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第百三話 束の間の休息を(3)

 ジラーはしばらく茫然と立ち尽くしていたが、はたと我に返りカイズたちに向き直ると、何事もなかったかのように悠々と歩み寄ってきた。


「おーおー青春してンじゃねーか!」

「おう! 川の水でも丸太でも、運べばなんだって筋トレになるしな! まさに青春だ」

「そーゆーイミじゃ……つか、ンなことしかねェのかお前の頭ン中は……」


 すかさず白兎ハクトが冷やかすが、どうやら意味を取り違えたらしい。自慢の筋肉を見よと言わんばかりに上腕二頭筋を誇示するジラーに、白兎は戸惑いも露わに力なく突っ込む。この短時間で随分疲弊した白兎である。


「お久しぶりです、師匠。みんなも元気そうで良かった」


 今ひとつ成立しない会話もそこそこに、ジラーはイチカ以下かつての仲間たちの顔をひとつひとつ見渡しながら丁寧に挨拶をする。


「ああ、相変わらずで何よりだ。安心した」


 イチカが代表して応答する横で、カイズと他愛のない話をしていた幼女たちは興味の対象が移ったのか、二人仲良く村の中へ走っていく。


 その姿が見えなくなってから、ジラーが神妙な面持ちでもっともなことを訊ねる。


「でもどうして? また会えたのは嬉しいけど……」

「そーだよ! 魔族は?! 魔族はどうなったんだ?!」


 カイズが人目も憚らずまくし立てるので、村人たちがなんだなんだと訝しげな目を向けてくる。

 旅を始めた本来の目的とこの村はどう転んでも結びつかない。カイズらが疑念を抱くのも無理はないが、イチカはとりあえず落ち着けとなだめる。


「魔族はまだ……。でもとりあえず、あたしたちの居場所がバレてこの村が襲われる心配はないよ。サトナさんがお守りをくれたから」


 つい先日まで『巫女の森』に張り巡らされていたのは魔族の気配を察知しにくくする結界だったが、こちらの気配を絶てる神術しんじゅつがあるらしい。日本の『お守り』然とした、神力しんりょくの込もった札入りの小さな巾着を手渡された。四百年前にその神術を使っていれば有効活用できそうなものだが、そう都合良くもいかないようで。


「効力は一週間程度らしいがな」


 日本の『お守り』の一般的な有効期限は一年間なので、それよりも大分短い。しかし、一年を超えて手元に持っている者もいるだろう。あおいもその一人なので、内心短すぎると思っている。

 大前提として、この神術自体が比較的最近発見されたもの。未来をあらかた予見しているはずのヤレンが興味津々だったくらいだ。

 

「そっか……」


 碧とイチカの言葉を聞いて安心したのか、カイズはようやく落ち着きを取り戻したようだった。


「そうだ。なぁカイズ、せっかく師匠たちがここまで来てくれたんだし、村長の家に案内すればいいんじゃないか?」

「おっ、それ名案! んじゃ早速行くか!」


 カイズとジラーは意気揚々と歩き出そうとしたが、カイズが「あっ」と声を上げたかと思いきや一行を振り返り、にかっと白い歯を見せた。


「村長はオレらを二つ返事で受け入れてくれたイイ人だから、心配いらねーよ!」


 村の入り口から左に曲がり、歩くこと数十秒。他の民家より少々大振りな民家が現れる。

 うまやや牛舎・水車が複数隣接しており、この村の中では一番の資産家であることを窺わせる。


「ギルがいるから、村長もいるな」


 厩の右端にいる馬の姿を認めると、ジラーはまっすぐに玄関へと向かっていく。

 カイズはしばらくギルと呼ばれた馬の頬を撫でていたが、思い出したように扉へと駆ける。


「そーんちょー! ちょっといい――」


 手を軽く握り扉を叩こうとしたジラーよりも早く、カイズがノックもなしに扉を開け放ち――その姿勢で固まった。


 何事かと一行が駆け寄り、中をのぞき込む。

 ジラーの顔が、心なしか引きつっている。


 十坪ほどはある広いリビングの真ん中の、客人用のテーブル。

 その奥、ちょうど玄関と真正面の位置に村長と思しき立位の男性。

 その左側、カイズらから見て右側の椅子に半ばテーブルに突っ伏すように座る者。

 それは間違いなく、先ほどジラーと(一方的に)口論になっていた少女・サルスで。


 呆けた表情でこちらを凝視したのも束の間。状況が飲み込めたのか、サルスはあどけなさの残る顔を瞬時に憎悪のそれに塗り替えた。


「また人殺し! よそ者まで……! ほんとにあんたたちはろくなもんじゃないのね!」


 先ほどは気づいていなかったのか、「よそ者」のイチカたちにもあからさまに軽蔑の眼差しを向けている。


「ただでさえ人殺しがのうのうと居座ってるのに……! ガイラオ騎士団が連れてきた奴らなんて無法者に決まってるわ! 今すぐこの村から出てってッ! よそ者は災いしか持ってこない!!」

