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第百十四話 悲しみの先に(2)

「まさかお前が権力にモノを言わせるとはねェ」


 かくして宿を勝ち取ったミリタムはあおいを、意識が回復した白兎ハクトはラニアを背に担ぐ。イチカは一際重装備で重いため後回しである。


「今回は緊急事態だから。言っておくけど、いつもはこんなことしないよ」


「オイ、ポーカーフェイス運ぶの手伝えよ」


 ひとまず碧を自身のローブの上に寝かせるミリタムを見て、白兎が怪訝そうな顔をする。


「一応、ルールは守らないとね」


「“ルール”?」


「この宿のおじさんは、普通なら嫌がるはずなのに快く泊めさせてくれた。だから僕らは、できる限り配慮する必要があると思うんだ」


 実際には快くはないが、ミリタムの言うことには一理ある。

 じゃあどうすンだ、と訊ねると、始まる詠唱。


()は氷界の女帝・雪原を舞う歌姫・悠久へ誘え! 【白煌妃フリージア】!」


 唱え終わると同時に、やや室内が冷え込んだかと思うと、手のひらほどの小さな女性が姿を現した。頭頂部から爪先まで白一色。目のやり場に困るほど露出が多い。風のように自由に飛び回り、彼女を追いかけるように白い結晶が舞う。


