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第百四話 束の間の休息を(4)

 翌日、カイズとジラーは再び村長の家にいた。


 あのあと。

 気を利かせた村長が話題を変え、食事や宿を手配してくれることになった。

 一行は滞在期間中、村の集会所で寝泊まりする。費用を払う代わりに、耕作や収穫、水汲みや家畜の飼育などを手伝うということで合意した。

 あおいたち『よそ者』は今、その手伝いの真っ最中である。


「なあ。村長はああ言ってくれたけど、他のみんなはやっぱり、渋っただろ?」

「……そうじゃの。最初は皆、サルスのような反応だった」


 それは別段驚くことではなかった。

 足を洗ったとはいえ、『元』ガイラオ騎士団なのだ。おそらく、家族を殺されたのもサルスだけではないだろう。彼女のように、心に深い傷を負った者も少なくはないはずだ。


 突然現れて、大切な者の命を奪って。そんな集団の一員と同じ空間にいたいわけがない。『元』だからといって、誰かを手にかけないという保証はない。

 事実、カイズたちも大切な仲間を傷つけたのだから。


「“仇の一員を村に入れて、何かあったら責任を取れるのか”と問われもした。だがの、お前さんたちもこの村の出身であり、被害者でもある。そう訊いてきた当人も含めたほとんどが、お前さんたちのことを覚えておる。儂と同じく、無下に拒むことはできんかったようでの。「儂の命を以て償おう」と答えたら、「そこまでは求めてない。あの子らをこれ以上悪者にしたくない」と折れてくれた」


 顔を見合わせる二人。

 確かにこの村に来た当初は、お世辞にも歓迎されているとは言えない雰囲気だった。


 しかし、明白なまでの敵愾心や嫌悪を直接ぶつけてきたのも村長の孫娘ぐらい。

 他の者は難しい表情を浮かべていたものの、突き放すような言動をすることはなかった。


「それに、カルナの託した護符が、お前さんたちを正しい道へ導いてくれる。儂はそうも確信しておったからの」

「“カルナ”?」


 不意に現れた名詞に疑問符を浮かべるカイズとジラー。

 村長は腕を組み暫し沈黙した後、


「……カイズには姉がおると言わんかったか?」

「聞いてねえよ!!」


 全力で否定するカイズを見て、またも首を傾げて思案にふけり。

 ややあってぽん、と手のひらを叩いて。


「おお。そういえば言っておらんかったのぉ」

「バカにしてんのかジジイ……ッ!」

「カイズー落ち着けー」


 天然なのか、痴呆なのか、はたまたお茶目なのか。

 ほっほっと上品な笑声を上げる村長に掴みかかろうとするカイズを、ジラーがのほほんと、しかし後ろからしっかりと羽交い締めにする。


「まぁ覚えておらんのも無理はなかろうて。お前さんたちが拉致されたのは五つかそこらの時。巫女見習いだったカルナはカイズ、お前さんに護符を渡しておったはずじゃが……」

「護符……?」


 どうやら姉がいるという話は本当らしい。カイズは半信半疑ながらも記憶を辿り、あっ、と弾かれたように顔を上げた。そのまま右耳に手を伸ばす。


 取り外されたのは小指の爪ほどの、球形の赤い耳飾り。

 それを見て村長が感嘆の声を上げる。


「おお、それじゃ! それこそ、あの日カルナがお前さんに託した耳飾り……」

「確かにこれ、随分長い間付けてるよなー」

「ガキの頃から当たり前のようにあったから……全然違和感なかったぜ」


 放心したように呟きながら、呆然とピアスに見入っていたカイズだが。


「そうだ! その人いるんだろ? 返しに――」

「行方不明じゃ」


 これまでの調子から一転して重苦しい村長の返答。すぐには受け入れられず、カイズの思考は完全に停止した。ジラーも戸惑った様子で村長を凝視している。


「……行方、不明って」


 どういう意味だよ、と続けたかったが、何故か唇は動いてくれなかった。喉に何かが詰まったように声が出ない。

 村長は、そんなカイズの意図を汲み取って詳細を語った。


「そのままの意味じゃよ。カルナはお前さんたちを探しに行くと言ったきり、もう五年消息が掴めておらん。あの子は人一倍正義感の強い子じゃったからの……」

「じゃあ! もしかしたら……もしかしたら、ガイラオ騎士団の本拠地に行けば、なんか分かるかもしれねえってことか?」


 わずかな希望でもあるのならとカイズは追い縋るが、淡い期待を打ち砕くように村長の表情は固いままだ。そのまま重い口を開く。


「可能性はある。だが五年も戻らんことを考えると……」

「くそッ!」


 聞き終わらないうちに、カイズは拳を勢いよく振り下ろした。


 やり場のない怒りと戸惑い。自分にはいないと思っていた肉親の存在を知って、言いようのない高揚感に包まれた。それなのに、かの人とは会うことも叶わないなんて。


「諦めるのはまだ早いよ」


 やりきれない想いで身体を震わせるカイズを、静かにたしなめたのはジラーだった。


「カイズの姉さんが来たとしてもすぐに殺されるとは限らない。五年前ならオレたちが脱団した頃だし、手引きをしたって疑われて監禁されてる可能性もあるけど、オレたちがいないと分かって他の国を渡り歩いてるのかもしれない。全部決めつけるのは早いんじゃないか?」