「っお前なぁ! オレたちだけならともかく、兄貴たちまで貶しやがって……!!」


 あまりにも一方的で差別的な発言に憤ったカイズが拳を振り上げるも、すんでの所で後ろからイチカらが羽交い締めにする。

 怒りの収まらぬカイズはサルスを睨みつけるが、彼女は物怖じした様子もなくさらに言い募る。


「だからどうだって言うのよ! あんたたちのせいでどれだけの人が不幸になったと思って、」

「やめなさいサルス!」


 思わぬところからの叱責に、びくりと少女の肩が震える。

 サルスはゆっくりと、声の主を困惑した表情で振り仰いだ。


「じいちゃん……」

「……もう、よしなさい。どれだけ恨んだところで、一度失われた命は戻っては来ん」

「分かってる! でも諦めたら同じことの繰り返しになる! こうしてる間にも誰かがガイラオ騎士団に殺されてるかもしれないでしょ!? 人殺し集団をなくすためには、そういう想いも必要なのよ!!」

「“分かってる”、か。それは分かっているとは言わん。サルス、それでは何も解決せんよ」

「……ッ!」


 サルスの表情が一層険しくなる。

 次の瞬間には、部屋の奥にある勝手口へ駆け出し勢いよく扉を開けて出て行った。


 再び静寂が訪れた室内。

 それを破るように溜め息を吐いたのは、ある種の留めを刺した村長だった。


「すまんの、お客さんもおるのに。……あの子は幼い頃、ガイラオ騎士団に両親を殺されてな。以来二人のことも、どんな来客でさえも“よそ者”と罵って受け入れようとせん」


 長く白い眉と髭に覆い隠されて表情を読み取ることはできないが――どこか自嘲気味に謝罪を口にする。


 互いに顔を見合わせて、しかしどう答えて良いのか分からず皆が逡巡している中、戸惑い気味に沈黙を破ったのはカイズだった。


「ちょっと、待てよ村長。さっきアイツ、“じいちゃん”って……」


 サルスは両親を殺されたと、村長は打ち明けた。

 その村長を、彼女は「じいちゃん」と呼んだ。


 村長が今までそんな素振りを見せたことはないし、カイズもジラーも今ほどの距離感で関わる二人を見たこともない。みんなの「じいちゃん」という意味なら分からないではないが、幼児を含めてもほとんどの者が「村長」と呼称するなかで、咄嗟に出たにしては不自然だ。


 祈るような眼差しで見つめてくるカイズの視線に居たたまれなくなったのか、村長は苦笑を零す。


「……この立場になってから、儂のことは『祖父』ではなく『村長』として接するようにと、常々教えておった。この村の長たる者、住人皆に対して平等でなければならんからの。親を失って間もないあの子には酷だとは思ったが――儂もあの子のことを『孫』ではなく『一村民』として守っていくと決めた以上、後には退けんかった。結果としてお前さんたちを騙しておったことは、申し訳なく思う」

「でも! でもっ……じゃあなんで、オレたちを……」


「受け入れてくれたのか」とは訊けなかった。村長からの思いがけない告白を聞いた今、適切な表現ではないと思ったからだ。


 もしかしたら『受け入れて』などいないのかもしれない。子を殺されたのだ。それも、自分たちが五年ほど前まで所属していたガイラオ騎士団に。

 サルスほど直情的ではないが、村長も内に秘める怒りは同じはず。これは、一種の復讐なのか――。


 思考がどんどん負の方向へ傾いていくカイズ、そしてジラー。

 そんな彼らを引き揚げるように、ほっほっ、と村長のあっけらかんとした笑い声が響く。


「そう暗い顔をするでない。確かに儂の子どもたちはガイラオ騎士団に殺されたが、お前さんたちに殺されたわけではない。それに言ったじゃろう? “どれだけ恨んだところで、一度失われた命は戻っては来ん”とな。

 恨みや憎しみを持ち続けたところで、それを維持するのは心身共に負担がかかるものじゃ。それならばいっそ、死んでいった者たちが謳歌できなかった分まで笑って生きる。その方が長生きできようし、あの子らも儂らが笑っていることを望んでいるはず。そうは思わんか?」


 村長の持論には賛否があるだろう。けれども、少なくとも当人からは、一片の私怨も感じられない。一行は得心がいったように頷いた。





 村の外れにある石碑群。

 まだサルスが幼かった頃、ガイラオ騎士団が奪っていった命たちの墓だ。


 今でこそ依頼外の『仕事』はしないガイラオ騎士団だが、僅か数年前まで、各地で「無差別殺人」と言う名の暗殺を繰り返していた。サルスの両親をはじめとするベルレーヴ村の住民もまた、彼らの魔手の犠牲者だ。


 サルスは迷いのない足取りで、石碑の合間を縫って歩いていく。

 手にはベルレーヴ村周辺にしか咲かない、白や紫の花。


 程なくして辿り着いた二つの石碑の前にしゃがみ込み、花束を墓前に供えた。

 両親の名前が刻まれた部分を指でなぞるその眼差しは、年相応のものだ。

 名残惜しげに石碑から手を離して、視線を流す。


 両親の墓に隣接した、一回りも二回りも小さな石碑には名前が刻まれていない。

 それでもサルスには、それが誰の墓か分かっていた。花束にはしていないけれど、同じ花を一輪だけ供える。


 両親の石碑の前とは明らかに違う複雑な眼差しが、それに注がれている。

 落ちた溜め息で、花びらが微かに揺れた。


「むかつく。どうして何から何までおんなじなのよ」


 むかつく、という割には、少女の声調にはどこか寂しさが滲んでいる。何かを堪えるように、唇を噛み締めて。


 立ち上がっても彼女はその場から動かず、しばらく小さな石碑を見下ろしていた。


「ねぇテルー。どうして? どうしてよ……?」


 問いかけと同時に零れた雫が、名もない石碑に染み渡った。

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