 しばらく室内を散策していたが、やがて碧を見つけると、彼女目がけて吐息を吐くこと数秒。碧を取り囲むように、透明な氷の棺ができた。


「これでしばらくは大丈夫。ありがとう【白煌妃】」


「小せェのによくやるなァ」


 それまでほとんど無表情に近かった【白煌妃】が、白兎を確認した途端に一層冷気を纏う。

 ただ、それを体感できたのは白兎だけで、ミリタムは気付いていないようだ。


 突然の変化に呆気にとられていると、【白煌妃】が再び動く。

 ミリタムの顔に近づいたかと思うと、その頬に口付けしたのだ。


「……ッ!!??」


「【白煌妃】は義理堅いね」


 その瞬間、頭に血が上る白兎。けろりとするミリタム。


 彼の肩に腰掛けた【白煌妃】がこちらを見遣り、微笑む。

 その笑みが、何故か白兎には勝ち誇ったようなそれに見えて、再び怒りがこみ上げる。


 だが悲しいかな、怒りは沸くのにその理由が白兎には全く以て分からなかった。

 いつもならば喚き散らすところなのに、喚く内容が浮かばないのだ。


 故に白兎は、確かな憤りを感じているのにそれを発散できないという『消化不良』にしばらく苦しんだのだった。


「それじゃあ僕は医者を呼んでくるから」


「おォ」


【白煌妃】が還り、イチカを部屋へ運んだあと。


 白兎の苛立ちもその頃には鎮火。ひとまず仲間の容態を診てもらうことになった。イチカもラニアも息はあるが、それ以上のことは確認のしようがないからだ。


 扉が閉ざされ、静寂が訪れる。


 寝台には、碧、イチカ、ラニアの順に横たわっている。

 一番手前の少女は、もう二度と瞼を開くことはない。血の通わない、冷たい身体がそれを物語っていた。


「……なァ。お前今、ポーカーフェイスの横で寝てるンだぜ」


 生きていたなら、どれほど初々しい反応を示したことだろう。

 もはや微笑むことも、頬を赤らめることもない。


「ちょっとは嬉しそうなカオしろよ……」


 分かったつもりでいても、こみ上げる悔しさと虚しさ。


 扉の外のミリタムも、やり切れない想いは同じだった。





「……おっ」


 所変わって、南方。

 ウイナーの東・レクターン王国の入り口で、感慨深げに看板を眺める者が一人。


「ほぉー……」


 次いで国内を見遣り、感嘆の声を上げる。


「ここが『レクターン王国』、ね……」


 一通り町並みを見渡し、彼――ウオルクは得心がいったように呟いた。


『救いの巫女』・ヤレンが行き先に指定した場所。それがこのレクターン王国だ。この『アスラント』という世界では指折りの大国である。


 人が行き交い、物が行き交う流通の要。治安も良く、物騒な事件は滅多に起こらない安全な王国だ。

 だからこそか、一部からは『平和ボケ国家』と揶揄されてもいる。


 巫女たちの説明から察するに、王国が魔族戦の舞台となるのだろうが、ウオルクは心許なかった。

 レクターン王国といえば、先ほどの事情の通り平凡な国。人智の及ばぬ相手に、殺すことを知らない騎士気取りがどうにかできるのか、というのが彼の本音であった。


 遠方、ちょうど正面に城が見える。しかし、直線ではなく、ゆるやかな長坂を下ったのち、また同じような勾配の坂を登った先に建てられているようだった。


 徒歩だと半日かかりそうだな……と、どこを見るでもなく呆けていると、身長を嵩増しできるほど異様に長い帽子を被った、深緑の軍服を着た者たちの姿が目に入る。


(……兵士が多いのは意外だったが……なんだ、あの帽子? それに……)


「いたか?!」


「いやっ、こっちには……!」


「ということはまた国外へ……!!」


 誰かを捜しているようだ。

 兵士にしろ、国民にしろ、こちらに気付く様子はない。


(めでたいこったな……いくら有名な巫女サマのお告げとはいえ、暗殺者こっちの殺気にも気付かねえ奴らが戦力になるとは思えない)


 視力に自信があるウオルクは彼らを注視するが、誰を見ても剣を帯刀しているようには見えない。

 平和すぎる。

 別の大陸の某国では一般市民すら何らかの武器を所持しているというのに、この国は騎士ともあろう者が帯刀していない。

 まさしく『平和ボケ』を絵に描いたような国民性だ。そのことがウオルクを苛立たせる。


 同時に、意地でも自分の存在を気付かせてやる、という妙な自己顕示欲が膨れ上がり。


(ま、せっかく来たんだ。旅行気分といこうか)


 重厚な鎧と、背中の大剣。

 武装しているのは彼一人。さすがにこの異質さに気付かない者は皆無であろう。

 ウオルクは国民に見せびらかすように、わざとゆっくりと歩を進める。


「なっ……!」


「えっ……!?」


「まっ、まさかこの国にまで……?!」


「きゃあああああ!!」


 彼の予想通り、道行く人々が彼を、否、彼の鎧を見て瞬時に顔色を変え、一目散に逃げていく。

 その様子に、兵士がようやく非常事態であることを察知した。


「何事だ!?」


「がっ……ガイラオ騎士団だと……?!」


「住民は直ちに屋内の安全な場所へ!」


 しかし、やはりこのような危機的状況には縁がなかったのか、逃げ惑う国民を捌ききれず、狼狽える兵士も多数。


「おっ、いいねぇこの感じ。やっぱこーじゃねえとな」


 そんな中、勇敢にも、暗殺者の前に立ちはだかる者が一人。


「きっ、貴様ガイラオ騎士団の者か!? たっ、直ちに武器を捨てろっっ!」


「ビビんなよ、今回は暗殺目的じゃねーから」


 へっぴり腰で、しかし声だけは威勢良く食いついてくる王国騎士に笑いをかみ殺しながら、城へと歩いていくウオルク。その間、及び腰の勇者を筆頭に、距離を取りながらぞろぞろとついて来る“騎士気取り”たち。


「なっ、ならば何故、武器を携行している?!」


「……なぁ、アンタらの中で一番強いヤツって誰?」


 ウオルクは質問には答えず、その他大勢に向かって問い掛ける。


「しっ、質問に……!!」


「こっちの質問が先だ。答え次第じゃアンタの首が飛ぶぜ」


 柄に手を掛け、今すぐにでもお前を殺すと言わんばかりの鋭い眼光に、振り絞ったなけなしの勇気は身体と共に縮み上がる。


「ひィッ……!!」


「……なーんてな! ジョーダンジョーダン! 金にもならねーようなことはしねーよ」


 瞬時に人懐こい笑顔に戻り、若年兵は毒気を抜かれてとうとう崩れ落ちる。


「それに――……」


 取り巻きたちとは違う気を感じ、立ち止まる。

 目線の先には二人の男。


「アンタのおかげで会いたいヤツにも会えたしな」

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