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第百二話 束の間の休息を(2)

「ここは……」


 視界を薄い光の膜に覆われ、その目映さが一層増した直後。

 確かに真後ろにリヴェルの町があったはずなのに、今は四方八方を木々に囲まれている。

 ともすれば獣道かと思うほど草が生い茂る道の上に、イチカらは呆然と佇んでいた。

 

「す……すごーい! ホントに一瞬で来ちゃった」

 

 あおいは周囲を忙しなく見渡して歓声を上げる。


「でも、村なんてないわよね?」


 ラニアの言うとおり、周りには樹木こそあれ、小屋一つ見当たらない。


「魔法のエキスパート集団が転送先を間違えるなんて、そんなことある?」

「廃村になったとか、移転してるとか、情報が更新されてなかったらあり得るよ。転送魔法の成功率は術者の記憶に委ねられる部分もあるから。まあ、レクターン王国のお姫様が言うんだから廃村にはなってないはずだけど」

「移転にしたって綺麗すぎよね。最初から何もなかったみたい」


 ラニアとミリタムがそんな雑談を交わしていると。


「そういうワケでもねェらしいな」


 白兎ハクトが器用に耳を動かし、音を拾っている。


「あっちの方から声が聞こえる。それと人間のニオイがイヤってほどするぜ」


 隠れ里みてェになってンのかもな、と推測する白兎をしばし凝視したミリタム、ややあってぽん、と手のひらを叩き。


「そっか。白兎、伊達に獣人やってないね」

「でかしたわ! こーゆーときのために人参持ってきといて良かった~」

「村を見つけたら吠えてもらえばいいしね!」


 今さらなミリタムに、どこかに忍ばせていたらしい人参を長い紐の先に括り付けるラニアと、楽しそうに賛同する碧。

 

「……あたいはペットか何かか?」


 白兎は疲労感たっぷり、溜息混じりにそう呟いた。

 脱力感は拭えないものの、大好物の人参が掛かっているとなれば万丈の気を吐く。臭いを辿りながら意気揚々と先頭を歩く白兎を、一行は僅かに間隔を空けて追う。ラニアは白兎の目の前に人参を垂らそうとしていたが、当人から「なめンなよ! あたいにだって最低限譲れねェ尊厳ッてモンがあンだよ!」と吠えられたので引っ込めている。

 

 木々を掻き分け、力ずくで道を開く過程を幾度となく繰り返し。

 突如視界が開けた。


 木の葉まみれの一行が目にしたのは、木造の家々。

 それぞれが独立しており、中には水車が隣接している家もある。

 畜産を営んでいる様子も見て取れる。遠くには牛舎が見えるし、小屋から抜け出したのか放し飼いか、鶏が我が物顔で闊歩している。


 そして何より――【瞬間転送テレポート】で来たときにはまるで感じられなかった人々の気配。

 それが、気配など探るまでもなく村中を行き交っている。


 丸太を軽々と抱えている若者、溢れんばかりの水が入ったバケツを両手に持つ子供、くわを担いだ老齢の男性は小走りで目の前を通り過ぎていく。子供から高齢者まで、淀みなく動いている。


「テレビでやってた……」

「てれび?」


 怪訝そうなラニアに、碧は曖昧な笑みを返す。この世界に『テレビ』はないので、どう説明するべきか考えあぐねているのだろう。


「ううん、なんでもない。丸太を手で運んでる人、初めて見た」


 碧がかつて『テレビ』で見たのは貧困国の様子だ。衛生環境や栄養状態がすこぶる悪く、痩せ細って明日をも知れない子どもたち。僅かな賃金を得るために長時間重労働を強いられる大人たち。その誰もが曇り顔で布きれのような衣類だったのだが、眼前の彼らは身ぎれいで、活気に満ち溢れている。

 

「ああ、日本は結構進んでるんだったわね。でもさすがにあたしたちも、ここまでの生活はしてないわよ?」


 ラニアは微苦笑を浮かべてみせる。

 ウイナーを含む都市部の住人にとって、自給自足は必須ではない。小売店や、週に一度は必ず訪れる行商人から購入すれば良いからだ。

 翻ってベルレーヴ村のような農村部では、全員が供給者でなければ立ち行かないと言っても過言ではない。

 

 他方、老若男女が活発に動き回るこの村に、碧の知っている貧困国のような閉塞感はなさそうだ。不快な音を立てて飛び回る蝿も、感染症が蔓延っている様子も見受けられない。目に映る子どもたちは皆健康的で、たくましく生きている。

 

「人間のクセにあたいらと変わらねェ生活してンな」


 白兎が感心したように呟いて。


「つーかオイ、約束だろ。人参よこせ」


 ラニアの前で手を広げ、指をちょいちょいと動かす。

 そんな白兎をしばらくジト目で見つめていたラニアだが、白兎の鋭敏な五感のおかげでこの村を探し当てられたのも確か。腰に下げていた袋に手を伸ばす。

 袋から人参を取り出して手渡そうとした瞬間、白兎は目にも止まらぬ速さで人参を奪い取り、飢えた獣のごとくかじり付く。

 碧とラニアが呆気にとられたのは言うまでもない。


 一方、イチカはそんな女性陣の様子など目もくれず、村内を隈無く見渡していた。この村のどこかに弟分たちがいるはずなのだ。


「こんなに大きな村もあるんだね。知らなかった」

「……そうだな」


 人口も、民家の数も、かつて訪れた『町』であるレイリーンライセルと比較にならない。

 外の世界を知らなかったからこそのミリタムの言葉に、イチカも相づちを返すのみ。ここが村である理由はもとより、明らかに人口が少なく目玉となる産業もないレイリーンライセルが何故町なのかの説明もできないからだろう。