 過度に楽観的でもなければ、悲観的でもない。

 ジラーの至極冷静な意見を受け、カイズの眉間に寄っていた皺が徐々に解れていく。


「サンキュ、ジラー。ちょっと頭冷えた。やっぱお前はサイコーの相棒だわ」

「どういたしまして。オレはお前のストッパーだし」


 バツの悪そうな表情を浮かべるカイズに、ジラーはいつものようにのほほんと返す。

 そんな二人を静かに見守る村長。自らの発言に端を発したカイズの癇癪に一時は下がっていた白眉も、今は安堵を表すように角度の緩やかなハの字に戻っている。


「どっちにしたって今は動けねーしな。もどかしーけど待つしかねーか……」


 刑が確定する前に身勝手な行動を起こせば、より重い罪を科されるかもしれない。そうなれば、姉捜しどころではなくなる。カイズはテーブルの上で手を組み項垂れる。


 殺伐とした雰囲気ではなくなったが、問題が解決したわけではない。

 三者三様に悩んでいる中、視界の隅に映っていたピアスにカイズの意識が向いた。ガイラオ騎士団に連れて行かれる直前、姉が自分に渡したという護符だ。


「なあ、村長」

「なんじゃ?」

「オレの姉貴って、どんな人だった? なんつーか……顔も全然覚えてねーんだけど、これ見てるとなんか癒されてさ」


 小さくて丸い、どこにでもあるような形の装飾具。それでも何故か、心が落ち着いた。言いようのない安心感が、優しさが、自分を包み込んでいるような。そんな感覚を覚えた。

 村長もピアスを見つめながら、穏やかな口調で応じる。


「心の優しい子じゃったよ。いつも笑みを絶やさず、穏やかだが強い心を持っておった」

「……そっか」


 カイズは視線を村長からピアスに戻す。


 どこにいるのか、そもそも――生きているのか。様々な思いが脳裏をよぎる。

 だが、諦めたくはない。

 あの日からずっと側で見守っていてくれた、たった一人の肉親の想い。


「待っててくれよ。必ず見つけ出してやるから」


 無機質で小さなそれに、誓うように呟く。控えめながらも優しい微笑みが、朧気に浮かんで消える。

 それは決して落胆に値するものではなく、姉の笑顔を取り戻すというカイズの決意の表れであった。





「それにしても、納得いかねぇんだよな……」

「んー? 何がだ?」


 三人の間に訪れた静寂は、長くは続かなかった。カイズの何気ないぼやきに、ジラーがのんびりと返す。普段のやりとりである。


 ――否。


「……おっまっえっなぁあああ!! ほんっとにスッカラカンなのな、その頭!! せっかく人が心配してやってんのに、もうなんにも覚えてねえってか!?」


 再び暗雲が立ちこめたかと思いきや、次の瞬間には青筋を立て、相方の胸ぐらをつかみ激しく揺さぶるカイズがいた。

 理不尽な怒りを受けながら、ジラーの周りには花が飛んでいる。状況が飲み込めていないのだから無理もない。ここまでもある意味、普段のやりとりと言えるかもしれない。


 いつもの様子に呆れつつ、カイズはジラーから手を離す。


「あのじゃじゃ馬のことだよ!」


 さっきといい今といい、そんな抽象的な表現で理解できるはずがない。


 ジラーの方はそう言いたげだったが、そんな彼を圧倒的に凌ぐ反応速度でもってカイズに忍び寄る者が一人。


「これカイズ。儂の可愛い孫娘に向かって「じゃじゃ馬」とはなんじゃ?」


 暗殺集団の一員だったカイズだがそれとは事情が異なるのだろう。

 一般人、しかも老人に背後を取られ、怨念全開のその迫力も相まって全身が総毛立つ。


「びっくりさせんなジジイ!」

「ジジイとはなんじゃ、儂泣いちゃう」

「今さら猫かぶってんじゃねぇっ!」


 最早威厳の欠片も感じられない姿でよよよ、と泣く村長と、それを心底気持ち悪がるカイズと。

 二人を交互に見比べた後、ようやくジラーの合点がいったらしい。


「――なあ。それってサルスのことか?」


 ただ、その声色と放つオーラが、カイズですら数えるほどしか感じたことのないような、怒りとも失望ともつかない冷たいもので。


「お、怒んなよ。悪かったよ……」

「? 全然怒ってないぞ?」


 思わず下手に出たカイズを、心底不思議そうに見つめるジラー。たった今発したはずの冷気は影も形もない。

 裏表のない表情からして、どうやら自分自身の変化に気がついていないようだ。


「まぁ確かに、お前さんにはこれでもかとばかりに突っかかっておるようじゃの。儂も常々不思議に思っておったが……最近になってようやく分かった」


 ふう、と溜息を一つ。

 どこか遠くを――在りし日を思い出すように白眉を下げ、村長は語り出した。

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