き抜きに掛かるレイト。もっとも、彼の顔から冗談なのかそうでないのかを読み解くことは容易ではない。


 溢れ出んばかりの涙を浮かべる仲間の情報は実際のところ、ソーディアスも初耳だった。妙なところで博識だな、と密かに感心したほどだ。


「言ったろう? どれほど細流化しようと効能は保たれる。つまり元々の価値も変わらないのさ。君がその気になれば買い占めも夢じゃない」


 僕はエンリョしとくけど、と普段と変わらぬ表情と口調で『ハーレム入り』をやんわり否定する。この様子だと、先ほどのスカウトも本気ではないのだろう。


「なァんだそーなのォー?」


 朗報にすっかり調子を取り戻し、クラスタシアは意気揚々としている。

 そうしている間にも情報局長は次々と欠片を割り、ソーディアスに手渡す。


 受け取った先から、何やら悪寒がする。大方、『コレクション』の目星を付けているクラスタシアの視線だろう。

 ソーディアスは欠片ごと拳を握りしめ、「断固辞退する」オーラを放つことで逃れた。


「二つに割った石を、左右の腕の切断面に仕込んでくっつけると……」


 もはや少し大きめの砂利ほどしかないそれを腕に埋め込み、肩口に宛がう。すると、レイトの言うとおり完全に「くっつき」、腐敗が進み使い物にならないと思われた腕が、胴体に違和感なく馴染んでいる。


「……?」


 筋肉や関節の動作を確かめていたクラスタシアだが、みなぎる何かを感じ、両手の手のひらを勢いよく合わせる。


「なっ……!!」


 その瞬間、何の要因もないはずの空間に暴風が吹き荒れた。

 その場にいたふたつの存在を、風圧だけで後退させるほどの。


 重ね合わせた手を組み、うっとりと力に酔いしれる。


「……イイわぁ……コレ……」


 それこそが、『生命の石』の真の効力。

 力を持っていようといまいと、さらなる強みを手に入れることを可能にする。


「――さて。君はどこに施す?」


 有機物でも無機物でも、石の効能は変わらず発揮されるという。

 クラスタシアのように己の肉体のみを武器とする者は身体に、そうでない者は武器に。防具に仕込めば、その材質の限界値を高めてくれる。


 夢のような石を前に、ソーディアスは逡巡する。


「……おれは……」

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