 そのとき、視界の端から二人の幼女が駆けてきた。

 小さめのバケツから結構な量の水がこぼれ落ちているが、そんなことはお構いなしのようだ。


 ちょうどイチカたちの目と鼻の先で止まり、元来た方向に手を振っている。


「にいちゃーん! はやくはやくー!」

「へーへー。今行く今行く」

「んもー! カイズにいちゃんってば!」

「わーってるよ。大体そんな急ぐほどの距離でもね――」


 両手に溢れんばかりの水の入ったバケツ。

 幼女らの話し相手であろう、めんどくさそうに、しかしどこか楽しげに現れた少年は、不自然に言葉を切りこちらを見た。


 ぽかんと開いた口。くすんだ金髪の逆毛。ややつり目のダークブルーの瞳が、一行の姿を凝視している。


「……兄貴!? みんなも!! 久しぶりだなっ!」


 バケツが落ち、水がそこら中に飛び散るのも構わず、屈託のない笑顔で少年――カイズが駆け寄ってきた。幼女たちも彼につられて走ってくるが、どこか不安げに一行を見上げている。


 無理もない。見知らぬ人間が突然、しかも複数現れたのだから。


「カイズにいちゃん、この人たちだぁれ?」

「こわいよ……」


 興味津々な一人を盾にして、もう一人が影に隠れる。

 カイズは彼女らの目の高さに合わせてしゃがみ込むと、それぞれの頭にぽんと手を置いた。


「怖くなんかねーよ! みんな、にいちゃんの友達だ!」


 にっ、と笑いかけるカイズ。

 二人は一行とカイズを何度も見比べたあと、納得がいったのかぎこちなく頷きかけて。


「こっちの、お耳が長いおねえちゃんも……?」


 ――やっぱりか。


 幼女たち以外、全員の心の声が一致した。

 彼女らはおそらく、いや十中八九、兎族(うぞく)である白兎(の顔)を一番恐れているのだと。


 カイズは数秒思案した後、


「……ああ!」

「ンだコラ。文句あンのか?」


 完璧なようでいてどこか含みのある笑顔で、二人の幼女の質問に応えた彼を、白兎が半眼で睨む。

 そのことにより、ほぐれかけた幼女たちの表情が再び強張った。


「白兎? さっきあなたが食べた人参みたいに粉々にされたいの?」

「ごめんなさい」


 幼女らから見えないよう胃のちょうど裏側に銃口を押し当てられ、白兎は即座に降参した。実際には銃弾で粉々になどできないだろうが、それができてしまえそうなほどには鬼気迫る声遣いであった。


 イチカはそれまでのカイズの様子から、以前共に旅をしていた時と変わらないことに安堵する。

 一方で、いつも彼の隣にいた少年の姿が見当たらないことが気にかかった。


「カイズ、ジラーはどうした?」

「ああ、アイツは……っと、いたいた。おーい、ジラー!」


 カイズは村を振り返り、視線を彷徨わせたのち、ある一点に目を留める。

 遠くからでも分かる、紫と灰色のモヒカンヘアーの少年。その肩には丸太が担がれている。

 カイズの声で、こちらに目を向けたジラーが驚いたように目を見張り――


 誰かが「あっ」と声を上げた。


イチカらに気を取られて気づかなかったのだろう。ジラーは後ろから来ていた少女の進路を妨げるように立ち止まってしまう。


 彼が反射的に避けたため、ぶつかるというよりは多少肌が擦れる程度だったが、それでもジラーとその少女の間には、どこか険悪な空気が流れていて。


「邪魔」


 そばかすの乗った、小麦色の肌でもはっきり分かるくらい眉間に皺を寄せて、少女は敵意すら剥き出しにして一言そう告げた。


「あ、ああ。ごめん……」


 慌てて謝るジラーに表情を緩めるどころか、さらに語気を強めてつっかかっていく少女。


「どこに目つけて歩いてるのよ。暗殺者さんは楽よね、人を殺すことしか考えなくていいんだから」

「……だから、何度も言ってるだろ? オレたちはもうガイラオ騎士団じゃない」

「人殺しには変わりないでしょ」


 それまでは困惑の気が大部分を占めていたジラーの顔つきが、一気に強張る。


「……サルス、話を――」

「気易く呼ばないでよ。人殺しと馴れ合うなんてごめんだわ。どいて」


 釈明の言葉も聞く耳持たず。

 オリーブ色のショートパーマを揺らし、少女はバケツを両手に大股で去っていった。

 一行の前を通り過ぎる前もあとも、その表情は怒気一色。


「……アレ、ベルレーヴ村の名物コンビな」


 カイズが遠慮がちに説明したのは、それから数十秒後のことであった。

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